人間の記憶をほとんど忘れているもので、



鍛刀で来た刀の育成係は刀種を問わず、古参の刀剣から順番に選出される。
それがこの本丸のルールらしい。

「山姥切国広の育成補助係は物吉貞宗。その他フォローはいつも通りな。よろしく、物吉」
「はい、主様!お任せください!」

───あの後。
鍛冶場で山姥切国広と挨拶を交わした直後。
我に返って慌てた主殿が近侍である鶯丸以外の全員に一旦解散を言い渡して、俺とすぐ隣に居た長義は鍛冶場を追い出されたのだった。
主殿としても不測の事態だったんだろう。
それでしばらく無言のまま自室までの道のりを歩いていた。
何とも言いようの無い気の揺らぎを感じたから長義の腰に手を回して。長義の手は俺の背中から肩に移動していて二人三脚のようにしていた。
少し力任せにギュウと引き寄せたら「ふ、はは、痛い痛い」と笑うので、どうやら今のところ俺に言う事は無いんだろう。
ならば、俺はいつも通り俺であるだけだ。
と、結論付けたのは良いんだが。


「気になってしまっているのですね?」
「……良くない事だとは自覚がある」
「ええ〜?良くないことかなぁ?気になるのは仕方がないと思うけど……」

乱に誘われて参加した、パジャマパーティー?……夜の茶会のようなもので、ここ最近目に付く俺の挙動について問われてしまった。
乱と加州、古今伝授の太刀と京極正宗。
この顔触れに加わるのは些か場違いのような気がしたが、俺の腕に捕まってニコニコした乱に誘われてしまっては断れない。

「ちょーっとだけ良くなかったかもな」
「そうなのですか?」
「あの布を綺麗にしたい、というのは頷けるものではないかしら?」

そう、気になってしまって目で追ってしまっていた。
あの襤褸布。
何故、国広はあれほどに綺麗な見目をしているのに襤褸布を被っているのか?
長義のストールのような仕立ての良い物と色違いに、とまでは行かなくても、せめて解れのない生成りの綿布をと思ってしまうのが止められなかった。
もちろん分かっている、服装など個々の自由だと。何か理由があってのことだと。
売り込みはしても押し売りはしない。
自分の店の信念は曲げられず、それなのに気になるのも止められずに今に至る。

「多分、他所の本丸なら何にも問題じゃないと思う。でも此処はさ、長義と竜田生駒が仲良いじゃん?」
「⋯⋯?それは、何か関係あるか?」
「あー、そっか!」

ふわふわした夜着を着た乱は得心が行ったようだ。
俺に追加の茶を渡してくる。

「分かるのか?」
「説明すんの、野暮かもなー」
「お待ちになって、わたくし達も知りたいです。手がかりをくださいな?」
「⋯⋯これを言ってたのは本歌の方、」

彼の交友関係にあれこれ言う立場でも無いけれど……。ただ、偽物くんのあの態度はいかがなものかと思うよ。あんなに避けるようにして。霊山の守護刀である竜田生駒に気にかけてもらっておきながら。

「霊山の守護刀、ですか?」
「その、⋯⋯大袈裟なんだが、最近はそういうように呼ばれることもある」
「髪飾りの由来でしょ?かっこいいよ!」
「ありがとう、乱」
「んで、こっちは写しの方」

任務が重なった時に気遣ってくれているのは分かっている。だが、布が気になるんだろ。視線の動きで分かる。何も言ってこないのは有り難いが…………放っておいてくれ。

「まあ、なんと言えば良いのかしら⋯⋯」
「他所じゃ起きないタイプの拗れが起きる一歩前ってとこ?」
「竜田さん、一応何もしてないのに板挟みにされちゃったんだ?」
「板挟みというのも間違いな気がするが、⋯⋯明日、国広のところへ言って話をしてくる。そのほうが良いだろう」
「そーね、行ってきな」

