余命900年


「……まあ、よろしく。それよりもそこのを縛って部隊に報告したいんだけど良いか?少し離れてもらっても」

初対面にしては近すぎる。
頭に詰め込んだ各刀剣の特徴を思い出しても、大般若長光がこんなに人懐こいとは考えつかないな。
肩を撫でるくらいの強さで押すと、素直に2歩ほど下がってくれた。
転がっている不審者に近付いて強化ワイヤーで縛る。

「不審者確保。巳通りの18番路地」
「初日からご苦労様、今行くよ」

耳に掛けたマイク兼受発信機に向かって報告を入れる。今日の部隊長の声が聞こえて、どうやら対応は間違って無かったらしい。

「大般若長光、万屋には審神者と来たのか?」
「いや、俺だけさ。休みを貰ったから何か旨いもんでも見繕おうと思ってね」
「そう。不運だったな、こんな不審者に連れ去られそうになって。呪符持ちなんて早々居ないらしいから」
「いやぁ、参ったね。でも、高槻に出会えたから結果的には良し、だな」
「……あまり楽観的に捉えすぎないほうが良いぞ」

さっきまで呪符で身動き取れなかったんだから。
見詰めると苦笑いで肩を竦ませたから、理解はしてるらしい。

「連絡先を交換してくれないか?」
「おや、願っても無い依頼だな。もちろん」
「今日の部隊長から審神者に連絡したいから、本丸の連絡先が良い」
「高槻の個刀的な連絡先とは交換できないってことか」
「そもそも、おれは個人の連絡先を持ってない」

大般若長光の電子決済カードをスキャンして本丸の情報をもらうと同時に、保全部隊の事務局の連絡先を入れた。

「あっ!見つけた!」
「大般若くんだったんだね」
「燭台切、今丁度連絡先交換したところ」

保全部隊はトラブルが無い限りは2〜3人で1部隊を作って巡回するから、今日は燭台切光忠と日向正宗の3人1組。
こちらへ来る部隊長へ登録画面を見せる。

「……うん、問題無い。でも、いくら緊急だからといって途中で逸れたのは良くないよ。後でミーティングしようね」
「解った」
「大般若さんには少しだけ事情聴取がしたいな。保全部隊の詰所に一度来てくれる?」
「もちろん」

燭台切が一時通行手形を発行している間に、不審者をワイヤーから咒布拘束に切り替えて担ぐ。

「高槻さんは力持ちだね」
「そういう刀だからな」
「頼れる同僚が出来て嬉しいよ。覚えも早いし、これなら部隊構成も検討しやすいな」

初期から万屋保全部隊に所属しているこの燭台切は、部隊編成の一切を任されているらしい。
そういうリーダーのような刀は何振かいて、それぞれ事務方と協力しながら任務を遂行していると聞いた。

「この別嬪さんは本当に新顔なんだなぁ」
「なんだ、疑ってたのか?」
「そういう訳じゃないさ」
「大般若くん……本丸所属の君に僕が言うことじゃないけど、高槻くんに迷惑掛けないようにね?せっかくの試用期間なのに、他部署に行きたいって言われたら寂しいから」

後から聞いたが、保全部隊が嫌であれば他の部署を希望できるらしい。特にそんな希望は無いし、3ヶ月程度様子見していいと言われている。
ゆっくり決めるつもりだ。

「じゃあ慎重にしないとなぁ」
「あはは、でも高槻さんは部署内でも大人気だから、万屋で会えるのも少ないと思うよ?」
「そうなのかい?」
「聞かれてもおれは知らない」
「その辺りは高槻くんのステータスに関わるから、僕も言えないな」

保全部隊所属になるとステータス値は部署内全共有される。危険な任務に当たった時、破壊されないように上手く引継ぐためだ。
こんのすけには「基本値は大太刀、その割には生存が脇差ほど、機動値が比較的高いですね。」と言われている。

