妖と無力の刀




「ん、お腹も腕も元通りじゃん」
「ああ」
「姫鶴。今日は迷惑を掛けた」
「めーわくじゃねえよ、ただ本気で焦った」

湯から上がって髪を乾かしていれば、鏡越しに姫鶴が話しかけてきた。
そのままドライヤーを引き取って乾かし続けてくれるので甘えることにする。
国広はとっくに髪を乾かし終えて、隣でスポーツドリンクの水割りを飲んでいた。曰く、そのままだと甘すぎるらしい。

「かーんせい。……かちゃとごこが心配してっから、声掛けてやってよ」
「ああ、不甲斐ない姿を見せてしまったからな」

じと、という視線が後ろと隣から飛んでくる。

「ふぅん、言ってること分かったかも」
「なんだ?」
「苦労すんね」
「全くだ。あれ程言っておいたのに、また変なモノのせいで怪我して帰ってくるなんてね」

姫鶴の溜息混じりの返事には、国広ではなく入り口辺りから声が返ってくる。
足早にこちらに来るので、きちんとしようと思っていたはずの謝罪の言葉を慌てて口に出した。

「長義、申し訳ない。国広も巻き込んでしまったから、」
「っ、?!」

国広と一緒に抱き込まれた。

「……二度と、許さないよ」

ギュウ、と力強い腕と吐き出すような声色に言葉が詰まる。国広は大層混乱した顔で固まっている。
俺が味わった衝撃を仲間が味わったならと考えると背筋が凍るから、俺も何も言えない。
刀や銃とは違う、喰われる感覚。
ただ、長義と国広の背中に腕を回した。
そこに便乗するように姫鶴も抱きついてきて、何故か笑いが込み上げてくる。
どうやらようやく、安心したのかもしれない。

「……無事に直っておめでと会、するってよ」
「ふふ、そんな名前なのか?」
「姫鶴、重いんだが」
「うるせー、直りたてのヒヨコちゃんのくせに」
「ヒヨ……!?」
「はは、」

三振に抱き込まれて柔らかい声が響いて、ふと瞼が重くなりそうになった時に、腹に腕が回った。

「竜田生駒、」
「火車切」

むす、とした顔で俺に抱きついていた。
自然と解かれた長義の腕から抜け出れば、入口の扉には大倶利伽羅が背を預けて立っている。

「只今戻った」
「……光忠がエクレアを作っている」
「うん。……うん、楽しみだな」

思わず隣の火車切を撫で回す。
小さな抗議の声が聞こえるが、この安心感と同派達の可愛らしさにむずむずするので許してほしい。
「独特な空気感してんよね、広光って」という姫鶴の言葉も何のその。
このまま全員と一緒に、厨でつまみ食いしているらしい主殿の元へ。

「国広!竜田生駒!良かったマジで!!」
「主殿」
「腕一本どうとでもなると言っただろう」
「どうともなんねえってぇ」

へろへろした声の主は、主殿の向こう側で椅子に座っていた御手杵だ。
脱力したように作業台に突っ伏したので、感謝と謝罪を、込めて背中を軽く擦った。

「申し訳無い、心労を掛けた」
「感謝する」
「……ん〜、いや。直って良かった、本当」

少し困った顔で笑ったので、隊長としては何か言いたいことがあるのかもしれない。
国広共々頭を撫でられる。遠慮がちな大きな手のひらに優しさが滲んでいて嬉しい。

「紅葉」
「……薬研」

入口のあたりでちょい、と手招きされて咄嗟に目の前の御手杵と隣の国広を見たら、軽く背中を押された。
最近克服したはずの気まずさが甦ってきたな。

「薬研。日も落ちたし、あと小一時間で飯にするからな」
「おう、分かってるぜ大将」

強く引かれたわけでもないのに、取られた手首を引いていくのに逆らえない。振り返った先の長義が苦笑してから『あとでね』と口を動かすので頷くだけしておく。
無言で引かれるままに歩いて、渡り廊下の途中に置かれた沓脱石のところから外に出る。
立夏の夜の庭はまだ肌寒いなと思っていると、白衣が肩に掛けられた。

「薬研が寒いだろう?大丈夫だから」
「全く、姫さんは目が離せねぇな」
「薬研?」

歩く先には東屋がある。
この本丸にはいくつかあるが、ここは特に、半分が池に張り出していて景趣を楽しむ者が多い。
既に吊灯籠に火が入っていて、周りの藤棚も柔らかく照らしていた。

