オレと付き合ってよ
4月20日、水曜日。
今日はエマと約束していた夕食をご一緒する日である。
放課後に一度帰宅し準備を整えた真波は、エマの住む佐野家へと訪れた。勿論両親には前もって説明しており、幼い頃から交流があった為すんなり許可を得た。
空手道場も併設されてるだけあり、佐野家は立派な邸宅だ。インターホンでやり取りを交わし、貫禄ある和風建築が並ぶ敷地内へと足を踏み入れる。真波にとってはすっかり見慣れた風景だ。慣れた足取りでエマのいる母家のダイニングへ向かった。
「お待たせ、夕飯の支度手伝うよ」
「ありがとー! ハンバーグ作ろうと思って、今タネしばいてるとこ」
「いいじゃん、美味しそう。なんか野菜系欲しいね」
「レタスとトマトでサラダ作る予定! レタス千切ってくれない?」
「了解」
冷蔵庫からレタスを拝借した真波は、洗ってから一口大に千切っていく。エマの恋バナや化粧品の話なんかに花を咲かせながら、着々と夕飯の支度を進める。
結局味噌汁も作り、料理が仕上がったのはそれから三十分後のことであった。18時をとうに過ぎており、マイキーと万作が食卓へと姿を現した時にはもう18時半を回っていた。
「またクッキーを焼いたのか」
「はい。おじいちゃんにもどうぞ」
それぞれの席に置かれたクッキーの包みを万作が手に取った。プラスチックの可愛い包みにはプレーンとココアの生地を使った犬のクッキーが収まっている。
「うむ、いつもすまんな」
「いえいえ」
「オレ一番多いやつがいい」
「一番多いのこれね」
「やった」
「ありがとう……ウチも頑張らないと」
「また土曜に練習しよ」
「うん!」
そんなやり取りを交わしながら着席した一同は、箸を手に取り食事にありついた。
エマが手がけたハンバーグは、箸で風穴をあければ旨味たっぷり肉汁がじゅわりと溢れ出す。日頃から調理に携わるだけあり、本当に料理の腕が上達したものだ。
おいしいと言わんばかりにほんわかとハンバーグを噛み締める真波に、万次郎が声をかけた。
「ナミもこの後集会来るだろ?」
「集会?」
「おう。だから今日ウチに来たんじゃねーの?」
万次郎の言葉にエヘヘとにこやかスマイルを向けるエマ。なるほど、だから即答で
どうやら集会の日は特にドラケンと夕食をとることも珍しくないそうで、こうして今日家に帰ってきたのは私が来るからとの事。
「行こうよナミ〜! 女一人端っこで待機ってさぁ、結構ヒマなんだって!」
「オレもナミに来てほしい。てかここまできたらもう行くっしょ」
「あはは、分かった分かった。行くから親に連絡入れるね」
「マジ⁉︎ やった! ありがとう!」
そんなエマのはしゃぐ姿は微笑ましい。よほど一緒に集会へ行きたかったのだろう。
そんな光景を涼しげな笑みで見守る万次郎と、一方でやれやれとため息をつく祖父の万作。どうせ言うても聞かんと言いたげな顔に、おじいちゃんも大変だなぁと真波は苦笑した。
小学生の間は門限を守り日が暮れる頃にはエマと別れを告げていたが、そんな真波ももう中学生だ。クラスの周りには夜遅くまで塾に残る生徒の方が多い。真波の親もどちらかといえば“やりたいようにやれ”が家訓のドライな方針のため、帰る時間をちゃんと連絡しておけば大丈夫だろう。
そう判断し折り畳みのコンパクトなケータイを取り出した。
「え、待って」
「ん?」
「それ、まさかキッズケータイじゃない?」
「そうだよ」
何ともなさそうな顔でケータイを操作する真波に、エマは驚きそれに目を見張る。
「いやいや!普通のケータイに変えなよ!」
「えー……でもお金かかるしなぁ」
「ウチらもう中学生だよ? キッズじゃないの!」
「壊れたらでいいよ〜まだ使えるし」
「子供用に作られてるから簡単に壊れないようできてんだって」
「まあまあ、キッズケータイも普通のケータイも変わらないよ。電話とメールができれば一緒」
「……ナミってそういうトコあるよね」
「ナミが気にしてねぇなら別によくね?」
「はぁ〜〜。まあ別にいいけどさ」
思わぬ援軍、万次郎の一言にエマはさらに頭を抱える。なんだかんだ万次郎は真波の肩をよくもつのだ。この二人早くくっつけばいいのに、と内心ボヤきながら唇を尖らせた。
佐野万次郎には圧倒的なカリスマ性がある。
そんな彼の見事な登壇をエマと静かに見守り、10分ほどの集会はつつがなく終えた。
「お疲れ。送ってく」
「万次郎こそお疲れ様。いいの?」
「いいの、夜遅ぇから。ケツ乗ってけって」
「でもそれじゃあエマが──」
そう言って見渡せば、いつの間にかドラケンの側にいるエマから爛々と輝く眼差しが向けられる。ウチはドラケンと一緒だから!!マコはそのままマイキーと帰って!!と言いたげな強すぎる目力に思わず真波は苦笑した。
「じゃあお言葉に甘えて」
無免許だけど……なんならヘルメットもつけてないけど……まあいっか。法律違反をそんな一言で済ました真波は、万次郎が跨るバブの後ろに身体を預ける。
「たまには集会出れねぇの?」
「うーん、どうだろ。中学生になったし出れるかも」
「じゃあまた顔出してよ。オレもナミの顔見たいし」
「そうだね、またやる時教えて」
「やった」
空はすっかり暗いというのに、
そうしてバイクをふかしながら帰路を辿った二人は、やがて辿り着く家の前でバイクを停めた。
「俺さぁ、ナミのこと好きかも」
万次郎の簡素で要点を得た一言に、真波の脳内はすべて白く塗りつぶされた。
「………え?」
告白? 今? ここで? “かも”って何?