「さて、ここが詰所の一つ」
「案外近いんだな」
「ここは交番のようなところで、必ず1〜2振は常駐してるよ。聴取は奥で」

詰所番をしてる南泉に軽く挨拶をして、燭台切が奥の扉を開けた。この扉は実働部隊のオフィスに繋がっている事を説明していないから、大般若長光が静かに驚いている。
カウンターに肥前が頬杖をついているのを見ると、誰かに不在を預けられたかな。

「ただいま戻ったよ」
「おう、拘置部屋開けてあるからソイツ寄越せ」
「持てる?」
「舐めてんのか?」
「ない。普通に重いから言っただけだ」
「……ふん、」

危なげなく不審者を運んでいく肥前の代わりに座る。聴取は燭台切がする手はずだから。

「高槻くん」
「うん?」
「コーヒーでも飲んで待っててくれるかな」
「淹れ方は分かる?」
「うん、教えてもらったから平気だ」

燭台切と日向が大般若長光と別室へ移るのを見送って、息を吐く。
オフィスに備え付けのマシンでカフェモカを淹れて、肥前が座っていた椅子に戻った。おれからの状況報告は後からするから、少し暇だ。

「お、どんな刀かと思って来てみれば、随分とこなれた雰囲気のやつじゃないか」
「……孫六兼元、どこの所属だ?」
「監査課」
「そう。監査課、ってことは人間の監査官と動いてるチーム?」
「躑躅ってやつと同行してる」

転移ドアじゃない、普通のドアから入ってきた孫六兼元は当たり前のようにカウンターを挟んで向かいの椅子に腰掛け、肘をついて脚を組む。
カワセミみたいな色の目がこちらを見詰めてきて、正直、居心地が悪い。

「その名前なら、最近入った監査官か」
「新入りにしては詳しいな」
「ほどほどに。組織ってのは規則性があるからな」
「へえ、規則性ね」

おれがカウンターに備え付けのモニターに目を流しても、面白そうにしている雰囲気が漂ってくる。

「なんだ?美濃伝の刀として値踏みでも?」
「値踏み、なぁ……。美濃最初期の刀工の作にそんな無礼は働かないさ」
「……ふうん」

まあ、話しにくいわけでも無さそうだから良かったけど、と思ったところで壊れそうな勢いでドアが開く。

「失礼する!!」
「うわ」
「お」
「孫六!!他所様の新刀にまたそうやって絡み酒みたいな真似をして!控えるように躑躅に言われたばかりだろう!」

新人のところに毎回顔出してるのか、この刀。
身内を把握することは戦に於いても重要なはずだし、律儀と言えば律儀だが、探しに来た方は苦労してるんだろうな。

「兼氏の刀だ、気にならないか?」
「気に、っ…!なるに決まっている……。その、……慌ただしくしてすまないね」

少し気まずそうな歌仙兼定は、絶妙におれと目を合わせない。目線がおれのカチューシャで止まってるのが分かる。
人見知りするらしいのに、こんな突撃みたいな形で保全部隊に来たってことは多分、「躑躅」に孫六兼元の回収を頼まれでもしたんだろう。

「いや、暇だったから相手してもらって嬉しい。おれは高槻。よろしく、歌仙兼定。躑躅さんの刀は2振りだけ?」
「よろしく。そ、そうだね。基本的に監査官付きの刀剣は2振と決まっているよ」
「じゃあ、今度は躑躅さんが一緒の時に、そっちへ遊びに行くよ」
「躑躅に伝えておこう。君は今、注目の的だからね」
「……注目?」

心当たり無し。
聞けばどうやら悪目立ちしてるらしい。
監査に行くのは何振りか居るが、保全に1振りだけっていうのは珍しいと。
しかも、今までは時が来るまで秘匿情報だった新刀剣の存在を審神者に明かしている。

「仕方が無い、しばらくの辛抱だ」
「存分に目立ってくれよ。裏で動きやすいからな」
「孫六」
「おっと。それじゃあな、高槻」

孫六兼元を追いかけようとした歌仙兼定を呼びとめて、手に手毬飴を乗せた。おれもさっき貰ったやつだったが、お近づきの印ということで。

「躑躅さんとでも、食べて」
「っ、ああ、ありがたく頂くよ」

去っていく歌仙兼定を見送って、なんとなく微笑ましい気持ちになった。美濃伝の縁があるからなんだろうか。
緩む頬を抑えて、大般若長光と交換した連絡先に連絡を入れてから椅子に座り直した。

