第一候補なんだ




とにかくこの世の中、かわいいっていうのは最強だ。
犬猫よりも長めにぴょんと立ち上がった耳。
真っ黒でビロードのような柔らかい毛がつやつやして、時折ぽよん、と動くそれ。

「う"っさ……?!」
「ふな?」

やむを得ず入学した、このナイトレイブンカレッジ。
全寮制で治安は悪めで男だらけのむさ苦しい中に、あんな可愛いお耳の持ち主がいるとは思わなかった。いくら友人知人の顔面偏差値が軒並み最高値と言っても、あのお耳は別格だ。
なんで誰も教えてくれなかったの?
あの長い耳は草食フェアリータイプのお耳では?!

「……え、う、うるさかったか?」
「ウケるんだけど。なかなか辛辣じゃん、監督生。」
「え?あ、ち、違う違う誤解!ごめん、デュースじゃなくて、あの人。」

食堂のど真ん中で叫ばなかったのを誉めて欲しいんだけど、押さえた口から漏れ出た声は正面に座るエースとデュースに聞こえちゃってたらしい。グリムも怪訝そうな目でこちらを見てきた。
違うんですよ。
ほら見て、目線の先、デュースの真後ろあたり。
テーブル1つ向こうで食事してる人。後ろ姿だけど人垣の間から見える、癖の付いた黒髪と大きく長い耳。
ああ、可愛いシルエット!
ピアスや民族衣装みたいな飾りがバチバチと両耳合わせて8個ほど開いてるっぽいけど、可愛いったら可愛いんだよ!
タッセルみたいな飾りもエキゾチック!ロックで最高!

「ねえ?あちらに見えるはウサちゃんじゃないかな?!」
「うさ……さっきのはそれか?」
「うん、そう。ごめん、誤解させて。」
「大丈夫だ。……うん、確かにウサギかもしれないな。」
「そーお?ウサギにしては耳の横幅広くない?ちょっとジャック寄りっていうかさ。」
「オレ様もウサギじゃないと思うんだゾ。」

まあ、確かに横幅はそうかもしれないけど、あんなにキャワイイんだよ?かわいいは正義でしょ?!
ウサちゃんは耳が良いので小声で話してチラチラ見ているうちに、彼の片耳がぱる、と震えてこっちの心臓が2倍震えるっ……苦しいっ……!

「ぐうっ……!」
「ど、どーしたんだ?!子分!」
「……何の発作?」
「そんなに好きなら話しかけてみたらどうだ?」
「無理、むりむり無理が加速する。何を言うんだ。こんなに苦しいのに!軽率にウサギオタクの前にうさぎを差し出すんじゃない!デュースだってパーツが壊れたマジカルホイールで峠攻めないでしょ!」
「確かに……それは大事だな……!」
「全然、理論通ってないのに何頷いてんの!?もー、ちょっと落ち着けって。」

何を仰るんだいエース・トラッポラ。これが落ち着けるか!自棄になって水を流し込んで深呼吸していたら、ウサちゃんは席を立ってしまう。
あー!お顔!お顔が見たいです!

「帰っちゃうじゃん。行ってくれば?」
「待って、静かに。」

手のひらをエースに向けてストップをかける。
ウサちゃんのお顔が拝見したいんですよ!こちとら!

「エース、もう聞いてないみたいだ。」
「はあ〜?」

はいはい聞こえない聞こえない。
ご友人らしき人と二人で歩くウサちゃん(仮)はここからじゃ遠いけど、うねる黒髪と褐色の肌はよくわかった。
瞳は明るい琥珀色って言うのかな、そういう黄色。少しつり目の金眼って言ってもいいかもしれない。表情が柔らかいのでキツさは無いな。
どちらかと言うとかわいいタイプの顔立ちだけど色合いと相まってセクシーなのでは?!おいおい、かわいい!語彙力が死ぬ!
視線を少し下げれば、首に細い金のチョーカー、ベストの色は……バーガンディ!スカラビア寮だ!後でケイト先輩に知ってるか聞いてみよう。
あと、尻尾。尻尾は……?あれ?

「長い……。」
「なんだ?何が長いんだ?」

耳と同じ色の長い尻尾が、床に着きそうなほど、鞭のように長い。猫のような尻尾。

「不覚……!ウサギオタクが騙されてしまうなんて供給の少なさは罪!飢えてる!正に飢えによる幻覚!いや幻覚じゃないけど!」
「何言ってんの?」

長い!尻尾が!うさちゃんじゃない!
え?!なんの動物?!











