愛しているよ


「デュースさぁ、監督生知らね?」

会場で慌ただしく進んでいた、なんでもない日の準備もようやく終盤。
寮生は全員寮服に着替えていて、あとはもう時間通りに始めるまでの間、少しの休憩時間になったところだ。

「いや、知らないな。どうしたんだ?エースが買い出し頼んだんだろう?」
「そーなんだけど、ちょっと遅いんだよな」

難しい顔をしてエースは入り口を振り返る。出入りしているのはハーツラビュルの人間だけだ。
監督生のことだから戻ってきたら買い出しを頼んだエースを真っ先に探して声を掛けてくるだろうし、購買部に行くだけにしてはやけに時間が経っていた。
その事実にハッとしたデュースは、鬼気迫る顔でエースの肩を掴む。

「まさか、何かに巻き込まれて?!」
「ちょ、痛い痛いいたい!マジでお前握力!!」
「あ、……わ、悪い」
「ったくもー!グリムはそこで毛玉になってるし、さすがにトラブっては無いと思うんだけどさあ。見に行ってみるか……」

椅子の上のクッションで丸くなって寝ているグリム。
時折他の生徒が興味深そうに覗き込んでいくのだが、パーティー前の賑やかさの中でも一向に起きる気配は無い。

「僕も行く。何か起きていたら危ないからな」
「じゃ、ちょっとリドル寮長達に言ってから──、」
「なになに?どーしたの?」
「ダイヤモンド先輩!」

いつの間にか隣には、手に持ったスマホを軽く振るケイトが首を傾げて立っている。
あともう少しでパーティーが始まるのにも関わらず、難しい顔で話し込んでいたからだろう。様子を伺う表情で2人を見ていた。

「あー……、どうしても何か手伝うって言うから、監督生に次回足りない分のキャンドルの買い出し頼んだんすけど、割りと時間かかってるっぽくて」
「様子を見に行くかって話をしていたところです」
「そっか、そっか〜、なるほどね!ちょっと待って。……トレイくーん!」

奥のテーブルでケーキの仕上げをしているトレイに声を掛けて、振り向いた彼に手招きをする。
はやく〜、なんて注文を追加されてトレイは苦笑いだ。この忙しいタイミングに、という雰囲気が滲んでいる。

「なんだ?もうすぐ始めるぞ?」
「それが、招待した監督生ちゃんがお使いから戻ってこないんだって。心配じゃん?リドルくんに、エーデュースコンビちょっと抜けるね!って言っといた方が良い感じかな?」

周りは休憩から一変して、既にパーティーを始めようとするところだ。リドルを呼ぶ係の生徒も緊張した面持ちで定位置に立っていて、このあと数十秒で始まってしまうだろう。

「分かった。そういう事なら始まる前にここから出た方がいい。後からバレないように入って来いよ」
「了解っす!」
「うんうん、始まれば盛り上がってるし、余裕で入って来れるっしょ」
「リドル寮長にバレたらなんとか誤魔化してくださいよ?」
「はは、それはどうかな」
「それは状況次第って感じ?ほら、行った行った!」

椅子の上の"毛玉"を掴んで小脇に抱えると2人は急いで会場を出た。扉を閉めた直後、後ろからパーティーの始まりの合図が鳴り響いてくる。
エースの腕の中で完全に目が覚めたらしいグリムは、じたばたと抜け出そうともがきながら「ふな"〜!」と鳴き声なのか口癖なのか怪しい声を上げていた。

「気持ちよ〜く寝てたのに何なんだゾ?!」
「監督生が戻ってこねーの!逆にさぁ、あんなうるさい中で眠りすぎなんだけど」
「そうだぞ、危機が迫っているかも知れないって時に。」
「ン〜?なに言ってんだ?アイツなら、あっちにいるんだゾ」

グリムの小さな手が指した方、玄関前の噴水のところから会場の方へ歩いてくる監督生がいた。手に小さめの紙袋が握られているところを見ると、買い出しは終わっていたらしい。

