「足の膝から下にあるこの太ーい骨ですね、
保健室から迎えにきた親に付き添ってもらい、私は病院を受診した。あまりの痛みにしょっぱい顔しながらレントゲンをパシャリ。結果、足首を骨折してることが判明。内果骨折というらしい。
「まあズレたり離れたりしてへんし、このままギプスで固めといたら治ってくやろ」
そんな医者の一言を皮切りに、私の松葉杖生活が始まりました!ドンドンぱふぱふ〜。いや、これが本当に地獄の釜が開いたかと思うほど大変だった。
歩くスピードは半減、階段登りづらい、何かを持ち歩くこともできない。通学時間は倍に膨れ上がり、校内の階段を慎重に登り、ようやく教室まで辿り着く。
怪我をした翌日から学校へ向かうも、片足にかかる負担があまりに大きすぎる。自分の椅子に座った途端、ごっそりと体力が抜け落ち疲労感は押し寄せ、思わず脱力した。
これがしばらく続くのだ。覚悟しろ。
気を強く持て、私。
「え、めっちゃ重症やん……マジで???」
疲れを払い除け、己を鼓舞するために精神統一をし始める、そんな私を聞き慣れた声が現実へと引き戻した。
「あ、おはよう」
「いやおはようて……それ全然大丈夫とちゃうやろ」
宮侑だ。
ああ、そういえば。彼から昨夜、心配の連絡が来てたなぁ。[どうやった?]と聞かれたので[ちょっと足痛めたけどそのうち治るから大丈夫だよ〜]と返してたんだっけ。あんまり心配かけたくないし当たり障りない言葉で流しておいたけど、
「大丈夫。そのうち治るしギプスも取れるって」
「……完治までどれくらいかかるん」
「完治まで二ヶ月、でもギプスは三週間くらいで取れるってお医者さんが言ってたよ」
そう明るく笑うも、宮侑の表情はどこか固い。私は私の意志で彼を庇ったし、彼に怪我が無くて良かったとも思っている。足の骨折は確かに大変だが、私の選択に反省も後悔も一切ない。
しかし彼にとっては、そうじゃないようだ。私の足の怪我に、少なくとも後ろめたい感情があるのだろう。愛香ちゃんに対する憤りも重なっているのかもしれない。また愛香ちゃんが加害するのではという懸念も彼の中にあっておかしくない。
「心配しないで、侑くん」
こんなゴタゴタにいつまでも巻き込まれたら、みんなのバレーボールに触れる時間が減ってしまう。
何より、スポーツ選手の未来を奪うような人を近づけてはならない。
「愛香ちゃんのことならもう大丈夫になるよ」
愛香ちゃんもあのままバレー部からフェードアウトしていれば、こんな事にはならなかったのにと残念に思う。まだ相手は未熟な高校生だし、事を荒立てず平和な解決を目指したかった。
でも、インシデントはもう十分。前世の私を支えたハイキュー!のキャラ達に危害が及ぶなら、リスクヘッジのためにも然るべき対応が必要だ。
───先生、診断書をもらえますか?
だからここからは高校生ではなく、前世の大人として処理させてもらった。このお医者さんは仕事をあまり持ち帰りたくないタイプなのだろう。数日はかかると思っていたが、患者が少ない時間帯であることも手伝って、数十分で完成した封書を渡された。もしかしたら書き慣れていたのかもしれない。
そして母から学校に連絡を入れてもらい、週末に愛香ちゃんの保護者と話し合いの場を設けることができた。父の知り合いの弁護士に急遽事情を伝え、同席してもらえる運びとなった。
こちらの要求は治療費の支払いと退学の二つ。
あの場には多くの目撃者がいるし、奥の手として被害届も考慮している。あとはプロの弁舌に頼るのみ。相手の分が悪いので、示談に持ち込めるだろうとお墨付きだ。
みんなが安心してバレーに打ち込めるために。
まあそういうわけなので、ここからは大人の世界。宮侑はバレーボールに熱を上げる高校生。このトラブルはこちらで解決しておくから、あなたは安心してバレーしててね。そんな意味合いも込めて、何の心配もいらないよと言わんばかりの笑みを送る。
「──ああ。そう、なんや」
なぜか後退りする宮侑の表情は今まで以上に強張っていた。チャイムの音と共に宮侑に別れを告げ、彼はいつもよりよそよそしく踵を返した。
***
こうして松葉杖生活初日を迎えた。と言っても慣れない事ばかりで周りの協力に頼りっぱなしの一日であった。
膝をくの字に曲げて地面から浮くように足を庇いながら歩く。これは相当大変で、腕周りの筋肉を大きく使うので疲労度がすぐにカンストを迎える。これから一ヶ月はこの生活を余儀なくされるのだ。己の体力・筋力・精神力を鍛える機会だと言い聞かせる他ない。
それでもクラスメートに救いの手を何度も差し伸べられて、感銘を打つような一日だった。
トイレの列に並んでいたら、前に並んでる人が優先的に洋式を譲ってくれたり。和式はさすがにコサックダンスみたいな体勢でトイレできないよなぁ、なんて思ってたので本当に助かった。
