受難
「ああ、俺だ」
「え?」
長義と喫茶店へ来てみれば、真後ろから声を掛けられた。
向こうは会計用のタグを持っている。対してこちらは先に飲み物だけ注文した後に、身軽にショーケースの食べ物を見に来たところだ。
珍しい注文方法だが、ゆっくり実物を見て選べるのが主殿の気に入りだった。
お茶しに行くなら、と勧めてもらったのだ。
「……俺?」
「おや、別の本丸の竜田生駒かな」
「申し訳無い、思わず声を」
「良いよ、急いでいる訳でもないからね」
中腰でアイスクリームの品揃えを見ていた長義が身を起こして対応ているのを見て、少し呆けてしまったのを自覚した。
こんなに近くで自分に会ったのは初めてだった。
演練で遠目に見かける事はある。ただその程度。
「この辺りで他所の竜田生駒に会うのは珍しいですね」
「宗三?二振で来ていたのか?」
「ああ、買い出しのついでに少し寄ったんだ。なあ宗三、少し話していいか?珍しいだろう?」
「良いですよ、珍しいと思うのも分かります。貴方の戦場は期間が短い割に拾い難いと評判でしたから」
「そうなのか?」
後ろの長義を振り返って見れば、口元に手を寄せて「そうだったか?」と思い出すように呟いている。
俺を拾ったのは長義だから、当の本人に自覚が無いなら解らないな。
元より特殊な本丸であるし。
「俺なら知っているだろうが、冷遇されるものも少なくは無い。その上でここは丑通り、俺が居るなら反対側の未の方だろうから」
「否定は出来ない……。それに、宗三を見る限り俺も未の方に行ってきたんだろう?」
「ええ」
「ふふ、解るか?」
「隅々まで趣味が俺すぎるんだ、宗三は迷惑じゃないのか?嫌なら嫌だと言う質だとは知っているが」
宗三はいつもの色合いではない着物を着ている。
髪も纏められて疑似象牙の飾りを付けているから、散々未通りでアレもコレもと着て貰ったんだろうことが伺えた。
昔馴染みとは言え、そういうことを宗三が簡単に容認するとは思えないが、俺と同じ顔は満足気にニコニコしている。
「貴方がまともな竜田生駒で良かったですね、……似合いませんか?」
「元より宗三は魅力的だから、その象牙も袷もブーツも似合っている。宗三が映える取り合わせだ」
「でしょう。《着道楽なら竜田姫》と大般若長光が宣うのも頷ける出来」
満足そうだった。
つまりは着物を買うために竜田生駒という刀を伴ってきたと。恐らくこの口振りは審神者公認の着道楽。
「主殿が『現世で花見をするから似合う着物を選んで来い』と言ったんだ。軽装もあるって言うのに……」
「呆れたことに全振にです」
「現世ではあまり目立たないようにと言われているはずだが?」
傍観していた長義がさすがに絞り出すような声を出す。
未通りはそれこそ手に取りやすいものも多いが、目の前の着物は高価だと判る。それを全振というのが理解しきれていないみたいだ。
「安心してくれ、主殿は術師を兼任している。目眩ましくらいは造作も無い」
「そのお陰で副収入も潤沢に」
「なるほど、ならば心置き無く花見ができるな」
それこそ本丸の守りを考えれば全振が同時にとは行かないだろうが、それでも大勢の花見は楽しいものだ。現世ならきっと審神者自身の気分転換にもなる。
金子の使い方が豪胆な審神者だな。
「では、僕等はこれで失礼します」
「また何かで会えると嬉しい」
「ああ、また」
こんこん!という電子決済の音を店内に残して、二振は去っていく。
ああいう俺もいるのか。
自分と会うのは変な気分ではあったが、気に障るかと言えばそうでもない。そういうものなんだと、ぼんやりとでも理解出来ているということだろうか。
「竜田生駒」
「なんだ?……っ?!」
問いかけに答えて振り返れば、思い切り肩を組んで引き寄せられた。側頭部がぶつかる距離で囁かれる。
「冷遇されている、というのは?」
「あ」
「ふうん……?」
「大袈裟なことでは、」
「それは俺が決めることかな。ゆっ、くり聞かせてもらおう。ほら、好きなものを選ぶと良い」