大抵の人間は忘れているが、呪いっていうのは案外ごろごろ転がっていて、自分に降り掛かって来ることも、ままあるものだ。
俺の場合は、そうだな、親が破天荒だったからって言えばいいだろうか。

熱砂の国生まれ、熱砂の国育ち。
母は魔法士。父は格の高い魔神だった。
魔神って言ってもランプに縛られてる魔人タイプじゃなくて王家に仕え……てるのか?うーん、仕えてるよりは信仰半分親交半分ってあたりの、より神様に近い存在。
とんでもないなって思う。
そんな存在と、母は一晩限りの浮気をした。
そう、その時母には既に配偶者がいた。暴君系ドメスティック・バイオレンス夫だったけど。

…………ちょっと溜め息吐くくらいは許して欲しい。

一夜の浮気は俺を産み、能力は高かったDV魔法士と魔神との争いも生んだ。
争いの内容は割愛しようかな。
ついでに言えば、魔神にも配偶者はいた。母の双子の姉だ。
魔神が面食いすぎるんでは?
地獄だろうか?
さらに言えばDV魔法士は双子の親戚だ。

……もう一回くらいは溜め息ついてもいいかな。

格式ある良家の血筋がなんたらこうたらで、代々いつも倫理観ギリギリの血縁と結婚して、挙げ句のこの騒動。
血が近すぎたからなのか、本来なら母の体内で魔神の力が薄まるはずだったのが、DV魔法士の攻撃や魔神の加護が加わりごちゃごちゃに混ざって、逆にとても濃くなって産まれた。
故に、軽率に人間としての輪から外れかけている。
それが俺。
例えるならキウイみたいな。
いるだろう?果物と同じ名前の、あと一歩で哺乳類な鳥。そういう感じで《人間》から外れかけている。
耳と尻尾がありながら、分類としては《獣人》でもなく《魔獣》でもない。もちろん完全な《人間》でもない。
そういう半端な形で今まで生きてきたら、自分の本質や居場所が定まらなくて、どうしようもなくなっている。
これが残念ながら現在進行形。

親との仲はクソほど悪いが、魔神としての力は現在父親からしか教えてもらえないし、仕方がないからほんの少しの交流はある。嫌だけど。
心底、こんなに中途半端な姿にしやがって、と思うけど。

「ウサギに見えたら、まだ良かったのにな……。」
「なーに、また何か言われたのか?」
「ウサちゃんだって。」
「ウサちゃん!お前が?!ウサちゃん!?マジかよウケる無理。」
「真顔で何を言うんだか。」

食堂でこそこそと喋っていたのは、今話題のオンボロ寮の監督生かな。
両親のどちらにも生えていない、この耳だけなら確かにギリギリウサギっぽいかもしれない。長いから。
尻尾を含めると犬とか狼に近いが、それにしても尻尾も長い。魔法史の授業で少し出てきたアヌビスという古代神の特徴が比較的一番似てるかな。
学園内では誤魔化して、魔獣のハーフだと言うことにしている。
面倒なので。下手に弱点教えるようなことになりかねないし。
ただ、サバナクローの寮長あたりは見掛ける度に疑いの目線をくれるから、魔獣でもないんだとバレてんじゃないかと思う。
鼻が良い種族は厄介だな……。

「なー、次、なんだっけ?」
「実践魔法。ミニテストあるって言ってた。」
「うそ!?聞いてない!」
「聞いてなかったのは自業自得だ。」

前回、隣にいたクラスメイトとずっとこそこそ喋ってたのは自分なのに、文句を言いながら俺の腕を掴みグイグイ引っ張って早く移動しようとしている。
嫌だな、食後にそんなバタバタしたくないから行きたいなら先行けよ。

「エデン」
「うん?ああ、どうしたジャミル。」

振り返ればそこには我らが寮の副寮長。
ほぼ同じ身長で、毎回バッチリ目が合うから直ぐに反らしてしまう。これは別に、ジャミルと仲悪いとかじゃなくて、俺にも諸事情があって。

「今日のクラス当番忘れてるのか?配布資料を取りに来いって言われてただろ。」
「当番なのは忘れてないけど、そんな話あった?」
「内容忘れてたら意味ないだろ……。」

はああ、と腕組みして深いため息を吐かれてしまった。
これは『失敗』だ。

「ご、ごめん、直ぐ行く。ほら、お前は腕離せって、」
「お前も忘れててヒトのこと言えねえじゃん。あーあ、軽く相手になってもらおうと思ったのにさあ!」
「うるさいな。適当に探せよ。」

