嵐の夜に

 ごぉうごぉうバチバチバチ、と激しく雨風が吹き付ける。
 一般の民家であれば、壁を壊しそうなほどの轟音が響いているだろうが、ここは煉瓦の外壁を擁し、更に資料保存の観点から機密性が高く頑丈な構造になっている。湿度も気温もばっちり調整可能な国定図書館の一角だ。
 ただ、これだけ厚い壁であっても遠く聞こえてくるこの音は、本能的な奥深いところから微かに漂う恐怖心を煽ってくるようで、まるで蝿の羽音の如く耳障りだった。
 もう夜中ではあるが、恐らく外は外出できないほど酷い雨風だろう。自室に戻ってしまったら眠れないかもしれない。あっちはここよりは壁が薄いのだ。
 数日前から新聞の紙面を賑わしていた台風が直撃して、かれこれ三時間ほど経っていた。
 ようやく少し色づき始めた木々は葉を落としてしまうだろうか。折角の実りの秋なのに、樹木はその実を落とすのではないか。そんな心配をする者も居た。
「……菊池先生、どうなさったんです?この文庫本。というか、外したカバー。」
 談話室のテーブルの上には、十冊分ほどの文庫本のカバーが置いてある。いや、置いてあると言うよりも、無造作に仰向けに、べろんと放り投げられてあった。
 館内のこういった文庫本の蔵書は基本的に、汚れや紛失を防ぐためにカバーも丸ごと透明なフィルムで包み込んでバーコードを貼ってしまう。表紙の手触りを楽しめないのは残念なことだと司書は思っていたが、こればかりは致し方ない事。
 だからカバーが外れるということは、この文庫本は目の前に座る三人の誰か、個人のものだ。
「ああ〜、すまんな、試したい事があるんだと。」
「試す……?」
「面白そうだから、付き合ってくれないかな。仕事はもう終わっただろう?」
 ふーぅ、と細く煙を吐く芥川から移動させた視線の先では、横光がせっせと本にカバーを掛けていた。それは本来のカバーではなく、司書が営む本屋「アルケミストの本屋」で本を買うと付けることができる、片艶クラフト紙のカバー。
 つい先程、横光は司書が談話室に入った際には会釈を返していたし、何なら「良いところに来てくれた」という気になる発言すらしているが、その後は作業を進めるばかりである。
 とりあえず芥川の隣へ腰を下ろすと、テーブルの端にカバーを掛けて纏めてあった共用のカップとソーサーが、かしゃ、と小さな音を立てて置かれた。
「へ、」
「まぁ、飲め飲め。」
 まるで祝いの席で酒を進めるような台詞と共に菊地の腕が伸びてきて、紅茶がダパ、と注がれる。ティーポットから注がれたはずなのに、なんとも雑な注ぎ方だった。
「ありがとうございます。お気遣い頂いてしまって。」
「いいや、気にするな。悪いが幾らか冷めてるやつだしなぁ。」
「辰ちゃんこが淹れていってくれたの、結構前だから。ごめんね。」
「いえ、本当にお気になさらず。ここの明かりが付いてたので誰か居るのかと気になって覗いただけですから。」
 頂きます、と呟いて口に含めば、なるほど確かに「冷たい」と「生温い」の中間辺りの何とも微妙な温度である。司書は喉が乾いていたし、元よりあまり気にしない質なので何も問題はないのだが。
「よし。」
「お、出来たのか?」
「出来ました。文庫本神経衰弱です。」
 なんだそれは。隣の芥川がこてり、と首を傾げてそのまま菊地を仰ぎ見たので、司書も助けを求めてみる。
「芥川先生はご存知じゃなかったんですか?」
「うん、何か面白そうなことをやってるなあと思っただけ。」
 どうやら物事を理解しているのは横光だけで、あとは菊池が何となく察しているだけだった。
「説明してやってくれ。司書にやらせたいんだろ?」
「勿論です。」
 そう頷いて、横光は文庫本から剥がされた本来のカバーを纏めてソファの脇に置くと、ずい、と小さな箱に立てて並べた本を司書に差し出した。厚みはまちまちだがほとんど同じサイズで作られた文庫本で、下半分ほどが箱に埋もれている。
「これらはある大手出版社五社から刊行されている文庫本だ。一社につき二冊。表紙や中身を見ずに製本で揃えて当てるというのが、文庫本神経衰弱。」
「それを俺に?どうしてまた。」
「先日、別の手前の本を文庫本に仕立てていたかと思う。」
「え、あ、はい。あれは外部からの依頼でしたので。」
 極々たまに、一定の制限の元に別の館から預かった原稿を製本することもしている。
 外部からの依頼には並製本の文庫本でしか対応しないように決めているので、司書が文庫本を作っていたらそれは高確率で、自分であって自分でない、そんな存在が生み出したものだ。
「なんで横光がそれを知ってるんだ?」
「雑談がてらに『今横光先生のやってるんです』って言ったら読んでみたいと仰ったんですよ。相手方と政府に確認したところ、著者であるから問題ないと。」
「手前は書いていないのに、手前の著作……新感覚だ。」
 しみじみ、内容を思い出すように目を伏せて頷くその顔は真顔に近いながらもどこか満足そうだ。対して芥川は珍しく眉間に深い皺を寄せている。
「うーん、僕はいい気がしないなぁ……それ。」
「読んでみたいって言う奴のほうが少ないだろうな。頭ん中を覗かれてる気分だ。」