「う……わ、分かった」
さすが元監査官。気になるワードだったんだろうが、こちらは何故か捕まったような心地がする。
俺はショートケーキ、長義はキッシュを選んで席に戻れば、頼んでおいた紅茶が届いていた。
急須から注いでいる最中に、切り分けられたケーキも届く。
「で?」
「いや、その、一部に該当するんだが………一族断絶の刀やら裏切りの刀だと言われる事も多い上、俺が織田家縁の刀を避けるから、織田贔屓の審神者には心証が良くないと言う話で………」
「は?」
「原因は分かっているが、だからと言ってどうしようもないから構いはしていない。故に万屋などで見かける事は輪をかけて少ない、という話だ」
特大の溜息が向かいから漏れた。
居た堪れなくてケーキを一口。……美味い。
眉間に皺を寄せる長義に切り分けて口に差し出す。
無言でキッシュが同じ分量返ってきた。
「……打刀として何か能力値が飛び抜けている訳では無いからな、死蔵しても本丸には支障が無い」
「巫山戯た事を言うな……!全く質が悪い。事態が表に出て来ないってことだろ」
紅茶を飲み込む長義を、斜向かいの席の加州清光と審神者であろう人間が気にしているのが見える。喧嘩と取られただろうか?
「仕方がない、いつの時代も人間は信頼しているモノを重用して肩入れする。優先順位を付けないと周りの余計な情報に飲まれてしまう」
「……お前が気に留めていなくても俺が嫌だという話なんだが」
「長義は優しいな」
そんな気質でよく監査官をしていたなと思う。
的確な評定を下せる厳格な面があるのは知っているが、どうにも手の内に入ったものに気を許しすぎる。
「山姥切長義、竜田生駒。デート中悪いけど、ちょっと失礼して良い?」
「わあー!!清光待って待って!!」
「何か?」
これが世に言う塩対応というやつか?
審神者が目に見えて怯んでいるのに眉間に皺を寄せたままの長義。
手を伸ばして親指で解す。ちょっと、と抗議の声が返ってきた。
「ご、ごめんなさい!盗み聞きするつもりなんかじゃなくて!!あ、あの……!」
「問題ありません、審神者殿は声を落とすと良い。ここは静かですから」
「あう、う、し、失礼しました……」
「……こちらに掛けて。店には席を移すと言ってくるよ」
「ありがとう、恩に着る」
そうして話を聞く事には、恐らく竜田生駒を冷遇している者が親族に居るらしい。
審神者殿の成人の折に、叔父所有の竜田生駒に会ったが本丸に遊びに行くと居ない。
会えないかと聞くと遠征やら演練だと言う。
ただ、叔父の側仕えの刀剣──へし切長谷部の顔色が悪くなる。
何か言いたげだったと。本来のへし切長谷部なら、主に不利になるような素振りは徹底的に隠すはずだ。
そういう事が何回もあった。
こうも毎回会えないのはおかしい。しかも姪から「会いたい」と申告しているにも関わらず、「ああそうだったな、忘れて遠征に出してしまった」などと宣う。
何かあると思った。
「良い度胸じゃないか」
「ぃ、」
びく、と跳ねる肩。
青い顔で懺悔のように涙を零すのを加州清光が慰めている。
「長義」
「竜田生駒、この場ですぐに政府勤務の猫殺しくんに連絡を取らないだけ慎重にしていると思ってくれないか。刀剣を不当に扱っている本丸の処遇は最悪の場合、組織解体だ」
「それは…………ん、なんだ、政府の南泉と連絡を取ってるのか?保全部隊の?」
「ああ、たまにね。……そこに食いつくとは思ってなかったかな」
「仲が良いんだな。今度お礼がしたいんだが伝えてくれるか?」
「ああもう、本当にこの刀………」
長義が溜息を吐くのを、意外そうな目で加州清光が見てくる。審神者殿も涙をそのままにきょとんとしていた。
「てっきり竜田生駒が振り回されてるのかと思ってた。逆?」
「癪だけれどね」
「振り回………そんなことは無いはずだが」
「この刀、自覚して無いんだ」
「なーるほどね!」
「おい長義?加州?」
自分を助けてくれた部隊の南泉と長義が連絡を取っているなら、直接礼のひとつでも出来ると思っただけだ!
