BUTTER

「そうなんだ、僕のミントチョコレートは相変わらずなんだね。あまりそうやって年下の子にかまうと、ヌガーみたいになってしまうからオススメできないな。同じように僕にも連絡をおくれよ。飽きさせないから」

よく回る口から出てくる甘い言葉。
ハーツラビュルの寮談話室に居座るこの男、1年前に卒業した所謂OBというヤツだが、曲者具合は一年程度じゃ変わらないらしい。

「ああ、まあ、気をつけてますし、先輩は忙しいんじゃ?それより、いい加減その呼び方は止めてくれないんですか?」
「断る。やっぱり会えるときはたくさん甘い時間を過ごしたいからね」
「先輩が居るだけで十分ですよ」
「トレイはそうかもしれないが、僕が愛をたくさんあげたいんだよね」
「うーん、その、さすが……」

相手をしていたクローバーはもうどうしていいのか、早々に二の句が告げられなくなっていた。
実家の店に来るような客の相手は得意だが、こんな次から次へと口説き文句モドキが出てくるような人間はこの人しか知らない。

「あれ?ああ〜!!うわ!エデン先輩だ!」
「久しぶり、今日もパーフェクトだねオランジェット!」
「相変わらずじゃん?先輩」
「僕が変わると思った?」
「ほんのちょっと希望があったかな」
「諦めてくれるかい」
「自分で言わないでよ!ま、いっか、記念に撮ろ〜!」
「いいよ、おいで」

イエーイ。

カメラのシャッターを模した音が何回か鳴っているのを横目に、他の寮生は苦笑いやうんざりした表情で通りすぎていく。

「………マジで……何……?」

エース・トラッポラは最近少々不運だった。
スマホ片手に談話室に来てみれば顔見知りが知らない男に絡まれているし楽しげで、面倒そうでしかない。
くすねて行こうとしていたマフィンを食べる前に、口の中が砂糖でザリザリしているような気がしている。
腕の鳥肌がじょわじょわじょわと首筋にせり上がってきて無意識に身体が震えた。

「あ、エースちゃんじゃん!ナイスタイミング〜!一緒に撮ろ、あとついでにエデン先輩のこと紹介するねん」
「エデン、さん?すか?」
「おやおや、僕はついでかい?ひどいなあ」

そんなに変わらない高さの目線でこちらを見返してくる。
歯の浮くようなキザっぽい台詞、鼻と頬の辺りに散ったそばかすが特徴的な人。

「初めまして、エデン・グランドフロラだよ。君、お名前は?」
「エース・トラッポラ」
「トラッポラくんだね、よろしく。ハートのスートがとても似合うよ、キャロットケーキの様なふわふわの髪も素敵だね」
「ど、どーも?それって誉め言葉……?」

そばかすから感じられる無邪気な雰囲気と裏腹に、身振り手振りが大きめで、どこかほんの少し、

「似てるっしょ、ちょっと。クルーウェル先生に」
「うわ、そう!どこがって言えないすけど!」
「光栄だね、ミスターには在学中お世話になった身さ。今日は少々そのツテでスカウトに来たんだ。話を聞いてくれるかい?良かったらトラッポラくんも」

クローバーがぐったり座っている周りに腰を下ろせば、他の寮生も興味深そうに寄ってきた。
成り行きでリーの近くに来たトラッポラ達に手土産のベーコンポテトパイが差し出され、ありがたくいただく。

「さて、可愛らしい1年生は僕がファッションデザイナーをしているのをご存知かな?」
「え、デザイナーなんすか?」
「そう、お見知り置きを。デザイナー兼パタンナーと言ったところかな。これはカタログ。良かったらあとで見てくれると嬉しいな」
「エデン先輩の服、在学中から人気だったんだよ?着心地良くて映える!」
「ありがとう、ポリシーだからね」

テーブルに置かれた薄い冊子。
ベーコンポテトの塩味を味わいながら覗き込むと、どうやら少し年若い年齢向けのブランドらしかった。そう、ちょうど同い年くらいの。
ユニセックスらしい、あまり性別を感じさせないような顔立ちのモデルが静かに写っている。

