「へ?なんスか、その子……?」
緊急で実家に呼び出されたレオナさんが寮に戻ってきた。その腕の中。
白いリネンと一緒に、おキレイな顔立ちで細っこくて手足がすらっとした子がいた。明らかにここに通うような年齢じゃない、子供。
ざわつく談話室で全部の視線を集めながら、可哀想なくらい周りを警戒してリネンを握りしめていた。
「まさか、誘拐スか!?」
「馬鹿か」
軽々と抱き上げているレオナさんの腕と、その子のショートパンツから露出した脚を比べると細すぎて折れちゃいそう。
身長だけ先に伸びた子っぽい。
「保護した」
「は?保護ッ?え、?!」
「とりあえず部屋に戻るぞ」
特大溜め息を長〜く吐き出し、いつも通りの足取りで寮長室に戻っていく。
後ろについていけばレオナさんの肩越しに視線が飛んできた。オレにだけ和らいだ警戒心が興味に変わったらしい。
そりゃあ、談話室は嫌だったと思う。好奇心だけじゃなかったし。
レオナさんが今歩かせてないとこを見る限り、この子は既にこの寮長の保護下に完全に入ってる。
けど、ちょっとオレとしては心配になる。
折れそうな手足なんて、いくらでも見慣れてるのに。
周りに人がいなくなるにつれて、更にこの子の警戒心がゆるんでいく。
寮長室についてベッドの端にぽす、と置かれると、レオナさんの匂いくらいしかないことに安心したのか、固まった身体から力が抜けたようだった。
「飲みもん持って来るッス」
「その袋の中に入ってるだろ」
「ああ、さっき持たされたヤツっスか?だから変に重くて……お!オレンジジュース」
高級ブランド物のオレンジ100%。
おいくらするんだか。
ラベルにはチェカくんが頑張って書いたらしい文字。
「じる ちゃん と なかよ く のんで ね ……、エデンちゃん?」
「……!」
ぱろ、と震える耳。
やっぱりこの子の名前らしい。
「もう喋っていいから、自由にしてろ」
「あ……、ありがとうございます、レオナさま」
「ここじゃ敬称はいらねぇ」
「でも、」
「いいんだよ。……ラギー、貸せ」
「うっス」
1.5L入りのボトルを投げる。珍しく封を開けるくらいはするらしい。
グラスに氷を入れて差し出せば、だぱ、とマジで適当に注がれたオレンジジュースが跳ねて床に少し染みを作った。あーあ〜。
「こっちレオナさんの、で、こっちが君の。どーぞ」
不思議そうな目で見てくる子に近づいた。
「ありがとうございます、……わたしはエデンといいます、あなたは?」
「ラギー・ブッチ、よろしくっス!」
「よろしくお願いします」
「敬語いらないスよ〜」
椅子を適当に持ってきて、ちょっと間を開けて座ると、なんでそんなに遠くに座るのか、て顔をしていた。
思ったより気安いタイプかね。
「ちなみに、エデンくんは何歳なんスか?」
「それは、はっきりとは分かりません」
「推定18」
「え?」
ベッドで半身を起こして寝そべるレオナさんから訂正が飛んできた。
12歳程度の外見にしては大人っぽい顔立ちではあるけど、18には全然見えない。ただ、子供の相手が嫌いなレオナさんが連れてくるってことは子供らしさのあるような子じゃないんだろう。
明るい金の眼。
黒髪の内側がオレンジっぽい茶色の髪の毛。インナーカラーつったっけ。
黒くて大きい三角耳、先端には同じ色の房毛がひよん、と立ってる。
丈の長いチュニックにショートパンツ。
黒いサンダル。
「最近、製薬会社が解体になったのは知ってるか」
「え、有名なとこスか?」
「3番目程度だな。人身売買と誘拐、違法薬物違反、人体実験の疑いで捜査後、黒確定で取り潰しになったのが3週間前だ」
「ハア?!待って待って待ってください、人体って、3週間前、ってことはエデンくんてまさか、」
「産物、だ」
「産物……」
「ああ、はい、そう。そうなんですけど、レオナさん、ラギーさんは良いんですか?」
「良い」
「分かりました」
やべ、なんか今!国家レベルの何かに勝手に巻き込まれたっぽいんスけど!待ってくれって!
「その製薬会社の研究所から保護してもらいました。色々実験しましたし、わたしは覚えていないから、実年齢は不明です」
「保護出来たのは2名だけ。その内の1人だ」
「なんってことあっさり話してんスか……?!」
急いで検索をかければ、どのニュースプラットホームでも注目記事になってる。
“研究員は自害者多数 代表含む関係者30名を検挙”
“不正献金の疑いで追加捜査”
“未成年を保護 健康上問題無しも要観察”
“研究員は自殺ではなく殺された?!最新情報をまとめ読み!”なんていう情報源が胡散臭い記事まで。
「エデンは頭が悪い訳じゃねえ。この見た目で不相応な振る舞いしてたら遅かれ早かれ実年齢との食い違いは知ることになるだろ」
「それなりな振る舞いも、きっとできますって言ったんだけど駄目らしいです」
「同じ年相応の人間と会ったことも無かった癖に、口だけ達者だな」
指の背でエデンくんの頬をさりさり撫でるレオナさん。
その距離感はなんなんだ?
