喉に迫り上がる色んな液体と、逆に身体から無くなっていく感覚のせいで喉から変な音がする。
歪む視界が鬱陶しい。
どうしてこういう時だけ人間らしいのか。
刀剣なら折れるその時まで人体なんかに振り回されないでいて欲しいものだ。
「竜田!」
国広が呼んでるのは分かるが、喉は返事ができそうに無いらしい。
前のめりに倒れる、と認識はした。
感覚が無い。
「……!聞こえてるか、聞くだけで良い。意識だけ手放すな、大丈夫だ」
声と共に視界が陰る。
白い。
布か?
大切な、国広のだろう、そんな、汚れる。
自分を持ったままだったはずの手の甲で押し戻そうとすれば、より一層巻かれたのが分かった。
刀はいつの間にか国広が持っているらしい。
頭が支えられずにそのまま隙間から空が見えた。
「折れんな!!」
あれは御手杵の声か。
国広が動くのが響いて、視界がまたボヤけた。
マズい、マズい不味い!どうしたんだ本当に!
「随分急いでるじゃないか、主」
「だ、大般若…!ごめん、遠征部隊全員呼び戻したから迎えてくれるか!国広と竜田生駒が重傷で戻って来る!」
廊下を走りながら遠征を呼び戻す手が震えた。
並走してくる大般若に用件だけ伝えて、万屋へ繋がる方の門へ向かう。
「重傷?二振は部隊で本能寺に出たんじゃなかったか?」
「そう!けどさっき
「あんたの判断で起こったことじゃないんだろう。ちなみに遠征呼び戻したのは?」
「化け物に強いのが全員遠征出てるんだ」
「なるほど、
「よろしく!」
銀髪の尻尾を翻して大般若が駆けていくのを聞きながら走る。
お守りは持たせてあるけどイレギュラーすぎる、どこまで効くか分からない。不安が身体の芯を冷やしていく。
胃の底が粟立つ感覚がする。
「主」
「鶯!大倶利伽羅!ちょっと手伝ってくれ」
大倶利伽羅を呼ぶように頼んだ鶯丸が合流して、門の横にある東屋に供えた緊急救護の備品を準備する。
「一体どうした」
「本能寺に
「窮奇?」
「便宜上そう呼んでるだけなんだけどな、ヒトを食べる妖怪だ。どうして戦場に出たのかは分からない。出現地点に居た国広と竜田生駒に襲いかかったらしい」
食べた、と聞いた。
理解し難い、という顔の大倶利伽羅と鶯丸に、刀剣でもそう思うのかと、どこかぼんやりした感想を抱く。
「ヒトじゃない。それに対象は寺所有の竜田生駒と山姥切の写しだぞ?今出来ることは、検分ができるやつを集めて可能な限り早く手入れすることだけだ」
「遠征を呼び戻したのか?」
「ああ」
「迎えは」
「大般若」
ベンチを簡易ベッドに変えたところで、門の解錠音が響いた。同時に本丸のほうからも足音が聞こえる。そっちは戻ってきた遠征部隊だろう。
開いた門から帰ってきた第三部隊。
姫鶴に支えられた国広に思わず顔が硬直してしまう。
「おっ、お前、腕!」
「俺は問題無い、主、竜田生駒を」
左腕前腕半分を無くした国広。
本来被っているはずの布は、後ろで御手杵が抱えた竜田生駒をぐるぐると包んでいる。
布のほとんどが赤黒い。見える足の先も、首にも力が無くダラリと垂れている。
大倶利伽羅が引き受けてベッドに移す間に、国広へ護符を渡して止血帯を巻いた。
「ごめん、すぐに直して何か障りがあるといけない、ほんの少しだけ待ってくれるか」
「腕一本どうとでもなる」
「ならねえから安静に」
いつもの出陣とは訳が違うんだぞ。
まだ意識が保てている国広にほんの少しだけ安心して、振り返ってベッドの上の竜田生駒に向き直る。
血に染まった国広の布を解いた中。
右の二の腕から下と、肋骨から骨盤近くまでの脇腹を全て無くしていた。
歯型、が、見て取れる。
背骨に牙が当たったような痕跡すら。
冷静に状態を見る自分と、混乱で目眩がしそうな自分がぶつかってブッ倒れそうだ。
「竜田、大丈夫だ。帰ってきた」
