とうとう8月も終盤に入った。ナナーシの夏休みはあと少しで終わりを迎えようとしていた。時折さわやかな風が訪ねに来るリビングでギアッチョは本を読み、ナナーシは資格の勉強に励んでいた。

「もうこんな時間…そろそろ夕飯の支度をしなきゃいけないわ」

 彼女は壁掛け時計に一瞥を投げて、席を立つ。窓の向こうはまだ青い空を映しているが、もう短針は真下を向いていた。

「今日の夕飯は何するの?」
ポルペットーネ肉団子にするわ」
「やった」

 ギアッチョはお気に入りの料理名を聞くと、子供らしい笑みを見せる。

「ギアッチョはポルペットーネ好きだもんね。あとは付け合わせにじゃがいものオーブン焼きでもしようかしら」
「美味しそう」
「ええ!これがまたワインに合うのよ〜!」

 ギアッチョは相も変わらず彼女の口から飛び出す酒の話題にため息を溢した。彼の態度が少し冷ややかになるのは今日に始まったことではない。それもそのはず、彼女は酒を飲むと気分を一際高揚させ、ギアッチョに過剰なスキンシップを送るのだ。力強く抱きしめたり、髪の毛がボサボサになる程執拗に“なでなで“されるといった状況が1時間近く続いてしまう。そんな彼女の直接的すぎる愛情表現に、彼は恥ずかしさやら居心地の悪やらを感じるのだ。

 ギアッチョのジト目に気づいたナナーシは、優しく彼を諭しながらキッチンへ向かった。

「さて、ジャガイモのオーブン焼きからしていこうかしら」
「手伝うよ」
「いつもありがとね、ギアッチョ。じゃあジャガイモを洗ってこのボウルに入れてくれない?」
「うん…皮は剥かないの?」
「ええ、今日は皮付きのまま使うのよ」

 ふーん、と口を尖らせてジャガイモを洗い、隣に佇むナナーシの元へ手渡す。

「ジャガイモには色々な種類があってね?今回はpasta giallaって種類のものを使うわ」
「pasta gialla?」
「ええ。ほら、中身が gialla黄色でしょ?」

 差し出されたジャガイモを一口大に切って、切り口をギアッチョに見せる。普段見るジャガイモと比べて少し黄ばんだそれに、ギアッチョは小さく頷いた。

「この種類はオーブン焼きにも最適なの」
「ふーん」

 口も手も休むことなく忙しない彼女を見て、器用だなとギアッチョは思った。

 そうこうしている内にギアッチョが洗ったジャガイモを切り終えて、ザルの中へ全て放り込む。

「この後少ーしだけ茹でるんだけど、まだ沸騰してないからいいわ!ポルペットーネにするわよ!」
「うん。玉ねぎを剥くんだっけ」
「そうよ!よく覚えてたわね」

 ナナーシの言葉にギアッチョは口元を少し歪めた。これは嬉しくて微笑みたい気持ちとその感情を表に出すのが恥ずかしい気持ちとが拮坑している不器用な表情である。

 玉ねぎの皮をベリベリと勢いよくめくり、洗ってナナーシに手渡す。

「あッ」

 玉ねぎを切さいしている時だった。彼女は手を止めて自身の左手に目を向けると、中指の背にぷっくりとした赤い風船が浮かんでいた。どうやら包丁で指を切ってしまったらしい。

(包丁で指を切るなんていつぶりかしら…)
 包丁と指を流水で洗い、そうぼんやり考える。するといつの間にかキッチンから飛び出して行ったギアッチョが側に駆け寄ってきた。

「ん」

 むっすりとした表情で、ナナーシに一枚の絆創膏を差し出していた。

「まあ!取ってきてくれたのね!Grazie!」
「うん」

 ナナーシは水から離すたびにできる風船をティッシュで押さえる。赤く滲むそれを見ながらふと思いついたように口を開いた。

「ねえ、ギアッチョが絆創膏貼ってよ」
「なんで?」
「私が何となくそうして欲しいからよ」
「…ハァ」

 やれやれと言いたげに息をついてギアッチョは絆創膏を受け取った。ティッシュを離すたびに広がる赤を念入りに押さえ、ぺたりとガーゼ部分を傷口に当てる。慎重に絆創膏を巻くギアッチョを見て自然と口元が緩む。

「できた」
「ありがとう!これでまた夕飯が作れるわ!」
「うん」
「じゃあ早速!玉ねぎは置いといて、ジャガイモを茹でましょう!」

 いつの間にか沸騰した鍋にジャガイモを投入する。ぐつぐつと音を立てながら踊るジャガイモに一瞥を投げ、玉ねぎと向き合う。

 さ

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