「あれっ?なんだ、戻ってきてんじゃん」
「迷子にでもなってたのか?おーい!」

声を掛ければ、向こうもこちらに気付いたようで苦笑いで走り寄ってくる。

「ごめん、間に合わなかった」
「は〜、別にそれはいーよ。でもさあ、迷子になるなら最初から方向音痴ですって言ってくれない?はい、返却〜」

監督生の頭に、ぽて、とグリムを乗せる。寝起きなのもあって、力が抜けていてぬいぐるみのようだ。くあ〜、と大きなあくびをしている。

「別に方向音痴って訳じゃないんだけど……」
「何にしろ、無事で良かった。よし、パーティーに戻るぞ。ローズハート寮長の挨拶も終ったところだろうからな」
「うん。ありがとう」

石畳を歩いて戻れば、やはり挨拶も終わって全員が歓談し始めたところだった。そっと奥を見ると、寮長とトレイ、ケイトは何事もなく話していて、抜け出したことはバレなかったらしい。
あとはしれっと、適当な席に座ってお茶とお菓子を楽しめば良い。と、エースが考えていれば監督生が無言で歩き出す。
向かう先は奥のテーブル。

「いや、ちょっと待った。ねー?聞いてる?」

焦って止めるエースを振り返って、にこり、と笑った。
途端、引っ掛かりを覚える。
こんな、変に完璧な笑顔を作る奴だっただろうかと2人で顔を見合わせた。

「おや、キミも来ていたのかい?エースとデュースが招待をしたのかな。いらっしゃい」

そうこうしている間にリドルがこちらに気付いてしまって、トレイとケイトには驚いたような困ったような顔を向けられる。
そんな顔で見られても、2人としてはこんなに問答無用で監督生がリドルに向かっていくとは思っていなかった。リドルの態度が軟化したと言っても、ハーツラビュル寮のことは痛いほど理解しているはず。

「リドル先輩、こんにちは。お邪魔します。実は、」
「待った」
「え?」
「ちょ、は?待って待って、トレイ先輩、なに監督生にマジカルペン向けてんすか?!」

監督生の背中にトレイのペン先が当たっている。
他の全員が一気に混乱した。何せトレイ・クローバーだ。冷静で大人びた副寮長が、魔法が使えない監督生にマジカルペンを向けていて、静かに席から立ちながら周りを見回している。

「っな!何をやっているんだい?トレイ!」
「いやいやいや、トレイくん、マジヤバいって!監督生ちゃんとケンカでもしてた?!」
「していないさ。落ち着いてくれ。リドルもケイトも座っていい。エースとデュースもな。グリムも威嚇を止めてくれ」

トレイの目線の先にはマジカルペンを構えた1年生が2人。
デュースは完全に混乱していて今すぐにでも大釜を出しそうな雰囲気だが、エースには相手が先輩であることを顧みるほどの余裕はなんとかあるらしく、デュースを片手で制している状態で留まっている。

「いくら先輩でも、何かしたら許さなねーから!」
「ペンを下ろしてください!」
「ふな"〜〜!子分になにするんだゾ!」

それを見て、不釣り合いなほどに余裕のある顔で笑って、トレイはわざとらしくため息を吐いた。
いつの間にかその音が聞こえるほどに、会場はシンとしている。

「全く、友達想いなのも良いんだが……。困ったな。説明はしてくれるんだろ?なあ、───エデンミレイ」
「うん、ごめんね?思っていたより騒ぎになってしまって。でも、ペンを向けられるとは思っていなかった。酷いなあ、トレイ」

驚いたグリムが、頭の上で飛び上がって側にいたリドルの肩に飛び移る。
声はそのまま監督生であるものの、出てくる言葉は見知らぬ人間の言葉遣いだった。
ゆるり、と両手を遊ばせながら『監督生モドキ』はトレイに向き直る。

「え、ああ〜〜!その手!エデンくんじゃん!!びっくりした!」
「エデン?!なぜ、ここに?」
「は?なに?」
「監督生、……じゃないのか?」
「そうだ、こいつは監督生じゃない。まんまと騙されたな、2人とも」
「えっ、じゃあ、誰なんすか?本物は?」

トレイがペンをポケットに戻す。
監督生の偽物は、にこり、とまた笑った。どこからかマジカルペンを出して、一振。ペンの先にはブロットで少し濁った青紫の魔法石が光っている。
ちゃりん、しゃりん、と小さな光と音を立てながら、髪の毛は白く、長く、後頭部の高いところで結われた髪型に変わっていく。立ち方も所作も雰囲気も全て別人のものに変わって──否、戻っていった。

