混乱を招くなら
「では、今年はいらっしゃらないんですか。」
ホリデー前最終日の授業終了後。
もう教室内の雰囲気が浮き足立ってしょうがない。その中でスカラビアだけが意気消沈してる様は分かりやすくて結構だ。
分かるよ、俺も嫌だ。
「残念だけど。」
「ええ、とても残念です。今年もエデンさんが寮に遊びに来てくださるのではと2人が楽しみにしていたのですが、特訓では仕方がありませんね。」
「人魚は他にも所属してるんだから、俺が行かなくても遊び相手には事欠かないんじゃないのか?」
去年は早めに故郷でのホリデーを切り上げてオクタヴィネルへ遊びに行ったのだが、思いの外アズールやリーチ兄弟は覚えていてくれたらしい。
色とりどりの珊瑚を維持するため、温度や海流が保たれている寮内の水槽に潜らせてもらったりして、熱砂の国ではなかなか味わえない「泳ぐ」ってことを満喫した。
……ついでに、はしゃいだウツボの人魚にいきなり底まで引きずり込まれて恐怖も満喫した。半泣きで陸に上げてもらったのは苦い思い出だ。
「人魚ではないから楽しいんだそうですよ。」
「ふうん?薬が無きゃすぐ溺れるレベルなのに。」
遊びに行って1番最初は、俺の故郷仕様の昼食を作るってことを対価にして、ジェイドにちょっとだけ泳ぎ方を教えてもらった程だったんだから、むしろ面倒なんじゃないかと思う。
本能で泳げる人魚が、脚のある人間型の生き物に泳ぎ方教える、ってなかなかハードな問題だったし。
「おやおや、何故沈んでしまうのでしょうか?」って言ってた。知らねえ。フロイドは「逆に器用じゃん?」とか言って爆笑してた。うるせえ。
魔法無しで自在に浮けてたら苦労してない。
「まあ、来年か、早ければホリデー終わりの週末にでも行くかも。疲れるけど泳ぐの楽しかったから。」
「それはそれは!歓迎しましょう。またランチを作って頂ければ嬉しいですね。」
「じゃあ鶏買っておいて。」
「事前に日程をご連絡頂ければ確保しておきますよ。」
オーバーブロットからそんなに日にちは経ってないのにも関わらず、普通に隣に座ってるアズールは鶏肉料理の予告に機嫌がすこぶる良いらしい。表立っては言わなかったけど鶏肉好きなんだろうな。分かりやすい。
熱砂の国の中でも俺が生まれた周辺は鳩料理が名物だから、そのうちに折角なら鳩も味わって貰おうとしてるのは秘密にしておこう。
「リーチ兄弟は何がいいの?」
「僕に聞くんですか?」
「話の流れで。」
「知りませんよ。第一、前回だってどれもこれも食べ尽くしてたじゃありませんか。」
「確かに。余ると思ってたけど余らなかったな……同じようにマハシーでも沢山作ればいいか。」
「はましー?」
「ちがうちがう、マハシー。」
「マハシー。」
手振りを交えて「いろんな野菜とかに米詰めてあっただろ」と言うと思い当たったらしい。アズールてば相変わらず記憶力が良い。
「チキンストックが染み込んでいてとても美味しかったですよ。」
「じゃあそれをたくさん。」
1年時にジェイドと同じクラスだったことから知り合って、彼のストイックな食事制限は知ってるけど、食べるのか食べないのかは自身にお任せ。
「じゃあ、日程はまた連絡するから。俺はこれで。」
「ええ、よいホリデーを。」
にっこり笑ったアズールに背を向けて教室を出る。鏡舎に向かって歩き出せば、靴音が追ってきた。
「エデン。」
「見てたなら声掛けてくれたら良かったのに。」
少しゆっくり歩けば隣にジャミルが追い付いてくる。
視線は感じてた事を暗に言えば、嫌そうな顔をして「気付いていたならこっちに来て欲しかったんだが」と呪詛のような低さで呟きを頂いた。
「アズールのこと苦手なのか?」
「……普通に喋るお前の気が知れない。」
「余程だな。気を付けておけば特に何もならないのに?」
「あのな、取引交渉じゃないんだ。普段からそこまで気を張っていられない。しかもマハシー作ったのか?」
「よく聞こえたな。作ったよ、対価だったから。」
ジェイドには泳ぎ方指南というハードな依頼してしまったからな。
「カリムには黙っておいてくれよ。」
「え?……あ!あ〜、カリム寮長はブドウの葉包みのやつ好きなんだっけ。」
「これ以上手間の掛かることしてたまるか。」
「さすがに作ってあげられないからなあ……、分かった。黙っとく。」
「そうしてくれ。」
聞いたら食べたいって言いそうだもんな寮長……。詰めたり包んだりは意外と面倒だから。
「今日はカリム寮長は部活?」
「いや、昨日が最終だったから今から迎えに行く。」
「そう、じゃあ俺は先に寮に戻るよ。明日からも色々あるから、手が必要なら呼んで。」
「十中八九呼ぶから着替えるなら寮服でいてくれ。」
「はいはい。」
カリム寮長のクラスの前で別れて、俺は寮へ。
鏡舎では最速で帰る奴らとすれ違って、哀れみの目線を向けられた。最高にイライラするので無視!