そう言ってグラスを傾ける加州は随分と凛々しく見えた。
生地の端に縁取りがされた洋服の夜着なのに、気の抜けた雰囲気は一切無いので流石だと思う。
こうやって落ち着いて誰かと話すと、自分が間違っていたのだときちんと分かるから有り難い。
つまりは俺が過剰に目をやらなければ良い訳だ。
国広に謝罪をして、長義は時間を見て茶にでも誘おう。
それで一件落着のはず。

「少し、歌の読み解きは苦手な質でしょうか……」
「お寺暮らしが長いから、俗世から離れすぎたのかも」
「なんだ?」
「ん〜、何でもないよ」






不思議な視線。
咎めている訳ではなく、ただ見ている、気にしているだけだろう事は理解出来た。
理解出来ても気になるものは気になる。

「……ねえ、生駒さんと話してみた?」
「いや、」
「気が利いて穏やかで、良い方だと思うよ?」

栗の渋皮煮を作るために鬼皮を剥く兄弟に付き合って、延々と灰汁抜きをしている最中に指摘されてしまえば逃げ場が無かった。
そうだ、話しかければ良い。
俺なんかが話しかけたとて、拒むような奴じゃないことも、分かる。

「踏ん切りがつかない」
「出陣も遠征も一緒のことが多いのに」
「……任務に集中している」
「……まあ、兄弟自身がそう言うなら良いけどさ」

まだ頭打ちの数値ではないらしいが、臆せず凛と立つ刀だ。
本科とはまた違う鋭さがある風貌。他の広光と似た雰囲気。
本科と並び、茶を飲んだり本を読んだり、語り合ってクスクスと笑っているのを見かける。
隣に座って、比べられることなど何一つ無いという顔で。
──嫌な気になりそうで、頭を振った。

「何作ってんだ?」
「!?」
「栗の渋皮煮だよ、兼さん」

いつの間にか横から鍋を覗き込まれている。
この本丸の三番目の打刀、和泉守兼定。
確か、政府のキャンペーンで呼んだと言っていたはずだ。

「少しだけマロングラッセ作ったから、味見してみる?」
「おっ!いいのかよ?」
「はい、このフォーク使って。良かったら、生駒さんもどうですか?」
「……まろんぐらっせ?」

思わず振り向くと、いつの間にか和泉守と一緒に作業台を囲っていた。
どうして居るんだ。

「美味しいな、甘露煮のようなものか」
「甘ぇ、これ単品で食うもんか?」
「パンケーキとかの付け合せにしても美味しいと思うけど、基本的には単品かなぁ?」

豊作だと桑名江が喜ぶほどには無限に落ちてくる栗に、そろそろ辟易してきたところだ。
誤って渋皮まで剥いてしまったものは、随時他の料理になるように別に避けられている。
無言でぽいぽいと口に運ぶ竜田生駒。
気に入ったのか⋯⋯。

「兄弟、」
「あ!茹でこぼし終わった?ありがとう!じゃあ次はこっちのざるの分をお願い」
「分かった」
「⋯⋯あまり良い時ではないみたいだな、改めよう」
「おい待てよ、紅葉。山姥切に話があって来たんだろ?」
「そうだが、忙しいみたいだからな」

ご馳走様、という声を背中に聞いて、少し心臓が跳ねる。
なんだ、俺に用があったと?

「大丈夫ですよ!ほら兄弟、ここ座って」
「あ、ああ⋯⋯」

山盛りの茹で栗をどかして席を作られてしまう。
確かに次の分もまだ火にかけていないから今なら平気だが、正面から若葉のような瞳に見つめられて、どうしても怯む。

「なんだ、用があるんだろ」
「いや、その、こんなに正面に座って話すことになるとは思っていなかった。⋯⋯やはり綺麗な刀だな、国広」
「!!」

思わず布を引っ張って少し俯いた。

「き、綺麗とか、言うな」
「でもそう思うのは俺の感情で、どうしようもない。だから、その布、もっと良いものに変えればいいのにと思っていた」

布と前髪の隙間から見上げれば、申し訳なさそうに伏し目がちになった顔。
こいつこそ、綺麗な見目をしている。
色味が似た様相の大倶利伽羅と並んでも、本科と並んでも個を保持できる静かな華やかさ。