「紙のカタログなんだ?」
「いいや、広告だったり基本はデジタルだけれど、僕が直接会って会話をするなら紙の方が都合が良くてね。相手がどの服を見て、どういう反応をするかが見れるからさ。大切だよ」
「ふうん?そういうものなんだ」

あんまり実感の湧いてなさそうなダイアモンドを横目にクローバーが冊子をめくり始めたので、トラッポラは少しだけ身を乗り出して覗き込む。

「次のコレクションのモデルを探しに、今日は来たんだ」
「プロ使わないんすか?ヴィル先輩みたいなさ」
「うーん、プロよりは素朴さが欲しいし、もう3年生だからね、彼。このブランドからすると少しお兄さんすぎるかな」

そぐわないらしい。
トラッポラの脳裏には「馬鹿ね、こなしてみせるわ!」とかなんとか言っているシェーンハイトが出てきたところだ。面白くなってきた。

「3年生がもう老けてるってえ?」
「そんなこと言ってないだろう?オランジェット。僕には今、ジャムになる前のフルーツが必要だってだけさ。どちらも素晴らしいことには変わりがないよ」

エデン・グランドフロラはやれやれ、といった様子で紅茶をカップに注いでいる。

「で?見つかった?」
「幸運にもね。でも説得が待ってる。僕の手腕が問われるのだけれど頑張るさ」
「案外早かったですね、さっきサバナクローに行ってきたって言ってませんでした?」
「そうだね、ありがとう覚えていてくれて」
「どうも」
「で?で?!候補1人目は誰?」

たっぷり注いだカップを差し出す。
そう、差し出された。

「………は?」
「エース・トラッポラくん。僕に口説かれてくれないかな」
「は?!」
「ええ!?」

思わずフォークを持つ手が止まったところで、グランドフロラは今までの調子よりは少し真面目に話し出す。片やトラッポラは驚きと拒否感で落ち着かない。
「はい、散った散った〜!」という寮生を追い払う声が遠くに聞こえるようだった。

「いや、無理無理、無理だって!モデルとかしたことねえし、」
「それでいいんだ、今回が最初で最後だと思ってくれて。言っただろう、プロじゃないほうが良いんだ、って」

にこ、と笑顔で見つめられて言葉がつまる。

「去年カレッジを卒業したような新人デザイナーのコレクションだ。応援してくれる人はいるけれど、ほんの一握りだよ。だからそこまで人目に触れる訳じゃない」
「や、でも、なんか、あるじゃん?肌の手入れとかそういう、」
「少しだけ。シャワー後に化粧水と乳液忘れないでね、とかそれくらいは」
「無茶苦茶フツー……」
「うん」
「じゅ、授業あるし、」
「休日に写真撮影だけだから、授業に支障は出ないように配慮しているつもり。勉強を疎かにさせてしまったら、ミスターに出禁にされてしまうからね」

にこり。
他になんか断る理由あったっけ、と考えている内に、追い討ちが掛かる。

「それにもちろん!バイト代を出すよ。そこまで高額ではないけれどね。撮影で使った服で気に入ったものがあればプレゼントもする。だから、学生時代の記念写真程度に考えてくれたらと思うんだ」

ものすごく真っ直ぐに見つめられて、どうしようもなくなってしまう。
ちょっと写真撮るだけで、バイト代が出る。学生にとっては甘い誘いだ。

「………………ま、そこまで言うなら、……良いっすよ」
「ありがとう!本当に助かるよ!ブランドのSNSアカウントと僕の連絡先を渡すね、ホームページもあるし、探せばちょっとくらい口コミが見つかるかも。撮影用の採寸をするから後で都合のつく日程を送って貰えるかな、放課後でもいいから、」

トラッポラが頷いた途端に、怒涛の如く情報が渡される。一連の流れを静かに見守っていた、ジャムになった3年生は「ああ、こうやってこの人のペースに飲み込まれて行くんだな」と感慨深い。

「あーもう!待てって!ほんとに年上かよ!?」













重たい溜め息が部屋に響くのを聞いて、それを吸ったようにクローバーは話し出す。

「残念だった、と言えば良いか」
「仕方ない、ジャムって言われちゃったから」

クローバーのベッドに遠慮なく落ちているケイト・ダイヤモンド。

「あーあ、どうして早めに手ェ出さなかったんだろうねオレってば……」
「おいおい、危ない発言だな」
「仕方なくない?結構頑張ってタメ口でもいきなりハグしてもセーフな関係になったんだけど?」
「それは見てたさ、無理したカワイイふりもな」
「うげ〜!!黒歴史〜!」

