幸せを運べない鳥

声をかけた方へと視線を移せば、黒い直毛の髪の毛をもつ少年だった。背格好からして、年端も行かぬ男の子だ。私とそう変わらないだろう。彼が言いたいことはすぐに理解できた。

「鳥を介抱したいんです」
「じゃあ何でしないんだよ?」
「できないんです」

私は鳥にもう一度目線を落とした時、彼は「は?」と片眉を上げて隣に座った。つんけんとした態度をとる突っ張った子だが、何だかんだ言ってやっぱり気になるのだろうか。物好きな子だと私は思った。

「居場所がないの」
「居場所がないって、家出したのか?」
「ううん」

さすがにこの歳で家出しようと思うほど果敢な性格ではない。少し口を接ぐんで前に立つ彼を見ると、目に宿っていたのは単なる好奇心だと気づいた。ぶっきらぼうな言葉遣いで私と話しているが、彼はツンデレなのだとみた。
私が今おかれている境遇を彼に話して居場所を与えてもらえないだろうか。そんな甘い考えが沸々と出てくるもそれはだめだと判断し、自ら口は開かなかった。隠すことでもないだろうし現状を説明するくらいならいいけど、相手の家に泊まりたいなんて身勝手な注文できるわけがない。相手あるいは相手の家族の素性が分からないのも理由の内だ。

「初めておつかいに行った帰りなの。あ、休憩してるわけじゃないよ」
「……何を言っているんだ、おつかいの帰りなら親が家で待ってるだろ。それとも買う物を間違えてしまったから帰って怒られるのが怖いのか?」

そう言って鼻で笑った彼に私はかぶりを振った。
私は考えた。せめてこの鳥だけでも、手当てしてもらえないだろうかと。彼のこれからの予定にも関わることだが、これくらいなら尋ねても大丈夫だろう。太陽が真上に位置することから、今は正午と考えて間違いないだろう。

「家出ではないけど、似てるかもしれない。自ら居場所を遠ざけたというよりは、“何か”が私から居場所を遠ざけてしまったの」

私はこれから先どうするのか、もう一度考えた。この町をもう少しだけ詮索してみて、あの路地裏を見つけよう。
日が暮れる前に帰らないとお母さんも心配するし、私の身も危険だ。

「“何か”?」
「うん。それは私にも分からない。だから途方に暮れているの」
「ふーん…」

もしかしたら、この鳥かもしれない。私はそう思った。今は安らかに、まるで安心しきったかのように眠っているのだ。スーパーから離れたところで逃げ出したのは、もしかして私からじゃない?あるいは逃げたのではなく場所をあえて移動したか。この町に出た時に鳥が立ち止まったのは、私に抱えられるのを待つため?

「一つお願いがあるんだけど」

この人がちゃんと鳥を手当てしてくれると信じよう。

「この鳥を介抱してほしいの」

私は鳥を少し持ち上げた。彼は瞬きを数回し、私と鳥を交互に見た。

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