「ご機嫌よ……くは無いかもしれないかな?エースくんとデュースくんは初めまして。俺はポムフィオーレ寮3年、エデン・グランドフロラ。監督生さんは、あちらにいるよ。ほら、」

この場の全員が一斉に入り口の方を向くと、そこにはキャンドル入りの紙袋を手にしながら、いきなり全員に見られたことに驚いた監督生が立っていた。
名前を呼びながら、友人2人とグリムが駆け寄っていく。
それを見届けて、トレイは会場に聞こえるように大きく3度手を叩いた。

「騒いで悪かったな。もう問題無いから、パーティーを続けてくれ」
「ごめんね、なんでもない日なのにお邪魔してしまって」

戸惑っている様子を見せた寮生だったが、各自が自分の目の前のデザートに向き直って、ざわめきが会場に戻ってくる。特に3年生の中には、いきなり現れた人物に心当たりもあったのだろう。

「こっちに座ると良いよ。新しいティーカップも用意しよう」
「ありがとうリドル。でも、騒いでしまったから、邪魔者は説明し終ったらお暇するよ」

予備の椅子を魔法で自分の隣、トレイとの間に呼び寄せたリドルは、ほんの少しそわそわしているようだ。
その椅子に座ったエデンの手首をトレイが掴む。

「そんなこと言わずに。ブロットが溜まっただろ?ゆーっ、くり、していけばいい。生憎レモンパイは無いんだが、どのケーキが食べたいんだ?」
「トレイ……」
「諦めてパーティーに参加していきなよ。はい、ティーカップ〜。今日はダージリンだから!注いでおいてあげるね」
「あの、ありがとう、ケイト。でも、」
「でも、じゃねーんすわ、先輩!監督生と何があったのか、全部話してくださいよ!!」

振り向くと仁王立ちの1年生がエデンを見下ろしている。当事者であるはずの監督生はその後ろでグリムを腕に抱きながら、必死に何かを言い募ろうとしていた。

「そんな、四面楚歌……」
「たまにそうやって悪戯心を出すからだ。ほら、3人ともそこに座れ」

近場の椅子を寄せ集めて座っても未だに、エースとデュースそしてグリムは、じろじろとエデンを警戒している。
見かねて早速、監督生が口を開いた。

「あの、エデン先輩の代わりに説明します。先輩は悪くなくて、逆に助けてもらったんですよ」
「助ける?どうしたんだい?何かトラブルがあったんだね?」
「それが、────」



エースに頼まれてキャンドルを買いに行った帰り、絡まれてしまって。多分、上級生だと思うんですが。
まあ、色々あったので目立ってしまっていることは自覚してました。
だからと言ってこうやって絡んでくるのは、どうかと思うんですけど、治安と品性が。

「ヨオ、最近イイ気になってるオンボロ監督生ェ」

とか言って呼び止められて。
そう本当に、すごくテンプレでした。
目の前に立ちはだかってた人達は、ネチネチと細かくてどうでもよくて理不尽な内容を吐き出してたので、適当な返事してたんです。
グリムを力ずくでも連れてくれば良かったのかな〜とか考えながら「はい、ええ、まあ」とか返答してたら、さすがに向こうも雑に返してると気付いたらしいんですよね。
え?神経図太いなって?……そうかな?
まあ、そんな感じで、激昂した人が拳を振り上げたとき、後ろから小さな声が聞こえたんですよ。
殴られるのを覚悟したのに、何故か向こうが慌て始めてて。
どうやらこちらが見えてないらしかったです。すぐ目の前にいるのに。手を振ってみてもキョロキョロしてるだけ。

一先ず囲いを抜け出して、そのまま少し離れたところで様子を見てると、腑に落ちない顔で暴言を吐きながら校舎の方に行きました。
それで思ったんです。
これは多分、誰かの魔法だ。って。
魔法を掛けてきた人を探して、お礼を言わなきゃと思いました。

見回しながら近場を歩くと、自分の体が透明になったってことがようやく自覚できたんです。芝生を踏むと、足の形に芝生が倒れてへこむから。
そんな時にエデン先輩……というか自分の姿をした人が現れて。
はい。すごく驚きました。
何て言うか「そっくりな人に会った」って言うよりも「自分だ」って思ったんですよ。
正直言うと、姿を剥ぎ取られてしまったみたいで気持ちが悪くて……
あっ!いえ!謝らないでください!お陰で無傷なので!ありがとうございました。
……で、エデン先輩のユニーク魔法だって事なので、そのままこっちに戻ってきたんです。エースとデュースも驚くかなって思って。
だからちょっと、悪戯に荷担しました。すみません。