エデン・グランドフロラの作る服はどちらかというと「可愛い」という評判が付きがちだった。
ユニセックスとは言えメンズ服なので、大っぴらにそういう売り出し方はしていなかったが、学内や知人周辺の口コミとしては『彼女ウケの良い服』『彼女に着せても可愛い』である。
そんな服を作る彼に気に入ってもらいたくて、ダイヤモンドは無理していた時もあったくらい。
きっとカワイイが好きなんだろうと思って。

「いや、懐かしいな。全然なびかない先輩に焦れて、辛いものやけ食いしてるときに遭遇して真っ赤になってたケイト」
「ああああ〜?!トレイくん!?」

色々誤魔化したりするのが得意なはずの友人が激辛トルティーヤチップスと炭酸飲料を持ったまま固まった場面は、なかなか面白い思い出。
『ストレス発散かな?1つ僕にもくれるかい、オランジェット。』
思えば、あの先輩がケイトをオランジェットと呼ぶようになったのはあの時だ。
しどろもどろのケイトに了承を得てから、三角形のチップスを片手に談話室を出て行く先輩はすごく楽しそうであったとクローバーは記憶している。

「あの時ほど上書きして欲しいと思ったことないかも……」
「あんな面白いこと上書きしたら勿体無いだろ?」
「っく、このやろ!」

ぽいん、と飛んで来るクラブ型のクッション。
難なく受け取って脚を組み直したクローバーは、出来れば彼の必死な恋が叶って欲しいものだと思っている。











あの日、談話室で小さく祝勝会のようなことをして去っていった人は、トラッポラの目の前で跪いている。
裾の長さを調整する、その動きが繊細で何故かキラキラして見えた。

正直、拍子抜けしていた。
あの時に話された通り、バイト代は普通のバイトよりちょっと多く貰えたし、ブランドのSNSを見てみたらフォロワーは4,000人ちょっと。
ファッションブランドとしては少ないのか多いのか、ちょっと微妙なところだと思ってしまった上に、エース・トラッポラの思う“フォロワーが多い”は身近なアカウント基準だ。
ヴィル・シェーンハイトやケイト・ダイヤモンド、モストロラウンジ公式。あとは自分の普段気に入っている服の広報アカウント。
そのあたりと比べてしまうので仕方がない。

「……うん、化けたね」

それに、目線が合ったとたんにコレである。

「しつれーじゃないすかぁ?」
「いや?そうではないよ、君は元々とても格好良いからね、2ヶ月前に初めて会ったエース・トラッポラじゃないみたい、という意味だ」

意外に鍛えているのか、スタジオに備え付けられた簡素な姿見を片手でトラッポラの前に移動させて来た。

「うわ、マジじゃん!スゲー!」
「だろう?」

魔法で少し長く伸ばされた髪は普段より落ち着いてふわふわと空気に遊んでいる。

「冗談なしでマジ!グランドフロラくん、めちゃめちゃ良いモデルくん連れてきてくれて神だわ!」
「こちらこそ、いつも良いヘアメイクをありがとうございます」
「せやろ!!見てこの!肩に付くほどに残した襟足!いつものユニセックスさを醸しつつ、人懐こさのある悪戯っぽい顔立ちと目線がちぐはぐで背徳感……!がスゲエわけ!天才!最高!俺がな!!!」

バチーン!という異様な音のするフィンガースナップ。
スタジオの端で固まって座りながら(プロって、すごいな!)(すごいね!エースじゃないみたい)(ふな、)と控えめに歓声を上げていたトラッポラの友人たちは、この発言と所作でドン引いたようだった。
(クセ強ヘアメイクアーティスト……)という監督生の呟きだけ聞こえる。

「良い写真撮らないとブチ転がすからなテメェ!」
「……撮れる自負はあんだけどさ、お前トラッポラくんまで引かすんじゃねぇよ、これから夜まで衣装を取っ替え引っ替え撮影だぞ。表情固くなったらどうしてくれんだ」
「あの……晩飯前には終わるんすよね?」
「大丈夫、その予定だよ。未成年をそれ以上遅くまで拘束しないさ」

