MIDAS

ポムフィオーレ寮所属、2年生、エデン・グランドフロラの大きな手は、いつも白い手袋に覆われている。

入学する前からそうであるので、どうこう言われても気にしていない。
それに、退っ引きならない理由があってそうしている訳であって外せるものなら外したい。
常々そう思っているが、今、初めて学内で素手になっていた。
目の前には小さな安っぽい指輪。
アルバイトで稼いだ金で出来るだけいいやつを買ったらしいが、まぁ学生の身分であるし、たかが知れていた。
隣にはそこそこ仲の良い元ルームメイトがソワソワと落ち着かない様子で座っている。

「その、あの、ごめんな、でも、やっぱり……」
「や、別に構わねえけど」

ふんす、とエデンは息を吐いた。
手袋に収まっているので少し伸びがちな爪で、指輪を拾い上げる。
すると、≪チャリリ≫と軽く氷にヒビが入るような音をさせて、銀色の指輪が金に変わっていた。

「……スゲー!?ありがとう本当に!ありがとう!ウウ〜……!」

本当に感激したようで、上から手のひらに落とされた指輪をケースに仕舞うと、蓋を開けたまま感嘆の声を上げている。
差し込む光を静かに反射している指輪は今や純金製。
細やかな造りの上品な品だ。

「アレックス、お前本当に告白するつもりなのか?」

手袋を着けながら横目で見れば、大いに動揺している。そんなに動揺していて、いざ想いを伝える時にどうするんだか。
そんな気持ちで座り直せば、か細いなりに決心がついている声が聞こえた。

「するよ、欲しいものには全力で行かなきゃ、だろ」
「それには同意はするが、趣味が悪いな」
「かわいいだろ!!!」
「男なんだよ」
「愛に性別が関係あるもんか!」
「無いけどアレは絶対無理だ……」

このアレックスという男、なんと他寮の男に恋をしていた。なんというか、男を手玉に取るタイプのキャピキャピした男に。
取り巻きはその愛嬌の良さに騙されている。
古いドラゴンの系譜として、それなりに年月を生きているグランドフロラには、彼の想い人がそこまで可愛いとも綺麗とも思えなかったのだ。
どうしてって、ここにいる2人の元ルームメイトは、モデル兼俳優のヴィル・シェーンハイトと、シェーンハイトと並んでいても見劣りしないほどの容貌の男。
媚を売ってくる人間が大嫌いなグランドフロラにとって、最高級と言っても過言ではない、気高く美しい人間が既に近くに居る。
2人とも大切な友人なので口が裂けても言わないが、もしも万が一、選べと言われたら2人のどちらかを選ぶだろうと思う位には美しい人間たち。
そんな2人とキャピキャピ男、比べるなと言う方が無理だった。

「まあ、頑張れよ」
「ありがとう!成功したら2人も誘って飯行こうな!」
「……そうだな」

曇り無き眼で輝く笑顔の友人はこれからバイトだと言うので、グランドフロラは静かに空き教室を後にする。

廊下に響く靴の音を聞きながら、久しぶりに手袋と自分以外の物を素手で触ったな、と考えていた。
触ったものを金に変えるというユニーク魔法は、出来上がってからずっと、発動を止められないでいる。
なんとか魔法布で織り上げた手袋で抑えたが、机が金にチャリン、椅子がシャリン、キャンディーがチョリン、シャワーのお湯が砂金になってジャラララララララ。
自宅の部屋の半分が金色で染まって、泣きそうになって困り果てた末に諦めた。
何せ、そこそこ魔力量のある古いだけのドラゴンモドキなもので、オーバーブロットなどは遥か先にある。

ふと思い立って渡り廊下に飾られた絵画の額縁を素手で触れば、コリン、と鈍く輝く金縁に。
はーあ。
そんな溜め息を漏らしたくなるものである。

「危ない!避けてくれ!」

そんな声を聞いて飛んでくる物を認識はしたものの、受ける手を選ぶことはできなかった。

「うわ、やべ」

受け止めた訓練用の剣がチリリ、と金色に染まったところで、もう遅い。

「すみません、怪我は無いで、す、か……?」
「無いけど、悪い、ちょっとこっち」

広場から駆け寄ってきた後輩にポカンとした顔をされて、血の気が引く。
手袋をしたままの方の手で後輩を引きずって、渡り廊下を出て視線が集まらない木陰に移動してから剣を返した。
グランドフロラには元に戻すことが出来ないので、そうするしかなかった。

