揺れる稲穂に覗き込まれてる。
鳥の鳴き声。
夕暮れの空。
「うん?」
起き上がると、水を吸ったロンTが重くなってんのが分かる。身体の後ろ半分がベチャベチャだ。
この感じは稲刈りまでもう少しってとこ?
田植え後じゃなくて良かった。水張ってる田んぼにうつ伏せだったら今頃溺死してたかもしれねえ。
「どこ?ここ」
田んぼから這い出て畦に立ち尽くす。
「いや、その前に本気でヤバい」
ミステリーサークル的に、俺がいた端っこのところだけ稲が倒れて凹んでる。
賠償問題じゃね?コレ。
他は見渡す限り、台風にも負けずにしっかり立っている。なのに、ここだけ、ぺったり。
農作業手伝いのバイトの時に聴いた言葉が蘇ってきた。
「あーまた車突っ込んで、田舎だからって気ぃ抜いてスピード上げたな。どうすんだか」
…………倒れた稲を引き起こしてみる。
「ちょっと待って」
「!っ、うわ、あ!すみません!わざとじゃなくて!!」
気が付かなかったけど誰かいたらしい。
急いで振り向けば、めっちゃ農作業スタイルの人が居る。
貧乏学生ここで終わったわ。
「違うよ、素手で触るのは良くないから」
「や、それは、そうなんすけど、俺、倒してしまって、どうしよう、すみません、良い稲なのに、」
「本当!?」
「え」
「褒めてくれて嬉しいな。大丈夫、わざとじゃないことくらいは分かるよ。それに、君みたいな人がここに居ることのほうが疑問」
目元が前髪で見えないけど、怒ってはいないらしい。
いないらしいけど、その、手に持った鎌を下に置いてほしい。肥料袋も持ってるから、袋割くつもりなんだろうけどシンプルに怖かった。
「それが、わからなくて。知らないうちにここに倒れてて、学校から帰ってきた、ところだったはずなんです」
目の前が歪む。
多分これが目眩ってやつ?
酸欠?初めてなったかも。
「……うーん、とりあえず、主に連絡してみよう」
「あるじ」
「そう、僕等の主」
廃止されたはずの「小作農」という単語が頭の中を猛スピードで飛んでいく。
一体何時代なんだよ、こんなにも目の前の人はキャップにジャージと首にタオルとゴーグルだぞ。
しかも「ぼくら」って言ったか?
今度は「大地主」がグルグル回る。
小さい端末で電話を掛けているらしい人を横目に、少しだけ乾いた手の泥を払った。
「写真撮るよ」
当たり前だけど「撮って良い?」じゃなかった。
容疑者なので甘んじる。
金が無いので賠償はちょっと……いや数年くらい、待ってもらわなきゃいけない。
でも、謝る気はある。
「……うん。連れてきてって言ってるから、僕について来て」
「はい」
これほどのマジデカスーパー門構え、初見かも。
地方地主とかそういう家柄より上ってこと?なんだそれ?
バイト先の専業農家だって、広かったけどまだギリ一般家屋の域に留まってた。
「あるじ……」
「うーん、君の主じゃないけど」
「すみません!思わず!!」
「いいよ」
ほんとか?
咄嗟に謝るくらいには語尾の感じが怖かった気がしたが?
顔色を伺ってみるけど、全然、何事も無さそうに真顔(っぽい)。
「おうい!こっちじゃ!」
「来て」
「は、はい」
おそらく母屋ではなく離れの玄関口に立つ人。
跳ねた茶髪。キリッとしたイケメン。
着物着てるの珍しいな。
もしかして、この人も「ぼくら」の内の一人か?連れてきてくれた人も口元を見る限りイケメンだし、「ぼくら」、顔面が整い過ぎ説?
「拾うたち言うき、どんなのか思うたぜよ」
「すみません、ご迷惑をお掛けします」
「えいえい。ほいたら桑名は戻ってえいぜよ」
「うん、よろしく。もし先に明日の厨番に会ったら、そら豆が良い頃だって伝えてくれる?」
「お!酒飲みが楽しみにしちょったき、あいた当番以外にも何人か手伝い行くがやないか?」
「準備しとく」
「そら豆……?」
おかしい。
稲があと1週間程度で刈れそうな時期。
なら、そら豆は種まきするかどうか、それくらいの時期なはず。
「……そう、そら豆。主と違って、やっぱり農作物の知識があるんだねぇ」
「なんじゃあ、説明しちょらんのか?」
「戻ってしまえば意味は無いから」
「ま、そうじゃな」
分からない会話が重なっていく。
なんだ?
