嘘つきは泥棒の




ある日父親はこう言った。

──捻れた魂と身体で長くは生きては居られぬ。19の歳を数えるまでに成らなければ死に至るぞ──

「成る」とは何に成るのかというと、魔神だと言う。
一介の魔神として1人の人間と契約して、人間を捨て魔神と成る。
DV魔法士と父親の魔神の魔法が大爆発起こした結果が今の俺なわけで、その影響は続いてる。
それをどうにかしなきゃ死ぬって訳だ。

……お前達のせいで存在が捩れているんだが?

契約により「人間の範疇から片足出したような中途半端な人間モドキ(耳と尻尾付き)」を「魔神として成立させて人間を辞めさせる」ことができる。
真面目に言って手段がふざけてないか?
19歳の誕生日に死ぬか早めに人間辞めるかって、選択肢が最悪だと思った。もっと穏やかな回答が欲しいけど、でも、俺にはどうしようもなくて、従うしかない。

死にたい訳じゃない。

ブロットしか見えないこの目も、ちゃんと成れば他の力の流れも見えるようになるらしい。
【急募】ご主人様、未経験可、経験者優遇。
1人目の契約者には基本的に一生涯憑くことに……じゃなくて付くことになる割に、19歳という雑な年齢設定のせいで、卒業後じっくり探している暇は無さそうで辛い。
約80年程は一緒にいることになる相手がそーんなホイホイ見つかると思ってんのかあのパリピ共は!と思ってたんだけど。
このナイトレイブンカレッジでジャミルに出会った。

誰がなんと言おうとも《ご主人様》だ。
合理的な判断が出来ないようなバカは嫌だし、俺が納得できない事を無理矢理命令しそうなのも嫌。
気軽に話せる人がいい。
ある程度放っておいてくれたらいい。
それで欲を言うなら見た目は綺麗なほうが好き。
子供のころからそう思っていたから、入学直後から一応恐らく多分そこそこ仲良くできてるジャミルは最優良物件!
故に好感度を上げて行きたい。
のに、当番の仕事を忘れるのは明らかに『失敗』だろう。
テンションはどん底だ。
放課後、人の来ない物置のような小部屋で膝を抱える。
談話室から程近いから声が小さく漏れ聞こえてくるけど、それよりも俺が敷いたクッションの中身がガサガサ動く音のほうが大きい。

「普通に考えるとクソ重いしな……。」

親友とも呼べないレベルの、まだ1年ちょっとの付き合いの友達に「これから俺が人間辞めるために契約してください。期間は一生です」って、重すぎる。
ジャミルって一通り何でもできるから、例え俺が魔神に成れようともそんな使役神なんて要らないんだよな。
そこは確かに「ある程度放っておいてほしい」の条件に当てはまりはするが、ジャミル自身で全部なんとかできてしまって一切お声が掛からないのも、腕が鈍りそうで嫌だ。
はーーーーあ、なんて高望みで身勝手なネガティブ。
『失敗』続きで心も重いが身体が重い。
毛織物のブランケットにくるまって寝そべった。
あー、小窓から見える星空がきれい。

「こんなことなら、クルーウェル先生にも相談しなきゃよかった……。」

多少癖は強いけど、良い先生だと思う。
1年の終わりごろに、拠り所が無さすぎて精神的にぐらんぐらんになった俺の状態の相談をした時だって、
「本当に見つからないなら、俺のところに来い」
と言ってくれるような先生だ。生徒を想って言ってくれてるんだと解ってしまって、血の気が引いた。一瞬で申し訳なくなった。
情に訴えたい訳でも無かったのに、教師としての情けをもらってしまって、恥ずかしくて落ち込んだ。
『失敗』だった。
先生に主人になってもらうなら、せめて、頑張って良い子にして、外堀埋めてからにすれば良かったのに。
……外堀埋めてる間に気取られてBad Boy判定貰いそうだけど。
あとの候補は、レオナ・キングスカラー先輩くらいかな。
契約した魔神は有り体に言えば、執事とかお手伝いさんとか部下とかそんなものだ。あの人はちゃんとすればそういう立場の者を使うの上手そうだから。でも接点が無くて望み薄。ついでに俺の性質を考えるとこれまた申し訳なくて無理。
あーあ、