どうやらグランドフロラにもこのヘアメイクとカメラマンの制御はできないようで、苦笑いで髪をかきあげた。

「さて、そろそろ始めようか。トラッポラくんはあまり周りを気にしないで、僕と雑談を楽しんでくれたら嬉しいな」
「うす」

素人に頼んだ場合はグランドフロラも一緒に撮るらしい。ただ、画面に残るのは『写っていない方にもう1人いるだろう』という雰囲気だけ。
それが何故か、驚くことにカメラテストで撮った写真を見ると『居ない誰かを想っている』ように見えた。
(詐欺じゃん?)
とは、トラッポラの率直な感想。
そうやって思い出しながら真っ白なソファーに背を預けて側に居るOBと話をしていれば、慣れないフラッシュも、嘘みたいに大きなシャッター音も、気にならなくなってくる。

「そーいえばさ、エデンさんてクルーウェル先生に世話になった、って言ってたけど何したんすか?」
「何したんすか、って、まるで僕が問題児みたいに言うじゃないか」
「え、他意は無いすよ」

適当に体勢を崩しても、グランドフロラが何も言わなければ気にしなくて良いと指示されていた。
斜めに座って背凭れに肘をついて、あまり行儀の良いとは言えない座り方でも問題無い。

「ミスター、……クルーウェル先生はファッションが大好きな方で、こういう職業を目指したいと言い始めた僕を叱咤激励してくれた。甘くキラキラした世界では無い、ってね」
「そーなんすか?全然、キラキラして見えるけど」

ふとカメラを見る。
ヘアメイクとカメラマンだけのスタッフ。少人数でも芯の強い気合いのような意志が見て取れる。
こういう世界にそこまで興味の無いトラッポラでもそれは感じていた。

「キラキラしてるように見せたいところもあるからね。服で夢を見せるのが仕事、と言っても良い」
「ふーん?まあ、確かに、気に入ってる服ってテンション上がるかも。……それで?」
「ああ、それで、僕が本気だって分かると、とあるコレクションの会場に連れて行ってくれたんだ。簡単に手に入るようなチケットではないのに」

とても有り難かった。
才能なんて無い、ただの服が好きな学生だったのに。
頬杖をついてぼんやりと思い出話をするグランドフロラに、少し焦燥感のような寂しそうな影を見つけて、トラッポラは拍子抜けする。

「エデンさんて大人だと思ってたけど、あんまオレと変わんないかも」
「おや、なんだいそれ。一応先輩なんだけどな?」
「先輩ね〜……」

あんなに気障っぽい台詞を吐く癖に、仕事になるとそれが鳴りを潜めて少し自信が足りないように見える。
手の届かなそうなひとが、手元に落ちてきたような。

「そういうことで、僕はとても恩を感じているという訳さ。ミューズについても、先生に言われて考えが改まった」
「……ミューズ?」
「そう、聞いたことは?」
「無いっすね」
「……魔法史の中にも出てくるけれど履修は?」
「うげ」
「はは、可愛らしい正直な反応で何より」

簡単に言えば、デザイナーのインスピレーションの源泉とも言える存在。
はるか昔から、芸術家の側に燦然と輝く女神。

「僕にもそういう存在がいてね。でも、女神とは聞こえが良いけれど、対象とは対等な関係なのか、『芸術の源』として対象を搾取していないか、そういう議論がされることも多い」
「ん……」
「うん、少し難しい。僕も最初は混乱した」

また、寂しそうな影が過る。
思わずソファーから立ち上がろうとしたタイミングで声がかかった。

「エデン、一旦チェック」
「はい」

カメラマンの元に向かう彼の背中を見ながら、腑に落ちない気持ちで座り直す。
(なんであんな寂しそうなんだよ。)
普通に出会った人間よりも距離が近い2ヶ月だった。嫌でも色々感じるようになってしまう。
慎重になりすぎて震える手とか、鏡越しの熱い目線とか。