「話は後じゃ。風呂と服を貸すき、洗うてきとおせ」
奥まで雑に敷かれたクタクタのバスタオルの上を出来るだけ汚さないように歩いて、シャワーを借りる。カピカピになった髪を溶きほぐして、なんとか人前に出れるくらいになった。
門構えにしては風呂の間取りが小さい、てことは、この離れはゲストルームか何かか?
有り得る。
これだけデカい農家なら、温情もらえたらラッキー。でも、人雇ってるなら例外を作らないために、それなりには弁償になるかもな。
本当、金が無いのはクソだ。
「着物、貸してくださってありがとうございます」
リビングと言うには狭いフローリングの部屋に、小さめのテーブルと4脚の椅子。
その1つに座って、イケメン兄さんは俺を待っていてくれたみたいだった。
「まともに着られちょる、……おまさん、何歳やか?」
「20歳です。よく地域の祭りに呼んでもらってたんで、これくらいならギリギリ」
ついでに方言のリスニングもギリギリ。
ドラマの記憶を引っ張り出す限り、九州とかその辺りか?
「そがなもんか」
「むっちゃん、準備できた?」
「主には?」
「言っておいたよ」
「っエ?」
戸を開けた男を見て、思わず声がひっくり返った。俺に視線が集まって冷や汗が噴き出す。
黒いスーツと、赤くて襟足が長い髪。純日本家屋で暮らすには不便そうな高身長。そりゃ、クワナさん?も高身長だったけど。
あと白い、なんだ?武具みたいな、なんか、ゲームとかでしか見たことない手袋みたいなやつ。
腰に、日本刀?
「あれ?説明はしてない感じ?」
「あー、……まだ髪も乾かしちゃあせんき、時間が無かったちや」
「そっか。じゃ、髪乾かしてから説明しよう!」
「っや、あの、説、せつめい?」
アイドル顔負けの綺麗な顔からウインクが飛んできてちょっと後ずさる。
やだなあ傷つく〜と言いながら椅子を引き寄せて、脚を組んだ。
シンプルに怖い。
もう一歩下がった。
「もしかして、刀ぁ見て本物じゃち分かるか?」
「やっぱ本物、なんですか」
「お、鎌掛けられたかな?」
「そういうつもりで言って無い、です、し、見ただけじゃ分からない。でも、」
今現在なんで俺は此処にいるのか記憶がほぼ無いし、説明するって言ってるし、貧乏大学生には想像しきれないことが起こってんじゃないかって思う。
「何かが起こってるなら、左腰に付けたままなのは、分かります。俺はこの家からしたら、部外者だ」
例えば、俺がただの遭難者だとして、お兄さんも自宅で楽しんでる系コスプレイヤーだった場合。
こんなに本物っぽい刀を用意する位ガチなら、客人へのマナーとして刀を右に持ち替えるって事知ってるんじゃねえか?
バイト先の地域の祭で、刀を持った記憶がこびりついてるからそう考えてしまう。
若衆4人に渡される大きさの違う武器。
長い刀をもて余す俺に、しつこいくらいに爺さんたちから「右が利き手として右に持ちなさい、神を迎えるんだからな」って言われてた。
つまり、客人ではないと見なされてる。
「判断力は良いね。それなら退路も確保しておけば良かったのに」
「退路……?そんな、無理だって分かりますよ」
この部屋の入り口は、赤髪の兄さんが入ってきた方と、茶髪の兄さんのすぐ後ろ側だけ。
あからさまに良いガタイしてる兄さん達に対して、バイトで鍛えられてる程度の身体能力の男がどうやっても2対1は不利。
どちらかを選べばどちらかに後ろを取られる。
「ぼくら」って言ってたことを考えると、泊まり込みの従業員か何か、もっといるだろ。
たぶんここは、そういう客間だ。
「そがぁに気ぃ張らんで。茶でも淹れておくぜよ、髪乾かしてきたらえい」
「……はい」
「ドライヤーの場所、分かった?」
「い、いや」
「こっちだよ」
ちょいちょいと手招きされて付いていく。
洗面所の引き出しから渡されたドライヤーのコンセントを挿していると、後ろから視線が刺さって痛い。勘弁してほしい。
「あの、」
「うん?あ!乾かしてあげよっか?」
「い!?いいです!」
「遠慮しないで」
話してる限りは笑顔だし、マジで気のいい兄ちゃんレベルMAXって感じ。
でももう一度違和感に気づいたら、混乱と警戒心はなかなか収まんない訳で。後ろから当てられる強風に目を閉じるしか無い。
「よし、できたよ」
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。さ、戻ろう」
揺れる赤い尻尾を追いかけて、元の部屋に戻る。
言われるがまま座って水出しの麦茶に口をつけると、無意識に喉が乾いていたのか半分を一気に飲んでしまった。
「ほいたら、主に会う前に一通り説明じゃな」
なんかもう、一生分驚いたかもってほど驚いた。
誰が目の前のイケメン2人を刀の付喪神だと思う?