「もう、嫌だ……。」
「何が嫌なんだ。」
「っ?!え?!」
「ようやく見つけた。こんなところにいたのか。」

入り口のところに掛けておいたタペストリーを持ち上げて、ジャミルがこちらを見ている。慌てて起き上がった。
やばい、勝手に持ち込んだ絨毯とかクッションとか怒られるだろうか。
ていうかよくここが分かったな。

「入っても?」
「どうぞ……と言っても、ここ、倉庫部屋だから俺に断らなくても、ご自由に。」
「ほぼ私物化してるみたいだが?」
「う。」

耳がべちょりと伏せてしまう。
元々あった絨毯類も勝手に敷いて、ここで寝ても問題ないくらいにしてあるから何も言えない。黙って大きめのクッションを差し出した。
向かいに座ってクッションを抱き込んで肘をついたジャミルは、こちらを真っ直ぐに見てくる。
小さなランタンだけの暗い部屋で、射抜くような強さの視線だった。

「で?何が嫌なんだ。」
「あー、いや、明日の授業が億劫で、」
「エデン、下手な嘘をつくな。いつも熱心に勉強してる癖に。試験の結果も良かっただろう。」
「試験結果知ってるのか……。」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「あー、スカラビアの副寮長。……その、別に、大したことじゃない。ほんの些細な悩みだよ。」

生きるか死ぬかに関わるので大したことではあるけどな。
片眉を上げて疑わしげな顔のジャミルこそ、疲れた顔色をしてる。目が合わないようにタイミングを図って口元をメインに見ておけば、大抵は問題ないのでたまにこうやって観察するんだ。

「どうだかな。」
「なんでそんなに疑うんだ。」
「成績が良くて他人の事は完璧に出来る割に、自分自身の事はぐだぐだぐちゃぐちゃやってるだろ。俺の仕事を頻繁に手伝っておきながら、遅くまで課題をしてる。気付かないとでも?」
「……同室でもないのに痛いところばっかり突いてくるんだから。」
「同室に移動させて蜂の巣にしてやろうか?自分のことが満足に出来ないなら手伝うのを止めろ。体調崩すぞ。」
「それこそ嫌だ。」
「おい!」

くるまっていたブランケットを外してジャミルに巻いた。
身動き出来ないところを寝転がらせたら、気温下がったんじゃないかって位、ものすごい不機嫌な雰囲気になってしまう。げ、怖い。
隣にうつ伏せに寝転がって、ブランケットを外してるところを見ていれば、諦めたのか腕を組んで大人しくなった。

「ジャミル、仕事は?」
「……カリムはもう寝た。」
「そ。……あのさ、ジャミルが言っただろ。」
「は?」
「成績が良くて他人の事は出来るのに、自分の事はぐだぐだやってる、って。そういう性格なんだよ。例えば自室の掃除始めようとしたら、まず談話室の掃除始める。集中するまでがものすごい長い生き物なんだ。俺って。」
「効率が最悪だな。」
「そういうふうに出来てるから。」

魔神モドキとして出来ている。
人間という土台の端で拠り所も自信も無く、魔神というデコレーションが知らず知らずの内に重くのし掛かって、意思がバラけて集中するまでが程遠い。
きっと自覚が出来ないところに「実際の性格」があって、それも影響してるはず。
多分19歳の誕生日には、どちらにしろ全てがどうにかなってるだろうが。

「邪魔?」
「癪だが助かってる。」
「はは、最初は断固拒否してたの思い出すよ。」

懐かしくなって尻尾で足を叩いたら、肩にパンチで仕返しが来た。
痛いな。自分が鍛えてるのを忘れたのかジャミル。

「エデン。」
「事実だろ。まあ、俺も許可してくれて助かってるよ。自分の意識がまとまるまでに、やることに事欠かなくて。」
「事欠かないのが問題なんだが……。」
「ははは、確かに。」

笑い事じゃない、と苦い声が飛んで来る。
本当に疲れが溜まってるんだろうな。

「邪魔じゃないなら俺が手伝ってる時間で、ジャミルが自由に好きなこと出来た方がいいだろ。ジャミル、優秀だしさ。なんだって出来るよ。」
「……なんだって、か。」
「そう。」

