後日談

設定を自己満足でぼやきます。
その前に本編には入れなかった短い話をつまみましたので、よければ暇潰しとしてお付き合いいただければ嬉しいです。
ショート×4です。時系列はバラバラです。
















#有り得なかった人



主人はカリムの商談に同行するというので、ちょっと暇をもて余していた。
こういうときには大抵、かつて親交があったりした人の今現在を覗きに行ったりしている。今日も今日とて、魔神の道をスタコラサッサ。彼の黄鉛鉱色の星を追いかけて適当なところに顔を出せば、どうやらそれなりに賑やかな食堂で軽食を取っていたらしかった。
バカでかいグラスにお茶が並々注がれているのを飲みながら、向かいの人と話している彼は生き生きしているし元気そうだ。飢えていることも無さそうだし、よし!満足満足!

「おい、覗き見とは趣味が悪いな?」
「!」

言葉と一緒にアンティークゴールドのような鈍く輝く大きな星が、人には見えなくなってるはずの俺にドワッと襲いかかって来る。

「うぐ、ちょ、ぶはっ!」

強い力に息苦しくなって空間から飛び出せば、本来の目的である彼は目を白黒させていた。

「うわっ!!え?!エデンくんじゃないスか!なに、え?どこから?」
「ラギー、久しぶり……。」
「エデン・バドル・グランドフロラ。テーブルの上にフラフラ浮いてんじゃねえよ、降りてこい。」
「はい……。」

ラギーが適当に近くの空きテーブルから拝借した椅子を並べてくれるので、すとんとその上に座る。

「ああ〜、どうも、あの、ほとんど初めましてですよね、キングスカラー先輩。」
「あれ、2人ってそうだったっけ?あ、店主〜!もう一個お茶もらえねっスか!」

あいよー!という元気な声が聞こえてきて、ちょっと見に来ただけなのにと、肩を落とすしかない。

「なんか、魔神になったって聞いてたけど、元気そうで良かったっス。今の、突然出てきたのは魔神の力ってやつ?」
「いや、正確には魔神の通り道を通ってきたらキングスカラー先輩に引きずり出されて。」
「詰が甘いな。古代神の魔力を駄々漏れにしてたら気付くだろ。」
「漏らしてたわけではないです。人聞きが悪いな。」

パリパリに揚げられた小料理をフォークでつまむのを横目に、俺とラギーは少し雑談。
見た目があれから変わってないので、人に会うつもりは無かったけれど話せるならそれはそれで嬉しい。
そんな中にお茶が来たので素直に受け取った。

「おい、手。」
「え?」
「見せてみろ。」

突然なんだと思いながら左手を差し出す。
特に何もないはずだ。というかそもそも本日初めましてなので。
俺の手先をしげしげとひっくり返しながら眺めて、なんでもないようにポンと一言。

「爪が契約者に寄って染まるのは事実か。」
「おえ!?」
「え、染まる?ってなんスか?」
「ああいや、ただ単に、俺達魔神が見てる魔力には固有の色があって。契約すると主人の魔力の色に爪が染まるんだ。先輩どうしてそんなこと知ってるんですか?」

魔神なんてそこらじゅうにいる訳じゃない。
どちらかというと熱砂の国特有の存在だ。さらに輪を掛けて、俺みたいな存在は少ない。故に文献もほぼ無いはず。

「いつだったか、書庫で古い手記を読んだ。日付からすると6代前位だろうな。」
「あー、じゃあそれは、河と雨水の魔神ですね。彼女は、完全な魔神だったけれど人間と結婚して、契約魔神に書き変わったモノです。」
「その魔神の爪は赤かったらしいが。」
「主人、もとい結婚相手の色ですね、きっと。色は基本的に属性に付属しますから、水の魔神としては苦しかったと思います。魔力を扱う指先に、よりによって炎の色が染み込んだんだから。」

それでも一緒に居たいと思うような人だったんだろうけれど。

「じゃあ、例えばエデンくんが俺と契約したら何色になるんスか?」
「ラギーは黄色。」
「へえー!面白いっスね、俺の魔力って黄色なんだ!」
「見せようか?」
「え!」

ラギーは楽しそうで、キングスカラー先輩も何も言わないし、というか興味深そうにこちらを見ているので構わないだろう。
手を伸ばしてラギーの目前を漂っていた黄鉛鉱色の星を捕まえる。握った手に小さく呪文を唱えて、指をゆっくり開けば、金平糖のような形の星が天の川のように流れた。
そのままラギーの元に戻っていって散らばり、いくつかは本人にぶつかって吸収されている。