「俺は変えるつもりは無い」
「ああ、分かっている。別に強要する気は無いからな。今まで目線がうるさかっただろうから、一言詫びに来た」
「な、」
「申し訳無かった。もう気にしなくても問題ないはずだ」

確かに、さっき厨に入ってきたことすら気付かなかった。
いつもは視線のほうが先立ったのにも関わらず。

「…………元から気にしていない」
「ありがとう、国広」

簡単な詫びだった。
俺も、きっと竜田生駒もらしくあっただけだ。それが丁度いい。
いつの間にか淹れられていた茶をすする。
兄弟が淹れてくれたんだろう。
ついでにマロングラッセを1つ口に放り込んで、鍋を火にかけに戻った。

「良かった、生駒さんはお洒落だから気になるだろうと思って心配だったんですよ」
「見事的中したって訳だな」
「気付かれていたか?」
「あーー……、主は気付いてねぇだろ」
「うん、多分無理かな、主さんは」

暗に刀剣にはバレていると言っているようなものなんじゃないか、と思って見れば、案の定竜田生駒はなんとも言えない顔で額を押さえている。
⋯⋯それは、そうだろうな。

「……竜田生駒」
「なんだ?」
「そっちの棚から重曹を取ってくれ、無くなってしまった」
「あ、ああ」

空になった袋を屑籠に投げる。
兄弟と和泉守から、安心したような面白がるような、生温い目を向けられているのは分かったが別にいいだろ。

「重曹を使うのか?」
「これで灰汁を抜く」

強い視線が無くなれば、不思議なほどに穏やかな刀だと思う。秋の空のような。

「栗、追加で持ってきたよ……って、おや?偽物くんと竜田生駒は並んで何をしているのかな?」
「写しは偽物とは違う」
「栗の渋皮煮だ。まろんぐらっせが美味しい」

振り向きざまに同時に答えてしまった。
そんなに高さの変わらないところから、若葉の視線が返ってくる。

「……あんた、大倶利伽羅の兄弟にしてはよく喋るんだな」
「よく言われる」


















ほろほろと雪が降っている。
つい最近本丸内を冬にしたんだが、寒い寒いとクレームが届いていた。
自然に雪が降る気温よりは暖かく創られているんだがそれでも寒いものは寒いらしい。
そりゃあそう。俺も布団から出たくない。
だけど戦は止まってはくれない。

「……ところで主さ、このメンバー」
「ごめん、ちょっとだけふざけたわ」
「だよねー、シミラーコーデ達?」

髭切、膝丸、山姥切長義、山姥切国広、大倶利伽羅、竜田生駒。
源氏と山姥切はもちろんのことだが大倶利伽羅と竜田生駒も背丈がほぼ同じで同系色をしてるから、この絵面が俺は正直楽しいだけかもしれない。

「たまに勢いだけだよねえ、面白いけれど」
「この部隊はそのような意図があったのか?」
「全く、仕方ないな……」
「……こーで?」
「コーディネートの略らしい。加州が言っているのは衣服の組み合わせのことだ」

竜田生駒が持った傘の下で腕を組んだまま、大倶利伽羅だけが無反応だった。なんだよ2人だけ仲良く相合傘しておいて。冷たいな。
立ちっぱなしは心身共に凍えそうだから早く行こう。
念の為バッグの中身を確認していると、竜田生駒が傘を閉じる音がした。

