きらめきは死なない


就活生の一年は、それはもう、目まぐるしいものだった。ようやくなんとか12月に就活を終え、残り短い大学生ライフを満喫してやる!と意気込んでみたものの、サークルに所属していない私が打ち込むようなものなどひとつもなく、渋々卒論を仕上げたのだった(良いことなんだけど)。そして気づけばもう卒業式は来週です、なんて正直全然笑えない。

「それでさー彼氏に同棲しようよって言ったんだけど」
「うんうん」
「なんか上手いことスルーされたっていうか」
「えー?何か言ってた?」
「なんか大家さんがうるさいからとかなんとかいって。関係なくね?!同棲したくないならはっきり言えよみたいな」
「は?!それは完全適当な言い訳でしょ〜」

サークルまでの時間潰しに付き合ってと友達に誘われて、数人でポテチを摘みながら近況報告をし合っていた。もう3月とはいえ、地下の空き教室は冷たい空気が籠もる。膝に掛けていたチェスターコートを軽く肩に羽織った。
舐め切った就活生の私がようやく焦り始めたのは夏ごろのことだった。それまで週一ペースで飲んでいた斉藤とも、ほとんど会わなくなってしまった。こうして一度あまり会わなくなると、なんとなく連絡をとりづらくなってしまう、なんてのはよくある話で。そんなまさか、私もその例外ではなかったらしい。就活が終わった今も、以前のような関係に戻ることはなかった。いやいや、そもそもただの飲み友達なのだから、そんなもんだと割り切ってしまえばいい。それでも、あんなに仲良かったのにそれが過去になっていくような、フェードアウトするような、こんな終わり方はちょっと寂しくて嫌だな、なんて思ってしまうのだ。連絡をとるきっかけを探してはみるものの、あいにく二日酔いでもなければ頭も痛くない。卒論も終えて、課題だってもうない。あれ?いつから理由がないと連絡できなくなったんだっけ?


「そういえばさー、名前はどうなったの?」

急に自分の名前が聞こえてハッとなる。声の主である友達の方を見ると、興味津々といった風に目を輝かせて私の顔を覗き込んでいた。

「……へ?何が」
「いや、何がじゃねーよ!」
「いたじゃん、後輩くん。すごい頻度で一緒に飲み行ってる子!」
「あ、え?斉藤のこと?」
「あー!そうそう、その子!すっごい良い感じだったじゃん。何か進展した?!」

なんか、えらい勘違いをされている。これだけ飲みに行っても何も起こらないどころか、むしろお互いの過去の恋愛を爆笑しながら弄り合ってそれを肴に酒を呑むような仲なのだ。彼女らの恋愛トークの波に乗れなくて申し訳ないが、その誤解だけは解かなくてはならない。

「進展も何も、別にそういう関係じゃないっていうか……」
「はー?そんだけ頻繁に遊んどいて、んなわけなくない!?」
「いや前は週一とかだったけど、最近は全然会ってないし」

そう言うと、みんなが身を乗り出して「え!!!!!」と食い付いてきた。そういう意味じゃないんだけど……言い方を間違えた。

「なんでなんで?!」
「何かあったの!?」
「いや何もないんだって。就活で忙しかったからさー」
「連絡取りたいって思わないの?!」
「えー。取りたいか取りたくないかって言われたら取りたいけど……」

「何で取らないの?」と聞かれ、うーんと頭を捻る。特に理由はないのだ。連絡を取りたいのなら取れば良いし、飲みにでも誘ったら良い。今更あの斉藤に遠慮なんて、本当は必要ないのだろう。でもなぜか今は、半年前には要らなかったはずの「理由」が必要なのだ。

「好きなんじゃん」

私の話を聞いていた友達のひとりが、口を開いた。

「え?」
「だから、名前、斉藤くん?のこと、めっちゃ好きじゃんって」

何言ってんだお前、と言いかけた言葉を飲み込む。いやいや、私だって、今までそれなりに恋愛もしてきたわけだし、ラブとライクの違いだってわかってるつもりだ。そんで、斉藤は、ライク。それだけの話。なのに、会うのを躊躇うのはなぜなのだろう。会おうと思えば簡単に会えるというのに。ラブじゃないのというのなら、このまま終わるのは嫌だと、思ってしまうのはなぜ?

「……え?は、え?……私、斉藤のこと好きなの?」
「気づいてないとか。自分に鈍感すぎてうけるわ」

てか、今しろよLINE。
友達の言葉に周りのみんなも火がついて、あれよあれよという間にトーク画面を開いていた。ちょっと、待って、待って。頭が全然ついて来ねえ。

「前は理由なく誘ってたんでしょ?何てLINEしてたの」
「えっと……今日飲みいこー、みたいな」
「それだー!それを打て!!!」

勢いに圧倒されてそのまま友達の掛け声に合わせて、「送信!!」ボタンを、押して、しまった。
昂ぶった勢いのまま文字を打ったまでは良かったが、送信した瞬間、一瞬の達成感のすぐ後に、一気に不安が押し寄せる。友人らがきゃーきゃーと楽しそうに騒ぐのを横目に、私は不安で締め付けられている心臓をドンドンと叩いて気を紛らわせていた。もし、斉藤が忙しかったりしたら申し訳なさすぎる。彼女できてたりして。万が一無視されたらどうしよう。逆に、普通に返事来てあっさり断られるかもしれない。「無理です」みたいな。それはそれで傷つく。ああ、もう!斉藤相手に不安になるとか、何でだよ。腹立つ!

「……名前、返信きた?」
「まだ」
「えーつまんない」
「おもしろがるな」
「…………きた!?」
「来てないってば。そんなすぐには返信来ないから!」

その瞬間、iPhoneの画面が光る。そんな馬鹿な。こんなタイミングはやめてくれ。バッとみんなから隠すようにiPhoneを持ち上げる。四方から抗議の声が上がっているが、私の惨敗をお前らに見せてやるわけにはいかないのだ。自分にだけ見えるように、画面をちらりと覗き込む。

「ちょっと!なんて来たのー!」
「内容くらい教えてよ!」
「…………秘密です!!」

「えー!なんだよそれ!」「顔にやついてんぞ!」うるさいうるさい。私は鞄を持って立ち上がる。「ポテチ、残り全部あげる」と言ったら「お前ほぼ払ってねえじゃん」と言われた。たしかにそうだったかもしれん。

「じゃ。私、帰るんで。みなさんお元気で」
「はいはい。楽しんで来いよー」
「リア充いってら〜」

講義室から出て、いちばん近いトイレを目指す。階段を上りながら、もう一度LINEの文面を確認する。人の気も知らないで、ムカつくくらいいつも通りの返事。

『いいですねー。6時くらいどうです?』

あと30分。……化粧直しくらいは、しようかな。


(2021/10/30)
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