「ほんと、悪い。訓練用でもそれなりにするだろ」
「あ、え、いえ、……わざとでは無いと理解できます。それに、剣を手放したのは俺の不手際ですから」

指の背でコツと剣をつつくのを見て、気不味さで口の中がぐずぐずした。

「あ〜……、売ればそれなりな金額になるから、それで新しいやつ買うか、どうにかしてくれるか」
「それは有難いですが、むしろこんな金の塊、俺にはどこに持っていけばいいか分かりません、」

それはそうか。この位の年齢の人間が信用に足(た)る質屋など知っていたら気味が悪い。
自分の知っているところを教えようと内ポケットのメモ帳に手を伸ばしたところで、「親父殿に聞いてみるか」と独り言が聞こえてきた。

「親父殿?」
「あ、……はい、リリア・ヴァンルージュ先輩に世話になっています」
「ヴァンルージュ?お前、マレウス・ドラコニアの関係者か?」
「マレウス様をご存知ですか」

茨の谷次期国王をご存知も何も。
マレウス「様」って。
ますます口の中がめしゃくしゃになる。

「なら、話は早い。ヴァンルージュでもドラコニアでもいい、≪タルジの森の化物がやった≫と言えばどうとでも処理してくれる」
「化物?」
「≪礼の希望は後で言って寄越してくれ≫と付け加えておけば平気だ。じゃあな」

無理矢理話を打ち切って、グランドフロラは少し早足でその場を離れた。
金の剣を抱えたまま、警戒心が覗く眼をした銀の髪の後輩を残して。










「お?相変わらずじゃのう」

談話室に赴いて言われた言葉を伝える前に、金の訓練用剣を見たリリアは途端に楽しそうに呟く。

「親父殿、これは、」
「よいよい、≪タルジの森のドラゴン≫だな?」
「本人は≪化物≫と」
「そっちも相変わらずじゃ」

ふむ、と手にとってくるくる見回した後、隣に渡す。

「知っているのですか」
「そりゃあモチのロンじゃ!のう、マレウス、」

金の剣はマレウスの手に収まって、どこか誇らしげに輝いている。

「……毒と戦を身に宿す同族だな。過度な財産は戦を引き起こすだろう、リリア。これも、あれの呪いか?」
「くふふ!そうではなかろう。これはまあ、副産物的なものが表に出過ぎていて本人も戸惑っているからな。もたもたといつまでたっても制御ができんだけじゃ。早めに気付くと良いが」
「毒と戦……」
「こちらではなくポムフィオーレ所属になったのも、その性質が一因だろう」

思い返せば少し顔色が悪かったような気がしたが、もしかしてあれが普通の状態だろうか。と考えている内に、剣を握ったマレウスの手の中で、小さな炎が起こる。
炎が一瞬大きくなって収まる時には、剣は元通りになっていた。

「さて、シルバー。少し昔話でもしようかの。ほれ、ここに座るといい」
「はい、親父殿」




タルジの森の奥深く。
迷い込んだ人間を、バリバリと頭から喰らうドラゴンが居るという。

というのは全然嘘じゃ。
私有地の森に不法侵入して遭難し救助隊まで出動させたことを武勇伝のように語った結果、SNSでのバッシングに耐えられず精神を悪くした自称冒険家が言い出した妄言じゃ。
そんな事実は無いぞ。

タルジの森は薔薇の王国にあるんだがな、敷地はシルバーが会うたエデン・グランドフロラ、もといグランドフロラ家の私有地で、固有動植物が生息する貴重な森。
そんな森だから密猟者用の罠もある。
悪ガキが多くて困るとぼやいておったな。

そんな森の番人じゃが、太古の昔に呪いを受けている。
ああ、心配か?いや、せずともよい、あれの先祖が自分自身を呪ったものだからな。
うむ?……理由は分からん。
何せすぐに其奴は死んだ。
ただ、呪いだけはずーっとグランドフロラ家に絡み付いたまま。
エデンの父親は戦の時に血の一滴まで国に捧げたが呪いはどうともならず、そのままに奴は1人で暮らしておるよ。