「ね、その傘使ってみて良い?」
「ああ、もちろん。むしろ持って帰ってくれるのか?」
「うん、土間に開いて置いておくから。やっぱりカワイイよねこれ〜!」

加州がルンルンでお喋りしていて微笑ましい。
内側だけ紅葉柄になった竜田生駒の和傘は、おしゃれに関心がある刀達の注目の的だった。

「じゃあ行ってくる」
「ん、気ぃ付けて」

紅葉に彩られた笑顔の加州へ手を振って、門をくぐった。
別に同行しなくても良いらしいが、たまには息抜きだ。外出した気にはなれないのが難点。
しかも受付デスクがあって人がいる訳じゃないから、受付自体も生体ID認証で味気無くてつまらないなと思う。この点においては鶴丸と気が合った。
それでも初めて来る奴は興味深そうにしてることが多い。
現に布を目深に被って目線と神経だけで辺りを伺う国広を横目に、端末に組み合わせが来るのを待つ。

「よーし、今日は国広の初演練だから色々様子見ながらな。相手の編成次第で前に出るのは源氏か広光か……随時、ってところだな。長義は全体見つつ、速攻してもいい。よろしく」
「ああ、任せておけ」
「国広は取り敢えずここに慣れること。練度差があると狙われやすいから、3戦くらいは広光2人の後ろを保って欲しい。不服だろうが」
「いや、問題無い」
「ありがとう。4戦目からは自由にして良い。部隊長は膝丸だから、………まあ、髭切よりはっちゃけない程度にな」

途端にぱや〜とした笑顔になる髭切。
…………お前もしかして『新人くんが思い切り出来るように思い切り動いていいよね?』とか思ってないか?
いや、思い切りはっちゃけて良いとは言ってないからな?
暴れる気のある髭切と何故か誇らしげな膝丸。
この部隊、最年長達が一番元気なの面白いな……。

「お、組み合わせ来た。移動するぞ」

ここの演練場は広い待機ロビーの奥に転移の扉が多数並んでいる構造で、扉の先は戦場に繋がっている。
戦場は政府によって特定禁足地に指定された土地に仮想空間を上書きして作られているらしい。
ちょっと良くわからねえ技術。
扉のセキュリティに限定パスを入力して飛ぶと、まだ相手は来ていないみたいだった。

「終わったら万屋に寄らせて貰おうか」
「長義は何か欲しいものでも?」
「兎通りの角のカフェ、限定ドリンクが出てるって話じゃなかったかな?ティラミス味の」
「……!大倶利伽羅、国広!」
「好きにしろ」
「美味いのか?それは」
「…………ティラミスだから美味しいはずだが……国広は苦いのは嫌いか?」
「苦い……」
「覚えていないのかな?八つ刻に祖がカフェオレを渡していたはずだが」
「枯色の飲み物か?あれは美味かった」
「ならば恐らく問題無い」

長義の提案に嬉しそうな竜田生駒だが、ずいぶん自信の無さそうな返事。
よくあの状況でティラミス好きになったもんだな。政府の山鳥毛と南泉のお陰だろうか?
源氏は俺の隣で「ティラミスは俺も好きだ」「おいしいもの食べられるといいね」などとニコニコしている。
こいつら時折お祖父ちゃんしてるよなあ。
と、ズシャリ、と音が聞こえてきて見れば、恐らく一戦目の審神者が転んでいた。

「あの……大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます!大丈夫!大丈夫です!」

舗装してないからな、なんかに躓いたか。
向こうは歌仙、和泉守、堀川、同田貫、厚と次郎。まだ駆け出しの域を超えていないくらいのはず。兼定二人が苦笑いのところを見るに、良い本丸だろうな。

「立てるかい?全く、雅じゃないんだから……」
「ごめん歌仙!致死量の御兄弟たちを膝に食らった!ちょっと待っとって!」

おっと緑さんタイプか……。
長義の「もしかしてこれがデジャヴってやつかな」って呟きが聞こえて咄嗟に「ごめん」と謝った。
いや全然俺は謝る謂れは無いんだが。

「かわいいぃ……南北朝生まれがティラミスでわいわいしてる……」
「その、悪ぃな。変なとこにツボがあるみたいでよ」
「いやこちらこそ、すみません。演練前にティラミスで盛り上がってて」

