遁世する貝

コトリと卓上に置かれた湯呑みに凛々しい顔で主を見る承太郎の顔が映っていた。主は承太郎を連れ自宅へと踵を返した後、客室へと案内した。

「どこで、赤い貝のことを知った」

静寂を破ったのは主のその一言だった。実際、赤い貝の情報が漏れることは本当に考えにくいことだった。赤い貝をしっている者も口を割ってはいけないことを重々承知していたからだ。旅行者が来たところで島の人々から漏洩することは考えにくい。しかし彼は知っている。主は考えた。そして行き着いた答えは、承太郎もしくはその知人が以前赤い貝の被害者だったのではないかという可能性だった。

「赤い貝がこの島にいることを人づてに聞いてな。それより爺さん、あんたは赤い貝の何を知っている」

人づてに聞いた、その言葉で承太郎が被害者にあった可能性はあっさり消えた。しかし実際、人づてに聞いたという発言にはいくつか語弊が生じている。まず承太郎が赤い貝の情報を知ったのはあるノートに目を通したことである。主は目尻の皺を増やしながら目を細め、承太郎の双眸を捉えた。
赤い貝、この島に生息する貝である。赤い貝を知る者達からはマテ貝の仲間だと思われているが、主は赤い貝がマテ貝ではなくウストンボガイに近い存在であることを確信していた。砂底に住み、浜辺に顔を出すことは滅多にない希少な貝である。実際、赤い貝の被害は非常に少ない。数十年に一度あれば多い方で、少なければ100年に一度もないという。その間砂底で息を潜めている赤い貝を、まるで魔物のようだと主は思うのだ。
承太郎にそのことを話すと、主は茶を喉に通した。

「赤い貝を探しに来たお前が、実際に赤い貝の被害を目にできたのはすげー奇跡だよ」
「…爺さん、あんたやけに赤い貝について詳しいな」
「そりゃあ、前に一度俺もやられたからな」

承太郎は冷静な眼差しで主をとらえた。

「ところでお前は、ニワトリを知っているか」

主は冷ややかな眼差しで承太郎をとらえた。


***


一方、承太郎と主に茶を出した#name#は自室へ戻り引越しの支度を再開した。翌日にはこの島から離れ、都会ーー実際は小さな街だが、#name#はそう認識しているーーへとひとり立ちするのだ。看護学校へ通うためには否が応でもそうする他に方法はない。家族との一時の別れとひとり立ちへの不安を胸に抱きながら、それでも前に進むのだと意気込むために引越しの支度を一人で行っていた。
#name01##name#が生まれたこの島には不可思議な現象がいくつか存在したとされ、密かに語り継がれていた。空条承太郎が調査の対象とする「赤い貝」の他に、「鉄の花」や「緑の穴」の言い伝えが存在している。その言い伝えが記されている家禄をもつ民家はごく少数で島民のほとんどがそれを知らずにいる。「秘」文書として扱われているため、主が空条承太郎を訝ったのも無理もない。むしろ、なぜーー言い方は悪いがーー部外者である空条承太郎が「赤い貝」の存在を知っているのか#name#も不思議でならなかった。誰かぎ口をこぼして漏らしてしまったのだろうか?






本当の別れ。

ふと#name#は手を止めた。
おじいちゃんに、別れは訪れるのだろうか。きっとおじいちゃんとの別れは一生訪れない。ずっとおじいちゃんは生きていてくれる。皆私から背を向けてこの世から消えてしまっても、おじいちゃんは私にずっと背を向けない。私が幼い頃からずっと面倒を見てくれたおじいちゃんは、ずっと私のことを見ていてくれる。

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