「トスも上げれて、スパイクもしっかり決める宮治くんの万能さがほんまにスゴイ!これからも応援してる」
「え……? はあ、どうも」
「…………えっと、ご飯美味しそうに食べるとこも好き!おにぎり多めに作りすぎて困ってんねん。よければ食べてくれへん?」
「ええの? ありがとう」

 おにぎり作り過ぎて困る状況って何? だいぶ強引に舵を切り返したけど、食に素直な人で助かったなこれ。

 やはりと言うべきか、応援の言葉をかければ尾白君のように誰でも治る、というわけでは無さそうだ。あくまで私の立てた仮説だが、心を揺さぶるような、その人にとって響く言葉が効果的ではないか。応援の言葉も部員によっては当てはまるだろう、試してみる価値はある。

 ひとまず宮侑の片割れとは同じクラスなので、洗脳を解く事に注力した。彼の場合、応援の言葉がダメなら飯で釣ってみるか!と結論を出した。宮治が応援の言葉で刺激を受けるタイプとは思えなかったのだ。それにしてもマネージャー業よりオニギリを作る方がよほど気を遣った。将来おにぎり屋さんを始める彼に、変なもんを餌付けする訳にはいかない。
 わざわざ昨晩帰りにスーパーへ寄って、有明海産の海苔と骨抜き鮭を購入。そしておにぎり用の配分で調味料を入れて米を炊き、食卓に並ぶミネラル豊富な天然塩で味付けして、グリルで塩焼きした鮭を一欠片乗せて包む。我が家の炊飯器を味付けご飯で占拠してしまったため、今日の家族の弁当は全員おにぎりである。「娘の手作りおにぎり」は価値が非常に高く、たまの親孝行として喜ばれたので良しとする。
 二時間目の休憩時間に堂々とおにぎりを頬張り、途端に表情がほぐれていく。あ、今食べるんだ。

「うま」

 自然と彼からこぼれ落ちる一言。憑き物が落ちたような柔らかい表情で、夢中になって食べ進める。こんなに美味しそうに食べてもらえたら、早起きした甲斐があるというもの。伸びたラーメンでも美味しく食べるというくらいだし、本当に食事と幸福が直結しているんだなぁ。わかる。

「おかわり」

 気づけば包みを両手でぐしゃぐしゃに転がしながら、そんな要求が耳に届く。ああ、今彼はおにぎりのことしか考えてないんだろう。案の定数拍を置いて彼の表情はだんだん平常な頃へと戻っていった。

「あ。美味かったわ、ありがとう」

 あ、おかわりを無かったことにして取り繕ってる。
 ふっ、と私の口元から息が漏れる。それでも我慢できなくて、声をあげて笑い飛ばした。
 
 男子高校生やもん、いくらでもご飯食べたいよね。
 このおにぎりが宮治くんの血潮になって、身体を動かす熱エネルギーになる。「高校バレー界最強のツインズ」と言われるバレーを見せてくれるんやろ。
 いくらでもあげるわ。



 ***



 昼食の自画自賛激うまおにぎりを平らげて席を立つ。
 おかわりはすべて宮治に献上したので、結局一個しか食べれなかったけど問題なし。

 北さんと話をするために、私は靴を履き替えて校舎横にあるベンチへ向かった。
 正直、北さんにどんな声をかければ洗脳が解けるか想像がつかない。北さんにとって試合でちゃんとするのは当たり前で、“喝采はいらん”人だ。応援の言葉を彼に送るわけにはいかない。洗脳されていたとしても、反復・継続・丁寧はしっかり実行されている。きっとそういう生き方がもう身に染み付いているんだろう。
 しかし、そんな彼でも愛香ちゃんが関わる時だけ、無駄な動きをする事がある。精神年齢が大人な私よりよっぽど成熟した北さんに、私は正論パンチで釣り上げてみようと思う。

 校舎横のベンチに一番乗りしてしまった私は、とりあえず腰掛けて空を見上げた。おにぎり一個しか食べてないから食事時間が数分で終わってしまったのだ。そりゃさすがに北さんもまだ来ないだろう。
 四月の心地よい春の陽気を浴びながら、時折触れる控えめなそよ風が髪を揺らしながら、ぼんやりと待つ事五分。北さんが姿を見せた。