「血を捧げた、というのは……?」
「うむ、エデンの呪いはな、自身の一部を兵器にする呪いじゃ。人型をしていようが、ドラゴンの姿をしていようがな、髪の一本から爪の欠片まで、特殊な魔法薬の材料になる。それに、純粋に身体能力が高く戦うことに特化しているんじゃよ。故に、今代にあってもユニーク魔法でもないのにドラゴンの姿を持ち続けておる。」
「あのドラゴンは、そういう意味で毒と戦を身に宿すと、そういうことですか」
「そうじゃな。可愛そうな子よ、平和を生きられぬ」

元に戻された剣を膝の上に置いて、シルバーは考え込む。
身長が高く見目も良い男だったが、あんな倒れそうな顔色で大丈夫なんだろうか。
きっと呪いの事が公に露見したら、魔法士は喉から手が出るほど欲しい存在だろう。金を生む以前に、彼自体が≪過度な財産≫だった。

「僕の側に居れば守ってもやれるが、あちらに居るならそれも難しい」
「なに、ここが半壊するような余程の事が無ければ問題無いぞ。森で隠居爺のような生活しとるだけで、兵器として扱われるような力があるのは事実じゃからな」

にこにこと笑うリリアと思案気なマレウス。
国と寮が違えど同種を気に掛けるとは、彼は随分想われているし、2人の器の大きさも窺える。

「マレウス様は随分気にかけていらっしゃるのですね」
「ああ、数少ない同族だからな」

ほんの少しだが柔らかく笑むマレウスを見て、次見かけたときには気を配ってみようとシルバーが心に決めるのも、無理無い事である。







「だからって、わざわざ、来なくても、」

ぽかぽか。
気温の調整がされているが、そんな擬音が似合いの日だった。
グランドフロラとシルバーは隣り合って木陰に座っている。
心地良い天気だから適当なところで寝ようかと考えていたところに、ランチバスケットと剣を2本携えたシルバーが現れて、あれやこれやと手合わせしてしまって、腹がへったから飯にしようとバスケットを開いた段になって漸く声をかけてきた理由を聞いたのだ。
早めに聞いて断っておけば良かった。

「いえ、私利私欲もあるので、付き合ってくださると嬉しいです」
「お前、付き合ってくださいつって、素直に訓練に付き合ってくれるような奴ばっかだと思ってるのか?この学校で?」
「……?グランドフロラ先輩は付き合ってくれていますよね」
「俺がイイ人で良かったな」
「そうですね」
「ぐ」

グランドフロラとしてはぐうの音しか出ない。
なんだこの後輩は。ホントに後輩か?この学校の?手合わせしてても真面目だし。
そういう考えでいっぱいになる。
一方シルバーはシルバーで、これだけ警戒心の薄い先輩が金を生成するなんて本当に大丈夫か?と思っていた。
ホイホイ騙されて監禁されそうな人だ。

「エデン!やっと見つけた!」

そう思われている事など露知らず、ふいに呼ばれてグランドフロラは振り向く。

「………ああ、悪い。忘れてた」
「いいよ、ごめんね、毎回頼んでしまって」

走り寄ってきた、恐らくグランドフロラの友人に、彼は硬質な輝きの黒っぽい円形の何かを手渡す。

「こんにちは、ディアソムニアの1年生かな?」
「はい」
「食事中に失礼してごめんね、ゆっくり食べて大きくなって、エデンを追い越すといいよ」

グランドフロラはシルバーの目算で身長190cmほどあるはずだ。なかなか無茶を言う先輩だが、トーヴと仲が良いのだろう事は窺えた。

「おい、止めろ、そうそう抜かされるかよ」
「頑張ります」
「ふふふ、良い子だね。じゃあ、また」

走り去る先輩を見送って、バスケットの中のサンドイッチを手渡す。

「…………聞きたいことがあるなら早めに聞け」
「え、」
「そういう顔してる」

シルバーは訓練しているし、元よりポーカーフェイスも得意な方だ。見破られるのはそれこそリリアとマレウスくらいなものだったのに、出会って間もないこのドラゴンは、事も無げに指摘してきた。