イソギンチャク達を相手にするのかと思うと今から気が重いんだ。他の寮の奴らも構ってたら胃に穴が空いてしまう。
やってくれたなアズール、と思わないことも無いけど俺としては「ノートで点数上げられるなら最初からそれなりにちゃんとやれ」としか言いようが無い。
学校に通えて、それなりに普通の寿命があって、別に主人を探したり契約して一生付き添ったりして人間辞めなくてもいいのに。
獣人は獣人で、人間は人間。人魚も妖精もあるがまま。
こんな何なのか分からない耳と尻尾でいる訳じゃないのに。
そうやって思ってしまう。
嫌な野郎だ。
鬱屈した気持ちを、思いきり息を吐き出して追い払った。嫌だ嫌だ、辞めようこういうの。
息荒く歩いて寮に入るとすぐに、向こうから同室者が走ってくるのが見えた。
「エデン!グッドタイミングじゃん!」
「なに?ハールーンがそう言うときはあんまり良いこと無いんだけど。」
「……ご機嫌斜めならバッドタイミングだったっぽいな。どうした?」
眉をくい、と上げて聞いてきた。
ハールーンはこうやって率直な態度の同室者だから、言い訳も許されている気がして助かってる。カリム寮長とはまた違うタイプの陽の気が強い人間だ。
「ああ……、その、ごめん大丈夫。ちょっと八つ当たりした。」
「ふん?ならいいよ。それでさ、オレ、実家に先に送るものがあるからちょっと出てくる。机に貰いもんのパウンドケーキ置いてあるから食って。」
「分かった、ありがとう。そうだ鍵持ってる?俺も多分直ぐに出るかもしれない。」
「持ってる。バイパーか?」
「うん。」
「そっか、了解。大変だな。出るとき閉めてくれればオッケーだから。」
了承の返事を返すと、俺の肩を軽くポンポンと叩いて走っていく。
…………大変だな、か。
大変なんだろうか?
この数年間、いろいろ考えてきたつもりだ。でも、大変かどうかっていう感情は考えなかったかもしれない。
と言うか考える前に多分、別に大変だとは思ってないんだろうな。
ジャミルはなんでか成績を誤魔化したいみたいだが、勉強ができるのと仕事ができるのはちょっと別物だと思ってるから構わない。
判断は早いし気が利くし指示も的確で、確認すべきところはこちらに目線を寄越す。手伝っているとそういう感じなので苦を感じない。
普段は少し多めに作った菓子やご飯、帰省したときはお土産をくれて、バースデープレゼントもくれた。
そういう報酬もしっかり用意するあたりもご主人様候補として高得点だ。頼み事も頻繁ではあるが毎日って訳じゃない。
趣味なのかお香の香りが時折していて、身嗜みにも気を配ってることが分かる。
ジャミルは格好良いし。
うん、改めて考えてみると全然大変じゃない!
泥沼みたいに落ち込んでたテンションは考えている内に上向きになって、部屋に着く頃には上機嫌になったのが自覚できた。
なんてお手軽なんだ、自分。
鍵を開けて、自分の椅子に鞄を置けば、机の上に白い紙袋が置いてあるのに気付いた。さっき言ってたパウンドケーキだろう。
「プレーンかな?……お、フルーツ……?」
断面に赤いものが散っている。
なんだろうか、ストロベリー?
ジャミルはまだ来ないだろうし、ミントティーも持ってきて早速食べよう。着替えは……ま、後でいいか。
楽しみだ!