授業中に落ちたペンを気軽に拾ってくれたり。地面に屈むの難しいからありがたい。
そして三時間目の移動授業では治くんが準備物を持ってくれた。友達に頼もうかと思っていた矢先、「ツムの恩人やしな、これくらい俺がせなあかんやろ」と私の荷物も抱えてくれたのだ。
今日だけで何度「ありがとう」を伝えたことか。ハイキュー!目当てでこの学校に進路を決めたが、本当にこの学校・クラスメートに恵まれてよかった。
昼休みは職員室に向かい、マネージャーはこれからも続けたいこと、しかし足の状況もあるのでしばらく休む旨を顧問に伝えた。感謝と労いの言葉にサンドイッチされて照れ笑いを浮かべながら、部員にも伝えてもらうことを一任した。
五時間目の休み時間には、角名くんや銀島くんから興味の眼差しを受けて松葉杖を貸すなどしていた。好奇心旺盛に松葉杖で歩いてみる様子を、陽だまりにいるような心持ちで見守る。
腫れ物扱いされるより、こうして真っ向から松葉杖に興味を示して絡んでくれる方が、こちらの気もほぐれて嬉しかったりするのだ。
変に遠慮せず、どうか普通に接してほしい。
そうしてなんとか六時間目まで授業を終えた頃。帰りの挨拶が済んだかと思えば宮侑がもう一度現れた。荷物を詰める手を止めてキョトンとしている私に対して、彼はそこまで大きくしなくてもいい声を上げた。
「毎朝八時十分、校門待ち合わせや!」
「なんで?」
「いやなんでって……荷物運んだる言うとんねん」
彼のエンジンは温まっているようだ。やれやれと言いたげな表情を見せながらも、一歩も引かんという意志がその瞳に宿っている。
正直に申しますと、荷物を持ってくれるのは諸手をあげて喜ぶほど助かるのだ。宮侑が他人のために自分からそこまで動いてくれるとは、なんて感銘を打つ。彼の好意を無碍にはしたくないので、朗らかに笑って感謝を伝えた。
[今回の写真は黒須先生がお金を出してくれて、私が現像してきました。全員から百円回収して、お釣りと一緒に先生へ返したいと思ってます。協力してもらえませんか?]
そして家に帰ってから、北さんにも個別で連絡を入れた。持ってけドロボー!と言わんばかりの勢いで先生から預かったけど、お金のことはなあなあで終わらせたくない。北さんに相談すればちゃんと前向きに話は進むだろう。
[わかった。部員には俺から言うて回収するし、篠原は安静にな。明日の昼休みにお釣りもらいに行くから持ってきといて]
ほぉら。北さんならちゃんと対応してくれると分かっていた。驚かんことが一番の賞賛なのだ。それにしても話が早くて大変助かります。
そうして翌日、多くの助けを借りる松葉杖生活二日目が始まる。とにかく朝から筋肉痛がひどく、寝返りできないことも相まって身体的ストレスを抱えていた。もう既に松葉杖から解放されて自由になりたい。そんなくたびれた気持ちも、校門前で律儀に待ち侘びる宮侑の様子を見て和らいだ。
昼休みは約束通り北さんが私の席まで来てくれた。尾白くんと大耳さんというお供を連れて。軽く挨拶を交わして、机の引き出しに用意しておいた封筒を抜き取る。どうぞ、と手渡す机の下に佇んでいる、包帯とギプスでぐるぐる巻きの足を北さんは静かに見つめて声をかける。
「足の調子はどうなん」
「今は足以上に腕が筋肉痛ですね」
「松葉杖か」
「確かにずっと松葉杖で歩いてたらしんどいよな」
尾白くんは申し訳なさそうに肩を丸めて呟く。そんな私たちの様子を大耳さんは真剣な表情で見守っていた。
「ここまで巻き込んでしもて悪かったな」
「いえいえ。私も無理しすぎちゃいました。でもいろんな人に助けてもらえて、めっちゃありがたいです」
「そうか。俺らは学年も違うしやれる事は限られてるけど、困った時はなんでも言うたらええ」
「あ、ありがとうございます」
北さんの優しさが荒んだ筋肉に沁みる。こんなに多くの人に思いやりの言葉をもらう機会はなかなか無いだろう。
「篠原が戻るん、俺ら全員待ってんで」
「ああ。今は回復に専念してくれ」
尾白くんと大耳さんは唇のほとりに微笑をたたえてそう告げた。
三人の温かな表情に、私はまた背中を押される思いだった。足が良くなったら、全力でバレー部を支えるからね。
「ありがとうございます。足が治ったら全力でマネージャー頑張るのでよろしくお願いします」
「そりゃ心強いなぁ」
私の決意表明に、機械じゃないかと囁かれる北さんがふっと笑みを漏らした。
そうして松葉杖での生活はおよそ一ヶ月に及び、医者の許可も出た六月末日から私はマネージャー業を再開…………したかったがテスト前で部活は休みなので、期末試験明けから復帰することが決まった。