またしても意味の分からない謝罪をしてしまう。
山姥切と広光の見た目だと男子高校生四人に見えるから全然気にしてなかった。
審神者始めてから視覚が麻痺してるかもしれない。

「申し訳ありません……」
「生駒、気にするな」
「そうだね、褒美は必要なものだろう?」
「俺も楽しみにしているから、気を落とさないでくれ」

こうフォローしてるのを見ると国広だけ少し不器用な年下感が出ていて末恐ろしい。
相手の審神者が追加の御兄弟で死にそうなので止めて差し上げろ?

「源氏兄弟が……見守ってるのもかわいい……やば……」
「はい!自陣に行きます!お互いに頑張りましょう!!よろしくお願いします!!」

大声で強制終了させたのは悪くない判断だったと思う。
実際戦ってみれば部隊は統率もよく取れていたし、改めて挨拶した審神者も落ち着いてみれば良い人だった。
「竜田生駒のことも呼べるようにがんばろな!」という元気な声を残していって、言われた本人は少し気恥ずかしそうにしていたし、大倶利伽羅は満足そうな顔で腕を組んでいた。
喋ってないのになんでこんなに二人とも分かりやすいんだ?
そういう感じで多少出鼻を挫かれたかも知れないが、トントン調子で三戦目までは平均して上手くやれてる。
なんとかなるもんだ。

──そして四戦目。

「おいおい、機動勝負って感じするな?」
「否定はせんが、相手に取って不足無し。だろう兄者」
「うん、楽しみだね」

一戦、相手の都合で不戦勝になったからこれで今日は最後のつもりだ。国広の育成においては目論見が外れたが、まあ、仕方がない。また次回だ。
相手は初老の女性審神者。
極の前田と包丁、九鬼正宗。極の長谷部と南泉、そんで極三日月宗近。

「主に九鬼の育成部隊だろうな。本丸の方針が分かりやすくて勉強になる」
「君はよく、分かりにくいって言われているよね?」
「それはまあ、打刀全然居ない上に、出来る限り傷少なく全員帰還する訓練を目的にしてるからなあ」
「審神者によって演練の使い方は様々だ。君の方針は承知しているぞ」
「ありがとう。よろしく頼むよ」

源氏兄弟の背中を軽く叩いた。
この三戦、戦況を俯瞰して見て生還率を上げる選択をしてる二人。
動きにくいことをさせてるとは思うが、文句を言わないでいてくれて助かる。

「目で追えん分は気配と勘で補うしかないな」
「厄介だね、後ろに極の太刀がいるから一旦そっちを抑えないと」
「それは俺が行く」
「警戒すべきは極短刀達の一撃目、そこから連続して二撃目を受けないように。長谷部と猫殺しくんも速いけれど、間合いが打刀である分なんとでもなる」

それは……なんとでも出来るもんか?
普通の人間にはちょっと分からない。機動値が低めの広光達が眉間に皺寄せてる事だけは確かだ。
そろそろ始めるので向き直ると、相手の審神者が此方に軽く一礼をくれたので礼を返す。

「行けるか」

一声掛ければ力強い答えが返ってきた。
よし、頼もしい事この上無い。
開戦の合図と共に、俺は規制線より後ろに下がる。


やはり相手短刀の機動力が怖いな。
厄介だと踏んだのか源氏兄弟に一斉に一撃目が飛ぶ。三日月宗近に相対するなら太刀を当てるのが妥当だからその選択も頷けた。
こっちの太刀を潰して有利にしようとしている。
二撃目が髭切に浅く入ったみたいだが今のところ問題は無いだろう。
長谷部と長義が切り結んでいる横をすり抜けて、国広が三日月に仕掛けに行く。三日月が前に出てくるのを一旦抑えたいから。
ただ悔しいかな、まだ何もかも足りない。当然だ。
何度かの攻防の後、首の高さを薙ごうとするのに気付いた竜田生駒が布を思い切り引っ張った。

