余命1000年
家族に迷惑を掛けていると思った。
年々上手く動かない身体で生きて、余命までを指折り数えて、何が「大丈夫」なんだ。それは言ってる自分自身に言い聞かせてる台詞じゃないか?
見舞いの人間に明るく振る舞って。
なんとなくテレビドラマや本を見て。
自己嫌悪して、気持ち悪くなって。
ぼんやりと過ごす。
過ごすしか、
無い。
「人生、いかがでしたか?」
「人生?」
「はい。人の生き様です」
「生き様、ねえ」
「いかがでしたか?」
「生き様って言うほど幸せも喜びも、哀しみも、楽しさも感じず、生きることに足掻くこともしなかった。出来なかったが、それは人生かな」
「人生ですよ。貴方の生き様ですから。生きた足跡、生きていた記憶、人の生き様と交差した感情。全てです」
「そう」
変な方向からの声に応えていた。
ベッドの高さよりも下だと思う。
椅子に座るより、ずっと下。
もしかして、とうとうこの世のものじゃないモノと話してるんだろうか。
でも、眠いような気がして瞼が開かない。
「少し、散歩はいかがですか?気分転換になリましょう」
「散歩……、外に出て良いのか」
「ええ、外出許可をいただきましたので」
萎びた身体は歩けないかと思った。
自分で思うよりは問題無いらしく、小さな棚に仕舞われていたスニーカーを取り出して履いた。
廊下でもエレベーターでも、病棟間の渡り廊下でも誰にも声を掛けられない。外来受付の扉から出ると、外には桜が咲いていた。
春。少しだけ寒い。
「そちらの神社に参拝でもどうですか?御神籤でも引きましょう」
「おみくじ?」
「ええ、1回100円です」
ずっと下から声がする。
でもどうしてだか、視線を下にしようと思わない。
「あ、あの、おみくじを1回、お願いします」
「では、こちらを振って頂いて、出た番号をお伝えくださいませ」
にこやかな巫女さんに差し出された六角形の筒。
恐る恐る振ると木の音がする。穴が空いているからここから番号が出てくるんだろう。
「……すみません、これ、……よ、読めなくて、」
画数が多くて、見たことの無い漢字が並んでいて、咄嗟に差し出した。
恥ずかしい。
勉強なんて諦めていたから、馬鹿だと思われる。
それでも笑顔のままの巫女さんは、1枚の紙をおれに渡した。これがおみくじ。
「大吉ですよ!これは良い兆しでは?」
「良い?良いのか、これは」
「御神籤掛けもありますので、そちらにお結びくださっても大丈夫ですよ。中を読んで頂いて、心に留め置きいただきましたら結ばれて行かれる方も多くいらっしゃいます」
指し示された方に行くと、小さな木があって、そこにいくつか結ばれている。
下からの声に従って細く折り畳み、小枝に結んだ。
もっと枝の根元にすれば良いのに、という声は無視した。
それから、参拝する人達の後ろに並ぶ。
「なあ、おれ、作法とか分からないんだ」
「前の人を見て覚えましょう!大切なのは気持ちですよ」
そんなものなのか。
とりあえず何人かを見て覚えてみる。とうとうおれの番になって鈴が付いた縄を揺らす時、緊張で手が震えた。
少し音が鳴ったか鳴らないかの時。
──カタゴトトゴトッ!ガシャン!!
「え、な、なんだ?」
「おや、慌ただしい」
たぶん神社の人達が中に入っていく。
呆然と見守っていれば、今度はばたばたと戸が開けられて、顔を隠した神社の人が刀を持ってこちらに来た。邪魔だろうから階段を下りようとしたら脚が動かない。
「そのままでお待ちください」
「そ、そのまま?邪魔じゃないか?なんで、他の人はもう降りたのに、」
「そのままでお待ちください」
今のおれに頼れるのは下の声だけで、そう言われてしまえば何もできない。
目の前の人を見れば、低い声が聞こえる。
「な、なに?なんて言ってるんですか」
「そのまま」
「そう言われても!説明くらいしてくれ!!」
無理にでも後ろに体重をかけたら、誰かに支えられている。誰だ?見たくても振り向けない。
「政府防衛省警備庁、文化庁刀剣保全管理課の指示管理の元、当社所持刀剣『黒漆塗藤巻柄長巻』の依代顕現を行います」
「政府?よ、よりしろ?」
「無銘、伝志津。号、高槻」
「っは、な、息、っご、ゔ、?」
この息が詰まって目の前が眩む感覚には覚えがある。
だけど、それは最初意外は全部ベッドの上でだった。
「御神籤が適合と見做しました。大吉です」
文化庁、刀剣保全管理課の隣。
環境課保全部、万屋保全部隊に1振新しく配属されるらしい。
保全部隊の事務職員として長いことしがみついているけど、8割は解体された本丸からの異動だから新規は本当に珍しい。しかも解体の場合は3振から10振くらいまとめて配属されるし。
「深沢さん」
「京極様。どうされました?」
「新しい方がどのような刀剣かご存知?」
わざわざデスクに来たところを見ると、噂を確かめに来たのかな。ただ私もそこまで通達されてない。この感じだと今は部長辺りで詳細情報が止まってるはず。
早く全通達すれば良いのに、もったいぶって!
