二重埋没方、クマ取り、ジョールファット除去、鼻尖形成、小鼻縮小、顎下脂肪吸引、ホワイトニング。
これは大学生になったら始める、わたしの勝手な整形プラン。可愛いほうが絶対に生きやすいし、愛される方が幸せになれる。
だから顔面工事して自分を愛せる顔になろうと思っていた。
ハア、と白い吐息をふんわり吐き出す。
もくもくと立ち込めては白ばんだ空に吸い込まれるように消えていく、そんな中三の十二月。放課後すぐに塾へ向かおうと帰路につくも、家の前で立ち尽くすことになる。扉の前に長方形の桐箱が置かれていた。
なんだこれ、と思わず手に取り開けてみて、小さく悲鳴をあげる。
毛むくじゃらの片手があった。しかも小指と薬指のない三本指の状態で遺されている。心底気味が悪い。
───猿の手みたい。
大きな代償を引き換えに、願いを何でも三つ叶えるとされる曰くつきの一品。都市伝説のようなものである。猿のような体毛に覆われ、肘まである片手が桐箱に入ってあるのだ。紫の平台紙が敷かれ、高級な装いをしているのも合わせて奇妙だ。
キショク悪いのに、どこか袖を引く存在感がある。親は仕事中心な人だしどうせ連絡取れないから、この桐箱について心当たりを聞くこともできない。なんとなく家の中に持ち帰り、自室の机にそっと置く。蓋を開けて、祈るように両手を握って、一言。
「私を可愛くしてください」
無償で可愛くなれるなら、大きな代償も払って良いと思った。事故に遭って
まるでこの間バラエティ番組に出てたゲストの女優さん。化粧をしてないというのにシミ一つ無い透き通る肌、ぱっちり大きな二重
思えばわたしは油肌で、ニキビと団子鼻に悩まされる中学時代だった。小学生の頃、男子にキモいと言われてガラスのハートが砕けたりもした。別に虐められてることはないけど、私は確かにヒエラルキーの最下層にいて、同じくモテない友達とひっそり佇んでいた。
この顔でこれからを生きるのが楽しみで舞い上がってしまう。しかし“手”を確認すれば親指が一本折りたたまれている。未だに訪れない代償のジレンマに悩まされ、ビクビクしながらしばらく過ごした。親やクラスメートもこの顔が当たり前のように接してくるし、一ヶ月経っても悪い変化は無い。むしろこの顔面が幸いしてクラスの中心人物の仲間入りした。
ああ〜やっぱりみんな顔で判断するんだ。
良いと思うよ、わたしもそうだし。
これはきっと猿の手ではなく、魔法のランプの性能なんだ。今のわたしなら、シンデレラの気持ちがよくわかる。毎日虐げられて過ごしていたのが、魔法の力で美しいドレスを見に纏い王子様を射止めたハッピーストーリー。勉強も平凡、スポーツも平凡、容姿も中の下。何一つ突出したものが無い、凡庸な人間だったわたしがたちまち美女に大変身!