「いや、その、何を渡したのかと、少し気になっただけで、」
「ああ、アレか。鱗。俺の」
「は、」

────髪の一本から爪の欠片まで、特殊な魔法薬の材料になる。
リリアの声が、シルバーの中で響いた。
奇特な体質を持ちながら危機感が薄く危うい人というのが彼の印象だったが、それが確信に変わる。

「……言ってあるんですか」
「あいつともう1人、ヴィル・シェーンハイトに言ってあるが?」
「先輩、自分の価値を分かっていてそんな、こ、と、───」

ぐらりと傾いだ身体を片手で受け止めて転がした。
シルバーは穏やかな寝息をたてている。

「面倒な体質抱えてるな、お前も」
「それでも構わん。僕の側にいるからな」
「……ドラコニア、」
「鱗は転移薬になると言っていたが、処方はエデンも知らないのではなかったのか?」

芝生を踏む静かな音をさせながら、長身の男が側にしゃがみこむ。相変わらず、日の下で見ると違和感があるな、というのがグランドフロラの抱く印象だった。実はお互い様であるのだが。

「知らねぇ。ただ、あいつはヴィルと同じく薬学の寵児だ。努力もする。適当に渡して、そういうことに使えると言っておいたら2週間でポンと作りやがった。」
「ふむ、稀有だな。薬剤師志望か?」
「植物学者希望だな。今んとこ」
「残念だ」
「うるせえお前、端的に喋るの止めろって言ってるだろ。……確かに残念だったな、お前の家にお抱えの優秀な薬剤師が迎えられなくて」

バスッ、と軽く肩を小突けば、驚いたような顔でこちらを見てくる。グランドフロラはどうもこれが苦手だった。口がめしゃくしゃになりそう。
ちょっとふざけて肩を叩くくらい気軽な友人、何人か居たっていいだろうに。

「そう、だな。就職先に迷っているようなら進言しておいてくれるか」
「はあ?自分でスカウトしに行けよ」
「運良く探し人に会えることなど少ない」

言いながら、ひょいとシルバーを抱えてバスケットと剣を浮かせた。

「今度、茶会でも開こう。招待状を送っておく」
「ヴァンルージュの手作りスコーンが出るなら欠席するが」
「…………、それは、保証できないな」
「おい止めろ。スコーン全部金塊にするぞ……」

頭が痛くなってきた。
同じ日にハーツラビュルのなんでもない日が来て、クラスメイトから招待状が欲しいと心底願ってしまう。
高級な紅茶とヴァンルージュのスコーンは回避して、ハーツラビュルの良い意味で気軽に飲める紅茶と、選り取り見取りの美味しいお菓子を堪能したい。

「ああ、リリアと言えば、そのユニーク魔法だが、」
「は、コレ?」
「副産物が表層化している、と言っていた」
「副産物……?」
「そうだな。気付くと良い、とも言っていたが」

気付く?
ぼそ、と呟いた声を聞いて、マレウスは少し満足そうに踵を返す。昔からの付き合いの聡い彼のこと、近日中にどうにかなるだろう。








「気付く、ねぇ?」

考えれば考えるほど分からない。
副産物ということは、本当のユニーク魔法が発動しているわけでは無いと取って良いだろう。
本当は無自覚に自覚するもののはずのユニーク魔法を自覚せず、なんとなくユニーク魔法だと思っているだけなんだろうか。
だからブロットも微々たるものなのか?

いつもの待ち合わせ場所へ辿り着けば、木陰のベンチですやすやと眠る後輩が居る。
呑気なものだ。一部のネット掲示板では《迷い込んだ人間をバリバリと頭から喰うドラゴン》とか言われてる一族の男が側に居るっていうのに。
ついでにこちらに近づいてくる、《マレウスの護衛に悪戯しようとする奴ら》も居るって言うのにな。

「なんだぁ、オマエ2年のグランドフロラだろ。ちょっと退いとけよ、そこのイチネンちゃんに用事があんだよね、俺等。」
「寝込み襲うとか最低にもほどがあるだろ」
「叩き起こすんだよ!これから!」
「……もっと正々堂々来れねぇの」

自分から弱いですと言ってるようなモンだ。

「んだとゴチャゴチャ外野で言いやがって!」
「外野ってほど遠くねぇけど」
「物理の距離じゃねぇんだよ!」

既にシルバーの隣に座っている。
シルバーを挟んで隣にはおそらく軽食が入っているはずのバスケット。腹が減っているので早々に食べたい訳だが、こいつらを先にどうにかしなきゃならないだろう。