「外部報告で監査って送れる?」
「可能だが、この場合問題なのは当の竜田生駒が"表に出て来ない"こと、恐らく竜田生駒以外には何事も無いだろうということだ」
「んで、竜田生駒自身も『構いやしない』と考えてるから自分から動くこともない、と」
「どうしよう、と思って、それに万が一、私の勘違いなら、一族の中でも影響力のある叔父には逆らえません。情けないですが、怖くて……」
家族から弾かれてしまうのが怖いのは当然
だ。
審神者が出やすい家系なら政府関係者も身内に多いはず。今後を考えるなら下手に動けない。
「憶測ですが、勘違いでは無いだろうと思います」
「ど、どうしてですか?」
「貴女の成人の折、叔父上が俺を連れていたのはきっと振袖を選ぶ時では?」
「は、はい……着物は慣れてなくて選ぶのが難しかったので、一緒にコーディネートを考えてもらいました。お陰でかわいい組み合わせになって、皆にも褒めてもらって!すごく嬉しかったから、お礼を……ぅ、」
一瞬だけ思い出すように明るい表情になった後、ほろほろと涙を零す。
痛ましいな。どうにか出来たらいいんだが……。
この場で一番政府関係各所に通じているのは山姥切長義だ。見れば何かを考え込んでいた。
審神者殿の刀剣達は「親族の意向を優先するべき」と言って、試着当日の護衛は前田を付けたらしい。
口を出さないが然るべき時に進言出来る刀だ。年頃の女性に仕えるのを考えても良い選択。
そこに叔父上が俺を連れてきたと。
俺は多分《店主》として振る舞っただろう。
「確かにそういう風にして決めたって言ってたよね。でもそれがどう繋がるわけ?」
「俺が着物に執心していることを元から知っているのは織田の刀や三好に関わる刀くらいだ。それに、振袖を選ぶのなら歌仙や篭手切江あたりに声を掛けるのが普通じゃないか?」
「《着道楽なら竜田姫》というのは限られた認識だと?」
「俺は《それ》を主張している訳ではないし、あまり……晴れ着を選びたくないと思っている」
は、と長義が気付いたようだった。
そもそも基本的に竜田姫という神の通名で呼ばれる事を良しとはしていない。
俺が審神者に応えるようになってから、審神者殿が振袖を選ぶまでの短期間。叔父上はそういうことを話すような刀と極親しいと予想できる。
「審神者殿、へし切長谷部は主に忠実な刀ですが、同時に血族にも礼を欠かさないはず。故に実直で強いが、揺らぐ時もあります」
「……それどういうこと?」
「なるほどな。審神者殿を見る度に『竜田生駒が手伝った振袖を着ていた』と芋蔓式に思い出すから顔色が悪くなったんだろう」
近侍のへし切長谷部は極だと思う。
主の刀として確固たる意志を持つなら、俺なぞにも意識を向ける余裕がある。
余裕があるからこそ揺らぐ。
「主君の姪、姫君」という立場の審神者殿に正式な形で言祝の言葉も贈って、祝事に際して不足が無いか気を配る。
話は聞いていたし見ていたはずだ。
「主の意思よりも、竜田生駒を隠しておく方を優先してる、ってことだよね?主、やっぱりおかしいと思うよ。叔父さんを悪く言うつもりは無いけどさ」
「う、うん」
泣き止んだ審神者殿は意を決したようだ。
そうなったらここから先は政府と、当事者間の事。俺たちはきっと何かの折に結末を知れるか、否か。