1週間で何があったんスかね。
聞かないでおくけど。
「未成年を保護としか書いてない……んスけど?」
「まさか2人だとは思わねえだろ?」
「思わねえどころじゃねぇって!」
「もう1人はファレナさまのところにいます」
「いや、も、所在が問題な訳じゃ、なく、?て?……ん?……どうして、『得体の知れない研究所の産物』が王族の中心も中心の2人に預けられてるんスか?」
吐き捨てるように笑う王族。
その横で産物が爆弾を仕掛ける。
「研究所では魔力の貯蔵庫を作る実験をしていました」
「魔力量の多いだろう子供を拐って、“容れ物”を作る最悪な実験だ」
何も、言えなくなった。
あれからエデンくんは「一時預かり見習い生」として、ナイトレイブンカレッジに滞在してる。
既に学園長や先生たちには話してあるらしい。
制服ではないシンプルなシャツとスラックスをもらっていた。
翌日は各寮長・副寮長に挨拶をしに行って、レオナさんはそれとなく、ほんとにそれとな〜く、目を掛けてくれるように頼んでた。
ディアソムニアではどうなることかと思ったけど、レオナさんが口を開く前にセベクくんがすっ飛んでくる位には、魔法解析に優れた妖精族の眼で見るこの子は酷い状態だったらしい。
「どうしたんだ!?“何”にやられた!?こんな年端も行かない子供が!」
声に圧されてビクつきながらも自己紹介をしたエデンくんはか細い見た目と相まって、無理をしていて不安定に見えた。
「……色々、事情はあるが全ては話せねぇ。ただ、サバナクロー預かりの子供が1人いるから頭に刷り込んどけって事だけ伝えに来た。……邪魔したな」
奥ではリリアさんとマレウスさんが青い顔で眉間に皺を寄せていた。
シルバーくんだけが、淀みない目でこちらを見ている。
踵を返すレオナさんに抱き上げられても硬直したまま、
「よろしく、お願い、します」
か細い声で、レオナさんの肩越しだったけど。
ディアソムニアにはそれで十分、エデンくんの特異性が伝わったらしかった。
挨拶周りが終わって2週間。
基本的には1年生の授業に参加させてもらいながら、色んな人間と交流してるっぽい。
授業中はオンボロ寮の監督生くんたち。頭は悪くないけど知識が無い者同士、ああだこうだ試行錯誤で勉強中。
「エデン君、ここわかる?」
「さっき見た気がします、教科書貸して欲しい」
「ふな?オマエ、よく覚えてられるんだぞ?」
昼飯は主にヴィル先輩とかと一緒。
エデンくんの顔立ちとスタイルの良さはヴィル・シェーンハイトお墨付き。栄養バランスと食事量を見てくれてて万々歳ッス。
「ね、林檎は好ぎだが?」
「りんご、……リンゴ?」
「果物よ、栄養になるから食べてみなさい」
「うん。…………。美味しい、と思います」
「やった!」
「良かった。色々食べてみて、本当に嫌なら言って」
放課後はいつの間にかレオナさんのところにいる。
下世話なやつらは「お嫁さん」とか「彼氏」とか勝手に言ってるらしい。
よく抱っこしてるし距離が近いからだろうけど、オレは全然笑えなかった。触れていることで“貯蓄”してるんだって。
あの時巻き込まれたなと思ったのは間違いじゃなかった。危ねーことに巻き込まれても、マジで一切報酬なんて出やしないのにさあ。
詳しく聞いたのはあの日、エデンくんが眠った後。
「で、器って話スけど」
「そのままの意味だが……、記録によるとエデンともう1人の元々の魔力量は膨大だったらしい。が、実験を繰り返して“自身の魔力量を生存可能値ギリギリに減らしてる”」
「は……、」
「空いたスペースに他人の魔力を詰めておいて、いつでも引き出せるようにした」
「……ハア?!」
「ついでにブロットの濾過装置として機能する」
「ちょっと、何が、何が起こってんスか?」
眉間に皺を寄せたレオナさんの説明に吐き気が込み上げてきていた。
最悪だ、最悪!
「軍事利用のために作ったんだとよ……。どこの国に売り付けるつもりだったのか知らねえが」
溜め息と共に頭を抱えるところを見ると、レオナさん自身としても相当悩みの種らしい。
「…………それで、他に行かれても困るから、王室に引き込むしかなかったんスか?」
「そうだ。あの中は外に出す情報のコントロールが容易な上に不可侵だろ」
「確かに、レオナさんいるから忘れがちスけど、あんま、内情つか動向?詳しくは知らねえかも」
でもここにくっついてきたら意味ないんじゃないかと思う。と言えば、
「阻害魔法も掛けてるが……ラギー。この俺が腕に抱えて連れてきた子供に、早々に手出しする奴がいると思うか?」
だって。
イヤ、いないでしょ。
最高に面倒臭ぇ匂いしかしないスわ。
今日は1年生が課外授業。
ってことで2年のところに来ているエデンくんは、リドルくんに大層気に入られたらしい。
確かに真面目に授業を受けるし、分からないと思ったことは誰かに聞いてる。そういうところはきっとリドルくんに好印象だ。
まあさすがに、ベッドの上でノート広げてレオナさんにも教わってるほど勉強好きとは、昨日まで知らなかったけどね。
「エデンくん、」
「ラギー!」
「お勉強楽しいスか?」
「たのしい…………たぶん、」
分かったことがある。
楽しいとか、美味しいとか、そういうポジティブで個人的な感情がイマイチ分かってないらしい。その代わり、痛い・気持ち悪いとかは理解してる。
「実験の可否は随時知れた方がいい。喋れる実験体なら報告を喋るようにさせるだろ」
寝落ちたエデンくんのノートを眺めながら吐かれた言葉は合理的ではあった。ちなみに盛大な舌打ちのおまけ付き。