「はあ〜?!なんだよもー!寮に来たなら魔法解いて欲しいんですけど」
「ごめん。そんな大事になるつもりじゃなかったんだ。でも、慌ててくれて嬉しかったよ」
「当たり前だ!」

エースとデュースは話終えた監督生をもみくちゃにしている。当たり前だろう。2人は先輩にマジカルペンまで向けたのだから。
グリムはそのやり取りを横目に、早速ケーキを選び始めたエデンの肩に立ちながら、髪の毛やその結び目をワサワサごそごそ弄っている。遠慮がないので綺麗にまとめられていたポニーテールは瞬く間にボサボサになってしまった。

「頭に乗ったのに気が付かなかったんだゾ……?」
「それは俺のユニーク魔法の特性だから」
「ふな"!」

肩からエデンの膝に移される。
まるで猫にやるように、エデンは両手でグリムの手をにぎって勝手に動かした。

「君がグリムくんか。ねえ、トレイももう少し穏便に種明かししてくれても良かったと思わない?」
「心外だな。余興にはなっただろ?」
「質が悪いんだから」
「放せー!どっちもどっちなんだゾ!」
「あっ、」

しゅるん、と器用にエデンの手から抜け出して、テーブルの上を一目散に走っていく。
途中、カップかポットか何かにぶつかって陶器の音が響いたが、向かった先の監督生が何も言っていないので、特に何も割れたりしていないはずだ。

「エデン、監督生はハーツラビュル寮の所属ではないけれど、ボクからもお礼を言うよ。ありがとう」
「どういたしまして。でも、パーティーを混乱させてしまったし、こうやって美味しいお茶とお菓子を頂いているから、あまりお礼を貰うのも過剰だと思っているよ。気にしないで?」

エデンの前にはカボチャのパイが置いてある。
ケイトと何やら話しながら選んでいたものだ。

「そうだね。では、これだけ」
「うん?」

リドルの杖が軽く振られて、魔法で髪がほどかれる。するん、するん、と見えない櫛で簡単にとかした後、グリムにボサボサにされる前の元通りのポニーテールに直された。

「パーティーなのだから身嗜みは整えなければいけないよ」
「ありがとう、リドル。元よりもずっと綺麗になったと思う!」
「ま、魔法で、とかして戻しただけだ、気のせいなのではないのかな」
「ううん、リドルがやってくれたのが嬉しいんだ。輝いて見える。そういうものだよ」

溶けそうな笑顔で微笑むエデン。
向かい側ではケイトがシャッターを切っていて、トレイは呆れ顔。この人物は自分の身内だと認識した相手に対して結構甘いのだ。主に年下に。
顔をほんのり赤くして二の句が告げられないリドルの頭を軽く撫でるエデン。
3年生2人は顔を見合わせた。

すっごい溺愛じゃん。大丈夫なやつ?これ。
分からないな。年下には大体こうだろ?
その態度がマズかったりした経歴持ちっしょ、エデンちゃんて〜!リドルくんなら大丈夫だろうけどさあ!
そう言えばそうだったな、俺もまたストーカー騒ぎは勘弁して欲しいと思ってるよ。

それなりに付き合いが長い2人が表情と身振りで会話しているところに、怖いもの知らずが3人。

「ねえ、エデンせーんぱい。先輩のユニーク魔法って、結局何なんすか?どういう魔法?」
「確かに、気になります。相手を透明人間にする、ですか?」
「じゃあ、姿を真似る魔法が別にあるの?」
「あるんじゃね?まだ習ってないけど」

3年生2人はもう思考を諦めた。
純粋な好奇心は結構なことだけれど、もう少し相手を警戒すべきなのでは。
もちろん3年と寮長が気安く会話しているから警戒心ゼロになるのではあるが。