 読んでみると、どうだろうか。
 其処此処に既視感があるが自分は書いていない。書いてはいないが、自分の文体の癖がはっきりと見える。『よく書けたな』と思うかもしれないが、『もっとよく書けるはずだ』という鳩尾にぐずぐずと溜まるような想いも沸き上がってくるかもしれない。
 ああここは修正したい。誰かに校正を請わなければ。なんだこの表現は、寝呆けていたのか自分は?
 そうやって、まるで侵蝕者のような黒い思いが渦巻いていくかもしれない。
 嫌な感覚だ。

「その時に言っていただろう。『出版社ごとに装丁が違うから分かる』と。」
「ううん?……言いましたっけ?」
 恐らく何となくの流れで言っただけのはずなので、司書には全く覚えがない。
 ただでさえ日々の業務で頭がパンクしそうなので、雑談程度で話していたような事だと忘れてしまうのも無理ないことなのだが。
「おいおい。」
「ふふ、忘れてしまったのかい?」
「ええ、まぁ、言ったことは忘れてますけど、区別はできますよ。」
 忘れているのはそれを言ったかどうかである。
 やばい。地味に物凄く、恥ずかしい。男はとっさにそう思っていた。
 いつそんなこと言ったんだ俺。思いもよらない直近の黒歴史が襲ってきて、司書の内心は屋外と同程度の嵐が吹き荒れている。
 男の同業者界隈ではその程度の判別は初歩であったので、それを言ったところで呆れ顔で流されてしまう。出来て当たり前の事実を、さも自慢気に話した可能性に、寒気がした。
 実際はそんなこと無かったのだが、横光は司書がそういう心境に陥っているとは思っていないので、フォローは特に無い。
「なんだ、本当に分かるのか。」
「あー、一応俺もそれなりに工房で修行してたんです。……すみません、紅茶をもう一杯頂きたいのでポットを貸していただけますか。」
「ああ、ほらよ。」
 ゆっくりと注いで今度は角砂糖を一欠片入れる。一瞬にしてカラカラになった喉を紅茶が滑り落ちていく。水分と一緒に甘い味も染み渡って、疲れと羞恥で霞みがかってぼんやりしていた頭が少しだけ起きた。
「じゃあ、最初の一冊だけ教えてもらえませんか?ご用意された本のタイトル。」
「そうだな……『朝涼ちょうりょう』。」
「前回の芥川賞候補ですね。」
「え。」
「そうだなぁ。まぁまだ粗削りな所が見て取れたが……新人にしちゃ良い作家だろうな。」
「菊地先生の所蔵でしたか。」
「おう。」
 芥川賞候補と聞いて、明らかに司書の隣がそわそわしだした。
 自分の名前を冠した賞を設立した人間が左手側にいるし、過去の候補作はどうやら目の前の本に埋もれている。吸い終わる間際の煙草を灰皿に押し付けながら、楽しそうな悩むような複雑な顔で彼はソファの背もたれに沈んで大人しくなった。
 有り余る程の静かで繊細な美しさが、人では無いような何処か混沌とした雰囲気を伴って、全てを巻き込みながら「芥川」の器へ流れ込んでいる。と、いうのが司書の、今の芥川に対する印象であった。彼が大人しく黙っているところを見ると、それがより一層感じられて、何故かさみしい気持ちになる。
 またぼんやりしかけた頭を振って、もう一口紅茶を飲みこんだ。
「じゃあ、これとこれ。どちらかが『朝涼』です。厚み的にはこちらがそうですかね。」
「早いもんだなぁ。どこで区別するんだ?」
 司書は箱から二冊を引き抜くと、小口の部分を見せるように差し出した。
「『朝涼』は知っていましたからズルかもしれませんが、出版社は新東洋出版しんとうようしゅっぱんです。ここは本文用紙が他より少し赤っぽいんですよ。」
 表紙をめくれば、そこには『朝涼』という明朝体の文字が踊っていた。カバーを外せば二冊とも表紙に『新東洋出版』との印刷。
「正解だ。では次だな。」
「なぁ、この、二冊だけ少し大きくて細いのは同じ出版社だろ?これは分かるぞ。」
 ほとんどが規格の文庫本サイズだが、新書と呼ばれるサイズが二冊、混じっている。ブックカバーを折り直しているので、元々の文庫サイズの折り目が見えて少々不格好だ。
 新書サイズは作ったことがなかったか、今度作ろう。司書の心が新書サイズに奪われた瞬間だった。
「分かってしまいますか。」
「そりゃあな。」
 真顔で返した横光に、少しだけ呆れた表情をする菊地を見て、芥川がくすくす笑っている。楽しそうで何より。そう思いながら司書は二冊を抜き取った。
「これは睦月文藝社むつきぶんげいしゃのベラドンナブックス・ミステリー文庫です。海外小説を翻訳出版していて、必ず並製本を発売する前に数量限定で特別仕様のものを出すのが話題になりますね。」
「よくわかるね。このサイズだって、他にもあるだろう?」
「そうなんですが、表紙の断面見てください。」
「うん?……あぁ、これかぁ。ベラドンナって。」