生きてた時代より確実に未来の年代を言われて。
歴史改変がどうとかで巻き込まれた可能性がって、誰がすんなり信じられるか?
「おまさんが戻れるまで、この離れを使うことになっちゅう」
「はい、……」
「動揺するのも無理は無いよ。とりあえず、主のところに行こうか」
「ほうじゃのぉ、そろそろ頃合いじゃ」
茶髪の兄さん──ムツノカミさんの後に付いて広間に向かう。
途中で自己紹介を挟んだ時に
「ごっちんて呼んでも良いよ!」
とニコニコで言われたけど、誰が刀の付喪神をそんな気軽に呼べると思ってんだ?!と背筋が凍った。ムツノカミさんは苦笑い。
なぜなら未だにゴケさんの刀は左腰のまま、気を抜いたら頭と胴体がさよならバイバイしそう。
そんな緊張のせいか、足は重くて下駄は履き辛い。
砂利が擦れてうるさい上に、歩き方がヘタクソで、たまに砂利が跳ねて自分の足に当たった。
もう、既にへとへと。
「お邪魔します……、え!?」
「まっていたぞ!」
母屋の玄関で会ったのは、良いとこ出身ぽい見た目の男の子。
……男の子?!さっきムツノカミさんたち、ここには付喪神と主だけって言わなかったか?!
「短刀じゃ」
「たっ、たんとう」
「ぼくは謙信景光!後家はあるじがよんでいるから、ひきつぎにきたんだ」
「え?ボク?」
「蜂須賀がおこってるから、はやくもどったほうがいいぞ!」
「なして〜、何もしてないよ?」
参ったなあ、とか言いながら、ゴケさんは足早に奥へ向かってく。ケンシン君?に視線を戻すと、口角を上げて笑いかけてくれた。
「あるじとおはなししたら、やすめるからがんばるんだぞ?きっとこわいとおもうけど、あるじはやさしいから、しんぱいない!」
「へ、あ、ありがとうございます……」
優しいらしい主さんに会う前に、すでにケンシン君が優しい。例えこの言葉が建前だとしてもめちゃくちゃ身に染みる。
「桑名もわしも内番着やったき、後家が武装しちょって驚いたろう」
「そのことで後家はよばれたんだ。だからゆっくり、ぼくたちもあるじのところへいこう!」
ケンシン君の腰にも刀があるから、気を抜いたら死に直結するだろうことは分かってるつもりだけど、子どもの見た目で緊張が解れた気がする。
単純だなあ俺。
廊下を歩いている間に、前を行くケンシン君は俺と喋ってくれて、名前があの上杉謙信由来だと知った。マジですごい。
後家さんは直江兼続の刀、陸奥守さんは坂本龍馬の刀だと。
うわ俺昔の大河ドラマ見たから!!良かった気軽にあだ名で呼ばなくて!!全方位に恐れ多すぎ!
日本史は覚えてても刀剣の名前までは結びつかないって。危ねえ。
そこから名前の漢字も教えてもらって、“カミ”が“守”と書くことも知った。
歴史の授業くらいでしか見たことねえ読み方。
「あるじ、つれてきたぞ!」
「ありがとう、入って」
ビッグネームの羅列にちょっと興奮したまま、開かれる障子戸を見守る。いや、気を引き締めろ。これから少しの間お世話になる可能性高いんだから。
覚悟決めて部屋に入ると、すげえ広い広間に何十人かが座ってる。この人達が「ぼくら」もとい刀剣たちってことで良いのか?