声を掛ける国広の言葉に反応して、少し目線が動く。
意識がある。
人間でも刀剣でも既にこの世にいないだろう怪我と出血量だ。妖怪に食われた事の異様さが際立って寒気がした。
「なんだ、これは」
苛烈な怒りの声がしたが一瞬誰か分からなかった。
大倶利伽羅と火車切の殺気が強かったからかもしれない。
顔を上げれば長義が鯉口を押さえて震えている。
「ち、長義、山姥切長義!このまま手入れして問題無いか?太郎、次郎、石切丸はどう視える?青江、髭切膝丸!どうだ!?」
自分の写しと、後輩であり友人。二人が食べられている。
怒りなんてもんは当たり前だ。
わざと声を上げて呼吸を無理矢理取り戻す。
「…………問題無いかと」
「祓は後で良いよ、早く直してやんな」
「二振の手入れ後すぐに祓えるように準備をしておこう」
「任せた」
「そうだねえ。嫌な気配の塊は残っているけど、手入れに障りは無いと思う」
「にっかりの言う通りだ。手入れを行ってくれ」
「分かった。薬研、」
「おう」
竜田生駒の刀は薬研が持っていた。
声を掛けて預かろうと顔を見たら、平静のように見えて呼吸の速さが目立つし、不自然に力が入って視線が揺れている。
声を掛けるのも難しく、出来たことと言えば肩に手を置いて少し擦っただけ。
「竜田生駒、一度顕現を解くぞ、少し眠ってて良い」
護符を胸に置いて刀を預かった。
刃毀れと言うにはおかしい程の欠けが出来ている。
焦点の合わない黄緑の瞳がこちらを向いて、ゆっくり瞼を閉じた。
あれから、竜田生駒の顕現を解いた直後。
後を追うように気を失った国広に場が荒れた。
当たり前だ。
二振とも平常時はほんの少しだけぽやぽやしていて、刀としての年齢はともかく『うちの末っ子達』とも言えそうな存在だったんだから。
折れかけの竜田生駒を繋ぎ止めるために第三部隊全員が気を張ってくれていたのが分かったから、無理をするなとも言えない。
簡易の手入れを施して、安定した二振を手入れ部屋に移し直した後に、石切丸たちに祓を任せて来た。
「ね、行って良いよね?窮奇切くんも行くって言ってるよ?」
「生憎まだ切ってないかな」
「保全部隊が捕獲してて原因の究明に使わなきゃいけないから殺せないんだって……そりゃ俺もコマ切れになって地獄に落ちろとは思ってるけど」
他の出陣部隊も内番も戻して話が広がった今になっては、本丸全体が怒りに包まれてる。
張り詰めた空気が人間にとっては苦しい。
「手入れは無事に終わって、祓もしてる最中。だから一度納めてくれないか」
「まだ抜いてないよ」
「……その殺気は抜いたも同然だ。控えろ」
「俺たちも納得してない」
「二次被害を防ぐのも重要なこと。今は忍耐の時である」
「組織っていうのは時にこういう煮え湯を飲み込まなきゃいけませんから、ね」
あっけらかんと答える髭切に、静かに返したのは広光と国広達。怒りは妖怪にも政府にも向いているだろうに、よく耐えている。
妖怪が出るのは完全な異変だし、今回は特に無差別に、そこにたまたま居たから被害に遭った。
本当にただ偶然だったはず、だ。
急に湧いて出た妖怪。
妙な気配に気付いて、竜田生駒をとりあえず引き寄せようと手を伸ばした瞬間、竜田生駒の脇腹と腕と一緒に食われた国広。
部隊は竜田生駒を庇いながら応戦したが、俺の指示もあって、その場では取り逃す他無かった。
御手杵の緊急通報で駆け付けた保全部隊が捕獲したが、それは出現地点から二十里──約80km南東へ遠ざかったところだったらしい。
「この山姥切の写しと霊山の守護を手に掛けて妖怪如きが傲慢な事だ。許せとでも?」
「それに、元は人間を食べちゃう妖怪だ。もし主が被害に遭ってたら、と思うと放って置けないよ」
「許せとも放って置けとも言ってないだろ、一度納めろって言ってんだ」
窮奇は元々中国で四凶とも言われる強い妖怪だ。