「監査を依頼するなら、万屋に常駐してる保全部隊の刀剣に声を掛けると良いよ。本丸から監査課へ連絡するより安全で早い」
「はい!監査課に連絡しても人間が対応する可能性もありますよね。身内と繋がっていたら揉み消されかねません」
残っていたカフェラテを勢い良く飲み干して、審神者殿は席を立つ。律儀に頭を下げてくれた。
清光もこちらに礼と、事が済んだら連絡をくれると言って連絡先を交換。
「あ、そう言えば竜田生駒さん、髪型変えたんですね!似合ってます!」
「……え?」
「危ねえ案件持ち込みやがって」
「語弊があるね猫殺しくん。俺が持ち込んだのではないが?」
「え?なんか俺の知らない間にトラブったりしました?!」
「いや、そーじゃねぇんだけど、にゃ……まあ座れよ」
政府面談に来てみれば、先に監査課へ行けと言われて今。
小さな会議室には長机一つ。向かい合って座った南泉一文字は眉間がシワシワだった。
咄嗟に持ってきていたカヌレを渡す。本当は面談担当に渡す予定だったが、まあ此方が優先で。
それにしてもなんかあったなら言ってくれ。通りでなんか指定された予定時間長いなあと思った。
「この化け物切りが絡んだ本丸が申請してきた緊急監査があったんだけどよ。ゴタゴタして、まあ、顛末くらいはオレから伝えておくって話になった、にゃ」
「絡んだ?」
「ああ残念だ、誤解の無いように説明することも出来ないのかな?」
「……寄りによってお前が来んのは納得行かねぇ。けど、竜田生駒を呼ぶのは駄目だってことだし仕方無い、……にゃ」
南泉がとさ、と置いたのはチャック付きのビニール袋に入った、組紐の輪っかだったであろうもの。
ネックレスか?でもその割には太いかも。
途中で千切れて黒く汚れてる。
「喫茶店でコイツと一緒にいた竜田生駒が、相談に乗ったらしいぜ。竜田生駒を不当に扱う本丸があるらしい、って話に」
「え……?」
「相談に乗ってもらって決心が付いた審神者が保全部隊の詰所に駆け込んで来て、その日の内に緊急監査。予想は的中」
「そこの審神者は?」
「ブタ箱直行、本丸は解体、にゃ。あらゆる証拠が有り過ぎて、権利だ何だも吹っ飛ばして後は処罰決定待ち」
「ふん、当然だ」
「……いや、ちょっ、と待ってください……犯罪……?」
目の前のこの紐はチョーカーで、被害にあった竜田生駒の首に括られていたものだと言う。
積極的に言わないが、服や小物が好きな刀だ。
その刀にこんな汚れたチョーカー……?
「コレ、付けた刀剣を、他の刀剣に『いる』と錯覚させられる代物だぜ」
「は?実際いるから付けられるんだろう、矛盾してないか」
「出陣に一枠空けとく。部隊に『いる』って思わせたい刀にコレを付ける。すると他の刀は、その刀が同じ部隊で出陣してるって錯覚する。実際は審神者の隠した奥の間に閉じ込められてても、にゃ」
「な、なんだそれ、竜田生駒はそんなもの付けられるような刀じゃないですよね」
「その通り、竜田生駒に罪は無いだろう。問題はどうしてそうなったかだ」
南泉は嫌そうに俺たちから目線を外す。
「その審神者が、加虐嗜好で竜田生駒の容姿が好みだったから、だと」
「は?……え、つまり、その……」
「言いたくねぇー!あの野郎早く処罰決まってくれ!にゃー!!」
緑さんの顔が過った。
あの人は確かにおかしかったけど正気だった。正気じゃないやつがいたとしたら?