「ふふ、違うよ。俺のユニーク魔法は『王座の奪還《フラブジャス・デイ》』。さっき監督生さんが言った通り、相手の姿を奪い取る魔法だ。24時間の制限があるし対象を拘束出来るわけではないから、あまり使いどころは無いよ。現にケイトは初めて見たんじゃないかな?」
「ん?あ〜、確かに!何気に初じゃん!」

ブロットもそれなりに溜まるタイプのユニーク魔法だから割に合わなくて。と言って、パンプキンパイをぱくり。

「そーなんだ。なるほどね、教えてくれてありがとーございます!」

1年生組はそのまま、自分のユニーク魔法はどういうものがいいかと言う話題で盛り上がり始めた。
トレイは思わず肩を竦める。
彼のユニーク魔法について、嘘と言うよりは「言っていないこと」があるというのに、1年生はまだまだ純粋だ。
姿を真似るだけなら石を染める程のブロットは溜まらない。エデンの『王座の奪還』は対象が持つ外見や声、直近の記憶、ユニーク魔法までもを奪い取る。
それを監督生は、直接魔法をかけられながらも解っていない。
魔法を解かれた瞬間に全てを『返還』されているから、記憶の綻びに気付かない限りはこの魔法の怖さを思い知らないだろう。
綺麗で親切な顔して食えないやつだなと横目で伺うと、エデンは珍しくも輝く眼で1年生を──いや、エースを見ていた。

「あー……。おい、エデン、」
「うん?……ああ、良いじゃないか。ケイトの『舞い散る手札』よりは使っていないと思うよ。それで、あのエースっていう子、大体あの感じなのかな?」
「……まあ、大体な」

言いたかったことはそうではなかったのだが、エデンは楽しげにくるんと手を翻す。
その上機嫌な様子に嫌な予感がして、トレイはまたケイトと顔を見合わせた。
ケイトは完全に苦虫を噛んだような表情だ。
『オレとは良い距離感でいてくれる。身内の年下にすごく優しくて、特に、器用で猫被りそうな後輩を構いたがる。』それが、ケイトにとってのエデン・グランドフロラ。
多分、エースを気に入ったのだろう。
優等生になるのだと努力している最中で、言動を抑えているデュースではなく、エース。つまりデュースが少々不器用で素直なのを既に見抜いているということだ。

「……エースちゃんだし?大丈夫っしょ?」
「ケイト、さっきリドルの時も同じようなこと言ってたぞ」
「言っ……てはいなくない?」
「言って……いや、言ってはいなかったな」

エデン本人に他意は無く、純粋に気に入った後輩を気に掛けているだけ。
だけなのだが、その内に後輩側は無自覚に「何かしてくれるのはエデン」という刷り込みにも似た信頼をするようになる。何を勘違いしたのか、後輩がストーカー事件を起こした過去もあった。
その時はエデンの友人であるポムフィオーレの現寮長、副寮長が黙っている訳が無かったので、相手の現在は察して欲しい。
もう一度2人がエデンを見れば、もう既にリドルと談笑している。あのスコーンが美味しい、このケーキが好き、なんていう微笑ましい会話だ。

「その〜、けーくん的には何も起きないで欲しいっていうか……」
「どうだろうな」
「うわ」

突っ伏してしまったケイトをそのままに、なんでもない日のパーティーは続いていく。
なんでもない日なのだから、本当に何も無く終わって欲しい。
そう思わずにはいられなかった。









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エデン・グランドフロラは年下に甘い。
それは寮内では知れ渡っていたことだった。
彼に危害を加えるような真似さえしなければ、ポムフィオーレ寮生は特に、その菓子のような甘さを享受することができる。
他寮はスカラビアを筆頭に何人かが彼に懐いているようで、鏡舎でエデンを待っていたことすらあった。
声を掛ければ、嬉しそうに柔らかく微笑んで迎えられるのだから、自己肯定力の乏しい者には麻薬のような存在だろう。

ただ、ヴィル・シェーンハイトはそれが面白くなかった。
とても。

廊下を二人で歩いていれば呼び止められ「先に行っていて」なんて、ありふれた出来事。
今もそうだった。
ヴィルは多忙だ。せめて歩きながらでも友人とゆっくり話をしたいのに、彼は易々と後輩を優先する。

先輩としてはいいけれど、友人としてはどうかしら。

そう考えながら、次の教室へ足を運んだ。




3年生は最終学年前の大切な時期。
故に、次の学年に於いてのガイダンスや式典が定期的に行われていた。
当事者にとってはこれが時折面倒になってしまう。ガイダンスは制服だが、式典服やら寮服に着替えなければいけないことも多いからだ。