あーわーと文句垂れながら離れていく友人に背を向ける。
あいつほんとに思いっきり腕掴んだな!爪が食い込んだところが普通に痛い。

「エデン、大丈夫か?腕。」
「ああ、別に問題無い。少し痛いだけ。あの人魚、ほんと馬鹿力すぎるんだ。」

ジャミルの切れ長の目が俺の痛む右腕を見下ろして、少し細められた。
うん?なんなんだろうその表情は。たまに何も言わないんだ、この男。厄介だ。

「ジャミル、行こう。何持っていけばいいんだ?」
「ああ、歴史博物館から参考資料で取り寄せたパンフレットらしい。それなりに冊数あるぞ。」
「わかった。でもジャミルがいるから大丈夫だろ。」
「は、何を根拠に。」
「頼りにしてるよ、運動部さん。」

もう一回ため息をもらってしまう。
でもジャミル、バスケ部じゃなくても文武両道、才色兼備、はちょっと違うか?まあそんな感じの友人……、多分暫定、友人だ。ちょっと言いきれないが。

「おーい!ジャミル!エデン!」
「……カリム。」

モヤモヤ考えてると、後ろから走って来て俺とジャミルの間に収まるカリム・アルアジーム。
カリム寮長とはジャミルを通してそれなりに顔見知りだ。
言っても顔見知り程度なので、言うほど仲が良い訳ではないが、カリム寮長は気安く話してくれるし、もう少しでも仲良くなっときたいとは思ってる。
毎回、ジャミルが会話をサクサク切り上げるから難しいけどな。
さすが従者、すごい従者。俺の「仲良くなっとこうかな」という下心が見えてるのか、ガードが固すぎる。

「カリム寮長、こんにちは。」
「おう!元気か?」
「勿論。この通り。」

言って、耳をペコペコと動かせば寮長は満面の笑みになる。
俺のこのちょっと珍しい姿をそれなりに気に入ってはくれてるらしいから、彼の前では意図的に動かすようにしてる。

「どうしたんだカリム、何かあったのか。」
「いいや何も!ジャミルと別れて移動してたら見かけたからさ、声掛けたんだ。」
「そういえば昼食は2人で食べてるな。そこから俺を探してたのか、ジャミル。ごめん、やっぱりすごく手間掛けさせた。」
「別に。エデンを探す程度、造作もない。」
「ジャミルはすごい奴だからな!」

こうやって、たまにどこか自慢気なジャミルとそれを誇らしそうにしてるカリム寮長を見るのは嬉しい。やっぱり寮長・副寮長の息が合ってる方が、寮内も雰囲気が良くなるだろうし。
顔を上げればまたジャミルと目が合う。
急いで反らした。

「そうだな、気が利いて頼りになる。」
「だよな!」
「俺のことはいい。カリム、次は飛行術だろう、着替えに行かないと遅れるぞ。」
「あっ!そうか、そうだった。じゃあまたな、エデン。」
「また。怪我の無いようにね、寮長。」
「おう!ありがとな!」

走っていくカリム寮長をジャミルと見送りながら、俺はジャミルに視線を戻す。
ふと、視界を掠めるモノがあった。
空気中に漂うソレ。
黒く、渦巻いてどろんと重い、液体のようなもの。
普段は石に溜まるまで目に見えない、ブロットと呼ばれるものだ。
ジャミルのポケットに差し込まれたペンの先に吸い込まれていくのを目で追いかけて、自然と心が重くなる。
目を合わせると、合った相手のブロットがしばらく見えるようになるから嫌なんだ。ジャミルとはさっきバッチリ目が合ってしまっている。
こんな時ばっかり魔神らしさを発揮して、勝手に他人の心の内を覗き見ているようで後ろめたい。
だから友人だと言いきれないでいた。
ここに来る直前に何か小さな魔法を使ったんだろうが、ジャミルは精神的ストレスが大きいのか頻繁に見えてしまう。
でも、何も言い出すことが出来ないでいた。
下手な事を言い出して気色悪いと距離を置かれるよりも、せめて胸を張って友人だと言えるようになるチャンスを残して置きたくて、迷惑ばかりかけてると思う。

「エデン?」
「う、うん?」
「何ぼーっとしてるんだ?行くぞ。俺達も遅くなる。」
「ああ、そうだな、ジャミル。急ごうか。」

一歩先を行く彼を追いかけて歩き出す。
漂う黒い水滴を、手で追い払おうとしてみた。
所詮悪あがきだ。無駄だってことはもうとっくに承知している。
こんなブロットなんて溜め込まないでジャミルには元気でいて欲しいって思ってるのに。

彼は俺の、数少ない《ご主人様》候補だから。







continue.