「勉強は楽しいばかりのものではないからね、決めなくてもいいのではないかな」
「まあ、確かに?」
さっきの問題は理解できたかい?というリドルくんに返事を返している表情を見ると、嫌いなわけじゃないと思う。
単語の意味と、自身の感情が結び付いてない。そういう感じ。
「リドルさん、ありがとうございました」
「どういたしまして。お利口さんの生徒だったよ、また分からないことがあればおいで」
「うん、お願いします」
表情は豊かな方かも。多分。
断言出来ないのはさ、なんかも〜、情報を掘れば掘るほど“そういうふうに教育されている”断片が見えるから、嫌になっちゃうワケ。仕方ないっしょ。
「本当に優秀だね。今は一時見習い生徒だけど、あと何年かしたら新入生、かな?」
「ここに通えるんですか?」
「認められたら、スけどね」
「これだけ覚えが良く勤勉だから、きっと入学出来るのではないかな?」
「レオナさんと、ラギーとリドルさんはいますか?」
「!」
驚きつつもなんかキラキラと感動してるリドルくん。
嬉しいんスかね、弟みたいだもんな。
でもそういえば、卒業とかそういう話はテキトーにしか教えてなかったかも。
「オレとリドルくんは確実にいないかなあー、レオナさんはわかんないスけど」
「滅多なことを言うのはお止しよ!うん、その、さすがにレオナ先輩も居ないはずだ」
「そうですか………、じゃあ、入学はしません」
「ええ〜?勿体無いスね」
少し俯いた頭を撫で回す。
飾りのような耳の房毛がひらひら揺れて、華やかな子だなと思った。
「ボクやラギーがいなくとも、君にとって良き友人になるような人がきっといるはずだよ。一緒に入学する同級生たちにはね。」
「ユウさんたちみたいなことですか」
「そうだね」
「でもレオナさんがいないなら、いいです」
「ほんとレオナさんのこと大好きっスねえ」
「うん、大好きです」
まずい。あまりにも多幸感と大好きオーラに満ちていて、溶けそうな笑顔をしてる。
蹴られそう!馬に!
「ええと、どうしてそんなに好きなんだい?」
リドルくんは若干引きつつ、でもこの綺麗な子の笑顔にほだされたらしい。
「あ、あの、ら、ラギー、」
「どしたんスか?」
「わたし、言って良いんですか?」
「……ワ〜!?確かに!」
すっかり忘れてたし、もう皆知ってるものだと思ってた!
「なんだい?」
「あ〜、エデンくんの出自に関わるというか、」
「ああ!大丈夫、勘の良い人はある程度察しているよ」
「やっぱりそうスよね?!」
「ただ、レオナ先輩が大切にしているようだし、エデンはいい子だから。余計な勘繰りをして、他人のパーソナルスペースを土足で荒らすものではないよ。年長者としては見守るのが勤めだ」
リドルくんカッコイ〜。純粋にそう思ってるのはきっとリドルくんくらいなんじゃないかね。
「……大切ですか?わたしが?」
「ん?色々事情を抜いても、あんなに対応が甘いの、オレは初めて見たっスよ」
「ボクはレオナ先輩によく会う訳ではないけど、大切にしてると思うよ」
「そ、そうですか」
金色の瞳がうるうるして頬はピンクに染まる。
嬉しそう。ほんとに嬉しそう。
ふと視線を感じてリドルくんを見れば、こっちも一層キラキラした目をしてる。「ラギー、この子はなんて愛らしいんだい!」って言ってる気がするもん。
「なんで自覚無いんスか?」
「自覚?……わたし、まだ何も役に立っていません。それに、見た目も良くないし愛想も無いからよく怒られていました」
「ずいぶん間違った評価をされていたようだね」
「そうみたいスね。まあ、そこら辺はレオナさんとヴィル先輩が180度ねじ曲げてってくれそうなんで問題無しっス」
ただ、頭のてっぺんから爪先まで美しさの権化、みたいな2人筆頭に顔の良いやつに構われてて逆に美的感覚がズレちゃわないか心配。
「そうか、だからかな。エデンのことを怒らないから、レオナ先輩のこと好きなのかい?」
「ええと、そう、それも、あるけど、……レオナさんは名前をくれたんです。『80番』でも『ヘルメス』でもなくて、わたしを見てくれたのが嬉しかった」
「マジ!?エデンって名前、レオナさんがつけたんスか!?」
思い出してるのか、少し寂しそうな顔をしてる。
この危うい雰囲気と不穏ワードが早々に出なくなると良いと思ってる。オレの平穏のために。
「良い名前をもらったんだね。なるほど、君は本当にレオナ先輩のところに引き取られて良かったよ」
「うん、レオナさんと王室にはとても感謝しています」
「ん?え、ちょっと、リドルくん大丈夫スか?顔色悪……、」
「ああ、問題ないよ。さあ!夕食に行こう。エデン、この教本を戻してきてくれるかい?」
「うん、行ってきます」
静かに本棚の間に消えていくエデンくんを見送って、リドルくんは自分の荷物を纏めながら、オレに導火線とも言うべき話題を握らせた。
「ラギー、ボクは詳細を聞いた訳では無いけれど、ご趣味のよろしいところだったみたいだね」
「え」
「80番、もしくはヘルメス。そうやって呼ばれていたのなら、彼の『友人』は80人以上確実にいたんだろうね。」
「……うわ、ま、待って、それはオレも聞いてな、」
「元素周期表で80番は水銀。ヘルメスは水銀を司る神の名前だ。本名を潰して、そうやって呼んでいたんだ。」
苛烈な怒りの滲む声を聞きながら、もう、オレは最悪な気分。
ニュースじゃそんなこと言ってなかっただろ。
「王子様、つまらないですか?」