「ヴィル、準備はできた?」

ノックの後にヴィルの私室へ入ってきたエデンも、今日は例に漏れず式典服を纏っている。

「できてるわよ」
「ああ、良いタイミングだったかな。ルークは先に行ってるって言っていたよ」
「あら、早いわね」

同じように式典服姿のヴィルは、ドアの前で立ち止まっていたエデンと正面から向き合った。
式典服のエデンは特別だ。
普段はポニーテールにしている長い髪を下ろして、何時もより緩くフワフワと巻いている。それを前に流していた。
黒く濃く引かれたアイラインと、白い睫毛を染める黒のマスカラ。

「……完璧ね」
「ありがとう!ヴィルも完璧だ」
「当たり前よ。さあ、さっさと行きましょ」

裾を翻して部屋を出た。
鏡舎から他愛の無い話をしながら歩いていると、校内を移動している後輩とすれ違う。

「ヴィル、なんだか懐かしいね。昔は『何で今、式典服着ているんだろう』って思ってたなあ……」
「懐かしいって、たった1年前よ。気持ちは解るけれど」
「ふふ、1年前かあ……。俺よりきっと、ヴィルの方が1年間が早く感じられているかも知れないね。忙しいから。」

ヴィルからはフードのせいで表情が見えないが、雰囲気は穏やかで少し寂しげだ。この学年が終わってしまえば最終学年として個々に活動していくことが多くなる。
こうやって、2人で並んで歩く事が後何回あるだろうか。
出身国は違う。進路だって全然違う。卒業後は会えることが無くなってしまう可能性だってある。
それが分からないほど子供では無い。
口を開きかけたヴィルを遮って、前から声が掛かった。

「あれ?エデンせーんぱい!」
「ああ、エース。ご機嫌好う」
「どーも。ヴィル先輩も」
「ええ。1年生は飛行術かしら?」
「そうっす。そーだ、それでちょっとエデン先輩、耳かして」

2〜3歩離れたところから、エデンの腕を掴んで引き寄せた。
驚いて少し声を上げたが、引き寄せた勢いのまま、とすん、とほとんど身体を付けてエースが耳打ちするのを大人しく聞いている。

「───、ってことらしいんで」
「……そう。ありがとう、教えてくれて。また何かバスケ部に差し入れするよ」
「やった!あ、ちょっとやめてよ。じゃ、失礼ーしまーっす」

頭を撫でられるのを半分避けたエースは、する、と2人の間をすり抜けていった。

「ごめんね、少し待たせ……?ヴィル、何か気に障った?」

振り向けば、眉間に皺を寄せたヴィルが腕を組んでいた。そのまま歩き出してしまったので急いで横に並ぶ。
仕事をしているときはポーカーフェイスも板に着いたものだけれど、普段は意外と感情を表に出す人だ。その人があからさまに「不機嫌です」という表情なのだから、慌ててしまう。
美人は怒ると怖い。

「ほんっとに、アンタ、後輩大好きね。いつ出会ったのかしら?」
「え?ええと、リドルのところのお茶会で……」
「いつの間になんでもない日のパーティーに参加してるのよ……。他の寮をフラフラするのも好きなのね」

更に歩くスピードは上がっていった。
カツカツと靴の音をさせて、鏡の間の扉を開ける。強くなる語気に反比例して、扉を開ける所作は美しく静かだ。
呆れ果てて捨てるような声に、さすがにエデンは反論する。

「ふ、フラフラ、って……。友人に会いに行っているだけだ」
「どうかしら。向こうは友人だとは思ってないかも知れないのよ?2年の時の事を忘れたの?」
「忘れてない。けれど自分は普通に接しているのに、そんなことになるだなんて思わないだろう?」
「アタシは分かるわよ」
「誰もがヴィルみたいに対人関係を築く訳じゃない」