「〜っ!なにこれ!こんななんスか?!」
「こんなだよ。」
「魔法の発動時とは違うのか。」
「そうですね。あくまでそれは魔法として魔力を変換した先の結果の色であって、その人個人の持つ力の色ではないんで。」
「え、じゃあレオナさんは何色スか?」
「おいラギー、」
「見せましょうか?」
「………。」

なんだかんだ、興味はあるんだろう。静かにこちらを見ている。
先輩はあまり文献に載らない俺達魔神の仕組みが気になるし、自分の力も把握したいんだな、きっと。
同じように遊んでいる星を掬った。呪文を唱える。

「うわ、全然違う!」
「はいどうぞ。」

ざら、と流れ出して、鈍く光を反射する。
思案顔で捕まえようとした指先に当たって吸収された。

「当たると消えるんスねえ。」
「うーん、消えるというか、元々本人から溢れている魔力の欠片だから、身体に戻ったって言った方がいいかもな。」
「具現化と増幅の古代呪文か。」
「ん?!」

大当たりである。ジャミルが「あの人古代学関連に強すぎるんだが…!」と半ギレだったのを思い出した。
なんで熱砂の国の古代呪文なのに分かるんだこの人。

「……呪文としての言語体系が複雑だな。おい、もっと何か唱えろ。」
「いやいや駄目です、まだ新人ですよ、俺。今の段階だと自分の専門意外はまだ少し不安定なんで、余程の事がなければ古代呪文は唱えません。」
「他の専門のやつを唱えろ。と言ったところで無駄だろうな。」
「軽いレポートくらいなら書きますから、勘弁してください。先輩、なんとなく俺の魔神としての力が何なのか分かってるんじゃないですか?」
「え?なんスか?何々?」

興味半分からかい半分、そんな顔でラギーが身を乗り出してくる。

「こんな人が居るところじゃ言いにくいんだけど……、ジャミルの魔力が濃い灰色なことに、俺は何も問題を感じてないんだ、ラギー。」
「……魔神としての力と同系統の色だから?」
「カレッジで見掛ける度に、俺に対して含んだ顔してたのはそのせいだろ。」
「そうですね、あの時俺は主人足り得る人を探してた。貴方は候補の1人だったけど、ユニーク魔法を知って、止めました。俺の力は"黒い"。あまりに貴方の出自と相性が悪かった。」

只でさえあのユニーク魔法で良く思われてなかった先輩に、「冥界所属の魔神」が付いたところで良いことなんて何も無い。
他国の、仮にも"神"と名の付くモノを、この国は拒絶するだろう。
逆に、あの2人を含めたあの家は、冥界の魔神が保有する「人の生死をコントロールする力」に危険より「利益」を感じてくれている。もちろん倫理に関してはきちんとしているので、問題は無い。
自国の魔神であり、どういった逸話が残る存在なのか理解している。
そういう差があった。

「なるほどな。」
「そんなこと考えてたんスね。でもちょっと勿体ねぇ〜。レオナさんと契約してたら、その外見なんて何にも違和感無いスよ?レオナさん、珍しい獣人連れてるなーってくらいで。気にしてたっしょ?」
「え、気付いてたのか、ラギー。」

確かに、空中に現れたときは店内中から視線を感じたが、すぐに日常に戻っていった。熱砂の国なら歩いてるだけでずっと物珍し気に見られるのに。

「だからと言って、万が一にも契約する気なんざさらさら無いがな。俺に魔神が必要だと思うか?」
「思わないっスよ。」
「思いませんよ。」

俺ももうジャミルから離れるつもりも無いし。
という言葉は寸でのところで口から出さなかった。セーフ。
ふんす、と息を吐いたキングスカラー先輩は、パリパリザクザクと食事を再開した。
あまり長居するのも迷惑だろう。

「じゃ、俺はラギーの顔が見れたから、今日のところは帰るな。」
「え、メシ食ってかないスか?」
「残念だけど、お金持ってないんだ。ほんと、顔見に来ただけだったから。お茶の代金は後で送るよ。」
「要らねえよ。その代わり古代呪文のレポート送れ。」
「分かりました。あ!対価ついでに、2人に砂と鉱石の魔神を紹介します。楽しみにしといてください。彼、金属系の色の魔力、大好きなんで。金と黄鉛鉱色は嬉々として来ると思いますよ。」
「は?」
「え?」
「ああ、安心してください。契約魔神じゃないので。ただ、お喋り大好き魔神が好きな魔力を持った雑談相手を探してるだけです。ここ800年くらいは生きてる魔神なので、先輩、俺のレポートよりもずっと詳しく、熱砂の国の古代呪文のこと聞けますよ。さて、ラギー、また今度。」