「っ、国広!交代!」
「ああ!」

体重移動の勢いのまま国広は身を翻して大倶利伽羅と九鬼、南泉の三つ巴に加勢。
国広を引いた反動を生かして竜田生駒が三日月へ相対する。

「良い判断をするな。だが、まだ浅いぞ」
「そんなことは分かっている」

竜田生駒もまだ経験値は足りていない。
ただ、全員それを言い訳にはしないし一歩も引かない。
満足そうに三日月が微笑んでいるのがここからでも分かった。
防戦を強いられる竜田生駒の傍ら、国広が九鬼を戦闘不能にして南泉と二対一。
だが南泉が上手だった。

「ッチ、一度引け!」
「させるかよ!」

国広と髭切がやられたのがほとんど同時。次の瞬間には膝丸が毛利を退けていた。
不味いな。

「っくそ!」

前田が長義に突っ込んでくる。正面の長谷部と挟まれて避けきれない。極の刀剣を二人相手取るのは厳しいが耐えなければ。
すぐに膝丸が長谷部を引き受けたけど長義の状態が悪いな。

「大倶利伽羅!任せたぞ!」

程なくして大倶利伽羅が南泉を退けて長谷部・前田との混戦に加わる。膝丸は三日月へ。
ただ耐えてくれていた長義も限界だ。

「生駒!」
「っ、」

竜田生駒の腕を飛ばして腹を裂いた三日月の刃が膝丸を捕らえた。
そこからは多分ほぼ同時。
人間の目は追いつかなかったが映像を振り返る限り、大倶利伽羅が前田を、長谷部が長義を斬り倒す。翻した長谷部の刃は大倶利伽羅を引き裂いた。消耗していた大倶利伽羅が倒れて、長谷部と三日月に挟まれる膝丸。
勝敗が決まった。






「ありがとうございました」
「こちらこそ、とても有意義だったよ。ありがとうね。また手合わせなど願いたいが連絡先を交換しても問題ないかしら?」
「それは願ってもない。是非!」

主殿達が挨拶を交わしている間、俺達も直った身体を確認しながら衣服を整える。
三日月に飛ばされた左腕が少し気持ち悪いな。
擦っていれば、丁度切れ目辺りを大倶利伽羅が掴んでくる。ジワ、と力が流れてきた。

「記憶に意識を集めすぎだ」
「やはりそう思うか?」
「……火車切も気にしている。直った、それで良いだろ」
「うん、……分かる、わかった」

馴染んだところはもう何も感じない。
手を当てるのが上手い刀だな。

「竜田生駒、」
「え、?」
「息災か」
「あ、ああ。……その言い方ではそちらに俺は居ないのか?」

普通に呼ばれて驚いた。
へし切長谷部は昔、俺を『松永の刀』と言っていたのに。その呼び方は単純に『松永が良く佩いている』くらいの意識だったが、今のように号で呼ばれたことは無い。
一度も、俺を紅葉川と呼んだことは無いはず。

「そうだな。だが、お前の所もこの俺が居ないと見える」
「!」
「おい、長谷部、」
「案ずるな大倶利伽羅。編成を見た主殿の見立てだ。お前達の情報が他に流れている訳では無いぞ」

向こうの審神者はとても経歴が長いのか。洞察力が優れているのか。
どちらにしろ現代人と言うよりは戦国を生きた人間のように思える。
呆気に取られる俺を見て、へし切長谷部は軽く笑った。

「フ、主は余程お前達の審神者の采配が気に入られたようだからな、また会うだろう」
「それなら、……嬉しい。俺は貴方に、あまり良く思われていないだろうと思っていたから」
「ああ……修行に出ていない俺は、どうだか」
「!」
「安心しろ。お前が主に忠実ならな」