「私も1振来るってことだけしか知らないんです」
「あら、今日配属予定だと長官にお聞きしたところよ?」
「……ええ?!今日?!長官から?!」
「まあ、その反応ということは部長のせいね?石切丸さまに灸を据えてもらうように伝えます」
「京極様ぁ…!ありがとうございます!!」
「礼には及びません。では全通達の前に配属の挨拶かしら?朝の内に本部に来る刀剣は、可能な限り留め置くようにしましょう」
にこ、と笑う京極様に頭を下げ、デスクの上に置いておいたお菓子を渡す。ささやかだけど、この京極様はチョコのお菓子が好きだから気に入ってもらえるはず!
「嬉しい。貴女から頂くお菓子はどれも美味しいもの、お茶の時間が楽しみね」
ごめんあそばせ、とスカートの裾を翻す姿があまりにも可愛くて美しくて、うちの部隊の刀剣は最高であらせられますわ!とn回目の脳内五体投地。
と、メールフォルダに新着のアイコンが付いてる。
今更の全通達だった。
「長巻、高槻?」
『長巻』、職員試験に出た程度しか知らない。
銃刀法や多くの刀剣分類資料だと薙刀と同一とされているはず。わざと長巻としているということは、何か理由がある。
別添の刀剣資料を開けば、他の刀剣と比べて極少ないページ数。紙資料大好きなので迷わず印刷してファイリング。
エコとか知るか。
「みんな〜。あ、今まだ事務方は深沢さんだけ?」
「あっ!部長!……部長?」
「申し訳ない。ほんと、マジで、遅くなって、」
「……どうしたんですか?そんなヘロヘロぐしゃぐしゃで。配属通達も当日で」
「長官と口先でも拳でもリアルファイトしてさあ……ここ1ヶ月粘ったんだよ?僕としては。でもあの人現場上がりなの忘れてた。脱臼させてからゴキッと戻された辺りで気付いたわ。思い出すの遅すぎ、僕ってば」
保全部の統括部長は割と若い。
優秀だとは思ってるけど、たまに抜けてて近侍の石切丸様にお説教されてるような人だ。この人が拳を出すのは最終手段のはずだけど、何があったんだろう。
デスクで肩を擦りながら項垂れてるところに、刀剣男士様達が慰めに行ってる。
「おはよう。深沢さん」
「石切丸様、おはようございます!」
「先程、京極さんにも会ったよ。一通り説明しておいたから安心すると良い」
「ありがとうございます。その、長官と部長のリアルファイトは……」
「はは、もちろん止めて収めたよ。内容が内容だったからね。それに、彼も一緒だったんだ」
「彼?……あ!」
少し離れたところに、見たことのない刀剣男士様が居る。
大太刀程の刃長、それと同程度の柄。
資料には刃長は3尺8寸とあるから、蛍丸様より少し長い位の刃長だとすると柄の長さが際立って見える。
「高槻様でしょうか?朝から大変だったかと思います。こちらにどうぞ。刀掛けはそちらにありますが、持たれたままでも大丈夫ですよ」
「ありがとう」
うーーーん、近付くとより一層イケメンだ。
新刀剣が発表されることには慣れたはずなのに、毎回毎回新鮮に驚いちゃう。
拵と同じ、黒と銀を基調にした衣装。下は袴とブーツなのに上は短丈の肋骨服。防具類の差し色は青。
黒髪無造作セミロング。大きいタッセルが先端に付いた、太めの青いカチューシャ。タッセルがイヤリングに見える。
………待って!カチューシャ?!
「高槻様」
「うん?」
「カチューシャお似合いで可愛いですね?」
「え、ええと、どうも?」
「おーーい、高槻様を困らせるんじゃないよ」
「だって!部長!」
「だってもなにも無いから。点呼前に軽い案内をお願いしたいんだよ僕は」
身長180cm超えの男がカチューシャだぞ?!極鳴狐様の耳とか、武具の頭飾りとはまた訳が違うと思うんだけど。
椅子に座ってる横顔を見ると、男っぽくて華やかで、どこか影と気品が漂う。
強いて言うなら長船感。
「この雰囲気で美濃伝なんですか……」
「見えないか?」
「いえ、私の勝手なイメージです。失礼致しました」
ゆったり優しく小首を傾げる仕草も、美濃伝ぽさが薄い気がする。
審神者でもない政府職員の身で何様だとは思うけど、兼定や兼元は真っ直ぐにこちらを見て問いかけてくるイメージだったもんで。
「なあ、ほら、資料見ながらでいいから、案内してくれよ〜。もう一度僕に長官とリアルファイトさせたい?」
「すみません。では高槻様、こちらへ」
立ち上がった彼と並ぶと、手に持たれた高槻様本体が本当に大きく感じる。
細身のこの人の身体で振るえるのかと不思議に思ってしまった。刀剣男士様相手に愚問なんだけど、ね。
依代ってなんだっけ?
