夢のモナカ


わがはいは猫である。
名前は、
「ごましお!」
である。
ちょっと変って?
うるさいなぁ、人間にとってはそうかも知れないけど、ごましおはごましおという名前を気に入っているのよね。
司書がくれた名前だもん。特別なんだから。
「待てってば!……っく、食堂に行くつもりだね?!」
只今館内でしゅうせいに追いかけられているのだけど、まあごましおに追い付こうだなんて〜ぇ。あまいあまい。あまいぜしゅうせい。なんたってこの図書館の先輩なんだから、ごましおってば。
あっ、でもまぁ、しゅうせいとしげはるは同僚くらいかな。

すたこら走って階段はててて〜いって感じ。
え?ゴイリョク?知らないよそんなの。ごましおは猫だもん。そう言うんだったらあれでしょ、なんかお喋りに必要なやつでしょ、ゴイリョクって。そういう感じのは後ろのしゅうせいに言ってよね。
「あ〜、も、疲れたよ、はぁ、はぁ、勘弁してくれ!」
何かやったのかって?
何もやってない。やってないよ、なんで食堂行っちゃ駄目なのか教えてくれないんだから。あの猫は入っていいのにごましおは食堂行っちゃ駄目だなんて差別というやつ。でしょ?

お?前方にしげはるとたきじ発見!
やっほー!しげはるはいつも良い毛並みだね〜毛繕いが上手いのね、しげはる。
「っ、う、小林くん!あ、あし、閉じて!!」
「えっ?」
あ〜らよ、………お?おおお?
前足が動かない。んんん?いや動いてるよ、見たら動いてる。なんかでも浮いてるし前に進まないじゃないか〜んぬ〜!
「はぁ、はぁっ………ありがとう、捕まえてくれて……。」
んなに〜しゅうせい追い付いちゃったじゃん!
「い、いや。驚いた、ぐにゃってした……。」
お腹のあたりが苦しい。上からたきじのビックリした声が聞こえてくるけどなんなんだ〜!?
「ふ、あははは!ごましお、多喜二の脚に挟まれてるから、足を動かしても進めないよ?なんで足の間通ろうと思ったんだい?」
なんだと〜!
も〜う!ごましおも皆とごはんしたいし!なおやのおやつとか食べたい!わかる?!これは仲間外れというやつ!
目の前にしゃがんできたしげはるの頭をポンポコすれば益々笑うし、むかつく!
「さ、司書さんが待ってるから、戻るよ。」
「…………。」
「ごましお?」
ふふん、ごましおにはね、こないだ教えてもらった魔法の呪文があるんだから。
なめてもらっちゃ困るのだな!

「たきじ〜。ひらけごま〜。」

「え。」
ていやっ!脱!出!さすが魔法の呪文だ〜!効く〜う!
「あー、多喜二ってば。」
「ごめん、思わず。」
「開け胡麻で開いちゃうのもどうかと思うよ。どこで誰に教わったんだか……。」
んっふふ〜やくもが秘密って言っていたから教えないよお。
ここまで来たら食堂の扉まであとちょっと、これはもう独走!一匹勝ちだぜ〜!と走り出した途端に、むい、と持ち上げられてしまった…。
「こらこら、駄目って言われただろう?」
「犀さん!」
「さいせい!」
さいせいの腕はきゅっと抱っこされてしまうとなんだかもう出にくい。もお〜なんかフィット感が良い。
今それとこれとは別なんだけどさ。
「はいはい、司書室行こうな。」
「なんで〜!みんなとごはんしたいのに!」
「ごましおの飯は司書さんが用意しているから、ここには無いんだって。ほら行くぞ〜。」
あああ〜3人が遠ざかってく!
もお〜!諦めないんだからね〜!