やはり基準はそこなんだろう。
松永に対してもやもやした気分を抱えていると、向こうの審神者の側に控えていた前田が駆け寄ってきた。

「長谷部さん、戻るそうです」
「分かった。ではな」

なんだか、少し安心した。
嫌われるのは生きていればしょうがないだろう。ただ、あまり良い気はしないからな。
足早に去っていく彼等を見送って、俺達も主の元に戻る。
源氏の二振は予備端末を持っているので振り返りしてるらしい。長義と国広は少し不貞腐れたような表情。正直、この位の差で負けた時が一番やり切れないのは分かる。

「ん、もう良いのか?」
「待っていてくださったんですか」
「と言うよりは俺も色々話してたし、ゆっくり話しても問題ないよ、って。さあ!兎通りの限定ティラミスドリンク飲むぞ〜!」

すっきりした表情の主殿は、きっと何か収穫があったんだろう。
扉をくぐって施設の近くの門へ向かう間、前を歩く二振のストールと布が少しめくれていたので同時にポフ、と叩くように直したら、勢い良く長義が振り返った。

「あ、す、ストールが捲れて、」
「竜田生駒!」
「な、なんだ?」
「スコーンも付けてもらおう」
「……気が立ってるな?」

国広が真ん丸に目を見開いて驚いているし、隣の大倶利伽羅は雰囲気が笑っていた。

「確かに、あの店のは美味い」
「主、大倶利伽羅はチョコスコーンだって」
「何?!別に良いけどいつそんな話になった?!」
「今かな」
「何も言っていないが?」
「でも大倶利伽羅はスコーン食べる時、いつもチョコを選ぶだろう?」
「……否定はしない」
「すこーん?」
「あれ、国広が来てからまだ八つ刻にスコーン出ていないか?」
「出ていないと思うよ。最近は和菓子が多かったかな」
「おやつにクソデカスコーンは俺の胃が破裂するかと思ったから、再検討してもらってんだよ。何歳だと思ってんだ?」

主の一歩前では髭切と膝丸が笑っている。
一戦目の審神者曰く、南北朝生まれがまた菓子でわーわー言ってるからか。

「そんなこと言うが、主は何歳になるんだ?」
「二十八」
「……働き盛りといったところか」
「……食べられるのでは?」
「お前達みたいに動いてないんだよ、俺は。髭切と膝丸は何か食いたいもんある?」

突然話を振られた二振は、少し考える顔をしながら歩を進める。

「うーん……あの、黄色のふるふるしたやつがいいかな。弟も好きだったよね?」
「ああ!こだわりたまごの懐かしプリンというやつだな、あれは何度食べても美味だ」
「あの固めプリンか、風味が良くて美味いよな〜。俺もプリンにするかな、迷う。……国広も着いたら好きなの選ぶといいぞ」
「あ、ああ」

端末でメニューを開く主殿と、あれが美味いこれが好きと話す髭切と膝丸。
後ろから主殿の端末を覗き込む山姥切たちを見ながら、軽く笑う大倶利伽羅。
大倶利伽羅以外に聞かれないよう、小さく話し出す。

「正直、こんな俺が本丸に呼ばれて良いものかと思っていた」
「……決断が遅すぎだ」
「そうだな。もう少し気軽でも良かったのかも知れない」

歩みを止めた前に合わせて、一度立ち止まる。
門の向こうはもう目的地だ。
目的地は万屋東門、兎通り。

「ただ、一度《断絶の刀》とされたから縁起でもないだろうと思った」
「……おい、」
「大丈夫。もうあまり、語られない物語だからな」

主殿が手招きしている。
良い主だ。
物を愛している。
優しく、でも怯まない。

「この本丸で良かったと思う」
「お前がそう思うなら、それでいい」

強引に倶利伽羅龍が居る方の手を取って門をくぐる。
握り返してくれる手に、嬉しくなった。






continue.