左右に分かれて座ってる真ん中を、謙信君に連れられて歩く。
正面には主さんがいる。
謙信君に座るように言われて、主さんから少し間を空けて正座した。
「初めまして、ここの審神者をやっている枝葉です。君がまだ学生ってことは皆に周知しましたから、肩の力を抜いて大丈夫よ」
たぶん、50歳くらいの女性。
ゼミの教授に雰囲気近くて、微笑みながら言われた途端にドッと気が抜けた。
「初めまして、俺は」
「待って」
「っ?」
「苗字だけ、教えてもらって良いかしら?」
「え、あーと、グランドフロラ、と言います」
「グランドフロラさんね。こんのすけ、」
「はい!主様!」
「……え?!」
「グランドフロラ様、わたくし、こんのすけと申します!こちらに手をかざしていただき、こちらのペンでフルネームをお書きくださいませ!」
なん、なにこいつ?!
未来ってこんなリアルなロボット出来てんの?こんなゆるキャラっぽいやつ?
宙に浮いてる透明パネル?も非現実的で、今更「未来」を実感した。こんな純日本家屋だから全然そう思えて無かったけど、いきなり突きつけられたら無理にでも納得するしか無い。
丁度臍の高さ、真正面にパネルを差し出されて、手を置く。
「掌紋とお名前は政府で解析し、血縁関係を割り出して宮様のいた時代を特定します。あとは裏付けのために爪か髪の毛、どちらかをDNA追跡に回しますのでいただきたく。ほんの少量で問題ございません!同時に、本丸内行動制限のコントロール用登録条件とさせていただきます。何かご質問はありますか?」
「俺の時代は聞いてもらえたら普通に、…………んあ?」
大学に、いて、さっき陸奥守さんに生まれた年代を言って……いや、言ってないか、年齢だけ、言って、ね、年代?
年代って……?
「……覚えていられないのよ。大丈夫、こんのすけと政府が割り出せますからね」
「あ、え……あの、」
「ご安心ください。少しお時間は頂きますが、解析の間はこちらの本丸に滞在頂けることになりましたので、どーんと!構えてくださって良いのです!」
「こんのすけ、それは私の台詞ですよ?」
肉球のついた短い手が、調子良くヨヨイノヨイと動くのがコミカルで、緊張が緩んだ。
「さて、グランドフロラさん」
「は、はい」
「陸奥守から聞いたかしら?離れの部屋を使って、ってこと」
「聞きました。あんな良い部屋をお借りして良いんですか?」
「もちろん。自分の部屋のように使ってね。あとは、そうね……、お掃除やお食事の準備はご自身でやってもらわなきゃいけないけれど、食料はお渡しするし、その他は自由。ただ、出陣帰りの刀剣男士には近付かないこと。怪我をしたくなければ」
空気が重い。
この雰囲気だけでも一般学生メンタルがみじん切りになりそうなくらいではある。
ただ、長いこと貧乏学生してる身からすれば、聞く限り破格の待遇。どのくらい時間が必要なのか分からない事だけが懸念点てとこか。
「分かりました。一つ質問があるんですが、良いですか」
「ええ、どうぞ」
「何か、やってもいい仕事はありますか?畑仕事なら、バイトしてたんで少しくらいは出来ます」
「──そうね……、報告を貰ったけれど、少なからず知識がある方なのよね。桑名、」
「うん」
「あとで相談させてちょうだい」
「わかった」
良かった、少しはやることを貰えそうだ。
俺の荷物はスマホとペンケース、テキストとかが入ったリュックだけだったから本気で暇になるとこだった。
「他にお願いすることがある時はこちらから訪ねて行くと思うけれど、もし離れからこちらに用があるときはまず電話を掛けてほしいの。迎えに行かせるわ」
曰く、ここは結界が何重かになっていて、普通に通ることは出来無いからだと。
こんのすけ?が設定する行動制限についても、《何個目の結界まで》という区切り方をするらしい。
戦争をしてるって言ってたし、防御に気を配るのは大切なんだろうな。
「こんなところかしら。もし何か不便なこととかがあったら言ってね」
「いえ、突然お世話になることになったのに色々してくださってありがとうございます。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。さ、後ろを振り返って見て」
「はい」
「貴方のサポート役を、主に三振に任せる事にしたの。紹介するわ」
シヨウさんに背を向けすぎないように斜めに振り向いて座り直した。
「謙信景光」
「はい!がんばるぞ!」
「浦島虎徹」
「よーっし、俺にお任せ!」
「桑名江」
「うん、よろしくね」
ウラシマくんだけ初めて聞いたな。
茶金の髪と水色の着物──、漢字が『浦島』なら浦島太郎と関係でもあるんだろうか?