ぽかん、とした顔なんて初めて見たな。そりゃ、魔神と直で話す機会なんて熱砂の王族か神官くらいしかないだろうし。と思いながら指先を魔神の道に差し込む。
さてさて、次は誰のところに行こうか、それとも帰って昼寝でもしようか。
全身が道に入った時には、後ろからラギーの混乱した声と、唸る先輩の声が聞こえてきていた。












#IN THE SEA



「うわー!久しぶりだ〜……!」

前回よりかは弱めに掛けた魔法と薬に感謝しながら、海面に浮かぶ。ひんやりと、でも凍えるほどではない温度の水が心地好い。

「相変わらず浮くのすら下手クソじゃぁん?シーラカンスくんは。」
「シーラカンスに失礼じゃないか?それはむしろ。」

久しぶりにオクタヴィネルへ遊びに来た。
ただの土日なので、もっとここにも人、もとい人魚がいてもいいはずだが、居るのはリーチ兄弟とアズールだけ。
しかもアズールは俺が来る前から海底ですやすや昼寝しているらしいので、実質海面付近には三人しかいない訳だ。
浮かぶ俺の横を、フロイドが笑いながら過ぎていく。
ジェイドは今ちょうど海面に上がってきたところ。

「今日はまた、あの葉巻き料理を作ってくださるんですよね?」
「作るよ、というか、もう下拵えは終わってる。」
「それは楽しみです。」
「…………………………。」
「……エデンさん?リラックスしているところ申し訳ありませんが、貴方の乏しい泳力では寝てしまったら沈むと思いますよ。」
「いやいや寝てない寝てない、目を閉じてるだけ。」

まずい、気持ち良すぎた。
これが本気の海洋ど真ん中で1人きりというなら悠長にしていられないが、一応オクタヴィネルの敷地内だし、周りに人魚が三人いるし。安心安全。
クスクスと軽やかに笑って海中に潜っていく二人を見て、追いかけるようにぐるりと体を回転させる。俺の数十倍は早いスピードで泳ぐので、もう二人の姿は少し霞んでいた。
ここから見るとひらひらしてて、ちょっとリボンみたいだな。

もう一度目を閉じた。
水面の境目にある耳に波が当たって、カポ、ばちゃ、と音がしているのを聞きながら、尻尾で少しだけ舵を取る。
細い尻尾なので微々たるもんだ。
そうやってしばらくして、水中呼吸の魔法に感謝しながら目を開ける。

視界の端にアズールが映った。
ああ、起きたんだ。と思っていればリーチ兄弟が近くに寄ってきて何事かを話している。
うーん、人魚だなあ。
制服を着て授業受けてる分には人魚だとは感じれないので、こうやって遊びに来るとしみじみとしてしまう。

少しアズールと喋りたいなと思って方向転換をしながら泳いでみるけど、ほんの少しの波が向かってくるせいで全然進まない。
じたばたばちゃばちゃ、足掻いたところで三人に近づいた気は全然しなかった。無念。
疲れた手足を投げ出したら、くるんとアズールの蛸の脚が肋骨あたりに巻き付くので、ありがたくしがみつくことにする。キュム、と吸盤が少しだけ吸い付くのが新感覚で面白い。
多分これ言ったら引かれるな。

「はぁ、本当に下手ですね。」
「ウケる〜!全然進まねぇの!」
「しくしく、僕の苦労は何だったんでしょうか?」

うるせー!
言い返したくとも海中に沈み込んだ今、俺の発声方法では満足に音が伝わらない。
魔法は呼吸と浮力だけしかかけてないから、反論は食事しながらになりそうだ。

「夕食の準備までは時間がありますから、散歩でもしましょうか。」
「1名様海底までご案なぁい。」
「ゆっくり行きましょう、稚魚より泳げない方がいますので。」

もうなんとでも言えこの野郎共。
ジロリと見返せば楽しそうに海の底に沈んでいく。
冥界由来の俺としては、段々太陽の光が届かなくなるのに正直安心感を感じていた。
海底散歩は嫌いじゃないんだよな。
ただ前回は、いきなり引きずり込まれたのに驚いて怖かっただけで。
ホラー映画だろあんなの。

人魚の声が少し笛のような響きを残している事に気づいてからは、更にちょっと楽しくなっている。
馬鹿力人魚曰く、人間は鼓膜じゃなくて頭蓋骨で人魚の声を聞くらしい。
確かに響いてる感じがして面白いと思う。

反論と一緒に感想を伝えようと決めて、海洋に溶け込む三人を追った。






「なんつーかさあ、普通、そういうの全部、人間は怖いって言うんじゃね?シーラカンスくんてわかんねえ〜。」
「特殊性癖ですね。」
「海で暮らした方が、と思いましたが貴方では生き延びれなさそうで……。」

伝えた結果はこれである。
おい!もうマハシー作らないからな!!