寮ごとに位置は決まっているので、脇目もくれずに言い合いながらその位置に向かっていく。
周りが唖然として2人を見てることなど気にしないまま。

「うわ怖。珍し〜、口論なんて。ちょっとトレイくん、止めてきてよ」
「冗談だろ。マジフトの試合中に丸腰で突っ込んでくような真似したいか?」
「いや、無理かな〜」

「……おい、早く戻れ」
「獅子の君、あの2人の間に入るのは不粋というものさ。それに、毒の君の喧嘩相手がエデンだからね。心配無用だよ」

こそこそと話す他の3年生達を見ると分かるように、この3年間、ほとんど喧嘩や口論はしたことがなかっただろうという2人だ。
遠巻きに見ている2人の元同室者達も目を丸くしている。

「もう!俺が他の友人と遊ばなくなっても、ヴィルは俺のこと構っている暇なんて無いのに?!」
「あら、構って欲しいの?」
「欲しいって思っているよ!?」
「そうよね、……なんっ?」

唖然として急に止まるヴィルと、その反応に驚いて止まるエデン。
固まる周囲の3年生。
関係者は思い出す。そうだ、このグランドフロラとか言うロン毛、こういう奴だった。

「え?」
「は?」
「…………何よ、い、いきなり素直に……」
「……自分で言うのもどうかと思うけれど、基本的に俺は素直だ」

そう言って立ち尽くす2人。
周りは段々興味を無くしていくが、そこでいきなりエデンが振り返った。内ポケットからマジカルペンを取り出し、迫り来る水の塊を弾く。
バチンッ!!というけたたましい水の音。
鏡の間に緊張が走る。
ヴィルの視界の端で、ルークが駆け寄って来るのが見えた。

「エデン!」
「物質溶解液だ。触らないで」

その飛沫でエデンや近くにいた生徒の式典服の裾が、溶けたように分解されて穴が空いたり解れたりしていく。床も表面が泡立って溶けた。
エデンはいつもの穏やかな雰囲気が嘘のような鋭さで辺りを見回す。
表情の抜け落ちた顔、焦点の合わない目線。

「───いた」

ヒュ、とペンを向けた、何もない空間の先に何処からか植物の蔓が延びてきて一瞬で檻を形成する。気付くと魔法が解けたのか1人が中に捕まっている。諦めているのか暴れもせず大人しい。

「……ヴィル、怪我は?」
「……無いわ。エデン、気付いてたの?」
「ついさっき、聞いていたからね」

檻の元へ、溶けた床を飛び越えてヴィルを伴いゆっくりと歩いていく。

「変な薬を作っている奴がいる。詳細は知らないが、対象はポムフィオーレ寮長だと」

一呼吸でもエデンの反応が遅くなっていれば、ヴィルは分解液をほぼ正面から被っていただろう。そうなれば服のみならず、髪や皮膚も爛れて焼け溶けてしまう。
もちろんヴィル本人の対応力は学園トップクラスだが、反射には限度がある。

場は静まり返っていた。
床を歩く音が響く。

「行動を共にすることが多いなら気を付けた方がいい、とね。──さあ、顔を上げて。お前は、3年じゃないだろう」

ゆっくり顔を上げてみせる犯人を睥睨した。

「……なぜ?」
「認識阻害や屈折率の書き換え魔法を重ねて使ったのに、って?あまり先輩を見くびるものでは無いよ。でもよく頑張ったね、まだ2年生なのに。優秀だ」

ペンを持っていない左手をくるんと動かして、にっこり微笑むエデン。きっと彼を慕う下級生がこの場に居るのなら見とれていただろう。
だが、この場は3年しかいない。
寮で暮らし、個性派が個人主義で集うこの学校で3年間。既に実力者や関係者はどういう人間なのかは認知されていた。

「でも、どうしようもない、救いようの無い子」

本能的な恐怖が犯人の身体を支配したとき、よく聞くあの声が鏡の間に響く。

「そこまでです!」
「学園長……」
「全く!ちょおっーと教員がいない間に!この場は預かりましょう。いいですね。何か意見は?」
「それはヴィルに聞いてください。あと、これの副寮長であるトレイに」

す、とヴィルの後ろに下がるエデンの視線の先。
式典服姿の犯人の手には、赤い魔法石が付いたマジカルペンがある。この明るい赤はハーツラビュルだろう。

「ちょっと、エデン、」
「ふむ。それはそうですね!トレイ・クローバーくん!」

遠くで驚いている顔が見てとれたが、さすがに慣れているのか、諦め顔で此方に向かってくる。
エデンは犯人の腕に蔓で手錠を、口に葉を張り付けて拘束し、植物の檻を開けた。全て生きている植物だ。手錠も檻も、葉を揺らして音が鳴る。

