15


パタリと、スケッチブックが閉じられた。
フェレス卿がパチンと指を鳴らすと煙と共にスケッチブックは消えていた。

「おしまい☆」
「え?こ、ここで?」
「『血にまつわる』話は以上ですよ。だぁれもお母様の話までするとは言っていませんよねえ」

思わず、机を叩いて立ち上がり身を乗り出していた。
スケッチブックと共に語られたアミーと私に流れる血…『穢れた血』については、一気に流れ込んできた情報の数々に理解が追いつかないところもあるけれど、知ることはできた。
しかし、わたしが知りたかったのは。

「…お、お母さんは、わたしに…わ、わたしに」

聞きたいことは一つなのに。
言葉が紡げない。
だって、その疑問に肯定を示されたら。

「『穢れた血を受け継がせるためにわたしを産んだのか?』」

フェレス卿が笑いながら、確かめさせるようにゆっくりと。そうして紡いだ言葉は、わたしの疑問、そのものだった。
『例え、自分が死のうとも。その子が死ぬ運命にあろうとも』
スケッチブックと共に語られた物語が蘇る。その話を聞いた瞬間、頭を殴られたようだった。
わたしがいずれ死ぬと分かっていてお母さんはわたしを産んだの?
『ごめんね、チカ』
あの日の最期の謝罪は、いつか死ぬわたしに向けて?

「ヒントを差し上げるならば、ひとつ」

何も言葉が出なくなったわたしに、フェレス卿は浮かべた笑みはそのままに、自身の人差し指を1本上げた。

「お母様は守りたかったようですよ」
「、それはどういう」
「さあ?それは私の口から言う事ではない」
「ッ…!知ってるなら教えてください!この事だけじゃなく、全部!アミーの殺し方だって、お母さんのことだって!わたしは、何も…何も知らない!」

のらりくらりと躱すような返答に苛々が募った。何も知らない自分が悔しかった。悲しかった。
語気を荒げて叫ぶようにフェレス卿に伝えても、フェレス卿の表情は崩れない。それにも腹が立ちそうだった。

「物事には全てタイミングがあります。タイミングを図り間違え、知りすぎると逆に身を滅ぼしますよ」

パチン。再び、フェレス卿が指を鳴らすと、わたしの目の前の卓上に黒い布が現れた。よく見るとそれは片目用の眼帯のようだった。

「この間、私の力でアミーを少しの間眠らせました。最近、調子が良かったでしょう?」

この間、というのは強化合宿の一件のことだろうか。フェレス卿の言う通り確かに、あれからは一度も視界を覆う黒い靄に、アミーには出会っていない。

「アミーは眷属の悪魔でありながら王の意向には見向きもしないような暴れ馬のようなヤツです。何よりアイツの執念は、凄まじい」
「…」
「起きるのも時間の問題でしょう。そこで、ソレ」
「眼帯、ですよね?」
「イェス!ほ〜んの少し、私の魔力を込めた代物です。アミーの力を抑える手助けくらいにはなるでしょう」

眼帯を手に取り、少しだけ光に透かして見る。布の部分は全く光を通さないであろうきちんとした厚い造りになっていて、これを右目にかぶせる、ということを考えるだけでゾッとした。

「なるべく肌身離さず、できれば時間を選ばずつけた方が賢明でしょう」
「う…」
「フフ、貴女、暗闇が苦手なのでしょう?ですが、本当の『闇』とは桁違いなので安心してください」

これには言い返すことができなかった。確かに、アミーが連れてくる『闇』は、電気を消した暗闇、瞼を閉じてできる暗闇、視界を塞がれる暗闇。全部を越える、底無しの『闇』だ。
この間、フェレス卿には助けられたという事実もあって彼の言う通りにすることが賢明だと思えた。「ありがとうございます」と、小さくお礼を述べて眼帯を改めて手の中に収めた。

「それでは、任務は終了、解散ッ!」
「え?!ちょっと!」
「その眼帯はあくまでもほんの手助け。覚えておいてください」

最後に見えたのはフェレス卿の不敵な笑み。そして、最後に聞こえたのは、「最後に貴女を守るのは貴女の心ですよ」。
気づけば、わたしは自分の部屋の前に立っていた。呆然としていると、掌から何かが滑り落ちた。目を向ければ先ほど貰った黒い眼帯で。先程までの『初任務』が、真実なのだと言われたようだった。
床に落ちた眼帯を拾い、ぎゅと握り締めた。

『お母様は守りたかったようですよ』

それは、『穢れた血』を?それとも、わたしを?

浮かんだ疑問に応えるように右目の奥が、ツキリと少しだけ痛んだ。




バキリ。
少女が煙と共に消えると同時に、先程まで少女座っていた椅子がひしゃげた。
冷めた目でその様を見届けたメフィストは溜め息を吐く。
「私の物を破壊するな、アマイモン」
メフィストの視線を投げた先には、メフィストの弟であり、八侯王の一人、地の王 アマイモン。
表情は一切変えぬまま「何であの女を消すんですか兄上」と既にひしゃげた椅子を踏みつけた。
「話は終わった、は殺してもいいの合図では?」
「誰がそんな事を言った。彼女は殺すな」
メフィストがアマイモンに壊された椅子を魔術で片付けながらそう言った。
「あの女からはアミーのクソ野郎の気配がして腹が立ちます。あーやっぱりムカつくな、殺したい」
「ダメだ」
ぴしゃりと言い放たれたメフィストの言葉にアマイモンがヘソを曲げるようにそっぽを向いた。
「今はまだ、な」
メフィストは不敵な笑みを浮かべ、静かにそう言った。



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