国内外の貴賓を招待した饗宴の席。
主役は父と兄だった。
挨拶周りが終わった後、俺の仕事は終わったも同然で繋がっておくべきパイプも無い。まだ13歳の子供を相手にする大人もいない。
肉を適当に見繕って、面倒な視線から隠れるように座った窓際、柱の影の席。
隣に座った子供がいた。
「なんだ、お前」
「私はエデン・グランドフロラです。国際貨物輸送のカラカリア・エキスプレスを知っていますか?」
「ああ、グランドフロラ夫妻の子息か」
何歳か年下だろう男。
オレンジと黒の髪が窓際の夜に溶け込んで、異様な雰囲気をしていた。今考えれば、それは年齢不相応の色っぽさ、だったと思う。
「継ぐのは兄です。私は正直、子息という立場ではありません」
「ふん。それで、同じ境遇の第2王子で暇潰しに来たのか」
「失礼ですね。私にも、王子様自身にも失礼です。撤回してください」
驚いた。
大抵のやつは図星を突かれて苦笑しかしないのに。
「……撤回する」
「ありがとうございます。私は思い出を作りたくて、王子様のところに来たんです。チェスが好きだと聞きました。一戦どうですか?食べながらで大丈夫ですから」
会場の一角には遊興のための持ち運びできるチェスセットやトランプが置いてあった。それを持ってきたらしい。
エデンは素足の膝の上に盤を置いた。
長衣だが大袈裟なほどのスリットが入っていて脚をあまり隠さない服で、違和感を感じたのを覚えている。
「じゃあ、お前も食え」
「え?」
「勝負は公平に、俺を片手間にするならお前も片手間にやれ」
「……あは、そうですね、いただきます」
チェスは2戦して1勝1敗。
言っただろ、エデンは頭が悪い訳じゃない。むしろあの頃はグランドフロラ家長男よりも遥かに聡明だった。
「時間だ。」
「うん、相手をしてくれてありがとうございました。」
「エデン、次はいつ来るんだ?引き分けのままにはしないからな。」
俺は、年下でこれ程腕の立つやつがいるとは思っていなかった高揚感もあって気軽に問いかけた。来ていた貴賓は王家に顔が通るし、またパーティーでもあれば来るだろうと、その程度で。
畳んだチェスセットを膝に置いたまま、返ってきたのは別れの挨拶だった。
「次があったら、どんなに嬉しかったか」
零れそうな涙をどうにかしようとして、焦点の合わないぼんやりした表情でこちらを見ようとしていた。
「レオナ、私は思い出が欲しくて、あなたにチェスをお願いしました。最後かもしれないから、楽しい思い出が欲しかった」
「は?おい、」
「こんなにきれいな王子様とチェスしたんだ、っていう思い出が欲しかった。だから、ありがとうございます。悔いは無い」
瞬きで溢れた涙を袖口で拭ってやると、ますます涙を溢れさせて、それでも背筋を伸ばして座っていた。
「ごめんなさい。泣くつもりはありませんでした。レオナにとっては悪い思い出になっちゃうかもしれない。でも、この夜で、あなたの記憶に残れるなら幸せだと思う」
呆気にとられる俺を横目に立ち上がったエデンは、グランドフロラ夫妻に呼ばれている。
「不敬とは分かっていますが、ハグしても?」
頷けば細い身体が遠慮がちに腕を回すので、痛いだろうほどに抱き返す。
肩口で聞こえた笑い声と、形式ばった王族への挨拶を残して、ぱたりと消息を絶ったのが、エデン・グランドフロラというカラカルの獣人だった。
寮から家へ戻ったあの日、渡された資料は一通り読んでいたが『27:コバルト』『80:ヘルメス』というナンバリングだけで誰が想像できるだろうか。
いなくなったはずのエデン・グランドフロラが、ほとんど成長していない姿で、何も覚えていない顔で、ソファの端に座っている。
どうして。
何度かグランドフロラ家には連絡したことがあったが、徹底的に「エデンという子供などいない」と返ってきた。捜索願い等も出ていない。
そういうことだ。
あの後に研究所に売られた。
怒りで神経が焼き切れそうだった。
泣き声で現実に引き戻されて兄貴の方を見れば、コバルトが「苦しかった」と「助けて」とすがっている。あの様子じゃ、あっちは兄貴の方に行くだろ。
元々、俺達に1人づつ付けるって話だったはずだ。
「おい、ヘルメス」
「なんでしょうか」
ソファの反対端に座ると、警戒心が残る目線が真っ直ぐに向かってくる。
伸びた背筋。
変わらない敬語。
「お前、チェスはできるか?」
「……チェス?」
「……きっと好きになる」
「嗜好品ですか」
「ああ」
「なにも、知りません」
「教えてやる」
「ありがとう、ございます。……あの、わたし、80番かヘルメスと呼ばれています。あなたは?」
「レオナ。レオナ・キングスカラーだ。」
頭が痛い。
伏せてるのに、目の前が揺れてる気がする。
リドルくんから渡された導火線を辿ってレオナさんに質問を投げ掛ければ、思っていた以上の話が起爆した。
部屋に制音魔法を掛けているせいで、オレの荒い呼吸と、レオナさんが時折水を飲む音が嫌に響く。
「どうして、どうしてっスか?10歳程度でしょ、思い出まで全部、なにも、失くすなんて、」
「失くすだけで済んでるなら良い方だろ」
「どこがっ……!アンタ、それだけ覚えてた相手なら!なんか思うとこあるんじゃないんスか!」
「無ぇとでも思ってんのか?!……生きてるなら何使ってでもどうにかするが、死んでたら何も無いだろうが」
グル、と鳴る喉に、泣かないレオナさんに、今ここにはいないエデンくんに、振り回されてるオレが泣いちゃいそう。