突っ込みたい事は多々あれど、あまりの衝撃に二の句が継げない。そんな真波の理解を既に飛び越えた万次郎は、後戻りなどすることもなく話をどんどん押し進めていく。
「ナミの顔見たらドキドキするし。これ好きなんじゃねって最近気づいたんだよね」
「は、」
「ナミと会っただけで嫌なこと吹っ飛ぶくらい嬉しくてさ。今もオレすっげぇドキドキしてるの、分かる?」
「その」
「ナミともっと一緒にいてぇ。ナミの初めては全部オレがいい」
「あの」
「オレと付き合ってよ、真波」
やわい表情が、うすら赤く染まった頬が、暗闇のような瞳が、すべて真波に向けられる。状況を整理する間も与えず、万次郎のペースで一方的に告げられた想いは、真波をひたすら困惑させた。
いつからなんだろう?
ふとそんな疑問が浮かぶ。しかし今本人に尋ねるのは野暮というもの、そう考え真波は口を慎んだ。
万次郎とはエマ経由で幼い頃から関わりがあった。いつだって傍若無人・融通無碍・唯我独尊を地でいく男だ。興味をもつ相手にしか話しかけない万次郎が真波に声をかけるのも、よく夕飯を一緒に食べたいと強請るのも、“妹の友人”という枠組みにいるからだと片付けていた。
何せ真波は佐野家との交流があまりに深い。エマに家事や料理の手解きをしに足繁く訪れたし、ついでに夕飯を共に囲んだりお泊まり女子会なんてすることもあった。まるで家族の一員だと言わんばかりに、大切に扱われている自覚があった。
万次郎の交流もその延長線だと、完全に誤認していた。
「す、少し時間をくだたい」
「うん。ちゃんと考えた上でオレを選んで」
「……選ばないかもしれないよ?」
「じゃあ選ばせるしかないなー」
「えぇ……」
万次郎を選ぶのはどうやら決定事項らしい。万次郎らしい、どこか嫌いになれない強引さである。そんな彼に真波は苦笑を漏らした。
正直なところ、万次郎のことを恋愛的な目で見たことはない。エマといる時によく会う、我が強い弟的な存在だった。実際は真波より一つ年上に当たるのだが。
自宅でクッキーを作れば彼の分も欠かさず謙譲したり、エマの家で料理を手伝えば人参を星型にくり抜いたり。万次郎もいるならと、夕食にひと工夫加える事が多かった。あとは食卓でちょろちょろと会話を交わす程度。
彼と私の間柄はそんな感じだ。
「他のヤツにとられたくねーし。そしたらオレ、何しでかすか分かンねーよ?」
ニコッと笑顔で末恐ろしいことを申す万次郎に、真波は顔を引き攣らせた。
そういえば、万次郎は喧嘩がすっごく強いらしい。力を持つ者が制御できなくなると、どれ程の被害が出てしまうのだろう。
しかし、けれども、だからといって、「じゃあ付き合いましょう」というワケにはいかないのだ。好きでもないのに付き合うだなんて、万次郎の告白に対する最大の侮辱である。
人の心を弄ぶような事はしたくない。
ちゃんと自分の気持ちに整理をつけて、万次郎の気持ちと向き合わなければならない。この告白にどう応えるかは真波次第なのだ。
「……それでも。ちゃんと自分の気持ちと向き合いたいから。少し待ってください」
一方でそんな言葉を向けられた万次郎は慮る。
小此木真波という少女はいつも穏やかで優しく、陽だまりのような存在だった。友人としてエマに寄り添い、精神面でも生活面でも大きな支えとなった。
なんやかんやとそうして彼女を知っていけば、やがて風変わりな一面をもつことに気づいた。それは順位やブランドへの興味を一切持たないところだ。なにせ中学生になった今でもキッズケータイを持ち歩き、小学三年生の頃からずっと同じ筆箱を使っているという。思い入れがあるから使っているなんて事はなく、ただ壊れていないから変える必要がないのだという。彼女曰く「使えるなら何でもいい」らしいのだ。
見栄やプライドを一切持たず、代わりに一貫した価値観を持つ真波。安心感のある寛容な性格であれど、こうして重要な選択を迫られれば曖昧な答えで解決させず精一杯向き合おうとする姿勢。
そんなブレることのない骨太な芯の強さに、万次郎はいつの間にか惹かれていた。
「うん。あ、オレ気は短い方だから」
「“ちゃんと考えた上で”決めるね」