「あれ?もしかして誰か来てたかな?」
「監査課の孫六兼元と歌仙兼定が」

聴取が終わったらしい日向がこちらへ来るので席を立つ。

「あ、座ったままで良いよ」
「うん?」
「高槻さんは身長が高いよね、この方が目線が合うから嬉しい」
「……はは、そうだな」

やはり名刀とはヒトを絆すのが上手いらしい。
少し見習ったほうが良いか?

「本丸に連絡はしてくれた?」
「した。丁度外出していた審神者と豊前江が来るらしい」
「うん、マニュアル通り。大丈夫みたいだね」

日向に頭を撫でられて驚いた。頭を撫でられたことなんて無い。何とも歯がゆい。

「っ、く、」
「大般若くん、可愛いなって思う気持ちは分かるけど落ち着いて?」
「無理を言うじゃないか……」

なんか言ってるな。
大般若長光は美術品が好きだと言うから、今になってみれば現存数が少ない長巻はそう思えるか。
おれも長いこと神社の屋根裏に仕舞われて忘れられていたから在るだけで、覚えられていたら直されていたか、供出されていたか。
ぼんやり考えながら、ひとまず追加でコーヒーなどを淹れてテーブルに持っていく。
カウンターに居なくても良いだろう。

「すみません!うちのにゃーさんが!!」
「来たみたいだね」

雑談をしていたところに息を切らした審神者がやって来た。もう少し時間がかかるかと思ったが、随分と急いだみたい。

「こんにちは。春海本丸の審神者さんですか?」
「っは、はい!」
「審神者証とIDの提示をお願いします」
「あっ、はい、えと、……お願いします!」
「お預かりします」

日向が受付している間に、燭台切に習って端末を操作する。読み込んだ審神者証とIDを使って刀剣男士を照合して手続きするらしい。仕組み?そんなもの知らん。

「そうそう。ここ押して、大般若くんに付けて貰ったリストバンドを読み込んで、…………うん、大丈夫。これでOK!」
「解った。そうしたら外していいのか」
「コードを入れてね」

かちゃん、と軽い音で外れるリストバンドを受け止めて、改めて大般若長光に向き直った。

「もう捕まらないようにな」
「まるで俺が犯罪を犯したみたいじゃないか」
「もう、冗談言ってないで帰ろうね。審神者さん待ってるよ」

苦笑いの燭台切に背中を押されてカウンターに近寄った。リストバンドの取り出し後に受け渡しのロック解除が行われて、ようやく大般若長光は本丸に戻れるらしい。

「ほんとに!ほんとにありがとうございました!無事で良かったよおぉ!にゃーさん!!」
「悪い、心配かけたな」
「篭手切から連絡来たときは驚いたぜ。誘拐未遂って今でもあるんだな」
「ぶ、豊前……!」

比較的にあっけらかんとした豊前江の言葉に審神者の涙腺がユルユルになって、慌てて2振で宥めている。賑やかな本丸らしい。

「うーん、確かに僕たちからしたら、ままある事だけど……」
「豊前さんはそういうこと言うから、極たまに」
「現代人からしたら刺激が強いな」
「ず、ずみまぜん、安心じたのもあっで……、あれ?」

豊前江と買い出しの途中だったのか、私服姿の審神者の目線がこちらに向いた。

「どうかしましたか?」
「え、あの、彼は新しい刀剣男士、ですか?」
「うん、試用期間中だ」

日向に向けられた質問に勝手に返して、意識的に笑顔を作る。
こういうのはあれだ、第一印象が大切、と言うし。
途端、審神者の目がカッ!と見開かれた。

「刀種は?刀派は?!こういうタイプの軍服は見たこと無いかも!新しい刀派かなあ!鍛刀ですか?!報酬?!それともドロップですか!?」
「待てって主、気が早えーって、この間鍛刀で資源溶かしたばっかだろ?」
「ぐうう……それは言わないでぇ…」

