21


鳴り渡る修業のチャイムに、一斉に教室内が浮き足立った雰囲気が満ちた。そりゃそうだ。「花火大会いつだっけ?」「何日から実家帰るんだよね」「海ってまだクラゲ大丈夫かな」耳に入るクラスメイトの言葉は全てワクワクとするものばかり。
いいなあ。羨ましい気持ちばかりが胸に渦巻いてしまう。だって、どの言葉もわたしには関係ない。
夏休みが、始まった。



「斉藤さん!」

昇降口で靴を履き替えていると声をかけられて後ろを振り向けば見慣れた顔が三人。「あ、寺トリオ」と思わず総称して呼ぶと、「何やねんその呼び方」と先頭を歩いてた勝呂が目を吊り上げた。

「アンタら学校でもいつも一緒なの?」

仲がいいなあとは思ってたけど塾でも一緒だし、学校でも三人揃った姿を見るとさすがにちょっと引く。「年中一緒なのわけあらへんよ」志摩が床に落とした靴に足を入れながらそう言った。

「まあ変な話、自然なんですわ、これ」
「ふーん」
「それより集合場所、一緒に行きましょ」

靴を履いた三人はわたしの返事を聞く前にもう歩き出していたので、断る理由も無かったのでそのあとをついていく。
今日はこの後、祓魔塾の招集で敷地内にある駅に集合ということになっている。夏休みが始まったというのに、初日からこれだ。きっとこの夏休みは今まで以上に遊ぶことは許されないのだろうな、と思う。

「斉藤さんは?実家、顔出したりせんのですか?」

突然、前を歩いていた三輪が振り返ってそんなことを言うものだから何のこと?と思ってしまったが、帰省の話をしているのかと思い至って首を振った。

「ううん。わたしの実家、いつでも帰れる距離だから」
「ご家族の方心配せえへん?」
「…んー、まあ、どうだろ」

してないと思うよ、なんて本音は、何も知らないこの三人には言えない。
わたしの実家、は名前だけで、叔母さんの家だし。お母さんの姉だという叔母さんは、瞳の事も、それ以前に悪魔の類すらも見えていなかった一般人。幼いわたしが、お母さんについて「目が黒くなって」だのと泣き喚くのを宥めながらも、気味悪がっていたのを覚えている。少しだけ一緒にいたお爺ちゃんも、叔母さんも、お母さんの話をすることを避けていた。聞きたいことはたくさんあったけど、聞くことすら躊躇われた。
それでも、この歳まで無碍にされなかったから運が良かっただけで、幼い頃には度々幽霊だのお化けだのと言っていてトラブルを引き起こしていたのだ、やっと正十字学園の寮に送り出せて厄介払いできたと思っていることだろう。だから、滅多なことがない限りは帰省するつもりはない。

「寺トリオはどこかで帰省しないの?」

話を逸らすように逆に聞けば、勝呂がおそらく寺トリオの呼び名に眉をピクリとさせたが「戻らへん」と短く強くそれだけ言った。なんだ?怒ってるような。
不思議に思っていると、志摩が耳打ちするようにすぐ隣に寄ってきて「坊、喧嘩中なんよ」とこっそり教えてくれた。その相手は、京都にいる家族と、なんだろうけど、勝呂もそんな子供っぽい理由があるんだ、と思ったけど、いや勝呂は見た目よりも子供だったな、とすぐに奥村だったり神木さんだったりとしていた口喧嘩の数々を思い返した。
そんなことを思っていると、ちょうど階段下に奥村の後ろ姿が見えて三輪が話しかけていた。そのまま、一緒に合流すると神木さんとも合流して、みんなで駅まで向かうことになった(神木さんはこちらに茶々いれただけでほぼ別行動だったけど。)
だべりながら集合場所である中腹駅に辿り着くと、すでに杜山さんと宝と奥村先生、それからついこの前、ちょうどメッフィーランドでの一事件があってから担当をいくつか受け持つことになった霧隠先生が居た。
駅のそばにある柱に気怠そうに背中を預けるこの霧隠先生との初エンカウントの衝撃たるや。この塾の誰もが忘れないだろう。

メッフィーランドでのあの日、わたしもわたしでえらい経験をしたのだが、志摩と一緒に入り口に戻ると、何人かを除いてはみんな戻ってきていて、遅れて奥村先生と奥村の首を小脇に抱えた綺麗な女の人が現れたのだから。さらに、それが塾でもいつもゲームしてる印象しかなかった山田、だったのだなんて。思わずわたしも声を上げて驚いてしまった。
さらにその数日後。
『この度、ヴァチカン本部から日本支部に移動してきました。霧隠シュラ18歳でーす、はじめましてー』
と言って、その人が教卓の上に座っていた。もうなにがなんだか、という展開の連続であった。
でも、霧隠先生は適当さみたいなものは滲みでてはいるものの、授業はとても分かりやすいし他の先生たちと変わらず、先生だった。

今日から行われる『林間合宿』にも、奥村先生と霧隠先生が引率を担当するようだった。
場所は、学園森林区域。この広い正十字学園の敷地内にある森だ。林間合宿の言葉の響きにちょっとだけ心躍る予感がするけど、そんなものは名ばかりで、奥村先生の「実践訓練」「実践任務に参加できるか」「テスト」の言葉たちに早々に気が重くなるばかりだった。

prev / next

top / suimin