「何だ?」
 ぎし、と肘掛けに体重を掛けて、菊地が芥川の手元を覗き込むと、表紙の断面が黒いのに気がつく。
 この文庫の特徴はこの黒い表紙だ。
 ベラドンナとは人間を死に至らしめる程の毒を持つ植物であり、真っ黒な実を付ける。その名前の通りの真っ黒い表紙だった。
「ほう。“毒の淑女”か。お誂えの名前だ。……って、なんつー顔してんだ。」
「いやぁ、知識のある方相手だと、一話せば十理解してくださって楽だなぁと。」
「いや、何でも知ってる訳では無いよ。今回は特別。植物の本を読み漁ったらしい犀星と話していて、偶然聞いただけだからね。」
「文化と言葉は生まれ、そして死んで行く。手前達には空白の時間があるからな。」
 寂しそうに笑む芥川と、確信を持って然りと頷く横光。
 ふむ、と自分の腿に肘を付いて考えるが、司書は別に、何でも知っていてほしい訳では無い。
 むしろ、現代になってから生まれたものに興味を持って「これ何?」「何その言葉?どういう意味?」と聞いてくる彼等と話をするのは楽しいと思っているし、自分と外見の年の頃はあまり変わらない人達が頭の上にクエスチョンマークを散らしているのを見ると「なんだか微笑ましいな」と思う。
 聞かれたことを教えると、どこか感心したように「僕たちの頃はね…」と、当時の常識を教えて貰うことも多かった。
「微笑ましいって何だ、子供かよ……。」
「寛、耳赤いよ?」
「うるせぇ。お前も面食らった顔してんじゃねえか。」
「意外だな、そんなことを思っていたのか。」
「思ってました。結構そう思う人は多いんでは?向こうの司書がたまに『菊池さん超キュート。マジギャップで死す。』って言ってるのはそういうことだと思いますよ。」
「……。」
 おっと、黙りこんでしまった。しかし結構現代っぽい語彙で喋っても理解してくれている辺り、やはり圧倒的な文章読解力を感じる。
「ふふふ、くちきかんは放っておいて、ふふ、次は?」
「めちゃくちゃ笑ってるじゃないですか。」
「だって、さすが向こうの司書さんだよ。強かだね、本当に。」
 あの人を強かと表現して良いのかと悩みつつ、男は目線を本に戻した。
 残るは六冊。内、分かりやすいものが二冊ある。濃い藍色のスピンと凸凹の天が見えるからだ。
 スピンを付けるためには並製本の終盤にある「化粧断ち」の行程を上部分だけ省かねばならず、どうしても凸凹の面が出来上がる。それがなんとも愛嬌があって、司書は大好きであった。
 その二冊を引き抜き退けて、残りの四冊を手に取る。
 小口の色は表紙も含めて全てよくある様なクリーム色とビスケット色で、日焼けも区々。厚みもバラバラで、似通った書籍用紙。
 あと見分けるのには、
「うわっ、吃驚した!これ芥川先生のですか?!煙草臭い!……あとこっちのも!」
匂いである。
「あれ?そんなに匂うかい?」
「簡単に揃えられる程度には……。初めてです、重度喫煙者の部屋に置かれた本を嗅いだのは。」
 区別するために期待したのは紙とインクの匂いなのだが予想外であった。
 芥川は司書の手からほとんど自動的に受け取って、その本の小口を鼻に近づける。
「うん……?慣れてるからかな、嗅いでも分からないや。」
「そうでしょうね……。と、とりあえず、芥川先生の一冊とこれが銘進社、もう一冊とこれが帝国出版。スピンが付いてるのは夏川書房です。」
 銘進社は表紙の厚みが帝国出版より少しだけ薄いことを思い出して見分けが付いた。突き刺さるような煙草の匂いのお陰である。脳の何処かが刺激されたらしい。
 対して夏川書房のスピン付き製本は企業創立から変わらない拘りなので、本好きなら分かる仕様である。
 全てのカバーをはずせば、そこには司書が言った通りの出版社名が出てきて、おお、と復活した菊地も混ざって感嘆する。
「完全正答だな。」
「思った以上にやるなぁ。」
「思った以上にって……いや、だから俺も修行してたんですって。」
 引き出した本をまた箱に戻していく。よくこんな丁度の大きさの箱があったなと思ったが、ふと側面を見たら近所の和菓子屋のシールが貼ってあった。先日、尾崎に外出許可を出したのでそれだろうか。どういうルートで横光の手元に来たのだか分らないが。
「ねえ、聞いて良いかい?」
「はい?」
「工房で修行中だったんだろう?どうして、司書に成ったの?」
 確かに司書はアルケミストとしての力も十分にあるが、工房で修行中の身だったことを考えると、なぜ司書に成ったのか不思議に思うところがあった。
「ああ、まあ、簡単ですよ。本が侵蝕され、記憶から無くなっていくってことは、先達の素晴らしい造本の仕事が一緒に無かったことになります。それに、今後の仕事もどんどん無くなってしまうじゃないですか。」