#魔神の謌



「うわ………、きつい………。」

遠目から彼を見かけて、最初は思わずそう言った。
血の気が引いてふらついた俺を、ジャミルとカリム寮長が支えてくれたのははっきり覚えている。

冥界で生死の審判をする(予定の)俺と、似た性質なんだろうと思ってしまうくらいの気配だった。
それが災いした稀有な例。
彼を見かけた瞬間に嫌な力の捻れもドッと流れ込んで来て、悪寒が全身を駆け巡っていた。
目を反らしたけど時既に遅し。
ぐわんぐわん揺れる視界と力が抜ける脚が言うことを聞かなくて二人の腕に寄りかかるように倒れたんだった、


よな。
と、思い出している。
この人を目の前にして。

「こんにちは。」
「こんにちは!君は、スカラビアのエデン・バドル・#namfne#さん!どうかしたの?兄さんに用事かな?」
「うん、そう。ちょっとだけ会えたらいいなと思ったんだけど、でも、アポとってなくて。無理そうか?」
「うーん、ちょっと待ってて、聞いてみるね。」

通信中?らしく黙ったオルト君を見守りながら、唾を飲み込んだ。なんか、変に喉が乾いて、いつもの喋り方を忘れてしまったような心地がする。

倒れた日以来、彼の兄を見たことが無かった。
どうやら基本自室にいて、リモートでアレコレやっていることが多いらしいので、見かけないのも納得ではある。
だけど、どうしても気になってしょうがなかった。
ウルダルの瞳で昏睡したときに近い、冥界の気配。
でも俺がはっ倒れるほどの捻れと歪みを感じたから、今イグニハイドに来た訳でして。

「お待たせ!」
「ありがとう。どうだった?」
「ちょっと今は手が離せないみたい。ごめんなさい。何か伝言とか、あったら伝えるよ。」
「伝言、か。うーん、そうしたら、これを渡して欲しいんだけど、頼めるかな。」

ザイン家の御守り。
ウルダルの瞳の模様を刺繍した織物を、小さな小さなクッションにして房飾りを付けた、ストラップ程度の大きさ。先輩をイメージして鮮やかなブルーを選んで送ってもらったやつだ。

「御守り:熱砂の国の定番お土産もの。」
「そう。邪魔かもだけど。オルトくんにも色違いをあげる。」
「わあ…!ありがとう、エデン・バドル・グランドフロラさん!」
「じゃあ、よろしく。」
「うん!またね!」

笑顔で受け取ってくれたけど、兄の方は受け取ってくれないかも知れないな。何せお互い接点無し。
それに、渡したものは本当に特に何の変哲もないザイン家のお土産ものだ。魔法をかけてる訳じゃない。
むしろ、掛けたら不味いことが起こる可能性もある。

だからこれは俺の自己満足。
先輩を見たときから、何が原因なのか分からないが、得体の知れない不安と焦燥感でギリギリと焼け焦げそうだったから、「何かした方がいい気がするけど何がなんだか分からない」という気持ちのまま渡した。
彼に何かを話してもらうなら、俺も何か話さなければならないだろうが、何よりも接点が一切無いのだから論外だ。

俺が魔神になれたら、もう一度会いに行こうか。
この不安と捻れた力の正体を見極めに。





「お、お守りぃ……?」
「そうだよ兄さん!僕ももらっちゃった!不思議な模様でキレイだね。」
「うん、いや、そう、でも顔すら知らないが?何か裏があったりしたりします?盗聴器とか入ってたりして?いやいやそれはまさかすぎるでしょ。メリット皆無にも程がある。」

クッション部分を押し潰したりスキャンにかけたり、一通りやってみてもそれはただの土産物であった。
一つだけイデアにジャミル・バイパーという心当たりがあるにはあるが、その心当たりが命中していたとしても土産をもらうような関係値ではない。