「紅葉、おいで」
「実休……」

ぼんやりした橙色の光の中で、白磁の茶器に茶を注ぐ実休。
目線で左隣を指されたので従って腰掛ければ、膝掛けとクッションが渡されて、薬研が軽い調子で隣に座った。

「実休さん、これ何の茶だ?」
「カモミールだよ。鎮静と安眠効果があるんだって。丁度いいと思ったから」
「かもみーる?」
「どうぞ」

差し出された小ぶりの茶器から漂う花のような香りを吸い込んだ。
温かくて美味しい。
藤の間を通り抜ける風の音を聞きながら夜風を楽しむ空気に流されそうになったが、正直嫌な静けさだった。

「じっ、」

呼びかけようとした途端に腕が伸びてきて髪を撫でる。風によって指からすり抜けていくのを楽しんでいるように微笑むので、出かけた言葉はカモミール茶と一緒に喉奥に引っ込んだ。

「紅葉、ある意味良かったな」
「ん、な、何がだ?」
「長谷部と宗三がいたらお叱りと小言が飛んできてるぜ」
「う、」
「そうだね。不動くんたちも紅葉の馬鹿!って言ってたから」
「ぐ」

何も言えないとはこの事。
もっと機動と反射が良ければ避けれたりしていたのかもしれないな、と思う。実際はそんな事言っていられるようなものでも無かったが、喉元過ぎればなんとやら。
恐怖心を忘れていることを考えると俺も随分刀剣らしくなったんじゃないか?
ふと、考え事をするのを阻むように、食われた方の脇腹に手が回ってきて引き寄せられた。

「実休?」
「良かった……お帰り」

耳元の穏やかな声に阻まれて気まずい。
やはり、自分が恐怖を忘れる代わりに周りは執着を覚えていると感じる。これだと一生怒られ続けるかもしれない。
助けを求めて薬研を見ると、一つ溜息をついてから俺の膝を枕に寝転がった。どうして。

「夕餉が近いと言ってただろう、戻らなくていいのか?」
「あと少し、な」

な、じゃない。
結局はそこからしばらく、無骨が迎えに来てくれるまでそのまま居るしか無かったのだった。










この本丸に政府からの使者が来るのは何回目になるんだろうな?
多分他のところと比べるとジワッと多い気がしている。何も悪いことなんてしてないんだけどなあ。

「此度の事、正式な報告にお時間をいただきまして申し訳ございません」
「それで、どうなります?」
「結論を急ぎすぎませんようにお願い致します。結果のみでは何もご理解頂けませんので」

事件からほぼ丸々二ヶ月経ってんだから、結果が欲しいのは当たり前じゃないか?
隣に静かに座る竜田生駒を盗み見る。
この二ヶ月、すべての本丸に所属する竜田生駒は出陣含め外出禁止になった。
うちでは気落ちしているのを余り表に出さない代わりに、大倶利伽羅や火車切、山姥切達を始め仲の良い刀剣と一緒にいることが多くなったと思う。

「そうですね、ご希望に従って先に言うのであれば、《特殊戦闘部隊》への派遣権利をお渡しすることになりました」
「…………すみません、全然分かんないですね。一通りお願い致します」

ほらやっぱり、みたいな顔で溜息を吐く監査課の人。
おい待て!!クソ苛つくんだが!?
名刺を見る限り、本来はこの人が本丸の緊急監査を受け持つ担当らしい。全っ然!緑さんのが良いが!?

「橙殿、我等から説明いたしまする」
「お願い致します」

緑さんは水心子と清麿だったけど、脇に控えるのは極の小狐丸と鳴狐。
切れ長の目がこちらを見据える。

「竜田生駒殿が狙われた原因、審神者にあるとも言えましょう」
「……は?」
「な、何故そんな」
「竜田生駒様は寺へ奉納された刀!それは確かでございますが、《霊山の守護刀》と呼び称され始めたのはほんの最近のことでは?」
「現に竜田生駒殿もその呼称には慣れぬはず」
「ああ、過ぎたことだと思う」
「その呼称の起点はズバリ!この戦いが始まった直後の頃でございますよぉ!」