「OK!次撮ろうか。トラッポラくん、着替えよろしく」

にこり。
あの日と変わらない笑顔で振り向いた彼に気の抜けた返事をして、トラッポラは伏し目がちに立ち上がった。












「宝石は磨かれて輝くからね」

それは、暗にオレのこと芋っぽいって言ってます?
化粧水と乳液に限らず努力しなきゃじゃん?エースちゃん。

「いらないよ、輝かせるのは僕だ。僕が死に物狂いで磨く。誰にも文句は言わせない。最高のデザートは僕が決める」

あまりにも格好が付いていて呆気にとられるような台詞だった。
その結果が手元に出来上がっているのを、エースは談話室のソファーでぼんやりと眺めている。
まるで自分ではないようだと思ったのは間違いがないし、写真の撮り方で詐欺まがいのことも出来るのかと驚きもした。
ただ、思っていたよりもこれは。

「は〜〜〜ん?」
「……なんすか、ケイト先輩」
「恋い焦がれるような顔しちゃってえ」
「これは!、……その、あ〜、……人のこと言えなくないすか」

不機嫌というよりは焦燥感と寂しさが混ざった顔。
あの人と同じ。

「嫌になっちゃうじゃん……。みーんな勘が鋭いんだから」
「分かりやすかったすよ、顔」
「エースちゃんも大概だよ」

ぱすぱす、とトラッポラの手元の冊子を叩く。

「や、つーか、違いますって。カメラマンの腕ってやつ?それにエデンさん、なんて言ったっけ……、ミューズ?って人のこと、好きそうだし。なんか情報掴んでないんすか」

重苦しいため息が漏れる。
トラッポラとしてはこの沈んだ空気から解放されたい一心だった。

「ミューズねえ……。聞けるわけなくない?見たんじゃないの、先輩のあの顔」
「見ました、けど」
「無理じゃん」
「すげー弱気」
「エースちゃんうるさ〜い」

たまに通り掛かる寮生は、2人の空気感を察して足早に横切っていく。
何人かはテーブルに無造作に置かれた冊子の束に、後ろ髪を引かれているようだった。モデル決めの話がそれなりに噂になっていたからだろう。
しばらく沈黙するしかなくなって、トラッポラの気分が一周回ってきた頃。

「お待たせ。おや、オランジェット、今日もパーフェクトだね!」

クルーウェルのところへ挨拶に行ってくると言っていたグランドフロラが戻ってきた。
ふわ、と隣の空気が軽く柔らかくなるのを感じて、トラッポラは大きめの目を瞬いた。
(分かり、やす)
どちらかというと分かりにくい人のはずだった。いつも変わらず明るくライトな雰囲気の。

「エデン先輩マジおめでと!SNSの投稿いつ?!拡散しとくね」
「毎回ありがとう、今日の真夜中12時の予定だよ」

座ったダイヤモンドの目の前に立って、2人してスマホを覗き込んでいる。

「ねーぇ、エデンさん」
「うん?なにかな」
「1個聞いて良いすか?」
「どうぞ、君の頼みなら」

トラッポラの横目に「まさか」という顔のダイヤモンドが映る。

「エデンさんのミューズ、って誰?」

ぽかん。そんな顔で固まったグランドフロラを差し置いて、先にあわあわとダイヤモンドがトラッポラの肩を掴む。

「いやもう!唐突すぎない?!」
「イライラしてきたんで聞いちゃおと思ったんすけど?」
「イライラ?!何に?!」
「ケイト先輩」
「オレかい!もお〜!この子は〜!」

トラッポラの距離では薄く涙目になっているのが分かった。
全てが分かりやすい。

「ミューズね、……そう言えば、話していた途中だったかな?」
「そっすね」
「そうか、話半分で終わっていたらそれは気になるだろうね」
「えーと、ロミ先輩?言いたくないなら言わなくても……、」

「ケイト・ダイヤモンド」

「はっ?」
「僕の女神はケイト・ダイヤモンドだよ。君の隣の」

肩から手が離れていくのを感じながら、素知らぬ顔で返事を返す。

「うそ!まじすか?最初にここ来たとき3年はジャムって言ってた気するんだけど?」
「その上で言っただろう?どちらも素晴らしいことには変わりがないよ、ってね」
「確かに?」
「だからもう少し早くにブランドを立ち上げていれば、ケイトにモデルに……、?オランジェット?どうしたんだい?」