「ま、もらえるなら、ありがたくもらっときますか。何て名前だっけ?視覚データ送ってくれる?」
「エデン・バドル・グランドフロラさんだよ。今メインの方に送るね。」
「ありがと。……バドル?バドルってなんか聞いた覚えあるんだけどぉ?ハッ!これがまさか前世の記憶ってやつ?そんなわけ無いワロた。えーと……?」

少し離れたところから歩いてくる姿を捉えた、オルトの視点で撮られた映像が映される。
大きめの黒い耳、細く長い尻尾。スカラビアの寮服。

「ヴぁッッッ……!!」
「兄さん?」
「え、なんか、なんか!野生のネコちゃんみたいな人だが!?特定の村に集中爆撃がかかるタイプキター!会わなくて良かったの極み!挙動不審が天元突破するところだった!」

幸か不幸か、比較的に特定の村に片足を突っ込んでいるイデアは気付かない。
「バドル」は熱砂の国では冥界の魔神とされていて、決して人名には付かないことが書かれた研究資料が、ハードディスクに眠っていることに。














# DAY AND NIGHT



「大丈夫か?ちょっと顔が青いぞ、エデン。」
「か、カリム寮長……ちょっと胃がキリキリする……。」
「そんなに緊張しなくとも問題無いと思うが。」

久々に呼んでしまった呼称に「もうオレ、寮長じゃないのに」と訂正を入れるカリム寮長もとい、俺の主人の主人はいつもより少し着飾っている。
ジャミルも同様だが、首の契約印が見えるように襟繰りの開いた服だった。
俺?何も変わらず少し刺繍の入った黒いガラビアに白いワイドパンツだが?
どうする?
そんな適度に着飾れるような服、持ってない。
「ちょっとしたパーティに着ていけますよ!」なんていうセールストークは巷でよく聞くが、ちょっとしたパーティて何だそれと思っていた。なるほどこういうタイミングか、と思い知る。
服を生成しようと思えばできるが、やるには俺のイマジネーションとセンスがかなり問われる。主にセンスに自信が無い。
あとは最終手段として魔神の服?なんか、そういうやつがあるけど大袈裟な気がして着てない。
不味い。この簡素さは浮くのでは。

「お披露目だから、主役は緊張するよな。」
「既に当主には軽く挨拶しただろう。いつも通りでいいんだ。胸を張れ、エデン。」

必然的に丸まった背中をジャミルの手が擦ってくれる。
もうへたへたに伏せきった俺の耳の上を、苦笑いのカリムがワサワサと撫でていく。

「じゃあ、先に行くぞ。大丈夫、オレもジャミルもいるからな!」
「ありがとう、カリム……。」

実家な上に慣れてるんだろうな、こういう謁見的なやつ。
勝手知ったるなんとやら、もう一人付いて来ていた使用人を従えて淀み無く歩く後ろ姿を見ながら、胸元で詰まりそうだった息を吐いた。
俺のお披露目兼、アジームに魔神が来たぞの宴が開かれるらしい広間は、「大使の広間」と呼ばれているらしい。本来、国内外からの大きなキャラバンを迎えたりする場所。

「服だけでも借りれば良かったかな。」
「は?何を言ってるんだ?ザイン家の服だろ、それ。」
「え、ああ、バイパー家に行くならってくれたんだ。たまに遊びにおいでって言ってくれてて。本当に良い家。」
「はあ……、いい加減自覚して欲しいな。」
「何を。」
「ザイン家はアジームの御用達高級織物工房だって事だ。その胸元の紋章を見て、ここに居るような人間が『質素な服だ』なんて言うと思うか?」

だからお前用の式服を買うのは一旦止めたのに。
と、不満げなジャミルは、人差し指でとすとすと俺の心臓の上を小突く。

「いつもの模様じゃないのに分かるもんなの。」
「当たり前だ。」

曰く、ウルダルの瞳模様は良くも悪くも大衆向け。一方、この刺繍には手がかかるので、市場に出回らない最高品質と価格のものにしか付いていない意匠らしい。
初めて知った。あんなに毎日見かけてた刺繍なのに。
またお礼に行こう。

「ん、呼ばれたな。行くぞ。」
「えっ、う、はい!」








「ひ〜……、」

勝手にクッションを増やしたソファに倒れ込む。
疲れた、という言葉はなんとか飲み込んだ。

「無理してないか?」
「してない、大丈夫だ。緊張の糸が今ブチキレたところ。」
「よく頑張ったな。最後の方はふにゃふにゃだったが。」
「ふにゃふにゃって、だって、いやもう、あれだけ美味しそうな飯あったのに……喉通らなかった……。」