「言えないよ……。1度、食事中の泉さんの前にネズミ捕まえて持ってきたから駄目だって。タイミングも渡した相手も悪かったね。」
「室生サンか中島サンの方に行っていたら、まだなんとか今も入れてたかも知れないのにな。」
「はぁ……鏡花を宥める此方の身にもなって欲しいよ……。」

原因は自分自身なのだと、覚えていないごましおである。






- - - - - - - キリトリ - - - - - - -






談話室。その部屋に置かれた椅子の横に、毛玉が落ちている。踏みそうになってしまって慌てて見れば、その毛玉は寝返りを打つところであった。
もってり。
毛玉はそんな可笑しな効果音が似合いの猫である。

「なにこの、猫……。」
「お?藤村お前、ごましおとは初対面か?」
「え?何…?」
「ごましお。」
「胡麻塩?」

田山に言われて、足元を見る。
あのネコよりも心なしかふわふわした見た目の猫が、真白な腹を出して延びるように寝ている。そこらで見かける野良猫より少し大きいだろうか。外国の猫かもしれない。耳も大きい気がする。
尻尾は少々太く見え、毛皮の襟巻きのよう。先の方が小さく、ぱた。ぱた。と絨毯を叩いている。
「これ?」
「それ。」
島崎は足元を見たまま、ゆっくりと猫の周りを迂回して椅子に座った。猫は左の肘掛けの下辺りに居る。
ふうん、と覗き込み、考えるようにして田山に向き直った。
「前から居るの?」
「おう、司書の飼い猫だ。ここに来るのに一緒に連れてきたらしいぜ」
「ここに来て一週間経つけど、見た事無かったな……。」
「猫は気紛れって言うだろ?開架の何処かで寝てるときもあるし、司書室に居たり、猫好きの奴等の部屋に入り浸ってたりもするさ。俺もここ三日位見掛けてなかった。」
「そう……胡麻塩は名前?」
「名前だぜ、ちょっと個性的だけどな。おーい、ごましお!ごましお!起きろよ、新しい後輩だぞ!」
「花袋、後輩ってどういうこと?」
ぴこ、と耳が動いた後にぽんっと飛び起きた。
「こうはい〜?」
脚と尻尾を思いきりぎゅうっと伸ばしながら、むむむ、と振り向いて島崎と目が合う。
「そう、後輩。一週間前に来たやつ!」
「後輩!」
猫の顔が輝いた。猫とはこんなに表情が豊かだっただろうか?青っぽい目が爛々と島崎を見ている。
見た目の割りには俊敏らしく、ひょい、と島崎が座る椅子の肘掛けに飛び乗って来た。
「なに、なになに〜!そうなの?新しい子なの?」
「はじめまして、島崎藤村だよ」
「はじめまして!とうそんね、ごましおはね、ごましおって名前。よろしく〜!」
その名前は身体が黒と白の細かい斑模様だからだろうか?腹側が白いので、差し詰め白米にたっぷり胡麻塩を振ったような模様だ。
全身を観察していれば、ずいっと島崎の頬に肉球が突撃してくる。柔らかい。これは察するに、握手がしたいらしい。
まるで靴下を履いたように白い丸い手を、親指と人差し指で摘まむようにして握った。
「うん、よろしく。ごましおは、先輩なの?なんで喋れるの?」
「うん、そう。しゅうせいよりもしげはるよりも先輩なの!んん?ごましお練習してるよ。なんでも聞いて!」
聞けば答えらしきものが返ってきた。
なるほど、確かに司書と一緒に此処に来たのであれば先輩かもしれないなとは思う。
心なしかふんぞり返った胸元の毛をやんわり撫でれば頭ですり寄ってくる。可愛いと言うよりは何だか面白い。こんなに人懐こくて、猫としてやっていけるのか。
そう島崎が考えている最中にも、向かいに座っている田山はさも可笑しそうにけらけら笑っている。
「じゃあ、ごましお、聞いていい……?」
「うん、なに?」
「このお菓子は、食べて良いの?」
指差した先には菓子皿に積まれた最中の小袋。
談話室には週に一回必ずお菓子が置いてある。人数分用意されているが基本的に早いもの勝ちだ。だからと言って一人で何個も食べてしまえば早々にバレて怒りを買う事になる。実際何度か戦争が起こっているので、今は皆、一人一個のルールを守っている状態だった。
「いいよ!食べてなかったの?食べな!美味しいよ!」
床に降りると机に左の前足を掛けて、右の前足でちょいちょいと菓子皿を突っつく。引き寄せようとしているらしいが全く届いていない。
「ほら、」
見かねた田山が皿を押し出して、ようやく島崎の手の届く範囲に移動してくる最中。なぜか自慢気な猫。
「ねえ、花袋」
「なんだ?」
「面白いね、ここ。喋る猫が二匹もいる…」
「面白いだろ。退屈しないぜ?」
「うん、そうみたい」
もう一度猫を見れば、今度は田山の隣に立っている。
自分でソファーの端に置いてあったクッションを田山の側まで引きずって来て、そこに丸くなるとまた、口を開いた。
「とうそんは、案内係は誰?しげはる?はるお?」
「ううん、国木田だよ」
「んむ〜…名前は?」
「?国木田独歩だよ」
「ろ、どっぽね!わかった!」
「ろ?」
どうやら下の名前しか覚えないらしい。それは今のところ同じ名前の者も居ないし問題はないのだが、猫は手を毛繕いするような格好で口元に当てて、もにゃもにゃと呟き始めた。
「んんんむ…ろ、お、どっぽ…」
「あ〜…あんま突っ込んでやるなよ藤村、呼ぶのが得意じゃない名前の奴も居るんだ。『独歩』はまだ練習中だよな?」
「んむ、そうだけろ、お、む、ど、どっぽ…」
「おーおー、頑張れよ!」
田山が笑いながら猫を撫で回す。
それから解放されてボサボサになった毛を繕い始める猫を見ながら、島崎は最中の袋を開けた。
「…………なにこれ?」
「お?気付いたか。それな、餡は別だから。」
「………は?」
小袋から出てきたのは空っぽの皮と更に小さめの小袋。どうやらこっちに餡子が入っているらしい。
それを自分で皮に詰め込んで食べると言うのだが、どうしても戸惑ってしまう。少々面倒である。が、仕方がない。
片側の皮に封を切って餡を乗せ、蓋をして、一口。
「………美味しい。」
「そうだろ!直前まで餡に皮が触れてないから、皮がパリッパリで!」
「餡子も適度な甘さで〜、癖がなくて、ぴったりでしょ?」
これは一人一個では足りないのでは、と思ったところでふと気付く。
先程から美味しいよ!などと一人前な事を言っているがこの猫、食べたのだろうか?人間でも、この皮が口の中に張り付くようなところが嫌だと言う者が居るのに、猫が?
「それね、おうがいのご褒美なの。」
「………うん?…それよりごましお、これ食べたの?」
「なう?食べてないよ、駄目なんだって〜。」
「うーん、なんか微妙に噛み合ってねぇな…しょうがねぇ、この田山花袋が説明してやろう!」

