迂路は既に行き止まり

承太郎が女の手首に指を置くが、脈はない。この浜辺で横たわる女は、死んでいたのだ。人差し指の傷を見るに、赤い貝を発見したのは確かだ。恐らく赤い貝には催眠作用だけでなく致死に至らせる成分を合わせもっているのだろう、そう承太郎は考えた。そして致死に至るか否か、個人差があるはずだ。その個人差を知るためにも、どのような成分を体内に隠し持つのかを知るためにも、赤い貝を手に入れる必要がある。女の周囲を見渡すが、赤い貝は見当たらない。
承太郎が女の手を砂上に置いた時、後ろから男の声が響いた。女と同じ褐色の肌を持つ男は、姉さんと叫びながら女の元へと走り寄る。短い赤毛を輪ゴムで一つに束ね、右腕に虎の刺繍を掘った特徴的な男だ。片方の目蓋は少し赤く腫れており、半分ほどしか開いていない。
男は女を抱き起こし、必死に呼びかけた。反応を示さない女に焦燥した男は、恐る恐る手首に指を当てた。反応はない。

「残念だがもうそいつは」
「お前!兄さんに何をした!」

承太郎が言い終わる前に怒りの声を浴び、深く息を吐いた。

「赤い貝だ」

浜辺に横たわる男に目を向けて承太郎は言い放った。

「赤い貝がこの男を殺した」

この一言をすぐに理解し頷く人間はいるだろうか。当然彼の苛立ちは上乗せされてしまい、否定の言葉を並べて首を振るばかりだ。後に承太郎はきゃんきゃんと犬のように吠える男に苛立ちを抱え、やかましいと一喝するのだった。

☆☆☆

百坪ほどの屋敷に住む主は、紙袋片手に庭へ赴いていた。目前にある洗濯竿や整備された盆栽の並びを通りすぎ、足を止めた先にあるのは池だった。キラキラと光を反射する水面をもち、優雅に泳ぐ鯉の姿をはっきりと写すほど立派なものだ。男は紙袋から透明な包みを取り出す。鯉の餌である。一匙ほど摘まんで放れば、鯉が口を開くのに時間はかからなかった。

「おじいちゃん」

主を呼んだのはひ孫の#name#だった。肩ほどある髪を垂らし、光はまるで髪の上を撫でているかのように通っている。

「どうした、荷物はもうまとめたのか」
「うん、もう全部まとめたよ。それより笹浜の方で騒ぎが起こってるって」
「騒ぎ?旅行者か」

面倒やのお、餌と共に溢した言葉は鯉の口内に収まるだけであった。旅行者が珍しく、小さな賑わいで花が咲くのはこの島ではよくある沙汰だ。そのことを両者とも理解している。若い青年がここに訪れた時も、島の人々は好奇の目で彼を見ていたそうだ。あの若い青年のことを主はひどく警戒していた。
しかし今回は訳が違うのだと、#name#が口を開いた。

「佳代子さんが殺されたって」
「何ィ?」
「弟の大地さんが泣きじゃくりながらその旅行者のせいだって」
「旅行者は何て言っとる」
「それがね…」

ーー赤い貝の仕業だって

#name#も主も、赤い貝について知る唯一の島民だ。島でも赤い貝の存在は広く知れ渡っておらず、複数名にしか知られていない。なぜ旅行者である余所者が赤い貝の存在を知るのか、詳しく尋ねる必要がある。赤い貝の存在はそう簡単に知られていいものではないことを、二人はよく分かっていた。

「行くぞ」

鯉の餌を片手に主は屋敷を出た。#name#は主の後を追い、小走りで地を蹴るのだった。

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