「早いな。結構待ったか?」
「いえ、私も今来たところです」
「そうか? ならちょうど良かったわ」
「今日は時間作ってくださりありがとうございます」
「別にかまわんよ。それで、どないしたん?」

 緊張のベールが私を包む。
 まるで、かくれんぼをする子供のような。

 部長の洗脳が解けたら、北さんの声掛けで少しでも部内の温度感が和らぐかもしれない。北さんが私の隣に腰を下ろすのを待ってから、私はゆっくりと口を開いた。

「北さん、愛香ちゃんのドリンクをわざわざ順番待ちするのはどうしてですか?」
「そらドリンクもらうためやろ」
「ドリンクもらうなら直接カゴから取ればいいと思います」

 そう切り出す私に、北さんはしばらく瞬きを繰り返す。少し考えた後、私の目をまっすぐに貫いた。

「愛香が手渡しでドリンクを渡すんはな、部員によってドリンクの味を変えてるからや。味の違いは些細なもんやけど、部員の味の好みを把握してうまいドリンク渡そうと配慮してるんや」
「えっ部員によってスポドリの味変えてるんですか?」
「そんな事聞いてないって顔やな。入って間もない篠原にはまだ早いって判断したんや思うで」

 いや、愛香ちゃんも入部してあまり経ってないんやけど。そんなツッコミが喉を通ることはなかった。
 
 スポドリの味を部員ごとに変えるとか、そんな事できるのか。えっすごくね? 塩分と糖分の配合を個々で変えてるの? しかしスポドリには名前のタグがなかった。専用ドリンクを作るのではなく、何種類か味を分けて配っていたのだろうか。
 アクエリとポカリで派閥が分かれているくらいだし、スポドリと一口に言えど味付けの好みは人によって違うかもしれない。

 素直に関心してしまい、思わず口を紡ぐ私に北さんは追い討ちをかける。

「そう言う篠原は自分のこと棚に上げてる場合ちゃうやろ。篠原の作ったドリンクが水みたいに薄いん、自分でちゃんと気づいてるか? まだ入部したてで手探りなんやろ思て言わんかったけど、他人ひとのこととやかく言う前にまずは自分のドリンク作りちゃんとせえ」

 いったい何を言われているのか、理解するのに数秒を要した。つまり私が正確に分量通り作ったドリンクは、ほぼ水となって部員に行き渡っているらしい。

 私は必ず紙コップに注いで味見をしているので、“水みたいに薄い”はずがない事は胸を張って言える。私と部員を挟んだ愛香ちゃんただ一人しか、こんなしょうもない小細工ができる人はいないだろう。
 言われてみれば仕事はサボるのに、私が作ったドリンクはしっかり回収しに来ることをもっと疑問に持つべきだった。自分で作った感を出してちやほやされたいから、と勝手に決めつけていた私のミスだ。

 つまり今の私は、ドリンクが不味い仕事のできないマネージャーという位置付けなのだろう。私を下げる事で愛香ちゃんの株も上がり、私の立場はどんどん悪くなる。ちっくしょう! 自分で作った感出してる方がまだ可愛い。やり口が陰湿すぎる。
 
 入部のきっかけは確かに歪だけど、どうせやるならしっかりしたいと思ってたし、自分にできる事はちゃんとやっていた。早朝に起きてみんながバレーボールに集中できるように、少しでもサポートがしたいと思っていた。そんな私の想いが踏み躙られたようで、愛香ちゃんの裏の顔を垣間見たようで、言いようのないモヤが胸中に広がっていく。

 正直、言いたいことは多々ある。普段仕事してない愛香ちゃんを見て何も思わないのか、今のバレー部の状況がはたして“ちゃんと”していると思えるのか。

 しかし“ドリンクが不味い仕事のできないマネージャー”に何を言われても響かないだろう。今の私は信頼度があまりに低い状態だ。愛香ちゃんに軍牌が上がっている状態で、無闇に釈明しても言い訳の一言で片付けられてしまう。

 当初の目的である洗脳解除は失敗。
 一度兵を引いたほうがいい。
 私は北さんに謝罪を告げ、撤退を余儀なくされた。


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