知識経験とか色々身に付けられたら、将来は上手いこと俺を使って欲しいっていう下心半分、心配が半分。
上手く使ってくれるなら契約魔神としては万々歳だ。
スキルが上がって力を付けられる。力が付けばしっかりくっきり魔神に成る!
取らぬ狸の皮算用してるうちに、口元に手を添えて黙ってしまったジャミルに、身に付けて来ていたストールを被せた。
暑い!と怒られてしまった。

「そうだ。エデン、ホリデーは熱砂の国に帰るつもりなのか?」
「一応そのつもり。ま、帰る家は無いし、帰ったって帰らなくたってあんまり変わらないけど、久しぶりに羊肉の串焼きでも食べようかと思って。」
「は?」
「うん?」
「何て言った、今。」
「羊肉の串焼き食べたい。」
「違う!家が無いって言っただろう。」
「ああ、うん。無い……、けど、去年言ってなかったか?」

母親はDV魔法士から逃れるために俺を置いて何処かへ姿を消したし、魔神はそもそもこの世界に家を置いていない。王宮に祭壇みたいなのはあるが。

「っ!な、何?」

ノースリーブの寮服から出した二の腕を思い切り掴まれる。この薄暗い中で起き上がったジャミルの顔に更に影が落ちて表情は読めないが、何か焦ってるような雰囲気は解った。

「今までどう生活してたんだ。」
「あ、あ〜、11歳位までは、父親の知人に預けられてた。大学の教授してるって言ってたかな。」
「その後は。」
「ええ?なに、俺はこれでも図太いんだけど?」

ちょっとふざけてすっとぼけようとしたら手の力が強まった。
二の腕に着けた金の細い腕輪が食い込んでくる。

「ジャミル、痛い、待て待て、話すから。……あ〜、その、父親がDVだった話はしただろ。」
「したな。去年聞いた。」
「それで、まあそいつのせいで知人のところに居れなくなって、道端で適当に声掛けた人の家、転々としてる、って痛い!腕痛い!ジャミル!」
「何を考えてるんだ。道端で適当に?」
「い″っ!し、仕方ないだろ、知人のところは父親にバレてる。他にまともな親族もいないし。」

寝転がったまま腕を外そうと抵抗していると、肌にバサリとジャミルの長い髪が落ちてきた。
覆い被さるように詰問されて、確かに防犯意識が底辺だったとは思ってる、と言うと、ものすごい深くて長い溜め息が頬を掠めた。

「今までよく無事で生きてきたな。」
「商家とか、お金持ちそうな人に声掛けてたから。そういう人間は、まあ、『正しい』教育を受けているだろう。耳と尻尾の組み合わせを見て俺が普通の獣人ではないって早々に解って、珍獣扱いしてくれたよ。衣食住は完備。」

見世物扱いと同等なのでプライバシーは無いけど。
それを読み取ったのか、ジャミルの気配に怒りが混じった。

「それで、まあ、その家の手伝いとかして。お小遣い貰ってる。」
「お小遣いって……。」
「直近はザイン家。」
「は?!織物製作加工の?!」
「うん。それは貰い物。訳あり処分品。」

何故かジャミルは血相を変えて、バサッ!とさっき俺が身体に被せたブランケットをひっくり返した。

「大きめの織物の割にやたらと軽くて手触りが良いなとは思っていたが本当だ……この四隅の意匠と縁の刺繍飾り……。」
「たしかこっちに市販品用のタグが……、ほら。」
「本物……。なんでこれ処分品なんだ、アジーム御用達の高級織物工房だぞ。」
「そうなんだ?どこだったかな、……あった、ここ。ここの織りがちょっとほつれてるだろ。新人さんが失敗しちゃったのを最終検品まで気がつかなかったらしい。」

検品の手伝いで発見現場に居たので、手伝いの報酬として貰い受けた。
珍獣扱いは変わらなかったが、ザイン家の人々は優しく仲が良く、このナイトレイブンカレッジに通うのも大変応援してくれている。1番長く滞在させてもらったし、もし帰省したとしても顔を出す家と言えばザイン家ぐらいしかないと断言できる。