外れてはいけない箍が外れた人間がいた?
「……褐色の肌と長い黒髪に興奮するやつもいるらしいぜ」
「なんだそれは……」
長髪だけなら複数該当する。
けど、胸元くらいまでの長い黒髪で褐色肌なのは竜田生駒だけだ。
火車切も長いが、あの刀は金髪が混じっている。
「いやっ、でも、竜田生駒の髪は下の方赤いだろ?」
「そいつ、初めから他のよりずっと髪が長かったらしいぜ。赤いとこだけ切っちまったらしい」
「俺たちの髪は伸びないから、手入れしなければそのままだろうね。……相談してきた審神者が『髪型変えたんですね』と言っていたよ。こちらの竜田生駒は至っていつも通りの髪型だったのに」
監禁して虐げた。
恐らく外出は告発者に会った時だけらしい。
初陣の後、俺に「もっと戦えるようになりたい」と言った刀に?
好みの容姿だったから?そんなことで身勝手に姿を変えさせて貶めたのか?
少しネガティブなとこもあるけど素直で仕事ができて、無くてはならない存在になった刀だ。
腸が煮えくり返る。
「長義、こういう犯罪者って死刑にならないのか?」
「相手が刀剣男士だからね、政府司法次第だ」
「そー、表の司法じゃ難しい。政府組織内の独自機関の処罰を受ける事んなる。被害が結果的に四振になったし、にゃ」
「四振?」
「まず、加害者の近侍をしていたへし切長谷部。唯一全てを知ってたらしい。が、術でごちゃごちゃに雁字搦めにして、進言することも通報や救出することも全て禁じられてた、にゃ」
「え……竜田生駒とは旧知なんじゃ」
「あの審神者殿が気付かないかぎり、精神的苦痛を受け続けただろうね」
想像するだけで苦しい。
見知った仲の相手が、目の前で虐げられているのに自分は何もできない。
「で、この首輪。突入と保護時に汚れちまって黒くなったんだ。元は紫色だぜ」
「む、紫?……竜田生駒の腰に巻いてある細い帯ですか?」
確かに、竜田生駒は腰に細い帯を付けている。
大倶利伽羅と火車切も同じように紫の帯を──、
「そんな、」
「あの本丸の大倶利伽羅と火車切ので作られてる首輪だ、にゃ。同派の近い気配を繋げて幻覚を呼ぶ」
「……胸糞悪い」
「そんなことあの二振が許容するはず無いんじゃないですか?」
「もちろん許容はしてねえ。縁を捻じ曲げて無理矢理帯だけ残してる呪物。本体は竜田生駒の戦場が告知された直後に刀解済」
言葉が出て来ない。
喉が詰まる。
休みの日に揃って出かけたり、おやつ食べたりしてるのを見ていると、静かで穏やかで心地良い関係値を作る刀派なんだと思っていた。
それを、そんな、無粋な奴に。
「山姥切長義」
「何かな」
「俺も出陣したい」
「させないよ。あの刀は全てを望まないんじゃないか」
長義の厳しい声色を聞きながら、竜田生駒を思い浮かべる。
今日出掛け際には、玄関まで見送りに来たんだった。長義が俺と出掛けるというのを聞いたのか、それとも虫の知らせでもあったのか。
「土産を楽しみにしている」という砕けた冗談を話しているのを聞いたばかり。
別の刀だ。
それは分かる。
けれど、同時に同じ刀だ。
「なに巫山戯たこと言ってんだ、にゃ、お前の主」
「こういう気質なんだ。初期刀殿曰く、図太くなったらしいけどね。ほら、主、面談が終わったらティラミス買って帰るよ」
「……うん、そうだな」
「そんなヘロヘロでこの後の面談平気なのかよ」
「多分、恐らく、大丈夫です」
自信は無いが。
「……しゃあねぇにゃ、面談ずらしといてやる。リスケのメールすぐ返せよ」
