Giant killing

私は一体、いつの間に死んだ……?

ぼやけた視界に見慣れぬ白天井が映り、顔を傾げれば病院の一角にいることが分かった。ゆっくりと迫り来る不可解な不安に気が遠くなりそうだ。

「いやあ良かった。体内に猛毒が蓄積していてね、生死の境を彷徨ったんだよ君。一時は仮死状態にまで陥ってもうダメかと思ったんだがね……それが今では問題も見当たらないくらいの回復力を見せたんだ。すごいね、HLには驚かされてばかりだよ」

主治医の第一声がこれだ。猛毒?私はいつの間に猛毒を体内に取り入れていたのだろうか。仮死状態に陥ったのではなく、恐らく本当に死んでしまったのだろう。
だが確かに、昨日は高熱と腹痛で仕事を休まざるを得ないくらい苦しんだ。病院に行くのは我慢して薬を飲んで寝ていたがまさか死ぬことになるとは思いもしなかった。いつの間にか猛毒を摂取して死にました、なんてここHLでは珍しくないのかもしれないが、なんて不運なんだ。

「入院期間や診療代についてはまた明日話すよ。今はゆっくり休んでくれ」
「……ありがとうございます」

そもそも、私が不死者だとバレたところでそんなに注目されないんじゃないだろうか。そうたまに思う。いや、思わざるを得ないほど、人外や異界の化け物達を日常的に見てきたからだろう。私の能力以上に物理に反するような能力をもっていてもこの世界では珍しくないのだ。
私もここまで気を張り詰めながら生きなくてもいいのかもしれない。そんな考えが一瞬よぎった、その時だった。

「やあ、寝心地はどうだい?不死者のレディー」

聞き覚えのある男の声。今声のする方へ振り返れば、絶対に後悔する自信がある。しかし私が知っている男であれば、振り返る選択肢しか今はない。100人中100人ができれば出会いたくないと答えるであろうお騒がせ人物。

「……あなたが何故ここに?堕落王フェムトさん」
「何故って、理由は一つしかないだろう!」

ーー君さ。

どうやら私は、向き合いたくない現実に直面してしまったようだ。堕落王フェムト、定期的に街中に溢れるテレビや通信機器をジャックしては死人が多数出るような問題を投下する愉快犯だ。それも、暇つぶしや退屈を理由に市民を巻き込むから厄介なのだ。

「千年も生きているという逸話を耳にしますが、なぜ私のような一般人に興味を?」
「君は一般人じゃない、超超超レアな人間さ!いや、人間かすら分からないな」
「私の能力をご存知なんですね。ですがここHLには人外や異界の化け物がたくさん存在するはずです。それを思えば、私もその中のちっぽけな一人に過ぎません」
「いいや違うね。この世の理として死んだ者を完璧な状態で生き返らせる方法は存在しないのさ。まして、その方法を自身の能力として身に秘めているんだ。僕は大いに興味があるね!」

まあ再生者や血界の眷属のように驚異的な再生力で死なない能力なら存在するがね、そう言って彼はベッドの側にある椅子に腰かけた。
彼に興味を持たれてしまったのは大きな打撃だ。きっと日本にいた時と同じように、実験と称されて非人道的な研究を行うのだろう。どうして生き返るのか、なぜ亜人になったのか、IBMとは何なのか。私ですら根本的なところはまだ何も分かっていない。人類もまだその答えにはありつけていなかった。

「……私を実験に使うおつもりですか」
「Exactry!どうかね?悪いようにはしないしないよ」
「丁重にお断りします」

正直堕落王フェムトが言う「悪いようにはしない」ほど心底信用できない言葉はないだろう。不死者ではあるがもちろん痛みも感じる、彼の実験によって苦痛に耐える生活を強いられるのは絶対に避けたい。

ーー私は、普通に、平穏に生きたい。

しかし相手は堕落王フェムトだ。丁重にお断りしてあっさり引き下がるなんてありえないだろう。

「……フム。ならまた後日伺うとしよう」

ありえな……え?引き下がった?
堕落王フェムトの手にかかれば、私なんてすぐに手中に収められるはずだ。それでも私の言い分を受け入れ引き下がったのはなぜ?解せない。

「えっと……いいんですか?」
「まあな。それはそれで面白そうだし。ではまた会おう!」

いや、できればもう会いたくないけど。
堕落王フェムトが姿を消したのを確認して、身体中の力が一気に抜ける。

ーーそれはそれで面白そうだし。

つまり、私を現状のまま放置しておいても堕落王フェムトが楽しめるだけの厄介事がある。それが何なのかも、予想できる。でもどうすればいいのか分からない。このままだとマズイのは確かだ。しかし相手の尻尾もつかめていない今、対応することも難しい。

ーー寝よう。

私はため息の染み込んだシーツに体を預けることしかできなかった。

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