週に一回の談話室おやつは、ごましおが文豪の誰かを引き連れて買いに行くものだ。ごましおでは美味しいかどうか分からないので、一緒に行った者がどれがいいかを選べる。
談話室に置かれた後に、一番最初にごましおと遭遇すると食レポを求められる。

「何、そのショクレポって。」
「食事のレポートな。食べたものの味を分かりやすく伝えることらしい。それをごましおにする。」
「すると!ごましおは食べたら駄目だけど!美味しい気分になる!」
パンパカパーン!名案!
そんなことを言う猫であるがそもそも『甘い』とか『苦い』とかがわかるのか甚だ疑問だ。
「ちなみにさっきの“森先生のご褒美”って言うのはだな、お前みたく来たばっかの奴を一週間世話してた奴、いるだろ。お前の場合独歩な。」
「うん」
「その世話してた奴は一週間が終わった後、ごましおからご褒美として好きな菓子を三つに増量してもらえる、って訳だ。」
つまり、この最中は誰かの世話をしていた森が選んできた菓子で、森は三つ食べている、ということになる。
「だから聞いたの〜、来週は…ろ、どっぽのお菓子!」
「どこに行くつもりなんだ?」
「んんんむ、たぶん、さいさいしょ……。」
「さいさいしょ……?」
「なんか…建物の上の方のやつ。」
「催事場か?」
「それかなあ、二週間しかやらないんだって。」
そう言うとクッションにごろりと寝転がり、瞬く間に静かになった。もう喋る気は無いらしい。
島崎がもう一口最中を食べる音を聞いて、田山は短く息を吐いた。
「“おやすみ”だってよ」
「言えば良いのにね、喋れるんだから」
「まぁ、こういうところがごましおだからなあ」
「ふうん、そう……。」
緩やかに上下するフカフカの丸い塊をもう一度見ながら、島崎はやはり、面白いな、と思うのだった。






つづく。