 装丁は大多数において《その作品のために誂えている》ものである。
 作品一つが消えたらどうか?
 画家が手がけた印象的な表紙の絵や版画や、題字の端々に感じる書家の息遣い、装丁家の仕掛けた遊び心から細やかな段組み、造本家の手仕事が。全てが一緒に消え去ってしまうだろう。
 もちろん本は純文学だけではない。
 雑誌だって写真集だってある、専門書もある。だがあまりにも、彼(か)の文士達が世に与えた影響は偉大過ぎて、この国の全てを揺るがしかねない。
 製本するものが少なくなれば小さな工房や企業から廃業に追い込まれていく。発注元の出版社も倒産して。製紙会社も苦しくなるだろう。しかも仕事が、文学書一作品が、丸ごと「無くなった」ことに気が付かないのだ。ジリジリと真綿で首を絞められていく。
 この事態を、身に迫る非常事態に認識させたのは、ある製本会社だった。
 昔から、それこそ文士たちが生きていた時代から続く老舗の、その会社の経理事務担当がふと溢した一言。
「あら、この紙、仕入れてあるけど、どれに使うのか知ってます?倉科製紙のスムースクリーム3番なんて、今月来月の発注には無かったはずですよね?」
 どうにかしなければ。
 なんとか。
 何か、何か出来ることは無いのか。