ざわざわと運ばれてくるビリヤニの山とか、スープの海とか。
緊張が溶けたので今さら腹が減ってくる。
言ってしまえばもう食べなくても良いんだが、人間だった時からそんなに経ってない上に、いかんせんジャミルの作るものが美味しすぎて、断食なんてできそうになかった。
それに、俺の分用意してくれるんだから食べなきゃだろ。

「何か作るか。」
「カリムに?」
「お前に。」

べっとりとソファに貼り付いてる間にさっさと着替えたジャミルが、俺の腹辺りの空いたスペースに腰掛けた。

「いいよ。ジャミルも疲れただろ?契約印のこと説明しなきゃいけなかった分、ジロジロ見られて、なんか触られてたし。」
「思い出させるな。本当に気持ち悪かった……。」
「はは、止めれば良かった。」

覆い被さってくるのを受け止める。
触られていた首もとを擦ると、腰に腕が差し込まれてぎゅうぎゅうに抱き締められるので、思わず「おえ、」と声が漏れた。静かな笑い声が返ってくる。
こうやっていると懐かしいな。
学生時代になんとなくのスキンシップをかまして驚かれたのに、今はちゃんとなんか、それっぽい気がする。

こんこんこん。
部屋に響いた音に、右手を添えていたジャミルの背筋が強張るのが分かった。

「…………。」
「お客さんだ、出るから一旦退いて。」
「ああ"……。」
「怨念が詰まってるなあ。」

ジャミルを上から退かして、扉に向かう。
開いた先にはまだ年若い女性が、盆を持って立っていた。多分、比較的最近アジームに支えるようになった子だろう。

「あ、ま、魔神さま!」
「うん?」
「寝しなのお飲み物をお持ちしました!」
「え、ありがとう。重いのに。」

大きめのピッチャーに穀物茶が注がれているので、それなりにこの子の細腕では重いはず。面倒なことを言い付けるやつも居たもんだなあ。

「いえ、ごゆっくりお過ごしくださいませ。」
「そうだ、お茶はカリムのところにも行ってる?」
「ええと、カリム様の分はいつもバイパーが用意しておりますので、私達の方ではご用意しておりません。」
「そっか、そうだよな。ごめん、呼び止めて。良い夜を。」

丁寧な礼をして去っていくのを見届けてから、窓際のテーブルに運んだ。

「俺が行ってこようか?」
「……いい。」

ノロノロと起き出して向かいの椅子に座るので、ちょっと飲んでから行くんだろう。
ピッチャーに手を伸ばすのを止める。

「?」

相当疲れてるらしい。
おい、脳の回転止まってる?
用意された二つのグラスにピッチャーからなみなみと注いで、自分の前に並べて置いた。
左手の中指の甲に唇を付けて、小さく呪文を唱える。サリサリサリと溢れ出てきた小さな黒い星をグラスの縁にぐるりと回して、もう一度別の呪文を唱えれば、
『ごぼり、』
嫌な音を立てて、明るいブラウンの穀物茶が粘り気のある黒い液体に変わり泡立つ。

「は?」
「うわ、クソ気持ち悪。」

追加の呪文を唱えたら、うね、とグラスの中で形を変え、吸盤の付いた足で器用に這い出てきた。穀物茶でできた三匹の蛙が、ぽちゃぱちゃぺちゃ、とテーブルに着地。
蛙になったら少しは可愛いかな。
もう1つは蛾にする。さすがにデカすぎなので五匹に等分した。

「な、うわ、止めろ、なんで蛾にした?!」
「不審に思われずに屋内を飛ばすためにだよ。この毒のグラスをくれたやつのところに、こっそり夜這いに行って欲しい訳。」
「毒……?」
「そりゃあさあ、緊張してて威厳ある態度なんて出来なかったけど、舐められたな。失敗した。だからって毒を多めに塗っても俺は死なないのに。愚かだ。」

開けっぱなしの扉から蛾と蛙が出ていったのを見送って、グラスを足元に置いた。
眉間に皺を寄せるジャミルの手を取り、手の平を重ねて魔力を浸す。

「匂いがしたんだ。毒の匂い。多分、俺が人間と同じ毒で死ぬと思ったんだろ。両方のグラスに塗られてたから、ジャミルは巻き添え喰うところだった。絶対に許さないからな。明日にはどこかで死体が転がってるのを許してくれ。」
「……、」
「はは、複雑な顔してる。」
「当たり前だ。」

