未開の扉を開く

私は見知らぬ土地に一人で立ち尽くしていた。手荷物はさっき買ったトマトと牛乳が入った手提げ袋一つ。思考回路は二十歳であれど、外見は5歳の少女だ。宛てもなく立ち尽くす現状から言ってもう奇妙だと思うかもしれないだろう。今から、私に降り注いだ奇妙な事を思い出して、頭を整理しようと思う。遡ること1時間前。小銭が少し入ったがま口の財布と手提げ袋を持たされて、はじめてのおつかいに行った。ここまではいたって普通である。しかし子どものおつかいの先で事は動きだした。


それは帰り道だ。スーパーの前に、羽に火傷を負った鳥が一羽倒れていたのだ。もちろん過ぎ行く人も気づいているだろう。視界に捉えては、見なかったフリをして足早に去っていく。猫が車に轢かれるのと似たように、この鳥も『汚いもの』に分別されたのだろう。確かに何かウイルスを持っていたら、病気になる危険性だってある。いい例が狂犬病や鳥インフルエンザだろう。薄汚れた体毛からして不潔そうだ。それは当時5歳であった私でも頷けた。


しかし、だからといって私も無視を決め込もうとは思わなかった。エコバッグを肩にかけ、鳥を両手に抱え、家へと向かった。介抱しようと思ったのだ。家からスーパーは、歩いて5分のところにあった。家にはもうじき1歳になる弟と、優しいお母さんが待っている。お母さんは獣医だったからきっと、この鳥も元に戻してくれるだろう。そう思っていたから、鳥を治癒できる確信があった。そして自分のしているこの行動は正しいと思った。


しかし、私の想いとは裏腹に鳥は意識を少し取り戻したのか、私の腕の中で身じろぎしだした。私も急なことだったので咄嗟に手を離してしまい、鳥は羽を引きずりながら二本の細い足で地面へと飛び出した。


鳥はすぐ近くにあった家と家の間の細道へ入った。おつかいを果たすという任務と鳥を追いかけて介抱するという慈善活動を天秤にかけると、鳥のほうに傾いた。エコバッグの中に入っていたのは肉のように傷みやすいものでもなければ、冷凍食品のように要冷凍する必要もなければ、卵のようにもろくもなかった。それが天秤を傾けた大きな理由だろう。
細道から路地裏に入り、路地裏を抜けて大きな公園の前に出た。鳥を再び捕まえてと見こう見するも、目にしたこともない新たな土地であることに変わりない。5歳とはいえ家周辺の地理に詳しい私はそもそも考えた。こんな路地裏に抜けるような抜け道が実際あっただろうか?確かあの先は行き止まりだったはず。
――あれ、おかしい。
元来た道に戻ろうと思い振り返り走ったが、その先にあるのは行き止まりだった。
腕の中にいる鳥も目に蓋をしている。この鳥を追いかけただけなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろうと困り果てた私は近くにあるベンチへ腰をおろした。鳥を介抱することもできず居場所もなく、このままぼーっとしているのだろうか。というか、これからどうすればいいんだ私は。ため息をついて鳥を抱き締めていると、前方から「おい、そこで何してるんだよ」と声をかけられた。

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