「手間をお掛けしますが、よろしくお願いします」
正座のまま、精一杯覚えている限りの作法で頭を下げれば、空気がほんの少し和らいだ気がした。
「今どきの大学生って大人っぽいのねえ。私の同級生なんかいつまでたっても子供だったのに」
「人それぞれ、ということじゃないか」
「そうね、迷って来たのが良い子で良かったわ」
迷って来た?
巻き込まれた、じゃなくて?
気になる単語が聞こえてシヨウさんに顔を向けると、金の鎧の人と目が合った。さっきまでは壁際に控えていたはずの、刀剣の人。
「俺は蜂須賀虎徹。審神者、枝葉の初期刀だ。弟が世話係になるから必然的に名くらいは聞くようになるだろう。よろしく」
「はい。よろしくお願いします……。弟……?」
「そ!蜂須賀兄ちゃんと長曽祢兄ちゃんは俺の兄弟!良かったら覚えてよ」
「わ、え、兄弟?」
いつの間にか隣にウラシマくんが来てしゃがんでる。視界の端で謙信くんもこちらに向かって来ているのが見えた。
「ずるいぞ浦島!ぼくもおさふねはをしょうかいしたい!」
「オサフネハ?」
おさふね、……長船、でいいか?お願いだから漢字を教えて欲しい。
助けを求めてシヨウさんを見れば、「あらもう、緊張感なんて無くなったわね」「良いことさ」なんて話をハチスカさんとしながら解散を言い渡している。
大半がこちらをちらちら伺いながら広間を出ていくけど、その内の何人かは座り込んで話をしている俺達に近寄って来た。
「せっかくだから挨拶だけでもしていこう」
「え、」
「おれは長曽祢虎徹だ」
「お兄さんですか。よろしくお願いします」
苦笑いが返ってきたのは何でか知らねえけど、兄貴っぽい気の良さそうな兄ちゃんて感じの人だなと思う。
長曽祢兄ちゃんかっこいいだろ!と横から誇らしげな言葉が聞こえてきて相槌を打つ。ナガソネさんがウラシマくんに軽く激励の言葉を言って踵を返した先に、水色と白のギザギザ模様の羽織が見えた。
待て待てすげー見たことある!
え、ナガソネさんも白黒だけどギザギザじゃん!
「新選組?!」
「知ってる?兄ちゃんは新選組局長の刀だったんだ」
「知、え!?マジで?!」
「へへ、マジで!」
素直にすげーな、という気持ちがダダ漏れの俺の言葉に、ウラシマくんは嬉しそうに笑った。兄弟大好きなんだろうな。
「おまさん、さっきも同じような反応しちょったのう」
「す、すみません。さっきからずっと聞いたことある名前しか出てこなくて」
陸奥守さんが笑いながら俺の背中を軽く小突いて行った。
本当正直どうしようかと思ったけど、なんとかなりそうだ。俺が倒した稲のことも、──あ!
「し、シヨウさん!」
「どうしたの?」
「俺、稲倒しちゃって、本当に申し訳ありませんでした。クワナさんから、聞いてらっしゃるとおもうんですけど、」
「ああ!そのこと。気にしなくて大丈夫よ。なんてことない規模だから」
笑顔で言われて、少し肩の力が抜けた。
迷子に賠償責任なんて問わないわ、と聞こえたのが気になったけど、もう、許してもらえたならそれで良い。
正直安心した。
「ふむ、どうやら迷子殿は心配性らしい」
「へ?」
「あら朝尊、興味があるの?」
「ああ、この本丸に現れた不確定要素。面白い存在だね」
座ったままの俺を上からまじまじと見てくる。
長髪に丸眼鏡。理知的な雰囲気。観察されている気分になった。
「先生」
「肥前くん」
「この後当番あるだろ」
当番?
