On a rainy day

今日は夕方から雨が降るらしい。ニュースによるとこの地域の降水確率は60%、生還率は50%とのことだ。今日死ぬ確率のほうが降水確率より高いことを報道されるなんてこの街くらいだろう。私は念のために折り畳み傘を鞄にいれて家を出た。

「お待たせしました」
「ああ、ありがとう」

喫茶店に着いてからもう何時間たっただろう。壁にかけてある金の文字盤が特徴的な時計を見れば、もう短針は4を通り過ぎていた。

「ん?雨が降り始めてきたな」
「あ、本当ですね」

顎に手を置き、目を細めて窓の外を見るスティーブンさんはすごく様になっていた。窓にかかる小さな水滴が外の天候を雄弁に物語っていた。

「困ったな」
「傘、持ってないんですか?」
「ああ。車にはあるんだけど、駐車場までちょっと歩くからね」

スティーブンさんはこの後重要な会議に出るそうだ。さすがに雨でスーツを濡らしたまま出席するわけにはいかないだろう。

「マスター、もし良ければ裏にある余った傘をスティーブンさんにお分けすることはできませんか?」
「もちろん構わない。どうせ月末に廃棄処分する予定だ、もらってくれ」
「いいのかい?そりゃ助かる」

ありがとう、そう微笑んで言われた時は少し胸が高鳴った。長年日本に住んでいたからか、顔立ちの整った英国人日本に微笑まれると未だにドキドキしてしまう。

「もうそろそろ会議の時間だし行くとするかな」
「かしこまりました。レジにてお会計致します」
「ああ、その前に」

ポンと手のひらに乗せられたのは二つに畳まれた紙幣だ。

「それはちょっとした気遣いの礼さ。チップだと思って受け取ってくれ」
「え、よろしいのですか?」
「ああ、勿論。ここは俺からの好意を受け取ってくれるとありがたい」
「はい、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ」

席を立つ時まで様になる男、スティーブンさん。この人すっごく仕事ができるんだろうなあ。異界の怪物だとチップをもらえないことの方が多かったので、なんだか人間の方を相手に接客してチップをもらえることに細やかな幸福を感じる。
そう思いながら、嬉しさで高まる気持ちを抑えながら会計を済ませた。

「急な報せで申し訳ないんだが、来週の月曜日から木曜日まで急用が入ってしまってね。店を休むことにした」
「え、そうなんですね」
「ああ。君も十分働いてくれている。その日は十分休養をとってほしい」
「お気遣いありがとうございます。わかりました」

ーーといっても、本を読むかテレビ見るだけの休日に飽きてきたんだけど……どう過ごそう。

カウンターでコーヒーミルの手入れをしながらマスターはふと顔を上げて私を見た。

「そういえばメリー君は一人暮らしだったね」
「はい、そうです」
「なら次の新居の目星をつける体制を、整えておいた方が良いかもしれないね」
「…というと?」
「もうすぐ区間地区のクジが発表されるから、地理が大幅に変わるだろう。君が住んでいる地区の移動先が"当たり"になってしまったら、家賃の桁外れな値上げか路頭に迷いこむことになるからね」

ーーヤバイ……何を言ってるいるのかまるで分からない。常識的な人間の凡そ理解できる範疇を遥かに超えている。

しかし伝えたいことはなんとなくわかった。いつ今の住処から出て行くことになっても対処できるように支度をしておくように、とのことだろう。

「……わかりました、そうします」
「ああ」

このやり場のない不安を雨ごと洗い流せたらいいのに。手を動かしながら窓に目を向けてそう思うのであった。

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