「気が利くね」
「お前は一言余計だろ!」
「いや、すみません、本当に。お疲れ様です、帰ります……」
「お帰りなさい、主殿。早いお戻りで」
戻って早々に、濡れ縁に腰掛ける竜田生駒と顔を合わせてしまった。
肩に大倶利伽羅、膝を枕に火車切が眠っている。気を使った静かな声。
「たつたいこまぁ……」
「ど、どうかしましたか?面談が大変でしたか?」
「面談はまた今度になった、けど。けど、」
タイミングが悪い。
あんな話を聞いた後に、こんな、何気ない三振を見て、平静でいられるか。
思わず近くにへたり込む。
「竜田生駒」
「ああ、お帰り、長義」
「以前、加州清光を連れた審神者に会ったのを覚えているかな」
「振袖の?」
「『叔父上』の本丸は解体だそうだ」
「……そうか」
予想していたような静かさで目線を落として、大倶利伽羅の頭に寄り添った。火車切に掛けたブランケットを少し引き上げる。
長義と話しながら、毛先の赤いポニーテールが揺れるのも、全部、これが、俺の本丸の、広光達。
「主殿、申し訳ありません。あまり良くない話を聞いてしまったのでしょう。ゆっくりお休みください」
「竜田生駒……」
「主殿、主殿の刀はここに在ります」
「言っただろう、君が気に病むことでは無いよ」
長義の手を借りて立ち上がる。
「主、おかえりー、って。どーしたの?しょぼくれて。面談でボコボコにされた?」
「初期刀殿、主を自室へ連れて行ってくれるかな。面談じゃなくて猫殺しくんにボコボコにされてね」
「えー?ちょっと山姥切、昔馴染の手綱くらいどうにかしてよ」
「今回は無理だったものでね」
「……、はは、それこそ大暴れ案件だろ、南泉的には」
「ん、少しは笑えるね。主、行くよ」
加州に腕を支えられて歩き出す。振り向けば竜田生駒と長義から微笑みが返ってきた。
少し甘えさせてもらおうか。
今日だけでも、ゆっくり、休もう。
「主からティラミスを預かってるから、冷蔵庫に入れておくよ」
「あの喫茶店の?」
「ああ、君に貢ぎたかったらしい」
「みつぎ……主殿の贈り物癖も、良くないな」
「仕方が無い、顛末を聞いたからね」
顛末。
良くない結末だったんだろう。
基本的に快活な主殿が青い顔をしていたし、長義の気配が落ち着かない。あの審神者殿が、気に病まないと良いが。
「長義ももう休むと良い。実休が堀川と一緒に茶を淹れていたから、今行くと水出しが飲めるはずだ」
人体に必要な水分と栄養が云々、と相談していた。実休が普段淹れる薬草茶とはまた少し違うものらしい。
振り向けないまま言うと、一つに括った髪を手で梳かれた。
「長義?」
少し笑う気配だけ残して厨へ去っていってしまう。なんだ?
「……生駒」
「大倶利伽羅、起こしたか?」
「いや」
「……久しぶりの午後休みだから、もう少し眠ると良い」
「ああ。だが、部屋に戻る」
衣擦れの音だけで立ち上がり、火車切を抱き上げた。ゆったりした瞬きを残して踵を返した大倶利伽羅を追いかける。
「お前も来い」
「たまには揃って昼寝も良いか」
「………んん、……え、えっ?!な、なんで、なんで、移動?お、起こしてくれたら良いのに、ねえ、2人とも?」
「ふは、まあ、我慢してくれ火車切」
「わ、笑ってないでよ、」
ほんの少しだけジタバタする火車切を事も無げに運びながら部屋へ戻る。
ああ、あの本丸の俺は、こんな風に過ごせていただろうか。
知る術は、もう無いけれど。
おわり。