人殺しか、正当な防衛か。
ジャミルにとっては命が助かった瞬間でもある。
今回は色々な意味を込めて見逃して欲しいな。
だって、俺についてはさっき説明したんだ。ランプの魔人のようなガチガチに縛られた契約ではないって。
だけど主人にまで手を出した。
歓迎などされていないと取ったぞ。

「明日、俺がしたことがカリムを泣かすなら謝る。」
「……エデンがやり返したと言ったら多少ショックは受けるだろうが、無いな。」
「ならいい。」

くっつけていた手の平をゆっくり離すと、間に星が凝縮するようにして集まる。そこにチャコールと黒のマーブル模様のグラスが生成されて、ジャミルの指がステムを絡めとった。
陶器に似た音を立てて置かれたそれに、お茶を注いで一口。

「俺ができることなら助力すると言ったけど、こんな対応が出てくるなら話は違う。このあと一生、ジャミルとカリムの言うことしか聴かないからな。」
「……………、お前、」
「うん?」
「少し性格が変わったな。何かを決める時の思い切りが良くなった気がする。」
「……ああ、それは、そう。成る前は存在が不安定だったんだ。だから、うーん……。」
「なんだ?」

これを言うのはなんか、恥ずかしいんだけど、いいかな。
これから相当長く居るので確認はしとかなきゃ、ってところはある。

「こういう俺は嫌い?」
「まさか。」

即答だった。
不敵に笑う俺のご主人様は今日も最高!







end.



























|設定集とあとがき|



♪魅惑の、アーラビアンナ〜イ♪

ってことは?どこまでアラビアンナイトする?って感じで探り探りの状態から見切り発車したのがよくなかったなと思います。
「アラジン」の舞台アグラバーはインドだとかトルコだとかバグダッドとか色々考察説を見たけど、それでいてスカラベ(エジプト)……???
こんな文章力と理解力で4章跨ごうなんて無茶だったんだ……と思いました。

でも一応、こういう話が書きたいな、結末こうしよう、というのはあって。一応書けたかなと思います。




(?)主人公:エデン・バドル・グランドフロラ

アヌビスモチーフ。
エジプトは個人名・父親名・祖父名でフルネームを構成することが多いって聞いたのですが、あんまり意味なかった。父親嫌いだからあまりフルネーム名乗らない。
魔神になったら父親が上司に当たりますけど。一応。


#生い立ち
ほとんどアクロポリス神話(エジプト神話の体形の1つ)のままです。
纏められた体系や掲載媒体により違いがあるとは思いますし、話の中で人間にしたり魔神にしたりしましたが。
アヌビスはジャッカルとかがモデルなのが通説でしょうが、個人的に「絶滅した他の動物かもしれない」説が好きなのでそっちを採用。


#故郷
カリムの故郷とは少し離れた国内の違う地域……というふんわりした設定です。
「ニアル川流域」としましたが、これは「ナイル川流域」の意味合い?というか、そういうアレです。
違う地域でも似た風習が残ってたり神話が影響してたりするので、そういう全部ふんわりした設定。


#魔神
言葉的に魔"人"と魔"神"にあまり違いは無いらしい?です。
でも今回勝手に
魔人→ランプの魔人系、契約が強い
魔神→フリーランス、神様っぽい
っていうことにしました。勝手に。すみません。


#ご主人様
ジャミル・バイパーになりました!
良かったストーリーがまとまって!(まとまってない)


#ユニーク魔法
特にありません。
魔神に成れれば力が安定するので多種多様な魔法が使えるようになります。最初はやっぱり不安定だけども。
\お茶の子さいさいだ!〜♪/
でもそれに胡座をかいて勉強をサボれば、成ったとしても落ちこぼれます。なので主人公は頑張って勉強してる。
世の中実力主義だね。


#モブ馬鹿力人魚
声もデカい。この人魚と一緒にいるとアズールは近寄ってこないっていう隠れた設定がありました。
何の人魚かとは何も考えなかったですけど、サメとかでもいいかな。まあ未定です。
主人公に主に人魚を絡ませた(?)のは同じクラスだからっていうのもあるんですけど、
西洋に属する人魚ってローレライやセイレーンとか、船を難破させたり嵐の予兆だったり、人間にとって恐るべき存在の1つだったし、ヒトではないものに敏感そうだからというのがありました。
意識とは別のところの(本能的な?)興味本位で主人公に近寄って来るイメージ。