その名前を冠したヒトを食べる紛い物。
元の窮奇には及ばなくも遠からず、
極が多く精鋭揃いの保全部隊もかなり苦戦して、四振が重傷、一振中傷、軽傷五振。政府施設でも暴れて、職員三名が軽傷でなんとか封印捕縛したらしい。
それも考えると放って置ける訳が無い。
「山姥切長義、お前の怒りは知ってる。だけどな、国広も広光も今は我慢してる。俺も含めて。髭切、自分の仲間をあんな風にされて怒らない審神者がいると思うか?許す余地なんてあるかよ、色々交渉してるから待ってくれ」
「ふーん……?それなら少し待っていようかなあ」
眉根を寄せたままの長義も渋々息をついたので、俺も努めて息を吐いた。
正直なところ、原因が人間相手なら竜田生駒の被害が大きいのはまだ理解できる。まあ……理解したくも無いが、審神者の采配に寄っては織田家由来の刀剣と距離感間違えて盛大に拗れるパターンあるからな。
実際、死蔵や過度な寵愛の事例が挙がっているらしい。
人間の業だ。
本当に嫌になる。
「昼からははもう出陣とかは無し。俺が平静を保ててないのは駄目だ。……祓が終わったらきっと夕暮れだからそのあたりの時間に飯にしよう。それでしっかり休む」
「分かりました。通達します」
「よろしく堀川。火車切、」
「ん」
「祓の手伝いに行ってくれ。大倶利伽羅と山伏は何か二人が喜びそうな美味いもん作って」
「うむ!承知した!」
「……ああ」
解散を言い渡して廊下へ出れば、鶯丸が柱に寄りかかっていた。
「太郎太刀が呼んでいるぞ」
「了解……」
「主、疲れているのでは?」
「大丈夫。いやでも、怒涛の午後だったな」
夕方、再顕現した二振が井戸近くの洗い場で最後の禊を行っているのを太郎太刀と見守る。
水深1m位は貯められる程度に掘られた、半屋根タイル敷のバカ広い洗い場。夏はちょっとしたプール代わりにできる。
泉とかあったら格好がつくんだが。
まあ、実際暮らしてみれば必要なのは利便性だ。
「は……、づ、づめだい、寒い」
「我慢して」
「君の熱くて硬いところまで貪ったからねえ……背骨のことだよ?」
「俺はもう諦めていいか?」
「国広、嫌だ一緒に居てくれ」
「おい!止めろ掴まるな」
国広と竜田生駒は白の単衣で肩まで水に浸かっていた。
太郎曰く欠損部だけでも問題無いってことだったけど、井戸水と言う名の冷水に肩まで浸かる羽目になった竜田生駒を気遣って国広も一緒に。
優しいなぁ、と思った矢先に諦めてるが。
火車切と青江がバスタオルを抱えて一緒に笑ってるところを見ると、これでもう大丈夫なんだろうなと安心できる。
「うん、もう大丈夫。腕の感覚はどうかな」
「問題無い」
「おれは……?」
「体に違和感が無ければ上がって良いよ」
小さく震える二人を検分した石切丸が太鼓判を捺したところで、目一杯深呼吸する。
こんなデカい怪我させるの久しぶりだったから変な汗がすごいし息が詰まってた。
「湯が沸いてる。入って温まったら夕餉だって」
「はい、サンダル。露天の方に回ってくれるかい?」
「分かった」
火車切がポフ、と竜田生駒に被せたのは黒猫耳フード付きのバスタオル。
ちょっと待ていつの間に可愛いもん買ってる!?
俺が目にするタイミングがコレって嫌だな。もっとこう、普通に風呂上がりの大広間とかで見かけたかった。
「可愛らしいですね」
「気が抜けるなぁ」
「よいのではないでしょうか?もう、難は去りましたから」
「……そっか、うん」
あれだけ欠損した竜田生駒も国広も回復してるんだ、問題はもう無い。
「あるじさま〜!」
「どうした、こんのすけ」
「環境課から連絡が入りました!ひとまずのところの現状報告だそうで」
「今行く。太郎太刀、後頼んでいいか?」
「は、」
やるぞー!最低でも原因をズタボコにするくらいの許可はブン取ってやるんだからなァ!
continued.