当番か……あるか、そりゃ。
広い敷地に広い屋敷、この人数なら分担しなきゃやってられねーなと思う。チョウソンさんが引っ張られていくのを目で追いかけたら、ヒゼンくんから鋭い目線が返ってきた。
シンプル怖い。
ひえ……彼の目線に刃がついてたら木っ端微塵になってるわ俺。
「じゃ、グランドフロラさん、今日はもう離れに戻ろう!」
「きゅうだったから、あんないはまたあしたにするぞ。ゆっくりやすむのもたいせつだから」
「また明日ね。10時ごろに声を掛けるから、待っていてくれるかしら」
「は、はい!分かりました」
ウラシマくんと謙信くんに腕を引かれて立ち上がる。
そう言えば、結局後家さんはあの後、声を掛けてこなかったな。挨拶の時には広間にいたはずなのに。
あれか、相当警戒されてたから、もう確認し終わって用済みってやつか。
「シヨウさん、後家さんは、あの……えーっと、」
「……まあ!もしかして後家兼光を心配してくれたの?いきなり武装していて不安にさせてしまったのに」
「大丈夫、ちょっと落ち着けの刑に処されてるから」
「ちょっと落ち着けの刑」
クワナさんの言うソレはなに?
言葉の感じから、深刻なことじゃないのは分かる。
「えっと、わかりやすく、いうぞ!」
「ありがとう、お願いします」
「後家はおさふねのすえっこだから、あにたちに、おせっきょうされてるんだ」
…………す?
「末っ子?!えっ?!謙信くんもその長船派?って話じゃなかった?!」
「ぼくは後家よりもずっとおにいさんだぞ!」
「そっ?!そ、そうなんだ?!」
待て待て待て待て、え、見た目に振り回されてしまう。あんな高身長推定爆モテお兄さんが末っ子?!
脳がバグるだろそんな!
「あー、混乱するよな、審神者じゃないんだし。見た目と経た年月は同じじゃない、って思っておいてよ!」
「ふふふ、安宅切が来ていたら、より混乱したでしょうね。どれほどの刀剣とグランドフロラさんが顔を合わせるかは未定だけれど、だいたいは作刀年に関わらず、刀剣自体が大きい刀は身長が高いわ」
「……だ、だいたい?」
「もちろん例外もあるよ」
えええ……。
大丈夫、審神者じゃないから刀の種類を見分ける必要無いよ。と宥められつつ広間を後にする。
クワナさんは仕事調整のために居残り。
シヨウさんとハチスカさんは俺の反応が面白かったのか、障子を閉めるまで笑ってた。
「今居た広間は、こういう、全員が集まる時とかに使ってるんだ」
「けっかいのせいげんに、ひろまははいらないかな?」
「どーだろ?収穫物が多すぎると一旦広間にまとめて置いたりするから、主さんたち次第だ」
「どこまでなのか、かくにんしておく!」
うん、すごくしっかりしてるけど、2人ともどうしても年下に見える。
……決めた!ひとまずどんな刀剣に会おうとも、俺ができる限りの丁寧な対応をしよう。これが安牌ってやつだ。
腹を括って来た道を戻っていけば、離れの玄関口に後家さんが立っている。
あと1人、隣は誰だ?お兄さんかな。
「ごっちん!小竜!」
浦島くんの声と同時くらいに目が合って、後家さんがこちらに小走りでやって来た。
あ、ジャージ着てる。これが、なんだっけ?内番服?
「ごめんね!!」
「うお。え、」
「迷子なのに、いきなりボクが武装してて驚かせたから、謝りに来たんだ。申し訳無かった」
お兄さんたちに怒られたのか、しょんぼりという擬音がぴったりの顔で頭を下げてくれる。
こんなに真摯に謝られた事なんて、一度も無い。
すげえ気まずいな。
「や、その、えー、……大丈夫。頭上げてください。驚きましたけど、やっぱ戦争してるんだったら、部外者を敷地内に入れるの警戒しますよ。当たり前だと思うんで、」
「だけど、情報伝達が不足していたのは俺達の過失だ」
少し遮るようにして、ゆっくり後家さんの隣に並んだのはキラキラしたイケメン。金髪ロン毛なんてなかなか似合わないだろ、顔が良いって無敵だな。
そのおかげで分かりやすい。後家さんのお兄さんだ!たぶん!