さらに浮かれることに、わたしは願いを叶える術がまだ二つもある。そこでわたしは自分の幸せというものを考えた。
───愛されたい。
愛されることは、幸せなことだ。でも私はまだ誰に愛されるかを決めてない。……今はそれでいい。べつにすぐ願いを消費する必要はないだろう。むしろ慎重に進めた方がいい。
わたしは二本指を高校デビューに併せて使うことにした。
「私が愛されたいと思った人を虜にしてください」
それは二本目の願いだった。
全員を虜にすると好かれたくない人にまで効力が出てきてしまう。都合よく私のお眼鏡にかなった人物だけ虜にできればいい。クラスメートと楽しい学校生活を送り、担任に好かれて内申点アップ。我ながら良い条件を付けれたと思う。
そうして高校に入学した数日後、わたしは男子バレー部の存在を知った。全国大会に出るほどの強豪で、特に宮兄弟は女子から人気が高くファンも定着しているそうだ。そんな注目の男子がわたしの虜になったら? 想像するだけで麻薬的な優越感が押し寄せてくる。せっかくならたくさんの人に愛されたいし、サークルの姫みたいにバレー部で自分の居場所を確立したい。
わたしの思惑通り、バレー部は顧問まとめてわたしの楽園になった。アクシデントがあったとすれば、宮侑の性格が終わってたことくらいだろう。
「黙れや、このやかまし豚が」
わたしの虜になるはずの宮侑は、体験入部初日からわたしに苦言を投げかける。どうやら彼がサーブする時に私がはしゃいだのが癇に障ったらしい。バレーへの熱量とこだわりが私の魅了を上回ったようだ。そりゃあれだけ攻撃力の高いサーブを目の前で見せられたら、興奮しちゃうじゃん。
どうやら宮侑がサーブする時は静かにする慣習があるらしい。いやなにその独自ルール、知らねー。私入部してまだ二時間しか経ってないんですけど? 優しく注意してくれれば気をつけるものを、人殺しそうな目で激昂されても。
そもそも自分のコンディションくらい自分でコントロールしろよって話じゃん。外野の声にいちいち反応して文句言うのマジでかっこ悪すぎ。
そして翌日には練習試合の点数を入れ間違えてキレられた。宮侑はずっとわたしのことを目の敵にしては、よくも親を殺したなと言わんばかりの顔をする。
「俺らバレーしに来てんねん。仲良しごっこは
ああ、こいつからは好かれなくてもいい。
そう心底思った。
それからは彼が不満を言動に出すたび、わたしは全力で被害者になった。入部して間もない一年に突っかかる二年生の構図は、どう見たって先輩の方が悪いしわたしが被害者になれるのだ。逐一報告して泣きながら相談したりすれば、宮侑に対して「さすがにええ加減にせえや」といったわだかまりがうまれ、不和はどんどん膨れ上がる。
宮侑が孤立するのも時間の問題だった。
「俺のバレー返せや」
ああ、どこまでいっても独善的。バレーボールはチームプレーなのに“俺の”なんだ。自分だけが気持ちよくプレーできたらそれでいいの?
わたしの顔を“キモい”と言った小学生男子と一緒。相手がどんな気持ちになるか考える事もなく、ただ自分の思ったこと言ってスッキリしたいヤツ。建前も無ければ遠慮も気遣いもない無神経な男子。本当に軽蔑する。
宮侑に対する嫌悪感も増していった。
そんなある日、宮侑がマネージャー候補を連れてきた。まあ顔立ちはそこそこで、化粧映えしそうな感じ。わたしの方が何倍も可愛い自信がある。そんな彼女は先輩で、わざわざ二年から始めるらしい。正直わたしを敵視して刺客を送り込んだようにしか思えない。宮侑に巻き込まれましたって顔してるし。かわいそー。
でもわたしならうまく利用できる。わたしの虜になるのはなにも男だけじゃないんだから。
結果、新しく入部した篠原も私の虜になった。わたしがタメ口で話しても仕事を押し付けても、なーんにも文句言わないしいつだって穏やかに接してくれる。効果は
そこで上級生で実力ある部員のドリンクだけ細工をしておいた。ボトルの入ったカゴを預かり、こっそりスポドリを捨てて水を大幅に足す。それを三本ほど作って手渡した。わたしの作ったドリンクの方が美味しかった、そんなマネージャーとしての差別化に成功しわたしはますますチヤホヤされた。
篠原先輩のことは嫌いじゃないんだけど……ごめんね?
