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「えー、では全員揃ったところで組分けを発表します」

杜山さんの制服お披露目が終わると、奥村先生がファイルに目を通しながら今日の組分けを発表していった。次々と呼ばれるなか、最後に「志摩、斉藤」とわたしの名前も呼ばれた。志摩と一緒か、と思って何となく少しホッとした。フェレス卿お墨付きの眼帯もつけたとは言え、いつまたあのように暴走するか分からない。そんな中、事情を把握していて、助けてもらえたこともある、志摩と組むのは安心した。
まあ志摩相手に安心、は少し癪かも。
我ながら理不尽にそんな事を思いながらチラ、と志摩の方を見ると相手もこちらを見ていて「一緒やね」と嬉しそうに笑われたので、少し恥ずかしくなって慌てて、任務の説明を始めた奥村先生に視線を戻した。

今日の任務は、ここ、メッフィーランドで来園客に悪さをする男の子の霊(ゴースト)の捜索らしい。
霊の類は、幼い頃から嫌というほど見てきた。基本は生前の形を保っていたけど、中には悲惨な事故で亡くなった時の生々しい姿だったり、体のどこかが無いなんてホラー映画さながらの姿の霊も見たことがある。遊園地に現れるような、しかも子供の霊だから、スプラッタな姿では無い事を祈るばかりである。
奥村先生の解散を合図に、各々の組は園内へと向かった。

入園ゲートから園内に一歩足を踏み入れると、今日一日、閉園されている園内は、閑散としていて本来あるでろう賑わいはもちろん感じられないが、目に見えるものが全部ワクワクとした感情を呼び起こさせるようだった。

「立ち止まってどないしたん?」
「あ、ご、ごめん」

ゲートを潜ってすぐのところで足を止めていたわたしの後ろで詰まっていた志摩が不思議そうにこちらを見ていて、慌てて横にズレた。

「実は、遊園地来るの初めてでさ。物珍しくて」
「えっそうなんや」
「あんまり、えーと、家族はこういうところ好きじゃなかったし」

遊園地に憧れが無かったわけでは無いけれど、遊園地に行きたい、なんて我儘を叔母さんには言えなかった。それに、本当に一緒に遊園地に行きたかったのは、叔母さんじゃない。連れて行ってもらえる前に居なくなっちゃったな。そんな事を思いながら少しだけ寂しくも感じた。
建物を見回していると「ウフフ」と気持ち悪い笑いが聞こえてきて志摩に視線を移す。

「せやったらぁ、斉藤さんの初遊園地デート、俺がもらってええんどすぅ?」
「…バカじゃないの」

照れたように志摩がそう言うのに一言吐き捨ててから、ほかの組が向かっていない方向へ進んだ。後ろから「待ってよぉ!」という情けない声が聞こえてちょっと笑った。
すぐ隣に並んで歩き始め…たかと思えば、わたしの少し先を、こちらを向いて後ろ向きに歩き始めた。

「…なに?」
「目、どないしたん?」

自分の右目を指差しながらそう聞く志摩はいつの間にか少し真剣な顔になっていた。

「えーと、うん、まあ。別に」
「……見えへんくなった?」
「…まだ見えてるよ、大丈夫。…こないだの、その、黒いの…。あれのためにつけてるだけ」

右目のことをなんと伝えたら良いか。
『この右目に悪魔がいてね』なんて、例え、事情を少し知っている志摩にも言えるワケがない。そう思ったらなんとも要領得ない答え方になってしまった。
すると、志摩が歩みを止めて突然肩を下げて脱力した。思わずわたしも歩みを止めると「よかったわぁ」と、ホッとした表情の志摩が顔を上げる。

「俺が応急処置したやつの副作用みたいなん出始めたんかと思って、胸バクバクしとったわぁ…!」
「何、副作用って…そんな危険だったの?」
「い、いやぁ実は俺も合っとるんか分からんかったんよね」
「えっ。…助けてもらった身でこんなこと言うのアレだけど生きててよかった…」

確かにあの暴走したとき、志摩の処置であった方法はかなり苦しいものがあったけど、まさか未知の方法だったとは。無意識に眼帯を摩ると、志摩があっけらかんと笑う。

「まあ何も無かったんなら良かったわ。斉藤さん、早くそれ外してキレーな目、見せれるとええね」
「…うん」

笑顔で言われた何でもないような言葉。この男が特に意味なんて持たせてないのも分かっていたけど。その言葉は、わたしを一番喜ばせるんだぞ。なんて、伝えたりはしないけど。
歩き出した志摩にならって、わたしも再び歩き出す。

「せやったら、次なんかあっても何とか出来ますし?この色男を頼ってネ!」
「どこの色男だって?未知の方法なんでしょー…なんかあったら責任取ってよ?」
「えっ」

突然、驚きの声と共にこちらを向いた志摩に、「なに?」と言うと顔を赤くして口を押さえた。

「プロポーズ?」

聞こえた言葉に思考が止まる。
『責任取ってよ?』数秒前に自分が言った言葉。確かにそれは漫画やドラマでも見られる王道セリフの一つでもあるけれども。
言葉を失ったわたしの顔を覗き込んで、志摩はニヤリと笑った。

「何も無くても責任、取ったります?」
「ッ、!」
「イッ!?」

反射的に志摩の脛を目掛け繰り出した渾身の蹴りは、蹴りとは思えぬ鈍い音ともに、志摩をその場に沈めた。唸りながら地面に蹲る志摩を置き去りに歩みを進めた。

「霊、探せ!」

振り向きはしないまま大声でそう伝えれば、呻き声だけ返ってきた。
足早に歩きながら、少し熱を持った頬を押さえた。あんなんに照れてしまうなんて、不覚!一生の不覚!今まで周りにああいう軽口を吐くような人物がいなかったのだ。軟派男のお得意ジョークだと分かっていても…分かっていても、だ。

「て、ていうか、わたしも霊ぜんぜん探してない」

ふと冷静になると、随分と園内の中程まで進んでいることに気がついた。ここまでに霊らしきものは見ていない(はず)。小さな男の子の霊だと言っていたし、子供が好きそうなアトラクションや子供向けスペースを確認して行った方がいいかもしれない。
これが任務ということを思い出して、まだ蹲っているであろう志摩にも提案を投げかけようとした時だった。
遠くから聞こえる破壊音。それと共に、離れたところに見えるメッフィーランドでも人気のジェットコースターの頂上部分から地上に向けて、大きな亀裂が走るのが見えた。

「な、なにあれ」

呆然とそれを見つめた、直後。


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