というか全然泣いた。
仕方なくないスか。
レオナさんが帰ってきて1ヶ月。実験体は最終的に118人に上っている。
身元が特定できたのはエデンくん含めてまだ30人。
そのうち、保護できたのは2人。
身体・魔力量・精神的に頑丈だった2人だけがなんとか生存したけど、コバルトと呼ばれていた子は不意に意識が混濁するらしい。
ヘルメス──エデンくんは以前の自分の記憶を全て失くしていた。
「クソ!ほんとクソ!レオナさん絶対キレイさっぱり犯人捕まえてくださいよ!」
「主犯核はもう検挙してる。それに捕まえんのは俺じゃねえ」
「なんとかできるでしょアンタなら」
「できるかよ……」
深いため息と共に伏せられた目。
そんなにしんどそうな顔すんだったら、いっそのこと泣くか喚くか暴れるとかすればいい。
「とにかく、今のところ出来るのは常時貯蓄しておくことくらいだ。俺の魔力をエデンの生命活動に回せるからな」
「抱っこしてんのはそれもあったんスか?」
「あ?他に何がある?」
「え、大好きだからじゃないんスか?」
……すげー呆気にとられた顔するじゃん。
事情を知ってるから笑えねえけど、実は端から見たらシンプルに絵面がヤバイ。
性別を越えた美しさがある子供のエデンくんは、20歳とは思えないほど色っぽいレオナさんに抱っこされて安心しきってる。
レオナさんはそんなジルくんへの対応が甘ったるい。またそれを享受するエデンくんの態度が外見通りらしくないから一層マズかった。
そりゃあ、下世話な奴らは嫁だなんだって言うだろ。
オレは言わないけど。
「……、」
「…………なんつーか、……エデンくん、早く健康に成長すると良いっスね」
片手で顔を覆って撃沈したこの人、犯罪者にはなんねーといいな。
相手の見た目、12歳程度なんだって。
「──ちょ、──寮長ー!寮長!!」
「……なんだ?」
制音と部屋の鍵を解けば、複数人が雪崩れ込んで来る。
「影みたいな変な泥の獣が入り込んでて!」
「エデンちゃんのこと追っ掛けてるんす!これが手強くてえ〜!」
「おい、今どこにいる。ヴィルと一緒だったはずだ」
「それが、ラウンジで襲われて、一緒にリーチ兄弟が抱えて逃げてるっす!たぶん、そのあたりとしか……あっ!寮長!?」
「ボケッとしてる暇あるならレオナさん追いかけるんスよ!!」
息切れしてる寮生を置いて駆け出せば、すでにレオナさんは見えなくなってた。
速えーな!サンダルじゃなかったっけアンタ!!
「も〜!!うぜ〜〜!!」
「キリがないわね……!」
「まるでプラナリアですね」
教員と学内の生徒に対しての連絡をアズールに一任して、泥のような中型犬っぽい形の軟体動物を時折弾き返しながら走っている。
切ってしまうと分裂と再生を繰り返すので、下手に攻撃できないでいた。
「最っ悪!今日はサンゴちゃんと一緒におやつた〜べよって決めてたのに!」
「ええ、本当に残念です。アズールもああ見えて楽しみにしていたんですよ?」
「…!」
「いいよお、いい子だねえサンゴちゃん。オレが言った通りに黙ってられて」
「あとでミニケーキセットをご馳走しましょう」
「これだけ走ってるのに、よく喋るわね」
エデンはフロイドに抱えられて、言い付けの通りに舌を噛まないように口をつぐんでいた。
「ねえ〜、もう燃やしていい?」
「フロイド、さすがに建物内ですよ」
「止めなさい。アレから薬品の匂いがするわ。加熱して気体になったらどうなるか予想がつかない」
「このクッセェの薬なのお!?だからサンゴちゃん、脚痛そおなんだ、他の雑魚は平気なのに」
スラックスは片足の裾が膝程度にまで切られていた。ヴィルの判断で切られたそれは、青黒いアザが広がる片足を晒している。
反面、ラウンジにいたアズールやリーチ兄弟、ヴィルも他の寮生も全員無事だった。
あくまで目当てはエデンらしい。
「咄嗟でしたがピッチャーの水を掛けたのは正解ですか?」
「ええ、症状の軽減に関しては正解かもしれないわ。相手が水分を吸って膨張するタイプだったのは想定外ね」
「確かに。オクタヴィネルに居る時に襲ってきたのはそれですね」
走りながらも後ろではたまに他の生徒にべちゃん!とぶつかったりしているが、異臭と黒い染みを残すだけ。
散り散りになった分だけ増殖していく。
「はア!?オマエぶつかってんじゃねえよ!!増えたじゃん!!」
「そ、そそ、そんなこと言われても!」
「すぐシャワー浴びて着替えなさい!先生から連絡があるまで制服は洗濯せずそのまま!いいわね!」
ヴィルの指示に恐らく返事をしたのだろうが、もう生徒は遥か後方。
「動き回るよりはどこかに閉じ込めたほうがよろしいのでは?」
「軟体なのよ、普通の建造物なら隙間から出てくるわ」
「心の底から面倒ですね……」
「ふ、フロイドさ、ん」
「なぁに?」
「運動場に、行って、くれますか」
腕の中で揺られて途切れ途切れの言葉に、3人は目を丸くした。
丁度鏡舎から出て購買部の前を横切るところだったので、それに誰かが答えるよりも先に声がかかる。
「小鬼ちゃんたち!こっち!」
「ウミウマくん!」
「的確な初動連絡先で何よりですね、アズール」
「でもどうするのかしら、こいつらジルにしか興味無いのよ」
サムの後ろへ回り込んで、泥の獣と対峙する。
知能があるのかすぐには襲いかかって来ずにジリジリと距離を図っていた。
異臭と、ビチビチグチャグシャというスライム状のものが擦れる気色の悪い音。
「サンゴちゃん一旦降りる?」
「はい、ありがとうございます」
