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「ちょっと遅くなっちゃったね、流石にみんなもう集まってるかな」

携帯のディスプレイで時計を確認しながら少し後ろを歩く二人に呼びかけた。

「本当に洋服の着方知らない奴が居るなんて」
「ご、ごめんなさい…!」
「もー、何度目よそれ」

もう何度聞いたか、ずっと同じ文句を垂れる神木さんに、それに謝る杜山さん。何度も聞いたそのやり取りに思わず苦笑した。神木さんの少し後ろを歩く杜山さんは、きちんと着替えて正十字学園の制服を見に纏っている。洋服に慣れていないようで歩き方はぎこちない。
校舎の廊下で了承してから一度みんなで寮に戻って、わたしの部屋で杜山さんの着替えを手伝った。『洋服の着方を知らない』なんてそんなアホな。と、正直思っていて、自分の用意もあるし、神木さんたちが自分の部屋に荷物を置いてこちらに来るまでは放っておいたのだ。
『斉藤さん…』
ワイシャツを表裏逆に着て尚、左袖に右腕を入れてベソかいてる杜山さんに声をかけられるまでは。
神木さんと朴さんも来てからは、主に神木さんがガミガミ指示出して、慌てた杜山さんが間違えたまま着そうになると、朴さんが直してあげる、というのを側から見てるだけだったけど。
着替え最中のことを思い出して、小さく噴き出して、肩を揺らしてしまう。

「あー思い出しちゃった、正直面白かったな、スカートのベルトお腹につけだしたり、ネクタイそのまま首に巻こうとしてんの…」
「うう、斉藤さん…!」
「アンタずっと笑ってたわね」
「アハハごめんごめん、でも似合ってるよ!制服!」

振り返って杜山さんにそう言うと「ほ、ほんと?」と嬉しそうにはにかんだ。
正十字学園の制服はシンプルだし、着方も自由度が高い方だと思う。上にベストを着たり、インナーに柄の入ったTシャツを着たり。女子ならソックスをタイツにしたりニーハイにしたり、ネクタイの形を一般的なプレーンノット、かわいくリボン、なんてアレンジもできる。
かく言うわたしはあんまり可愛らしいのが似合わないことを自称するので、ネクタイも普通にするしソックスも普通、ベストを着るくらい。杜山さんは、朴さんの薦めでネクタイをリボンの形にしていた。これからも着ることになるだろうし、プレーンノットのネクタイ結びよりはリボンの方が一人でも簡単では?との的確な理由からだったけど、杜山さんの雰囲気にリボン結びはよく似合っていて正解だと思った。それにしても。

「杜山さんてば、隠れスタイル良い女子だったね」
「か、隠れ…?」
「着物着てたから隠れてたけど、こうなんていうかさ、ボンキュボン…」
「…アンタ、ピンク頭みたいで気持ち悪いわよ」
「??」

神木さんが心底気持ち悪そうにおそらくピンク頭、志摩とわたしを重ねたものだから少しショックを受けた(杜山さんが意味を分からずセクハラにならなかっただけ救いだ)。でも、この杜山さんは志摩は放っておかなさそうだ。

「あの、二人とも」

もう少しでメッフィーランド前というところで少し後ろを歩いていた杜山さんが、わたしと神木さんに並んだ。わたしと神木さん、それぞれ顔を見るとまた嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。

「わたし一人じゃ着れなかったと思うから」
「"絶対"着れなかったでしょ」
「う…で、でも、ありがとう」

そっぽを向く神木さんに、ニコニコと笑う杜山さん。この二人とは今まで全くと言って良いほど絡まなかったし、この手伝いだって短い時間だったけど。
『も、杜山さんそんな着方ある!?お、お腹痛い!』
『えっ、ち、ちがう?』
『このベルトはこっちにするんだよ、杜山さん』
『ちょっとアンタもずっと笑ってないで手伝いなさいよ!』
寮での会話を思い出して、少し痒いような気持ちになった。

物心ついたときにできた友達はわたしの『嘘』で、みんな、離れていった。ああこれはいけないことなんだ、と子供ながらに思った。
それからはお母さん以外の前で『嘘』を言うのはやめた。
変なものが見えても、見えていないと我慢した。けれど、まだ幼いわたしは、怖いものが見えれば怖かった。突然悲鳴をあげるわたし、何もない空間に怯えるわたし。また、友達は離れていった。
それなりに大きくなってから感情のコントロールも、我慢も上手くなった。それでも、無意識にあまり友達は作らない、作っても深く付き合わないようになっていた。
だから、女友達とああいう風に笑い合ったのがなんだか久々だった。塾で友達なんか必要ないなんて言っていたくせに。過去の自分を思い出して少し恥ずかしくなったとき、視線の先に集合してるみんなが見えて隠すように指差した。

「やっぱみんな集まっちゃってるね、走ろう!」

わたしが走り出すと、慌てたように二人も走り出して「すみません!」と杜山さんが声を張り上げた。
奥村の杜山さんの制服姿に驚く声、予想的中、志摩の絶賛する浮ついた声、それを横で聞きながらなんとなく自分も嬉しくなっていた。


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