しかし、そんな好待遇の日々も長くは続かない。
ある日顧問の先生から今日の部活が休みになることを知らされ、友達と遊びの予定を入れた。親は早めに帰って来るようになったから、あまり遅くまで付き合えないけど、それでも楽しい青春のひとときを謳歌した。
そしてそんな翌日。
みんなが正気に戻ってしまった。
可愛いとか好きとか甘い言葉を捧げるみんなは、あっという間にわたしに見向きもしなくなった。クラスメートや担任の先生は魅了されたままなのに、バレー部の面々だけ。
北先輩と宮侑が謝りに来てたけど、本当に腹立たしいだけだった。宮侑は北先輩に泥を塗らないよう形だけ謝りますって感じがキショい。わたしのことまだ嫌いなクセにな。全部顔に出てんだよ。
わたしの楽園は一ヶ月弱で崩壊してしまった。一つ確かなことがあるとすれば、逆ハーレムは劇薬のような幸せホルモンが分泌されるくらいだろう。つまり、依存性があるということだ。
愛されるって、気持ちいいの。
もう一度みんなにチヤホヤされたい。わたし、宮侑は大嫌いだけど、宮治のことは大好きなの。彼も一目置かれるプレーヤーだし、プロになれば高所得者になる。なにより伴侶がプロのスポーツ選手って肩書きはなかなか味わえない最高の優越感だ。イケメンで身体も引き締まってるし、文句のつけどころがない。次のチャンスで告白しよう。みんなに愛されながら密かに治くんとは蜜月の仲、っていうのもスリルがあって最高のプランだ。
しかし今のバレー部ではまずわたしを受け入れてもらえない。わたしが無理やり虜にしていた人たちは、わたしを避けるようになり目も合わせない有様だ。この状態を解消するには、わたしが虜にした過去を消し去らないといけない。どうして元に戻ったか分からない以上、もう一度虜にするのもリスクが大きい。
なら記憶を消して“初めまして”からリスタートしよう。わたしの顔面偏差値は高いのだから、真っ向勝負でも姫になる素質は十分すぎるほどあるのだ。
三本目の願いを祈って。
「虜にした人からわたしの記憶を消してください」
さあ、ここからやり直そう。
心機一転、バレー部の美女マネージャーの座へもう一度。姿見で私の顔を確認すると、やっぱりいつもの美女がいる。この顔はわたしの自信の源で、どんな時も精神的な支えになっていた。わたしなら大丈夫。そうして見惚れていた。
三本目の指が静かに折れる。
これでしっかり願いは果たされただろう。まあ担任やクラスメートともう一度関係をやり直すのは面倒だけど、まあすぐに修復できるだろう。この美貌なら大丈夫、と鏡で前髪を整えて親の帰りを待った。
高校に入ってから仕事が減ったらしく帰りが早くなったお父さんとお母さん。最近は部活終わりにまっすぐ帰って、家族で少し遅めの食卓につくのが日課だった。といってもお母さんは料理が苦手だからスーパーの惣菜ばかりだけど、あまり気にしなかった。
ちくたく、時計の針は何度回っただろう。テレビを見ながら久しぶりの放課後をのんびり満喫して過ごし、そして夕食の時間になっても両親は顔を見せない。
遅くなるのだろうか、でも連絡も入らないからまだ仕事なんだろう。こういう時は連絡入れといてよ、と不満を漏らす。21時を過ぎた頃になって、ようやく玄関のドアが開いた。
「ただいま──」
お母さんの言葉が詰まる。どうしたんだろう、と様子を伺うように「おかえり」を届ける。
それでもお母さんはわたしの顔を見ては険しい表情を崩さない。わたしが近寄るとお母さんは一歩後ろへ下がる。何かそんなに怖がるものでもあるのだろうか、そうお母さんの視線の先を一瞥するも、やはりいつもと同じ部屋の風景だ。わたしを見て警戒しているのは確実だろう。ケータイを操作した。
「誰!? 人の家に侵入して!警察呼びますよ!」
一一〇番。
ケータイの画面を見せながら、お母さんはわたしに他人の視線を向ける。
どうやらお母さんにとって、わたしは子どもと嘯く他人に成り下がったようだ。
ああ、そうか。合点がいった。
わたしはきっと、無意識にお母さんから愛されたいと思っていた。お父さんの気を引きたいと思っていた。
仕事ばかりの両親に愛情が飢えていたのだ。
「わたしはお母さんの娘だよ」
「何言ってるの!? 私の子はそんな顔してないわ」
「ええ……じゃあどんな顔してんのさ」
ふいにお母さんの視線が一点へ注がれる。まずいと思ったのかすぐにわたしへ睨む態度を取るも、わたしはその一点から目を
それは小学校の卒業旅行。両親と旅行先で撮った一枚の写真が壁に飾られている。
油肌で、ニキビと団子鼻に悩まされるわたしが、朗らかな笑顔を向けていた。