「後家さんのお兄さん、ですか?」
「俺は小竜景光。っはは、俺がお兄さんかあ。どちらかと言うと父親、かな」
「父親?!」
「小竜、こんらんさせてしまうから、あに、でいいんだぞ!」
「あ、そう?」
「もー!楽しんでるだろ、小竜!なあ、中入って話そう。その内容もひっくるめてさ」
正直瞬間最大風速的にキャパを超えそうだったから、浦島くんがいて本当助かった。
中に入ったついでに、冷蔵庫には一通り食材が入っていることなどを聞いておく。
一人暮らしだから、食べられる程度の料理は作れる。よし、問題無し。
お茶を出して、皆でテーブルを囲んだ。
「主さんから見ると、時間遡行軍に巻き込まれた迷子って魂が揺らいでるんだ。それは桑名が写真撮った時に気がついてるよ」
「主が『迷子』と表現した時にはもう、キミが無害なのはほぼ確定。だけど、後家は最近この本丸に来たばかりで……、研修中って言えば伝わる?」
「まいごは、かずがすくないから、こまかいせつめいがあとまわしになってしまう」
それで、後家さんがこっちに到着したときは時すでに遅く、あれ?!迷子の対応方法伝えてない!不味い!武装したまま行ったよね?!となったらしい。
それはもう、なんともできねえ。
陸奥守さんからも話を聞いてきたらしく、「わしがおらん内に、別の指示があったがか思うた。謙信に会うて伝わっちょらんち気付いたぜよ」とのこと。
全部が全部すれ違った結果、上手くいかなかった。
あるある、敷地が広くてと人数が多いほどある。
新入社員とイレギュラーが正面衝突した時ほどそうなる。
「なるほど」
「本当に、ごめん。服装からして、少なくとも平和な時代の子だろうって主が言ってたし、怖かったよね、ボク」
「フォローが足りなかった故に要らない誤解を与えてしまって申し訳無い」
「や、ここまで聞いたらなんか、仕方ない内容じゃないですか。逆に研修中なのによく渦中に突っ込んで、勇ましいですね。刀剣ってすげえんだ」
「え」
「んえ?」
ぽかん、とした顔で固まった後家さんの肩を、笑いながら小竜さんが叩く。
「あははは!良かったな。散々他の長船には勇み足と叱咤されたのに、本人にはこう言ってもらえて」
「勇み足?」
「そうだよ、グランドフロラさん。ここは俺たちの自陣、本丸だ。ほんとに万が一、グランドフロラさんが敵だったとき、俺たちには被害無く完全に制圧できるようにしておきたい。1振でも戦力が削がれるのは避けたいんだ」
「……それは、確かに、そっか。だから『ちょっと落ち着けの刑』って言ってたんですね」
「そうそう。一旦全員落ち着いて状況役割確認しろ、それまで任務無しの刑。今後こういった事が無いようにと話したよ。後家の責任では無いし、主を含めて、フォロー不足だったという認識だね」
武装すべきでは無いと想定した状況で、武装するのは何かのトラブルになりかねない。
敵意があると伝わった途端にキレるやつも、世の中には居る訳で。最悪の事態を避けようとするなら、新人の後家さんが表に出るのも違った。
「それでもやっぱり、直接キミに会ったのはボクだから」
優しさと情けなさの混じった、ちょっと赤い顔の後家さん。
かわいそうな気にもなるのは、やっぱ俺って、平和ボケしてんだと思う。
「気にしないでください。そもそも、俺は解析?済むまでお世話にならなければいけない居候の身じゃないですか。なんで、3人がいなくて困ったら後家さんに声かけさせてもらいます、ってとこで手打ちで良いですか?」
「……!そっか、良いよ。たくさん頼ってね」
結界があるのでそんな都合よく見つけられないだろうけど、こういうのはその場のノリだ。ノリ。
俺と後家さんが笑ったのをいいタイミングと思ったのか、浦島くんが2人の詳細な紹介をしてくれた。その時の俺のリアクションは、後になってみれば初心者すぎたなと思う。
「へ?!打刀?!小竜さんは太刀なのに?!すみません分類がマジで分かんないです!サイズじゃねえんだ?!」
まあ、一般学生なもんで、お約束ってことで許されたい。
end.
end.