Tell me a better way

その後の容態にも変化は現れなかったので、3日で退院しまた普段の日常に戻ってもいいとのことだった。不法滞在でも無保険者のための医療サービスがあるそうだ。医療費もなんとか少ない貯蓄でカバーできる程だったので、胸をなでおろしながら財布を広げ、病院を出た。

病院から家までの道のりは徒歩15分。大きな事件に巻き込まれる事がないよう、注意して帰らなければならない。まあ流れ弾の心配については避けようがないし運に任せるしかないのだが。

そしてこれからの私の生活はどうしよう。バイト先への謝罪、堕落王フェムトのこれからの対処、私がHLに来てしまった原因の探索……絶望的なほど課題は山積みだ。

ーー世界の理として死んだ者を完璧な状態で生き返らせる方法は存在しないのさ
ーー大いに興味があるね!
ーーフム。ならばまた出直すとしよう。

あれ以降病室に堕落王フェムトが来ることはなかった。内心ホッとしているような、意図が読めずにヤキモキしているような、複雑な気持ちである。

「あーんもう最悪!shit!」

自分の先行きに考えを巡らせていた時だった。声の方へと視線を向ければ、高身長のスタイル抜群金髪美女が、道端で座り込みながら足元を支えていた。よくよく見ると彼女の靴のヒールが折れてしまったようだ。

「あの、大丈夫ですか?」
「えっ?うーん、大丈夫じゃなさそうだけど、ありがとう」
「いえ。あの、近くにコンビニがあるので、私瞬間接着剤がないか見て来ますね。その間にタクシーを呼ばれることをオススメします」
「え、ええ。分かった」

そう言うやいなや、すぐ向かいにあるコンビニに出向き瞬間接着剤を探す。
ここで見て見ぬ振りができないところが、私のお人好しで弱い部分なんだろうと思う。切り捨てるべき状況に直面した時、切り捨てる選択を下せないような、弱みを握られたら身を滅ぼすタイプの人間。それが私なんだろうと思う。

喜ぶことに瞬間接着剤が売られていたので、即決して先ほどの女性の元へと急いだ。

「瞬間接着剤ありました、どうぞ」
「ありがとう!いくらした?」
「いえ、そんな大した金額ではないので気にせず受け取ってください」

たかだか数百ゼーロだ。さすがに請求するほど私も酷じゃない。
女性は一瞬きょとんと目を瞬かせたが、すぐに元の調子に戻り礼を告げながらヒールに処置を施した。
タクシーの連絡はもう済ませたらしく、あとは待つだけとのことだ。安心してこの場を去れる……そう慮りながら女性へと目をやると、あまりに冷徹な目をしている女性に思わず硬直した。なぜこの状況でこんな目をするのか、もしかして私はマズイ言動を起こしてしまったか、そういくつもの不安因子が一瞬で胸をよぎる。

しかし、それらの不安因子は全て杞憂で済むことになる。

ドン
ドン

冷徹な目をしている理由はすぐに明らかになったから。
向かいのベンチで新聞を広げていた異界人が銃声とともに崩れ落ちるのが見えた。袂に伸ばされた手には拳銃が握られている所から、私達は狙われていたのだろう。
私か女性どちらがターゲットにされていたかは分からない。しかし女性の顔つきや銃さばき、洞察力は"表の世界にいる人ではないのだろう"と感じ取るには十分だった。

「ごめんね〜!大丈夫?」
「あ、はい。私は大丈夫です」
「そう!よかった〜」
「…………」
「…………」

私と女性の間に訪れた沈黙をまるで打破するかのようにタクシーが静かに停車した。驚くほどのグッドタイミングに内心タクシーの運転手にも礼を告げたのはここだけの話である。

「ごめんなさい、怖い思いをさせちゃって。これから帰り?送って行くわ」
「え、帰りですが、そんな悪いです。私は大丈夫なので……」
「何言ってんの、助けてくれたお礼だと思って乗ってきな!」
「じゃ、じゃあ……ありがとうございます」

片目でウインクしながらそう言われてしまえば、なんだか断りきれない。こういう所が日本人の性だなといつも思うが、他人の好意を無下にすふような気がしてしまうのだ。それがHLとなると、蛇の目が出る日が来るかもしれないな。

お言葉に甘えて乗り込んだ車内で、私は目的地を告げた。

「でもあんたを見てると仲間のこと思い出すわ」
「仲間のこと、ですか」
「そ。あんたと似てすっごくお人好しでさ、困ってる人とか放っておけない人なのよねー」
「そうなんですね……」
「そうそう。自分の身を滅ぼしてまで助けたりするから、こっちは大変よ」
「えっ」
「でも、そんな仲間のことをとても誇りに思うわ」

目的地前に到着したタクシーは動きを止めて扉を開いた。女性に一礼してタクシーを見送っていたが、その脳裏にはまだ女性の真っ直ぐな眼差しが鮮明に焼き付いていたのだった。

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