「全く……うちの寮か。学園長、判断はヴィルに任せますよ。被害者は彼だ」

溜め息を吐いたトレイに、鼻息荒く犯人が何が言おうとすれば葉が阻む。植物がまるで「静かにしていなさい」と言うようにサワサワと首もとまで葉を増やした。

「相応の罰則を与えるべきよ。アタシの美貌が台無しになるところだったわ。軌道線上にはエデンがいたし、周りにも生徒は沢山いた。そんな中、周りを考えずにコソコソ隠れて攻撃してくるなんて考え無しの馬鹿で、何より美しく無い」

眉間に皺を寄せたヴィルを見て、エデンは雰囲気を緩ませた。首をすくませて怖がっているようにも見える。
先程まではヴィルと真正面から言い争っていたし、自分が鋭い眼で犯人を捕らえたというのに。

「分かりました。では、他の先生へ引き継いだ後戻ります。そのまま待つように!」

言っておきますが式典は短縮しませんから、その分長引きますよ!という言葉に、室内のあちらこちらからブーイングと溜め息、落胆の声が漏れ出す。放課後まで延長決定だ。
クロウリーはエデンの檻と拘束の魔法を全て上書きしてその場から植物を消し去り、何か新しい魔法をかけたらしい。ぱくぱくと口だけ動かす犯人は、声が出ないことに驚いている。

「こういうところ見ると学園長ってすごいね、ヴィル」
「まあ、そうね」
「失礼ですね、普段からすごいんですよ、私!」

言い残して扉から出ていくクロウリーと犯人を見送るが、こういう騒動を起こした犯人には別室に移るまで発言を許さない辺りが手慣れている。
好戦的な生徒も多い故に、下手に喚き散らして関係ない生徒の地雷も踏んでいくことがあると困るからだが、なかなかの教育者だ。

「溶解液が焼き溶かしたところは片付けなければいけないかな……」
「掃除させてから引き渡すべきだったわね」
「それには及ばないよ」
「ルーク……、片付けてくれたの?」

式典を始めるには汚れたままではいられないだろうが、被害者であるのに片付けるのは癪だ。
寮の定位置に戻れば、笑顔のルークが出迎える。床も他の生徒の式典服も綺麗に直っていた。

「ウィ!何よりエデンが素晴らしかったからね!これほどの手助けは容易いさ。ヴィル、エデン、怪我は無いかい?」
「無いわ。エデンのお陰でね」
「特に何も。ありがとうルーク」
「美しい2人が無事で何より。エデンは彼によく気付いたね」
「間一髪だった。話を持ってきてくれた子のお陰だよ」

そう答えれば、静かで深く諦めたような長い溜め息が隣から聞こえてきて、ルークとエデンは顔を見合わせる。

「ヴィル?」
「っふふ、実益を考えてしまうと、毒の君としては複雑なようだよ」
「そうね。全く、振り回されてばかりだわ……」

少し口をへの字に曲げて、「嘘、振り回したかな?」なんて悩むエデンを、面白そうに見るルークと苦々しい顔のヴィル。
ただ好きなようにしているだけの人間に、振り回すとかイニシアチブとか、そういう理論は通用しないだけだから余計に厄介だ。

「ううん……振り回したつもりは無いけれど、愛している人が無事で安心はしているよ」
「っな?!」

いつものようにふわりと漂う手が、ヴィルの頬に触れそうで触れない位置で撫でていく。
空気が首筋を滑っていった。

「エデン、私は?」
「もちろんルークも愛しているよ」
「メルシー!愛の狩人たる私に愛を囁いてくれるとは嬉しいよ、エデン」

解っている。
彼の「愛している」はどれもこれも親愛と慈愛だろう。
故に好意をストレートに感情を言葉にするのを躊躇わない。その点においてはルークと似通っていた。
照れ臭いとか恥ずかしいとか、そういう壁が薄い。自分が真剣に言われたら照れる癖に。

きゃいきゃいと楽しくお喋りに興じる2人から眼を反らし、ヴィルはもう一度、熱くなった顔を冷まそうと深く長い溜め息を吐いた。





continue.


pixiv.2020年9月30日