「足首はどうですか?痛みは?」
「ありません」
「痛みが無いのは皮膚浸透速度が遅いせいでしょうか?」
「……どうしてアンタ、そんな知識があるの」
「キノコにはマイコトキシンという毒を持っている種があるのですが、」
「うげ」
「にこやかに語ることじゃないのよ、それ」
「やれやれ、元気だねえ、小鬼ちゃんたち?」
サムへ主導権を渡したことでドーム状の透明な壁に阻まれて、一息ついてしまっていた。
まるで事が済んだかのように話しているが、外ではサムが張った防御壁を破ろうと泥が突進を繰り返している。
「元気じゃね〜!ラウンジからここまで走りっぱなしなんだけどぉ」
「ごめんなさい。迷惑をかけて、」
「いーよ、サンゴちゃんは生き残れるタイプみたいだし?これくらいはおにーさんを頼ってもいんじゃね」
「お兄さんたち、ですよ。フロイド」
頭を撫でる度にぱさぱさ揺れる房毛を楽しそうに見て、フロイドとジェイドは笑っていた。
「THAT'S LIGHT!例え一時だろうとも、君も、もちろんこのお兄さんたちも、このカレッジの生徒だよ。後は先生達に任せるといい」
「ええと、サムさん、ありがとうございます」
「気にしないで。さて、このワンちゃんたちは?なかなか興味深い生き物みたいだけど。クルーウェル先生に躾を頼もうか?」
「いくらシャンプーしても泥と薬品が落ちない犬なんて預かってくれるかしら」
「にっひっひ、無理だろうねえ!」
壁から視線をそらさずに話していると、べきり、と音がする。不吉な音だ。
見れば一角にヒビが入っていた。
おかしい。短時間で簡単に割れるような魔法ではないし、前提として生徒を保護するのに弱い魔法は使わない。
「おやおや、談笑する時間もくれないんですね」
「せっかちで残念。だけど小鬼ちゃんたち、幸いここはショップの前だ、裏口を使って裏の森を抜けて行くといい」
「ウミウマくんはどうすんの?」
「これでもこのカレッジのOBだからね。多少引き付けておくよ、GOOD LUCK!ほら、早く逃げて!」
「よろしくお願いします。さあエデンさん、行きましょう」
見慣れたショップを横切って【STAF ONLY】と書かれたドアを開ける。
これがいつもなら、在庫の山やそこかしこから何故か聞こえてくる物音を探っているところだがそうも行かない。
【EXIT】のドアから出れば森の向こうに学校が見えるので、とりあえずそちらに走ればいいだろう。
走るために抱き上げようとしたジェイドの手を、エデンは咄嗟に握った。
「ジェイドさん、大丈夫、自分で走れます」
「ジルさん、ここはお任せください」
「サンゴちゃんとオレらじゃ脚の長さがちげーの。ほら、だっこしたげるから、おいで」
「あ………それは、たしかに。お願いします……」
「おや、僕では不服ですか?」
「え?!ち、違います、そんなつもりではなくて、」
とたんに大人しくフロイドの腕の中に収まるエデン。心なしかジェイドはにこやかに不満気だ。
「何を揉めてるの、早く行くわよ」
「ですが、どちらへ?」
「エデンが言ってたでしょう?運動場よ」
どうすんのコレ、マジで鼻が曲がりそう。
鏡舎からずっと黒い水溜まりのような汚れが広がってる中を通ってきた。
汚れのお陰でルートが分かるけど、無かったら鼻が使い物にならなくて追えなかったかも。まあ、どちらにしても行くとしたら校舎のほうか。
「あれ、ミステリーショップ前すごいスね?サムさんがどうにかしたのか……?」
「いや、違うな」
丁度店の中からサムさんが出て来て、掃除を始めるらしかった。
「おい、サム」
「Oh!ナイスなタイミングだ!彼らは運動場に向かったよ、早く行ってあげて」
「運動場スか?」
「それよりこの泥はどうした」
「一部残骸さ。いや、手強いね。正直ほんの少ししか足止め出来なかった。いいかい、水はダメだ。あと火も。打撃が入れば分裂するしストレスだよ全く。その癖にこちらにダメージは入らない。あの小鬼ちゃんにしか目が無いようだよ」
「……なるほどな。行くぞ、ラギー」
「くっそ面倒そ〜!あ、サムさん、掃除のバイトもできるっスから!」
「ひひ、センキュー小鬼ちゃん!気をつけて!」
汚れと同じ方向へ。
レオナさん、あんなに焦ってたのにサムさんに話しかけるのは意外だった。
「レオナさん、なるほどって?」
「状況が状況だから報告書がこっちにも上がってくるが、その中の研究報告一覧にあった【魔法薬の転用における脆弱性とその対策兵器】に酷似してる。上手くいけば犯人まで一本釣りだな」
「え、それってまさかエデンくんを取り戻そうとしてるってことスか……!?」
「どうだか。ま、あんなイカレた奴らの思考が分かったら胸糞悪ぃが」
運動場が見えてきて、うねる犬の大群も見えたタイミングで走るスピードをもう一段上げる。
「っは!お前、馴れたな」
「え?何がっスか?」
「国家機密だぞ」
「……はああぁあ?!!最悪!!」
思わず叫べば向こうも気付いたらしい。
ヴィル先輩の後ろに庇われたエデンくんが、焦燥しきった顔でこちらを見る。
ただ犬はこちらに向きもしない。犬の形してる癖に頭悪いスね。
「やっと来たわね!このぐうたら王子!」
「まあ、まだ来ない教員より幾分マシでしょうか?」
「レオナさん、ラギー、」
「エデン!」
ただ、レオナさんがエデンくんを呼んだ途端。
数匹がゴジュリ、という可笑しい音を立てながらレオナさんに首だけ向き直る。近かった一匹が突進してきて、レオナさんの左側にぶつかった。