─────∝∽∝─────
正直言って、俺ってあまり寮服が似合ってない。
カリム寮長には「そうか?そんなことないぞ、黒髪はジャミルとお揃いだしな!」というすごい気を使ったギリギリのフォローをもらってしまっている。黒髪なんてスカラビアだけでも何人いることやら。
その一歩後ろから「多分、フードがあるのが似合わないんだな……あと赤よりは青」という、ジャミルの静かで確信に満ちた率直な呟きが聞こえてきたのでそっちが正しいんだろうな。
パウンドケーキをありがたく一切れ頂いた後着替え始めて、腰に布を巻いているとノックが聞こえてきた。
「いるか?エデン、」
「ああ、開いてる!どうぞ!」
まだ上を着ていないけど、これは別に『失敗』にはならないだろう。
入ってきたジャミルはちょっと顔をしかめただけだった。
「すぐ着替えるから、座って。はい、どうぞ。」
「ミントティー……何か菓子でも食べてたのか?」
「ハールーンが貰ったパウンドケーキを少し。」
グラスを渡してベッドに座っていて貰う。
フードつきのノースリーブを手に取りながら、そういえば、と背を向けた。
「一切れ残ってるけどジャミルは食べる?…………ジャミル?」
返事が無いので振り返ると、俺の背中で視線が止まっている。
グラスをサイドテーブルに置いて、ゆっくりこちらに歩いてくるのが怖い。今までの、どのジャミルとも雰囲気が違う。
変な汗が吹き出すのが分かって、手に持った服を握り絞めてしまう。
思わず一歩後ずさって机にぶつかった瞬間に服を持っている方の手首が捕まった。
「背中、」
「え、あ、刺青のことか?これは、」
「見せろ。」
「いや、別に特別なものじゃない。故郷の魔除けで、」
「エデン。」
囁くような低い声が間近で聞こえる。
掴まれた腕で引き寄せられるが至急離れたい。ジャミルのもう片方の手が、剥き出しの肩を掴んでくる。
まさか、知ってるのか。
「下手な嘘は吐くなって言っただろ。ほら、回れ右。」
「い、嫌だ。そんな、見せるようなものじゃない。」
「見せるようなものじゃない?魔除けなんだろ。見せても問題は無いはずだ。無防備に着替えてるんだからな。」
『失敗』にはならないなんて思ったのはどこの誰だ?
全然失敗だ。混乱した俺の頭ではもう墓穴しか掘れないらしい。
肩に置かれた手で半ば強引に背中を向けさせられて、いきなり降って湧いた痛い沈黙に鳥肌が立った。
背骨に沿うように入った刺青を指先で撫でられて、無意識に体が震える。
「従属の契約印……?エデン、なんでお前が、こんなものを刻んでるんだ!?」
砂漠の夜みたいな声がする。
振り返りたくも返事もしたくないが、肩はつかまれたまま。もう一度ひっくり返されて、机とジャミルの間で固まるしかない。
「ジャミル、その、とりあえず、座って。落ち着いて欲し、」
「これが落ち着けるか?!この模様は一生の隷属の証だ!反逆も逃走も全て!総て封じられる魔法契約の刺青だろ!!なんでお前の背中にある?!!」
「違う、これは違う……!生まれつきで、」
「その刺青がか?っは、生まれつき?まさか、……ああ、父親が暴力的だったと言っていたな、それでか。」
もう半分パニックになりそうで俯いた俺を、机に両手を着いて下から見上げてくる。額が着きそうな距離で無理矢理目線を合わせられて息が詰まりそうだ。頬の筋肉が引き吊る。
適当に誤魔化しの説明をしておいた過去の自分さえ、今の自分の首を絞めてくるとは思わなかった。
「エデン、どこの家の紋なんだ?組み込まれた文章もこっちの地域じゃ見たことがない。」
「待ってくれジャミル、本当に!違う、これは、自分の紋で、っ!」
どろ、と黒いものが視界に入ってきて言葉を失った。
ブロットが、見える。
なんで……魔法は使われてないはずだ。
「自分の?……この刺青について知らないまま入れられたのか?!胸糞悪い!これは従う側が入れるんだ、アジームの最下層の使用人は腕に入れてる!」
「最下層って、」
「文字通りの意味だ。…………何を仕出かしたんだか知らないがな。それが、どうして、お前にあるんだ……。」
深く凍えそうな溜め息と共に、背中に腕が回る。
ぐ、と力を込められて、ジャミルの息と顔が鎖骨辺りに当たって、抱き締められてることは自覚できても視界は黒く染まっていく。
どうして、どうしてブロットが見えるんだ。
「エデン、こっちを向け。」
「い、嫌だ。」
「……いつも俺から目を反らして、そんなに俺が嫌いか?」
「っ違う!絶対違う!」
「なら、俺を見ろ。」
息が上がる。
どうしたら説明できる、信じてもらえるんだ。
土壇場で話を聞いてもらえないなんて、まるで、普段から信じて貰っていないみたいで。
「瞳に映るはお前の主人」
詠唱か、……!
「止めろジャミル!!話すから!止めろ!!」
「尋ねれば答えよ、」
顔は手で固定されて、抵抗しようにも脚の間にジャミルが立っていて満足に動けない。無駄に足掻いただけで終わった。
「っ!お願いだ!!瞳はだめだ!ジャミル!!」
「命じれば頭を垂れよ。」
「ジャミル……!!」
「蛇のいざない《スネーク・ウィスパー》」
バツン、
頭のどこかでブレーカーが落ちた音がした。
力が入らなくなるのと同時に、視界がブロットじゃないもので黒く染まっていく。
言ったのに、どうして。
ジャミルに寄りかかるしかなくなる身体の感覚と、ジャミルの動揺した声。
最後に見えたのは、扉を開けたハールーンの驚いた顔だった。
continue.