掌におさまる心臓

花京院が語り終えると、女は刮目しながら壮絶ねと呟いた。名前は出してないが、自分の生い立ちやスタンドの存在について語る。それは気持ちを整理し落ち着けるためでもあった。名も知らぬ女に話すなどどうかしてると思うかもしれないが、死者という点で彼女とは共通点がある。花京院は死んでしまった今、彼女に準じて話すのもありだと考えたのだ。自分の一生にはっきりと区切りをつけるために。

「君はずっとここにいるのかい?」
「いや、ちょっと前に来たばかり。これが孵化するまで待ってるつもりなんだ」

そう言って女は先程まで両手で覆っていたものを花京院に見せた。クリーム色の卵だ。市販のものと形大きさは変わらない。

「それは一体……」
「昔ね、傷ついた小鳥を助けたらこの卵を産んで空に消えたの」
「……なぜそう思うんだ?白身と黄身が詰まった普通の卵かもしれないんだぞ?」
「ならここに来てなんで私が持ってたの?そうよ、確証はないけど信じることができる。これはきっと運命だって」

卵を孵すのが運命とは、なんとも不思議な奇縁だ。無謀だと花京院は思ったがそれは胸宇にとどめることになった。卵に小さく亀裂が入ったのだ。ピシッと小さく鳴った音は、卵だけでなく平静を保つ心にまでヒビをいれたように花京院は錯覚した。女は気づく気配がない。女にとって亀裂が入った位置は死角であり、音もごく微量だったので聞き取れなかったのだろう。

――何かいる…!あのたまごの中に何かが!生まれるというのか!!

そもそも考えてみれば、なぜ三途の川にそんなたまごを持ち込めるのかに疑問を持つべきであったのだ。彼女は三途の川に来たとき同時にたまごを所持していた。つまり死ぬ直前までたまごなど持ってはいなかった。いやそれが自然なのだ。普通たまごを持ち歩く人間などいない。それがなぜ、ここに着いたときにたまごを手にいれていたのか。スタンドかと花京院は即座に身構えたがそれもすぐに否定することになった。スタンドは精神力が具現化して露になったものだ。精神力とは生命力ともいえる。そもそも彼女は死んでいるのに、スタンドが使えるはずもないし継続するはずもないのだ。ただし、死ぬ直前にスタンドからこのたまごが生まれ落ちたという可能性を除いて。

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