A meeting hidden in the everyday life

けたたましい機械音が部屋に響いた。もぞもぞとベッドから顔を出したはメリー手探りで犯人を探す。

「うるさい…」

気だるい体を起こしてベッドから抜け出し、テレビ台に置いている目覚まし時計を持ち上げた。メリーは朝に弱い。目覚ましをベッドから手を伸ばせる距離に置いているとそのまま二度寝することもある。いや、メリーにとっては日常のようなものだった。それを防ぐために目覚ましは遠くに置いているのだ。


今日はバイトが休みだ。バイトが休みの日はとりわけ暇でメリーは少し苦手だった。スーパーに行くことくらいしか外出することがないのだ。本当は色々な場所へ冒険に出たいと考えているが、生憎ヘルサレムズ・ロットは異常な都市だ。駅では生還率のアナウンスもされるほど、危険が潜みもしないのである。

ーーもし私が死んでしまったら、それこそ危険だ。

亜人であることがバレる恐怖は、メリーが一番よく分かっていた。一人で冒険する無謀な勇気は持ち合わせていなかった。

とにかく、スーパーへ行こう。そう決めたメリーは、一人暮らしにしては大きな冷蔵庫から牛乳と食パンを取り出した。もちろん、先にお腹を満たしてからの話である。

***


「やっぱ安いなあ」

小銭を財布に直しながら改めて思うのはメリーが通うスーパーの安さである。特に安かったのは常に特売シールが貼られている鮮魚コーナーである。特売シールが貼られる前の価格は平均的な値段だが、よく傷がついていたり賞味期限が近いからとの理由で安価な値札を上から貼られている。白身魚の切り身が特に安価で売られているため、買いだめして冷凍庫に入れる習慣がついてしまったほどだ。

袋に食材をつめこんだメリーは荷物を肩にかけ、スーパーを出た。スーパーは少し自宅から遠く、片道15分かけて通っていた。この往復30分は散歩のようなものだと割り切って歩いていた。大通りから外れた道は細く入り組んでおり、ある程度地理に詳しくないとメリーも当初は覚えるのに苦労したものだと振り返る。

「あのー、すいません」

見慣れた街の景色を眺めながら踵を返していると前方から声をかけられた。ゴーグルをかけた赤茶色の髪をもつ男で、カメラを首から下げているのが特徴的だった。

「はい」
「道を尋ねたいんですけど…」

この辺りは道が複雑だから無理もない。そう納得しながら男の話に耳を傾けてみれば、メリーが住んでいるアパートの向かいにある店だった。

「すぐ近くですよ。私もその近くに住んでいるので、途中まで一緒に行きますよ」
「えっ、いいんですか!」
「はい、こっちです」

指をさしながらメリーは男と歩き出した。

「あ、ありがとうございます。僕、最近ここに来たばかりで。まだここのこと、よく分かってなくて…」
「そうなんですね。私もここに来て1年がたつんですが、規格外すぎて未だによく分かってないですよ…」
「そんなもんなんですかね…」
「そんなもんですよ…アハハ…」

二人の間にどこか親近感が生まれたのは言うまでもない。きょろきょろと辺りを見渡しながら拙い会話を交わす少年。少なくともメリーは彼が悪い人間ではないと感じていた。

「HLでもこんなに親切な人がいるとなんだか安心しますね」
「そうですね。私、プライベートだと滅多に人と関わる機会がないので、なんだか今は新鮮な気持ちです」
「え、そうなんですか?そんな感じには見えませんけど…」

少年が最後まで言い終わる前に、メリーは足を止めた。目の前には我が家が、向かいには少年が目指していたピザ屋が佇んでいた。

「ここです」
「あの、ありがとうございました」
「あ、いえいえ」

メリーは軽く会釈をして場を離れた。バイト先以外でああして人と会話することは何ヶ月ぶりだろう。そう考えるほどメリーは人と関わることがなかった。

ーーまた会えるといいな。

そんな淡い願望は言葉にならず、ただ胸の奥で木霊するだけだった。

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