「っぐ!」
「げえ!トド先輩!クセエから、そ、れ?」
「……!レオナ!しっかりしなさい!!」
オレらには攻撃してこないはずだったのに、レオナさんはエデンくんまであと数mところでふらついて立ち止まった。
左肩から指先まで真っ黒。
オレの鼻に届く、肉の、焦げる匂い。
「っ!レオナさん!?なんで?!」
「……!!レオナさ、……!」
「来なさい、エデン」
泥を弾きながらヴィル先輩がこちらに来てくれる。双子は少しエデンくんと離れたからか、お構い無しに暴れ始めた。
「ど、どうして、どうして、わたしだけじゃ、」
「……っ、アレが、魔法薬と犬の合成なら、魔力で嗅ぎ分けてるんだろ」
「っちょ、立ってて平気なんスか!」
「片腕潰れた位でへばってどうすんだ」
「そうスけど!」
荒い呼吸音が聞こえて見れば、エデンくんが大量の汗をかいてギリギリなんとか呼吸をしてる。
そりゃそうスよね、大好きな人なのに自分を襲いに来た魔法で怪我させてたら正気じゃいられない。
「エデンくん?エデンくん大丈夫、この人簡単にはくたばらないスよ」
「でも、わたし、なにも役に、立つ前に、」
「おい、エデン」
「わたし、わたしの、きれいな王子様、なのに、」
「!」
「許さない」
大きくヒウ、と一息吸って、揺れていた視線が力強くなる。
なんだ、この子。
「レオナさん。お願いがあります」
「なんだ」
「ユニーク魔法を使ってくれますか」
「……、分かった」
「待ちなさい!今のレオナの怪我じゃ危ないわ、確かに有効でしょうけど」
「いいえ、大丈夫です。何度も実験しました。失敗しません。レオナさんに負担をかけない方法も知っています。大丈夫」
レオナさんの斜め前に出て、タイミングを見てヴィル先輩に下がるように言うその人は、最初に見た不安気でか細い雰囲気からほど遠かった。
ヴィル先輩が暴れるリーチ兄弟へ声を掛ける。
「ごめんなさい、せっかくもらったのに、魔力を使います」
「構わねえよ、お前にやったもんだからな」
レオナさんの右手を握ったエデンくん。
「手離せ。覚えてねえのか?」
「いいえ、これで良いんです。離さないでください」
「……ああ、」
「気にしないで使ってください。わたしはそういうものです」
かなり言いたいことがあったみたいだけど、レオナさんはユニーク魔法を使い始める。
犬が、びくりと硬直した。
「愚か者、今さら気付いても遅い」
──俺こそが飢え、
「わたしの大切な人達に手を出したな」
──俺こそが渇き
「わたしはわたしのものだ!渡してなるものか!」
──お前から明日を奪うもの
「平伏しなさい!!」
──平伏しろ!
『
大群が次々と爆発を伴って砂へ変わっていく。
凄まじいとしか、言いようがなかった。
そりゃ、レオナさんが強いことは知ってる。
けど「大群だけ」砂にできてる。
対象が選択できる。
それがどういう事かはユニーク魔法の持ち主本人が一番実感してるはず。
舞い上がった砂がザラリと地面に落ちきった時には、あんまりあっさり倒せるもんだからしばらくボーッとしてた。
レオナさん自身に触れてるエデンくんも無事。
だけど、申し訳なさそうな泣き顔で振り向いた。
「……ごめんなさい。腕、なおりましたか?」
「は?……な、んだこれ。確かに治ってる。痛みも無え」
オレの隣でヴィル先輩も絶句してる。
あんなに酷い焼け爛れた臭いも、何もない。
エデンくんの脚のアザも。
きれいさっぱり。
「研究員が知らない、わたしの特質です。研究員は、怪我しないから。でも、自信は、あったけど、よかった。よかっ、た、ごめ、なさい、痛いこと、した、いたい、」
「エデン、謝るな。お前がやったんじゃねえ。狙われたのはお前で、なんとかしたのもお前だろ。胸張れ」
「どうしよう、怖い。気持ちが悪い。大切なのに、わたしが使えないから、失くすかと、思った」
「失くならねえ。俺が失くすかよ。2度目なんて御免だ」
レオナさんが泣いているエデンくんを当たり前のように抱っこしてしっかり抱き締めたのを見て、ああ、終わったんだと実感した。
良かった、ほんと。
「はあ〜、疲れた!」
「一件落着、ということで」
「あら?」
「なんスか?」
「制服に付いた染みが砂になってるわ。まさか、対象の残滓まで遠隔で砂に……?」
リーチ兄弟のジャケットを試しにはたけば、ざらざらざらざらとすごい量の砂が落ちてくる。
「……!サンゴちゃんかっけえー!」
「規格外とはこのことですね」
「本当にね。この能力に飲み込まれたりせずに、早く、平穏に暮らせるといいわ」
いつの間にか、2人は何かを探して遠くの砂の中をざかざか歩いてる。
時折レオナさんが砂を蹴るから、目星があるんだろう。何度目かに、ふと、見つかったようでこちらに歩いてくる。
なかなか泣き止まないエデンくんの目元にキスしたりしながら。
「………ほんと、ちょっと絵面だけはやべえんスよね」
「あら、ラギーもそう思ってたの?」
「全員思ってんじゃないスか?」
「そーお?でもサンゴちゃんて生き残れる強い子じゃん、パートナーとして選ぶなら最高ぉ」
「もちろん陸の倫理には同意いたしますが、“そういうこと言っていられない環境”からするなら、大層モテるのではないのでしょうか」
「モテ……?!」
「まあ、性格の穏やかさにあの美貌と優秀さを加味するならモテるのは当然よね」
「でしょぉ〜?」
適当な雑談だって分かってるけど、なんか止めて欲しい。
絵面だから、オレが言ってんの。
ぱっと見やべえなって思われるでしょ!