そう言ってくすくすと笑う真波に、あーやっぱ好きだなと万次郎は頬を緩めた。

接触を増やして仲を深めていく、そう彼らが打ち立てた作戦は難航していた。毎時間毎時間、真波の元へわざわざ訪れる客人がいるのだ。
名は佐野エマ。“無敵のマイキー”を兄に持つ少女で、真波とは小学一年生の頃からずっと一緒にいるらしい。彼女がトイレに行こうと言えば共に向かい、放課後は二人仲良く帰路に着く。
マイキーの妹というのはすぐに知れ渡るも、それでも変わらず友人でいてくれる真波をとても慕っているように見えた。
幸いなことに昼食の時間は自分の席で食べるよう規則で定められているので彼女は来ない。が、五条と家入も来れないため隣の席である夏油が昼食の間話しかけたり、移動教室で声をかける他なかった。
しかし、そんな現状を打破すべく彼らは行動に移した。映画研究同好会を立ち上げ、彼女と放課後を共にする算段だ。あとは声をかけるだけなのだが、その前に一つやっておきたい事ができた。
「小此木さん、今週の日曜あいてないかな?」
「空いてるよ」
「よかった。悟と硝子と三人で映画観に行こうと思ってて、小此木さんもどうかな?」
4月21日、木曜日。入学式から三週間が過ぎたある日のこと。教室を移動しながら会話を交わしていた夏油は、ふと真波に誘いを入れた。休日に四人で遊びに行くという、至って明快な提案だった。
今上映中の映画に、真波がいかにも好みそうなジャンルがあるのだ。同好会の話を持ちかける前のきっかけ作りとして、映画の刺激を与える起爆剤として、四人で過ごす時間の確保として、休日を利用するのは悪くない。
映画は程よく時間も潰せるし、ランチやカフェにも自然な流れで誘導しやすい。初めて遊ぶ目的にはもってこいだ。
「うん、是非」
「分かった。また待ち合わせの場所とかメールするよ」
「何の映画観るの?」
「それは………『ブルー・サヴェージ』って」
言うんだけど、と言葉が続くことはなかった。タイトルを伝えて反応を見るべく小此木の顔を見た夏油は絶句した。
「夏油くん! サメ映画好きなの⁉︎」
頬を紅潮させ、キラキラと輝くような瞳で夏油に詰め寄る小此木に思わず身を引いてしまう。
そう、彼女は無類のサメ映画オタクなのだ!
思い返すこと前世の高専生活で、映画といえば彼女はサメ映画ばかりを推していた。といっても無理矢理見せるなんてことも無かったが、オススメの映画や見たい映画を聞けばサメ映画の熱情を答えるといった、“聞かれたら愛を語る”タイプのオタクであった。
「アクションの気分」といえば「『シャーク・アタック』はどうかな?カーチェイスと銃撃戦があるよ」と言われ、「サメ以外にしないか?」と尋ねれば「『ジュラシック・シャーク』ならサメも出てこないし襲われる瞬間もカットされてるよ!」と返ってくる。
どうやらサメが出てこなくてもサメ映画というカテゴリに分類されるらしい。「じゃあもうこの世に存在する映画は全てサメ映画になるんじゃないか?」と夏油は思った。が、口に出すことはなかった。将来『ノー・シャーク』なる映画が出現しようとは、まさか思うまい。
まあそんなことがあり、夏油はサメ映画というものを正直理解していない。
ただ一つ確かなのはあるB級サメ映画を紹介された時のこと。「それは映画として面白いのか?」と問えば「池の鯉を一時間半観察するくらいには面白いよ」と真波は微笑むのだ。遠回しに一時間半をドブに捨ててるようにも聞こえる回答に、さすがの夏油も頭を抱えたほどのサメ映画愛を彼女は抱えている。
ああ、記憶はなくとも彼女はやっぱり小此木真波である。前世の面影と重なる彼女に夏油は苦笑を漏らした。
「近々観に行こうと思ってたんだぁ。なかなかサメ映画好きな人周りにいなくて……語れる人がいて嬉しい!」
「ああ、サメ映画が気になってるのは悟なんだ。ただ入門して日が浅いみたいでね、色々教えてあげてほしい」
「五条くんが! 勿論、喜んで!」
嘘である。五条は確かに映画を見るが、サメ映画が好きなわけではない。とはいえ、話のタネにもなるし彼女の好感度も上がるわけだ。五条をダシにしてもいいだろうまあ精々頑張れよと夏油は薄く笑った。