「それとも何だァ?お前がまず相手してくれんのかよ?」
「ハハハハ!そりゃイイんじゃね?図体だけデカい2年のガリ勉グランドフロラくん?」
「学生なんだから勉強して当たり前だろ」
「ヒィ〜!イイ子ちゃんじゃね!威勢だけだな!せいぜいボロボロになってくれよそのイイ顔諸共!」

確かに他より遊んだりはしていないと自覚はある。だが威勢だけなのは良いのはどっちだ。
相手の3人がマジカルペンを構えたのを見て少々面倒事を察知。

「シルバー、おい?シルバー起きろ」

軽く肩を叩いて起こす。
一瞬だけムニャムニャとした顔をしていたが、俺が弾き返した1撃目の風魔法の衝撃で覚醒した。

「っ先輩、これは、」
「説明は後でするから髪の毛くれ」
「え、は、はい!」
「あんがと」

2撃目を軽く躱しながら、ぷち、と引き抜いたシルバーの髪。やべ、2本抜いちゃった。
左手で相手を指差して、髪を持った右手を合わせて呪文を1言。

『必中の弓(アッキヌフォート)』

生成された魔力が大弓を形作る。
弦を引き絞る動作と同時に、右手には銀の2本の矢。

「え、」
「悪かったな、これでもそこそこ番人やってんだわ」

言うが早いか、1射。
威嚇射撃なので足元に。
金属の矢は芝生を抉り取って深く突き刺さる。
伴った魔力が摩擦を起こしたのか、大袈裟な「ズドン」という音が響いた。

「……髪の質が良いなあ」
「ゆ、ユニーク魔法かよ!?」
「違うが?」

2射目もわざと外す。木の幹へ。

「ッヒ、」

幹を抉ってそのまま石壁に突き刺さったのを見て、どうやら戦意は削がれたようだった。

「お、おいテメェ!目ェ覚ましてんだったら相手しろよ!守られてばっかいやがって……!」
「!……なるほど、そういうことか」

より一層キリッとした顔のシルバーには悪いが、もう相手するのも無駄だろう。
あいつら足腰引けてるし。内1人はもう完全に逃げ腰だ。
弓を解いて一歩前に踏み出す。と、ヒイィィィと情けない声を上げて逃げて行った。
簡単すぎる。

「……悪いなシルバー、起こして」
「むしろもっと早く起こしてください。奴等、俺に用だったんでしょう」
「寝てる人間に喧嘩売りに来る方が悪いだろ。ほら、食べよう。今日は何だ?」
「グランドフロラ先輩」

ベンチへ座り直す。

「気遣いはとても有り難いですが学内での魔法を使った私闘は、」
「振り返って見てみろよ」
「?……は?どうして、」

銀の矢は綺麗さっぱり無くなっていた。
抉られた地面も幹も元通り。

「俺が持ってたのは何だっけ?」
「俺の、髪の毛です……」
「髪で地面抉れるわけ無いだろ」
「そ、それは、そうですが……?」

今頃2本の髪の毛は風に吹かれてどっかに飛んでいっただろう。
人間は1日に100本抜けるのが正常値らしいからな。2本なんて誤差だ、誤差。たぶん。

「はいはい、悩んでないで座れって」

眉間の皺が深すぎる。
マレウスの近くに居る時は気を張ってますって顔してんだから、こういう飯時くらい気を抜いたって良いだろうに。
埒が明かない。
腕を引いて隣に無理矢理座らせて、勝手にバスケットを引き寄せる。

「先輩、」
「あ?」
「ありがとうございます。この借りはどこかで」
「いらねえよ、いつも飯もらってるんだから」
「ですが」
「はい、終わり。ベーコントマトもらうな」
「う、」

口を噤んだ義心の強い騎士を見ながら、サンドイッチを一口。
出会ってから1か月程度、俺もこの後輩にも慣れたものだ。

















「ねえ〜!最悪!!」

水溜まりで転んだ下級生を横目に見ながら、グランドフロラは洞窟の中を進んでいく。
恒例化したシルバーとの手合わせをしたあと、軽い食事を取ろうとした時に無理矢理連れてこられ、最悪だと思っている度合いはグランドフロラの方が上なのだが。もう、事の顛末を思い出すと一言も喋りたくないというのが彼の本音だった。