「このほつれ1ヶ所で処分品か……。」
「その顔を見るに、アジーム家は特注で最高級品でも買ってたのか。取引もあっただろうけど。」
「当たり前だろ。後学のためにカリムと取引現場に立ち合ったんだ、市販品とは桁が違う。カリムは額に驚いたりはしてなかったが。」
「ふうん?」
「ふーん、てお前。」
「俺は店番の手伝いの後とかに、美味しい屋台飯が貰えたら満足なんだ。あの家はアジーム家とそういう取引もしてるってだけ。」
「この市販品でも2万マドルはするんだぞ。そんな家に取り入っておいて欲が無いな。」

無言で視線を返す。
あの親と生活しろと言われたら地獄だと思うから、ザイン家は特に天国と同等だ。恩を仇で返してたまるか。

「話が逸れた。エデン、ホリデーだが。」
「うん。」
「諸々で寮の成績が奮わなかったのは知ってるだろ?今回のホリデーは特訓に充てることになった。」
「は?」

特訓?!
驚いて起き上がると、その拍子に眼が合ってしまって更に動揺する。
それで帰るのか聞いたのか。
昨年はそんなこと聞いてこなかったのに。

「悪いが、羊肉の串焼きは俺が作る物で我慢して貰いたいな。」
「羊肉は別に、串打たなくてもいいし、それにジャミルに手間掛けるくらいなら自分で作るって。……いや、じゃなくて、待った、全員参加?」
「全員参加だ。座学も実践も、教えられる側が居れば教える側も要る。お前は成績優秀者に入るからな。」
「え……まさか先生役?カリム寮長は?」
「賛成してる。当たり前だろ。」

これほどまでに勉強してて後悔したことがあっただろうか?ホリデーなのに!嫌すぎる!
ここで頑張ったらジャミルの俺に対する好感度上がります、って言うなら頑張るけどそんな保証は無い。チャンスがあるとすれば、カリム寮長とちょっと仲良くなれるかな?って程度か。それも保証は無い。
嫌だ、ふて寝する……。

「おい、寝るな。」
「あ″ー、もう、だって!」
「はあ……、嫌なのは分かるが、エデンくらいは言うことを聞いてくれないか。」
「さ、参加拒否って訳じゃない。手伝いも、協力だってするから。大丈夫。」

ジャミルのうんざりした声で身体が固まった。
とっさに言い返したけど信じてくれているかは分からない。事実なのに。

「……俺はもう戻る。そのまま寝るなよ、ここは空調の効きが悪いみたいだからな。風邪ひくぞ。」
「消灯までには戻るよ。」
「おやすみ。」
「おやすみ、ジャミル。」

さりさりと絨毯を踏む音が遠ざかって、出入り口のタペストリーが下がったのを聞いてから、部屋に防音障壁の魔法を掛けた。
…………あああ!!クソ!俺だって素直に言うこと聞きたいっつーの!あの野郎!!こっちのことも知らないで!
言ってないからだけど!
言ってないからだけどハラワタ煮えくり返りそうだ!
19歳で終わるつもりなんて全く無い。
そうしたら、いつまで続くか分からない悠久の時間が俺を待ち構えている。その飽きるほどの時間に学生だったころの思い出くらい持って行きたいと思っているから、合宿だって何だってやってやろう。
でも!ホリデーって休みじゃん!
屋台で買い食いしたり、地元の友人と久しぶりに遊んだり、そういう思い出もたくさん欲しい。
なのに!!

「休み!ホリデーって休み!!なんで働くんだあの従者は!意味がわからん!俺も予備軍だけどあんな馬車馬レベルになるつもりは無いからな!!」

遠慮無く叫んだ。
学生は学業に励むのが本分だろ?子供は遊ぶのも本分だろ?
何なんだ。そりゃアジーム家本家に居るときの方が息が詰まりそうだが、学園に居たって変わらないだろ。
あんな、選択授業までカリムに付き添って。

「有給休暇使って休めーーーー!!!!」

力の限り叫んで、今日の失敗は全部気にしないことにした。
明日からの俺、頑張れ。
合宿中に乞うご期待!
もう知らねー!おやすみ!!






continue.