「各話のはなし」

6話目のキャプションに書きましたが、5000〜6000文字程度で区切れるように話作ったんですけど、もうちょい1話が長い方が良かったな?と思います。


(?)1話目&2話目

「就職活動日記」って言いながら、日記じゃないですね。迷ったんです。(※当初のタイトルから今のタイトルに変えました)
でも一人称で書こうと思って、ほぼずっと一人称?のつもりです。
この2冊は特に、合わせて5行で纏めようとすればできたのでは……と思います。ナレーションで処理。
読み返すほど、このシリーズは1話読み切りで終わってた説あります。
ただ私が、なにも起こらないぼんやりした話を書くの好きなので全7話になりました。延ばしたな。


(?)3話目

当初オアシスまで行かせようかと思ってたんですよね。それで諸々あって「ブロットが見える」って設定を出してたんですけど止めたので全然(笑)全部が意味ない(笑)

#瞳
神話のホルスの目(ウアジェトの目)。
ミイラに添えられる魔除け装飾などに使われたモチーフだそうです。
なので話の中では「見ること」「瞳」とかをキーにする魔法に対して拒絶反応を示します。ジェイドの魔法とかも、もし掛けられたら同じように気絶するでしょう。


#アジーム家最下層の使用人
ほとんど奴隷のような人たち。
まあ実際は居なさそうですね。


#ジャミル
ジャミルの執着と好意の引き金をどう引こうかなと思って、「他人の家の所有物だという印」っぽいのを出しました。
ぼんやりと好意があって、普通に今後も交流があるんだろうと思ってた人物が「既に他人の物で、卒業したら自分より条件最悪でほとんど奴隷のように働く予定」って知ったら「はあ?!」ってなるかな、という考えでした。
ちゃんと書けてない気がします。



(?)4話目

ジャミル視点。
難しすぎて笑った。
良くも悪くも、混乱させるのもカリムだし落ち着かせる(いつものジャミルに戻す)のもカリム、にしたかったです(願望)

#養護教諭
保健室の先生。捏造。
ジャミルにトドメ(?)を刺した。
NRCの養護教諭なら結構なところまで医師に近いのでは?でも結局養護教諭て医師じゃないし、この後1度医師呼びそう。
元医師が養護教諭しててもいいけど……まあそういうのは他の保健医夢主さんに任せよう!
学校なんだから生徒の申し送り事項とかはさすがにちゃんとしてるはず。



(?)5話目

こういう話の流れの時って、起きたらジャミルがベッドサイドに!じゃないの?って思いつつ、デイヴィス・クルーウェルです。2話目の回想を回収。
あと実はこの話、本当に最初はクルーウェル先生がお相手(?)予定だったんですよね。
(余談:書いてた当時はハロウィンで、「先生!めちゃめちゃ面白い人じゃないすか!どんどん舌打ってこ!」みたいなテンションだったんで。)



(?)6話目

オバブロ後のジャミルなら混乱してる間に言質取るくらいはしそうじゃないですか?
それにしても距離感バグってんな……。
基本的に出したお菓子とかはエジプトでも食べられているもの(らしい)です。(オーツ麦のビスケットはIKEAからですけど)
バクラヴァほんとに美味しい!ほんとに美味しい!!!!
ピスタチオとか甘いお菓子がお好きならめちゃめちゃにおすすめです。



(?)7話目─最終話

彼らの中では対等なパートナーなので、「主人」と呼んだりしますが、儀式的な形だけの呼称です。
だからジャミルが1人旅したかったら「いってらっしゃい」となる。
契約後のジャミルがエデンを呼び出そうとすれば、ポイポイ呼び出せるようになってるので、物理的な距離に頓着しないようになります。







(?)おまけ
ジャミルと契約したことで、心身ともに安定したエデンを書けてたらいいなと思います。

@有り得なかった人
書いた通りです。
1ヶ月後くらいに砂と鉱石の魔神が遊びに来るでしょう。

@IN THE SEA
頭蓋骨で聞く人魚の声
と、泳ぐのへたくそな主人公。
それなりに仲が良いです。

@魔神の謌
不安で不穏なんだ。
ちゃんと会う日が来るのかは知りません。

@DAY AND NIGHT
DAY:謁見と宴
NIGHT:毒返し
ぽちゃぱちゃぺちゃっていう3連擬音語気に入ってます。





では、年単位で更新止めたりなんだりしましたが、この話は終わりです。
ここまで本当にありがとうございました。
コメント等本当に嬉しいです。