「はあ……最悪……」

横にいる友人から同じような言葉が聞こえてきて、思わず白目をむきそう。
しかも空腹で頭は回らない。

「俺の方が最悪だが?」
「ウッ!……マジごめん。それは。本当に」
「やだも〜!ドロドロなんだけど!せっかくかわいくシューズアレンジしたのに!」
「はあ………」

出て来かけた溜め息が、友人──アレックスに盗られていった。後ろで喚いているのは3ヶ月くらい前にアレックスが指輪を渡した男。

告白は「とりあえず、おためしにしよ!」という発言により、保留のような形になったらしい。
保留のまま食事やらデートだけしている最中、ふと外した指輪が歪んでいる事に気がついて偽物だなんだと大騒ぎし、アレックスもアレックスでグランドフロラの名前を出してあーだこーだ言い返し出したという。
そこまではともかくとして、この姦しい男、その場で魔法を使って暴れて談話室の備品を壊したのだ。
弁償費用の代わりに、この洞窟の鉱石を採掘してくることになったが、下手に名前が出たせいでその場にいた他人に聞かれていて、完全に巻き込まれてペナルティを食らってしまった。

「帰っていいか」
「だーめ!この指輪作ったんでしょ、原因じゃん」
「アッ、その、エデン、」

何かを友人が言おうとしているが、原因とやらもエデンにとっては不要なもので、何も知らない男がペラペラと目障りだ。

「つくづく頭が足りん人間だな。純金の指輪は歪みやすい。強く握ったり重い荷物を持つだけでも歪んでいく。そんなことも知らねぇのに価値も分からず身に付けておいて口だけは回りやがる。歪みきって指から抜けなくなる前で良かったなぁ?抜けないなら指を引き千切ってやっていたのに」

どうにもならない自分のユニーク魔法などストレスでしかない。
怒りに任せて捲し立てれば、岩肌が割れて小石が転がり始める音が響いてきた。
上から砂が降ってくる。

「やだ〜おどしとかダサいんだけど。まけおしみってやつ?」
「っ、エデン!エデン!ごめん!!本当に!お前も、ヴィルもミレイも!一度止めてくれてたのに、」
「五月蝿(うるさ)い。もう御免だ、──」

溢れるようだった。
急激に鳴り響く大きな地響きと共に、様々な結晶の形をした鉱石や宝石、金属が土や岩を破って三人に突き刺さろうとしてくる。
ルビーが頬をかすって、水晶が腹に当たる。
アレックスは好きだったはずの人の悲鳴を聞きながら後悔していた。

友人だからと開示してくれた魔法を良いように利用して、勝手に巻き込んで怒らせて、それに、仲良さそうな後輩と飯を食うところだったのを連れてきて。
マレウス・ドラコニアとは何が違うのかと聞いたとき、地竜に由来してると言っていた。だから鉱物が好きだって。
ヴィルの金とアメジストの髪をとても気に入っているのを知ってる。あの銀色(シルバー)の綺麗な後輩は、きっと特にお気に入りだろうに、邪魔をしてしまった。
あの後輩も、残念そうな顔をしていたと思う。
でも、謝罪を拒絶された、どうしよう、もう、
終わ、り、



「エデン!!」



ぶおん、と何かが横切った。
鉱石に埋め尽くされようとしていた隙間を縫って、それは運悪く──いや、運良く、グランドフロラの頭に思い切り当たって鈍い音を立てた。
途端に止まった地層変動に、グランドフロラが今ので気絶したことと恐らく全員無事だった事が分かって、アレックスは腰を抜かして座り込む。

「無事ですか!!」

隙間から銀の髪が見えた。

「……あ、ああ!大丈夫!ありがとう…!」
「な、なんなんだよお!こわい〜!ねえ!!はやく出してよここから!!こんな男、おためしとか言うんじゃなかった〜!おごってもらえるし指輪も高そうなのくれるっておもってたけどサイテー!無理!!」