そんな優秀な遺伝子の保存とかの話してないんスよ!
「どちらにしろ、良い方に転がるならそれで良いんじゃないかしら」
「そうだと良いんスけどね」
「何がだ?」
「いや別に?なんでもないッス」
戻って来たレオナさんの腕の中で少しうとうとしているエデンくん。疲れたっスよね。
こう見てるとほんとお子ちゃま。
「むしろ、先程までお二人で何をお探しだったんでしょうか?」
「ああ?……これを探してた」
見慣れない形の濁った石、多分ブロットで黒くなった石だろう。
「これで持ち主が割り出せる。ただ、こういう実験をする奴らだからな、上手く行くかは分からねぇが。無いよりはマシだ」
ぽい。とポケットにつっこんで、どこかに電話を掛け始めた。
本来なら国家レベルのことがボコボコ起こって混乱してきた。ヴィル先輩もリーチ兄弟もよく平然としてられるな。
「ラギー、」
「うん?」
「ヴィルさんと、ジェイドさんとフロイドさん、ごめんなさい。迷惑をかけてしまって。本当はちゃんと、お礼がしたいです。けれど、怪我を治すと、あまり長くは動けなくて」
今にも眠気に負けて意識が途切れそう。
レオナさんがあげてた魔力を使ったからスかね、きっと。生命活動値ギリって言ってたし。
「良いっスよ!お疲れさま、エデンくん」
「また、元気になったらいらっしゃい」
「お待ちしています」
「おやすみ、サンゴちゃん」
良い夢見れるといいっスね。
「ラギー、何を読んでるんだい?手紙?」
「お!リドルくん良いとこに!」
「え?」
「これ、リドルくんに、だって。エデンくんから」
ぱあ!と輝いた顔。
あんなに弟みたいに可愛がってたんだから、嬉しいだろう。
手紙に同封されていた栞を渡す。
「可愛らしい花だね」
「イチゴの花だって」
「嬉しいな、使わせてもらうよ。お礼の手紙を書きたいんだが、ラギーに預けても?」
「どーぞ」
あれから。
怒涛のごとく犯人が割れて芋蔓式に関係者が釣れて、レオナさんはこっちと国を行ったり来たりしていた。
エデンくんは眠りから覚めないまま一緒に帰って行って以来、意識が戻った後もそのまま向こうで安静にしてる。
「エデンはオレンジ色が似合うから、レターセットもオレンジ色にしようかな」
「すげえ、なんかロマンチックに手紙送るんスね」
「そうかな?相手のことを考えながら選んでいくのは楽しいよ」
目が覚めてからは、スマホとか持ってないから手紙をくれるようになって、ちょっとした癒しなんスよね。
「あ、写真入ってたんスけど、見る?」
「もちろん!少し成長が加速したって聞いたけど大丈夫なのかい?」
「王室付きの医師がいるみたいなんで大丈夫。ていうか、すっかりリドルくんも危ねえ国家機密にズブズブ」
「知っていたところで何かする気なんてないから、全く問題ないよ」
渡した写真にはエデンくんと、コバルトと呼ばれていたんであろう人物が写っている。最近名前変えたらしいから、きっとコバルトくんも色々波乱の日々を過ごしてるんだろうな。
王室内だろうから周りの景色は切り取られていて、簡素な背景と二人だけ。
「ラギー、他人の容姿をどうこう言うのはよろしくないとは思っているけれど、本当に綺麗な子だね。彼が神の名前で呼ばれていた理由が、ここにもあるかもしれない……」
「そうなんスよねえ、なんか、キラキラしてて」
不足分を取り戻すみたいに成長速度が早くなった今、知的でまろやかな顔立ちとスラッとしたスタイルに磨きがかかってきてレオナさんは気が気じゃないらしい。
こんな美人が大好きオーラ全開なんだから。
正直マジで爆笑してる。
王子様つっても一介の男ッスね。
「……ま。外に出ることなんて今のところ無いみたいっスから、オレらだけの綺麗なカミサマっスよ」
写真を封筒に戻す。
今度会うときには、もしかしたら同じくらいの身長になっているだろうか。
世にも珍しい、王室に囲われた年上で年下の後輩。
また会える日まで。
無事で。
THE END
雑談/
花と木
Flowers and Trees
上映時間:8分
朝、穏やかな森の中で目覚める花や木達。
木の恋人たちも目を覚ます中、美しい女性の木を横取りしようと枯れ木のような男の木が現れて騒動を起こして…
というお話。
第5回アカデミー賞短編アニメ賞を受賞している作品です。
ワンス・アポン・ア・スタジオの記念写真にも写っていて、オタクはテンションが上がりまくった結果この「馬鹿者交響曲」を3本作ろうとなった次第です。
本当にお付き合いありがとうございました。