おれの隣で日向と燭台切が「最近の鍛刀って?」「鍛刀キャンペーンのスケジュールは頭に入れてないな」とこそこそ話している。
生憎おれも覚えてない。
保全課にとっては鍛刀キャンペーンのスケジュールがどうであれ、やることは変わらないからな。
ただ審神者にとっては資源の調達があるからそうも言っていられないだろう。

「おれは高槻。本丸への配属予定はまだ決まってない」
「たかつきさん!早めに決まることを願っ……いや……資源が溜まるまでちょっとだけ時間を置いてから決まってくださいね!」
「……ふふ、解った」

本丸での暮らしも楽しそうではあるが、配属がどうなるかは政府次第。おれがどうこうできるものでも無いけど、こう言ってもらうのは嬉しいな。

「公表できる情報は定期お知らせメールに届いてるはずだから、それを見て欲しい」
「はい!確認します!」

元気良く返事をした審神者に、日向から犯人の処遇が決まり次第改めて連絡することを説明して、警備課に回す書類を書いてもらう。
保全課が警備課と統合していないのは、業務内容の違いかららしい。正直なとこ、違いがまだ良く分かってない。
色々考えながらマニュアル通りの対応を見ていたおれに、さっきから静かな大般若長光の視線が刺さってくる。

「なんだ?」
「いや?目に焼き付けておこうと思って、な」
「見られるのは慣れてないからやめてくれ」
「こんなに綺麗なのに慣れてないとはな。どこかの家宝だったのかい?」
「そういうことじゃない……」

上機嫌な大般若長光がこちらに手を伸ばして、カチューシャのタッセルを揺らす。指が首に掠めてくすぐったいから一歩下がったと同時に、燭台切が間に入って日向が寄り添ってくれる。

「大般若くん?本丸所属の君に、僕が言うことじゃないけど、って言ったよ。僕は」

低音で言われたそれはつまり、業務以外で手を煩わせるなよと言っている。怖い。
怖いけどものすごく頼りになると思った。

「いやあ、手強いな」
「んな、な、にゃーさん何やってんの?!」

さすがに長船派の祖、しかも刀剣男士としても先達である燭台切にはなかなか強く出れないのか、手を引いてこちらを見るだけになる。
キョロキョロとおれと大般若長光を見比べて、なぜか真っ赤になった審神者と楽しそうな顔の豊前江。
もう一通り説明は済んでいるので、とりあえず気をつけて帰るよう促した。

「じゃ、高槻の本丸配属が早く決まるといーな!そしたら鍛刀でもなんでも気合い入れて……、お?にゃーさん?」
「いやぁ、俺はこの子が欲しいからなぁ」
「にゃーさん!?ほんとに!すみません!助けて頂いてナンパみたいなことして!ほんとにすみません!失礼します!すみません!!」

なぜか真っ赤な顔で謝り倒している審神者は、豊前江と大般若長光をぐいぐいと引っ張ってドアを開けてエレベーターホールの方へ歩いていく。
全く、何がそんなに気に入ったんだか分からないな。

「……すごい、押しが強いね」
「ごめんね、初日なのに」
「いや、驚きはしたけど。まあ、長巻と言っても登録は薙刀になるから物珍しいだけじゃないか」
「うーん、どうかなあ。大般若くんは別に軽薄な訳では無いし、高槻くんが美人なのは本当だから心配だよ」

気遣わしげに放たれた言葉に面食らってしまう。おれのほうが少し小さくはあるけど、ほとんど真正面から金色の瞳に見つめられて真摯に言われて、大般若長光に言われたあれこれよりおれを動揺させた。
隣の日向も驚いているのが雰囲気で解る。

「……お、」
「お?」
「長船派って怖いな……」
「うん、そうだね」
「えっ!?どうして!?」

どうしたもこうしたも無いんだが。
こんな自覚無自覚問わず口説くような事を言う刀剣がいたら、審神者も大変じゃないか?
噂で聞いた、監査課の「色恋案件」の事を思って日向と2振、遠い目になったのだった。





つづく