「それで、来たの?」
「はい。まあ、色々と途惑いましたが。業界的にあまりそういった能力の素質を持った人間が居なかったようです。アルケミストに成れたのは、近隣の組合の中では俺だけでした。幸運だったんでしょう。」
 装丁や装画を変え、復刻版を出したりしながら、いつまでも売れ続ける文学作品は司書にとっても思い出深い作品である。
 たとえ読んだことが無い作品も、装丁家が出してくる仕様書を見るとわくわくする。
 何度目の増刷だろうか、久し振りに装画が変わるのか。そんなことを思いながら作業をするのが、司書は——造本家は楽しかったのだ。
 無くなってしまうのは耐えられない。「有ったことが無くなる」のだから、喪失感すら無いのかもしれないがそれでも。

「楽しいですよ。谷崎さんのはまた話題の画家の絵が沢山使われてるなとか、江戸川先生は二年ぶりだなぁとか思って。」
「うん、」
「……だから俺は安心して本が作れるようになるまで、皆さんと戦いますよ。逃げません。許しもしません。」
 静かな決意だった。
 まだ修行中の若い身が、その志半ばにして、背負わなければならなかったのだ。
「そう……そっか。よろしくね。」
「はい。よろしくお願いします。芥川先生。」
「何か困った事があれば言えよ?」
「ありがとうございます菊地先生。」
「手前も力になろう。」
「頼りにさせて頂きます、横光先生。」
 静まった談話室の中に、忘れていた外の音が流れ込んでくる。嵐は小休止に入っただろうか。
「……さて、ちょっと変な空気にしてしまいましたかね。もう寝ましょう。芥川先生、お風呂行きましたか?」
 残りの紅茶を口一杯に流し込み、視線を向ける。向けられた芥川は、少し惚けた顔をゆっくり菊池の方へ回転させながら、煙草を口に咥えた。火を点けて一口。
「……行ってないかなぁ。」
「おお〜?龍、お前何日目だ?」
「ううん。覚えてないよ、そんなこと。」
「いや、先生、よく見たら髪の毛べたべたじゃないですか、入ってください。」
「ええ……。」
 あからさまに嫌な顔をした芥川の髪を司書が掬えば、根本は特に、束になってべたりとしている。
 はあ、と諦めが入った溜息を吐く菊池。通常運転、いつもの光景だ。
「強制連行して行くから、先に休んだらいい。俺達ゃ基本的に宵っ張りが多いしな。」
「お願いします。じゃあ、ティーカップは預かっても?洗っておきます。」
「おう。ありがとうな。」
「いいえ、ご馳走様でした。あと、横光先生、」
「なんだ?」
 使っていたティーセットを盆に載せて席を立っていた司書は、纏められた本のカバーを指差した。
「カバーを戻して本棚に入れないと、そのカバーは湿気でくるくるになりますよ。ご存知かと思いますが、お気を付けください。」
「ああ、心得た。」
「では、お休みなさい。」

 一言を残して談話室を出た司書を目で追って、芥川は呟く。
「だから秋声さんも織田くんも、図書館の誰だって、あんなに大事に、唯一の仕事相手のように話すんだね。」
「お前もその一人だろ。」
「うん、……そうだね。」

 自分達の本を世に出す最後の仕事の一つを担う彼を、彼等を亡くさないために。
 この国定図書館の人間は全てを守るために戦う覚悟をした、人間だった。







おわり。