脚に肘をついて項垂れたダイヤモンドの首筋に、軽い調子でグランドフロラの手が置かれた途端、びくり!と肩が跳ねる。

「オランジェット?」

跪いて覗き込もうとするのを、ダイヤモンドは片手で制する。

「無理、今ちょっと無理、」
「は〜〜〜ん?……エデンさん」
「え、うん、なんだい?」
「一旦俺席外すんで。一段落したら連絡くださいネ」
「……ありがとう。必ずね」

片手をポケットに突っ込んで軽く去っていくトラッポラの足音が消えて、細かく震えるダイヤモンドと困惑するグランドフロラだけになる。

「ケイト?顔を上げてくれないか」
「む、無理。ダメ」
「どうしたの?嫌だったかな、ごめんね、ミスターにあんなに注意されていたのに、オランジェットはとても寛容だから、甘えてしまったみたいだ」
「全然!違うけど!オレ今!顔が酷いと思う!」
「…………、そう」

静かな声にダイヤモンドは身構える。
ただそれよりも早くに距離を詰められて胸元あたりを押されて顔が上がってしまう。

「え、」
「あのね、愛しのオランジェット。」

ぐ、と押すのと同時にリーは距離を詰めてくる。
顔が近い。

「僕のミューズであることを、ずっと言おうか迷っていたんだ、僕は案外独占的だから」

ダイヤモンドが見たことの無い顔をしていた。うっそりと甘く微笑んでいる。

「初めて見た、その顔。こういう顔も見れるなら、もっと早くに打ち明けていれば良かったかもしれないな。どんな顔も、仕草も、見たいと思っていたんだ」
「っ!エデン先輩!」
「うん?何かなケイト」

二の句が告げられなくなってしまった。
この男と話していると甘い言葉にそうなってしまう人間も多いと知ってはいたが、ダイヤモンドには初めての経験だった。

「愛しのオランジェット、ケイト・ダイヤモンド。僕の手の中に落ちてきて欲しい」

言葉が重ねられるごとに体温が上がる。

「息を詰めないで、吹き込んであげようか?」
「し、してる、息は、」
「大丈夫?」
「だ、だいじょうぶだって」

息を整えながら、ダイヤモンドはもう絶望していいのか歓喜していいのか分からなくなっていた。
ミューズと言われただけ。
好きとは言われてないし。
だけど自分がエデン・グランドフロラに特別な感情があることは解ってしまうような反応になってしまった。
平常心、平常心。
あとでエースちゃんにお礼とクレームを言って、トレイ君に愚痴兼惚気みたいなものを聞いてもらって、と思ったところで、何気なく追加される。

「好きだよ、ケイト」

ひう、と喉が鳴る。
少しかさかさした手のひらが、ダイヤモンドの頬を滑ってから髪を撫でていった。

「人工呼吸はいらないみたいだけれど、キスはしていいの?」
「はあ!!!???」

すとん、とケイトの脚の間にしゃがみこんで、いつもの笑顔で笑う人。

「ずるいって、本当に。オレ、いつも振り回されてばっかなんだけど」
「そうかな?僕も振り回されているからお互い様だ。ケイトのことが好きな人なんてたくさんいるから、これでも卒業の時は焦ってたんだよ」

思わぬ告白に耐えきれなくなって、自身の前髪を留めていたヘアピンを外して掻き乱す。
クレームと惚気は一旦保留になった。
彼の言うとおり、今日はパーフェクトかもしれないと思う。

「けーくんの部屋にお持ち帰りしていい?」
「勿論どうぞ?君の願いなら」

一番欲しいものがひとつ、手に入ったので。







THE END











雑談/


クッキーのカーニバル
The cookie carnival


上映時間:8分

ぼろぼろの服しかなくて、クッキーの女王を決めるコンテストに出られなくて泣いている女の子。
そこにクッキーの男の子が現れ、ドレスを作ってヘアメイクもしてあげて、……というお話。
ひねりの効いたシンデレラストーリー。

「ミューズ」は男性に対してもそのまま「ミューズ」だそうです。
たまにはっきりさせる時には「male muse」って記載するらしい。