今になって、アレックスはどうして元ルームメイトの三人が苦笑いで止めたのか、身をもって実感していた。
目が覚めた気分で、涙がこぼれそう。

「ピーピーギャーギャーとウルセーな!!俺もどうかしてたよ!願い下げだこんな、俺の友達をバカにするような奴なんて!!」












「災難でしたね」
「本当にな」

あの時食べ損ねたものと同じ、ベーコンとオムレツとレタスが挟まったハンバーガーを持って、二人は木陰に座っていた。

あの後。
大量に地表に姿を表した鉱石類は、シルバーに請われて訪れたマレウスによってあっという間に砕かれて、閉じ込めていた三人を解放した。
先生達に改めて経緯を話した元凶の2人は、また別のペナルティを消化中らしい。
ちなみに、気絶したグランドフロラをひょいとお姫様抱っこで抱えて運んで看病していたのはシルバーであることは、運ばれて深夜まで寝ていた当の本人だけが知らない。

「表出した鉱石を全て渡してしまって良かったのですか?」
「お前とドラコニアへの礼だからな。あれだけ貴石類を売り捌けばそれなりな金額になるだろ」
「いえ、報酬が欲しい訳では、」
「最終的に金(かね)になるだけだ。ヴァンルージュは何も言わなかっただろ?」
「はい」
「それに、止めてくれたこと感謝してる。元に戻りそうだったからな。ありがとう。だから受け取ってくれるか」

極軽く、跳ねるように頭を撫でられて、シルバーは穏やかな気分で返事を返した。
撫でるその大きな手に、白い手袋は無かった。

「ユニーク魔法も止まったからな、今後ドラコニアの世話になることも無くなるだろ」

塵も積もれば山となる。
小さくてもストレスと負荷にはなっていたが故に、ユニーク魔法が停止した今はどことなくスッキリした顔をして顔色もマシになった。

「え、」
「あ?何?」
「いやその、もうこちらには来ないのかと思っただけです」

案外懐かれている。
予想していなかった答えに単純に驚いてしまってハンバーガーを咥えたまま止まっていると、少し離れた廊下から声が飛んで来た。

「エデン!!」

振り向けばそこには元ルームメイト達。
しばらく無視しているので久しぶりに見たアレックスは萎びていたが、両脇の美しい人間達は相変わらず輝いている。むしろ生き生きと楽しげだ。

「アレックスの失恋大謝罪会やるわよ!」
「食べ終わったら来て!主賓だからね、ゆっくりでいいよ!」

グランドフロラが軽く手を上げて答えれば笑顔が返ってきて、アレックスを引きずりながら鏡舎の方に向かっていく。
そうそう、美しい人間はこういう日常も様になる。
満足してシルバーに向き直れば、引けを取らない美しい顔が真顔になっていて思わず肩が跳ねた。

「……なんだ?」
「いえ、何もありません」

その顔で何も無いわけなかろうが……としか思えない。
グランドフロラはとりあえずもう一口もぐ、とハンバーガーを口に含んで、先程の「もう来ないのか」の答えを考えた。
あれからこっち、鉱石の売り先の相談でディアソムニアに入り浸りで食事をとったりしていたから、ヴァンルージュファミリーの親戚の伯父さん位に思われでもしたんだろう。と結論づける。
個人でも仲は悪くないので。

「……そんな行かねえけど、ドラコニアはまた茶会するって言ってるし、こうやってお前が鍛練するなら普通に会うだろ」
「あ、それは、そうですが、」
「?」
「……、いえ、そうですね。いつかエデン先輩を追い越せるように、精進します」

何かを決めたように晴れ晴れと頷くので、安心して飲み物に手を付ける。

「人間の身で化物越えられてもな……まあ、頑張れ。あと今度のハンバーガー、タマネギ入れないでくれるか」
「!っはは、嫌いなんですか?」
「……からいからイヤだ」
「子供みたいですね」
「まだ子供だよ、俺も、お前もな」









THE END








雑談/


黄金の王様
The Golden Touch

上映時間:10分

ギリシャ神話のミダス王の話が元になった作品です。
元の話よりもコミカル。
ミダス王は「王さまの耳はロバの耳」の王様でもあるらしいんですけど、普通に元の話も面白いので是非。

私が書いていて、モチーフをはっきりさせているものは本当に元の映画などを見ていただくと、これはこれかな!となる……はずなんですけど(多分)