生か死か

「僕はまだ、現世に戻ることに少しためらっている」

それは老人に指さされた方向へ踵を返している時だった。男の人は少し顔を背けながらそうかすれた声で呟いた。
私はもしかしたら、彼に無理やり生を与えてしまったのかもしれない。生と死の二択は重く大きい。彼は私の自分勝手な正義感に巻き込まれたのかもしれない。事情を少し教えてもらったとはいえ、彼と共に歩んできた戦友でもなければ彼に生を与えた両親でもない。初対面である私が彼の背にのしかかる事情のことなど知る由もない。その重みも分からない私が、彼に生きる道を選ばせてしまった。

「でも生きる可能性があるのに死ぬ道を選んだら、きっと一生後悔するだろう。生きて後悔するよりもっと深く、大きな後悔をしてしまうような気がしてね」

しかしそのような私の罪悪感とは裏腹に、彼は少し上を向いて力強くそう語った。
彼はもっているのかもしれない。どのような結末を迎えても、精一杯生き抜いていく強さを。そう思わせるには十分なほど、彼の目には強い光が宿っていた。

「頑張って、死に抗ってみせるよ。君の名前を、教えてくれ」
「えっと…#name01##name#です」
「#name01#さんか……僕は花京院典明」

また現世で会おう。そう言ってふわりと男は笑った。段々と霧は増し、前も後ろも分からなくなるくらい充満している。自然と落ちる瞼。少し怖くなって隣を見ると、そこにもう花京院典明さんの姿はなかった。


***


ふうっと意識が浮上した。少し目を開けると予想以上の眩しさに目を細めた。

「花京院がッ!花京院が目を覚ましたぞォー!」
「畜生!心配させやがってよコンチクショー!」
「……やれやれだぜ」

聞き慣れた声。険しい死闘を重ね、DIOを退治するためにともに旅をし戦った戦友。みんなに見守られて自分は目を覚ましたのだ。胸から込み上げてくる感動にまかせ、花京院は涙を流した。
――生きてる
胸に恐る恐る手を当てれば、心臓は正常に脈を打っていた。一回一回、太鼓を叩いているかのように力強く行われる鼓動に、彼は生を確信した。この間断なく拍動する心臓によって、生きる上で必要な有形成分や気体が肺を通過し、全身を巡っているのだ。

「奇跡じゃ!奇跡が起きたんじゃ!」
「花京院テメェ!勝手に死にそうになってんじゃあねえぞ!」
「…………」

――奇跡、ということは、やはり僕は致命傷を負っていたということだ。
あの世なんて宗教じみたことを花京院は勿論信じてはいなかった。しかし、未だにはっきりと先ほどまでの経緯を彼は覚えていた。
――あの少女が助けてくれたのだろうか?名を確か……

「#name01##name#」
「……?」
「花京院、それは人の名前か?またどうしてこんな時に……?」
「そうだぜ〜!ってか誰だそれ!」

――そうだ。あの子が僕を助けてくれたのか
花京院は朧気な頭を動かして考えた。#name01##name#は花京院の心を落ち着かせ、親身になってくれたのだ。初対面の人間にも関わらず励まされてしまったのは、生を導いた時の彼女が揺るがない信念を瞳に宿していたからこそである。その瞳の眩しさはどこか承太郎に似ており、花京院の心は揺さぶられたのだ。そして確かに花京院はこの目で見たのだ。#name#が持っていた金色の光を放つ卵に亀裂が起き、中から金の鳥が出てきたことを。それは光の粒子があつまって形をなしたようで、ひどくまとまりがなかった。その金の鳥が自分の胸に染み込むかのように潜り込んだのだ。すると温かな思いが四肢の末端まで浸透し、生きたいと願う気持ちが溢れたのだ。
――もしかしたらあの子のおかげで、僕は今生きていられるのかもしれない
スタンド使いかは分からないが、花京院は#name#に助けられたのだ。

「僕を……助けてくれた、子なんだ」
「か、花京院を助けたじゃとッ!?」

承太郎とポルナレフは目を見開いて僕を刮目した。驚くのも無理はない。

「もう一度……またあの子に会いたい」
「あの子って、誰のことを言っておる?看護師のことか?」
「いや……意識不明の花京院が看護師の名前を知っているのはおかしい。今まで花京院は寝たきりだったんだぜ」
「じゃっ、じゃあ誰だよ?!その#name01##name#ってヤツはよォ!」

腹部を触れると、穴が開いていたとは思えない頑丈な腹筋があった。
花京院は考えた。光る卵に願をかけるようにして、確かに彼女は何かを小さく囁いていた。その言葉が作用して、意識不明の重傷を復元したのではないかと。あの鳥が、花京院の体の傷を修復したのではないかと。
こんなメルヘンや絵空事が起こるわけがない。そんな考えをもつ余裕はなかった。三途の川にいる時点でその偏見は見直される形になっていたのだが。

「もう一度あの子に会って、ちゃんと、お礼が……」

したい。そう言い切る前に花京院は意識を手放した。

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