ふんす!と声高らかに前足を応接テーブルに置くお供を鳴狐が捕まえるのを見つつ、俺は変な汗が噴き出てくるのを感じた。

「奉納刀としての展示履歴はありませぬ故、昭和に博物館へ寄託された後から認知されるようになります」
「それでもずっと、松永久秀の刀、の肩書の方が強かった」
「一族を断絶させた刀、裏切り者の刀。そういった認識によって竜田生駒様は奉納刀としての知名度が低かったのでございます」
「それが、《刀剣男士という存在になってくれるかもしれない》って想いで覆り始めた。ってこと、ですか?」
「ええ、ええ!仰る通りで!」

口々に説明してくれる狐達に、失礼ながら化かされているような気持ちになってきた。
納得できるが信じ難い。

「彫物や、神仏・霊障に関わる逸話も無い実践刀。奉納されたのみの刀に今になって『信仰』が生まれ始めたのです。化物や遡行軍、我等に仇なす者にとっては頗る良くない存在」
「本格的に箔が付く前に潰したいと思ったに違いありませんぞ!許すまじ所業!」
「だから、竜田生駒は悪くない」

潰すと言っても本物の大元は博物館と政府の二者管轄になっていて、おいそれと手が出せないからこうなったんだろう。
政府も様々な刀剣をこの戦いに喚んでいる。
その過程でやはり、既に居る刀の同派を喚びたいと願った審神者も多いだろうし、この刀が顕現できないだろうかと考えたりもした。
純粋な願いだ。
何も、誰も悪くない。
奴等にとってだけ、都合の悪い事が起こった。
ざまあ見やがれ。

「故に!」

ぱん!と一つ打たれた柏手。
にこやかな小狐丸。
俺も竜田生駒も呆気に取られる。

「そのような事を考える雑魚は今のうちに殲滅するのが吉と考えております」
「お?おお……すげえ端的。え、でも窮奇は強かったんじゃないんですか?」
「それがなんと!あの化生の物は竜田生駒様と山姥切国広様の肉を喰む事で一時ブーストがかかった状態だったのですよぉ!ドーピングというものは切れてしまえばあとは検査に引っかかるのみ!」

この狐、もしかしてスポーツ観戦とか大好きか?
その辺りでも聞くような横文字はペラペラ喋るので、竜田生駒がちょっと混乱してる気配がする。
今多分、なんとなくの文脈で聞いてるだろう。

「喰ろうて力を得るために出たと。一か八かでようやるものよ」

……お供と小狐丸の温度差がすごい。
一気に背筋が凍った。

「『検査』に引っかかりましたので、元から叩きたいところです。政府は特務として部隊を派遣する予定ですが勿論、危険が伴います」
「特殊戦闘部隊、ってそういう事ですか」

各部隊四振、計五部隊を編成する予定らしい。
政府で三部隊、特殊編成で二部隊。
本来こういう特殊任務を任される本丸で組むはずの、二部隊の内の一部隊をうちから出して良い。

「あの、主殿、可能ならば俺も」
「うん、竜田生駒は行きたいって言うだろって思ってた。分かった、行、」
「お気持ちは理解致しますが、それは承諾出来かねます」
「なんでですか?!」

もうシンプルに橙殿のこと嫌いになりそう!

「致し方ありません、竜田生駒様は正に渦中の刀。同行すればあらゆる手を使って部隊から引き離したり、集中的に攻撃を受けたりする可能性が高うございます!」
「一部隊を囮に使うつもりはございませぬ故」
「それは、そうだな。……大人しく待つことにします、主殿」

少し落ち込んだ様子で引き下がった竜田生駒。
伏し目がちになった横顔を見て、膝に置いた手を握りしめる。本当は自分でやり返したいはずだ。
そういう刀だと、俺は知ってる。

「心中お察し致しますが、ご本人を組めない以上、この本丸の希望者を募るのは酷だろうと言うことで派遣『権利』と」
「四振ですよね?出ますんでよろしくお願いします」
「あ、主殿?」
「おや、刀剣にはまだこの話は伝わっていないはずでは?」
「この本丸のこと、どれ程ご存知か知りませんが、案外仲良くやってるんでね!」
「……そうですか。では、詳細決定次第ご連絡致しますので、派遣する刀の選定は一週間後までにお願いできますでしょうか?」
「そんなに時間は要らないと思いますが、承知しました」

戸惑う竜田生駒をわざと無視して話を続けた。
舐めてもらっては困る。
確かに二ヶ月経ったけど、俺の刀剣なんだから本気で根に持つからな。
首洗って待ってろよ!!






continued.