気が付いて最初に考えた事がそれだった。
起き上がったら病室で、なんだ夢だったかと感じていたから。
下から声が聞こえるまで。
「高槻兼氏様」
「……?」
「貴方様のことです」
「っ!」
夢じゃない。
ゾッとして急いでベッドの脇を見下ろした。
狐。ゆるキャラみたいな比率と顔のキツネがいる。
「なん、」
「私、刀剣保全管理課のこんのすけと申します。貴方様はこの度、長巻『高槻』の依代として選ばれ、特殊顕現の礎と成リました」
「待ってくれ、よく分からない。高槻って何のこと……え?声が、」
「鏡を用意いたします」
鏡のおれと、おれの共通点は、伸びっぱなしみたいな長い黒髪だけだ。灰色の目、整った顔立ちも体格も、声すら違う。
「混乱するのも無理はありません。ここから1週間ほどで適応テストなどを行いますので、順次ご理解いただけるかと」
「適応テスト……?」
「現在午後6時、明日朝まで夢を利用して記憶の合算処理を実行します。よくお休みください、高槻様」
「だから、高槻ってなんだ!?」
「貴方様のことです」
ぽひゅ、と間抜けな音を残してキツネは消えた。
慌てて見回しても変わらない。
腕の点滴。カーテンが閉まった窓。
変わったのは、おれだけ。
血の気が引く。
なんでだ、なにもしてない。
なにも出来なかったのが、おれだ。
そうだ、神社。
大吉って言われて、そう、顔を隠した神社の人に、刀みたいなのを渡されて、
渡されて?
どうしたんだ。
思い当たった途端にグワンと視界が廻る。
ベッドに沈み込んで、眠気が襲いかかってきて初めて、この点滴がいつもの点滴じゃない事に気付いた。
そこから悪足掻きも虚しく、夢に沈んでいった。
刀の事なんて、時代劇とかドラマで見るくらいだった。美術館や博物館も行ったことが無い。
なのに、自分の記憶に接ぎ木されるように過去が生えてくる。
美濃伝初期の刀工、兼氏を受け継いだ直江志津兼氏の長巻、という刀らしい。
実戦重視、威力重視の形態に、少しの華美さを加えて生まれた事で、室町時代には大層人気だったと。
そんな中、家の存続が厳しくなった折に神社へ預けられた。売り飛ばせば良かったのに、家宝だと惜しんでしまった。
売れば少しの金にはなったはず。
幾許もせずに家は潰れる。
それで、あくまで一時預かりの予定が、神社にそのまま置かれる事になった。
時代の流れには逆らえない。
長巻の多くは直されて薙刀や打刀になった。壊れて朽ちた物も多い。戦争の炎に飲み込まれて行方知れずの物も。
現存する数少ない、長巻拵のままの姿。
それがおれだった。
「ステータスの確認は完了しています。今後は万屋保全部隊に配属される事に決定致しました」
「保全部隊?鍛刀とか、そういうので本丸に行くんじゃないのか?」
「はい、特殊顕現の刀剣は政府内部署にて試用期間を設けています」
「ふうん、そうか。だから水心子や地蔵などは調査の方なんだ」
「不服ですか?」
「いや、そんな気質じゃないし、学も無い。我ながら調査には向いてないと思う。保全部隊はおれを受け入れてくれるのかな」
「問題ありません。必要なのは学ではなく技量です」
「じゃあ安心だ」
明日の朝、長官のところへ行って配属される予定。
審神者には新刀剣の通達はされるらしいけど、政府刀剣としての通達だから絡まれる事も無いだろう。
と、思ったその翌日。
「やあ、さっきは助かった。あんた、見ない顔だが新顔ってところか」
「そうだな。詳細が知りたいなら審神者に確認すると分かると思う」
「あんたの声で名前を知りたいなぁ、駄目かい?」
「……長巻、高槻だ」
「高槻、良い号だねえ。俺は大般若長光。長船派の刀工、長光の代表作さ。よろしく」
なんでこんな路地で、審神者じゃなく刀剣に詰め寄られてるんだろうか?
つづく。