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「ね、ねえ、君らほんとに大丈夫…?わたし、代わるよ?」
「片目見えないヤツに刃物持たせるわけにいかないって言ってるでしょ!ッいった!」
「か、かれー?のお野菜って薬草くらい細かく刻むものかなあ?」
「…いや…あの…」

あっちを見てはハラハラ、こっちを見てはドキドキ、が止まらない。

女子に課せられた魔法円の作画ともう一つ課せられていた仕事、夕餉の支度。メニューはカレーだということで、あまり台所に立ってこなかったわたしでも、小学生の時の家庭科の授業で作ったことがあるし作れるな、と思っていた。用意された素材も見知ったものばかりだし、所詮、林間合宿。特別美味しくなくても食べれるカレーが出てくれば御の字でしょ。
そんな事を思いながら、包丁を握ったが早々にそれは隣に没収された。没収したのは神木さんで、驚いて「なに?」と言えば「片目見えないヤツに刃物持たせたくない」とぶっきらぼうに言われて、あ、と思って眼帯に触れた。
結構馴染み始めてきているし、もう字を書くのも、物の距離感もバッチリとまではいかないけど、違和感なく行えるほどだ。でも確かに、刃物を持つのは言われてみれば不安が勝る。
杜山さんも「そうだよ、切るのは任せて!」なんて胸を張る物だから、有り難くその言葉に甘えることにしたのだ。
けれど。
調理が始まってみれば、神木さんは包丁の扱いが全く手慣れていないし、杜山さんは包丁こそ扱えそうだったけど、カレーの存在自体を知らないようだった。そんな横で霧隠先生は我関せずといった感じで、ゲームに勤しんでいる。
不安のオンパレードとカレー完成の危機に、流石に代打を物申してみたけれど、そこは二人とも頑固で代わってくれる気配もない。どうしたものか、と、さっそく軽く指を切ってしまった神木さんの人差し指に絆創膏を貼っていると、肩を叩かれた。
振り返れば、ハラハラした顔をして治療中の神木さんの手元や杜山さんの包丁を交互に見る奥村だった。

「俺、代わるか?」
「…ええ?」

まさかの提案に驚いた声が出る。願ってもみない提案だけど、この奥村が?の疑念が先に出る。失礼な話、奥村先生の方だったら料理出来そうだけど、こっちの奥村はこの二人と同じ部類な気がした。
わたしの疑念を感じ取ったのか奥村は少し困った顔でに「貸してみ」と、杜山さんが切り刻もうとしていたジャガイモと包丁を受け取ると、スルスルと手慣れた手つきで皮を剥き始めた。

「う、うまい」
「燐すごい!」
「ハハ、だろ?自慢じゃねーけど、料理だけは得意なんだ。これでも毎日雪男の分も飯、俺が作ってんだぜ」

話しながらもその鮮やかな手つきは止まらず、あっという間にジャガイモの皮剥きが終わった。奥村の言葉に偽りはなく、おそらくわたしより包丁の扱いに慣れている。「おまえらサラダと白飯たのむよ」と、わたしたちが眺めているうちにもう3個目のジャガイモの皮剥きを終えようとしていた奥村にそう言われてしまい、わたしたち3人は揃って頷いた。


「いただきまーす!」

そうして奥村が仕上げたカレーは、それはもう。

「うめぇ…!まじか…!」
「これは…正にどこへ嫁がせても恥ずかしくない味や…!」

勝呂と志摩の賛辞が大袈裟などではなく、本当に本当に美味しかった。ただの市販のカレールーと用意された素材だけだったはずなのに、今まで食べてきたどのカレーよりも美味しかった。それを少しだけ悔しいような思いをしながらも、こんなにも美味しいカレーが食べれたことの満足さには勝てない。
気づけばペロリと一杯完食してしまって、飲み物を取るために腰を上げた。少し離れた場所にあったクーラーボックスには、水やお茶、ジュースなどのペットボトルが入っていて、その中の一つに手を伸ばした。

「!ごめん、」
「おっと、こちらこそぉ」
「なんだ、志摩か」

伸ばした手が、死角になっている右から伸びてきた他の人の手とぶつかってしまい、慌てて手を引っ込めた。思わず謝れば、返ってきたのはフワフワした志摩の返事で居住まいを元に戻せば、「何やのその言い方ぁ!」と騒ぐので、無視してペットボトルを取ろうとすると先にそのペットボトルが取られた。

「はい、これでよかった?」
「…ん、ありがとう」
「いーえ」

志摩が渡してきたのは取ろうとしていたペットボトルで、素直にそれを受け取った。気を遣ってくれたのだろうか。「僕はこれにしよ」と、何でもない風に自分の分を取る志摩にちょっとだけむず痒い気持ちだ。
何というか、眼帯をつけ始めたあの日から、ちょっとだけ志摩がわたしの瞳に対して、気を遣うようになった気がする。あの日もそうだったし、今のだって。
些細なことだけど、わたしの瞳のことを知ってるから?そうじゃなくても、こんな事、志摩にとっては、誰が相手でも普通のことなのだろうか。

「どうかしたん?」
「…そんな気遣わなくても、いいよ?あの、ほら、最近、平気だし」

周りに志摩以外が居ないことを確認しながらも、言葉を濁してそう言えば、志摩はそれでも合点がいったようで「なに言うてんの」と笑った。

「それは関係あらへんよ。女の子が困ってそうなら手貸すんは、当たり前やない?」
「…そ、そうですか」
「…あれェ?斉藤さん、照れてはる?」
「照れてない!」

思わず、貰ったばかりのペットボトルで志摩の頭を遠慮なく殴ってしまった。
「何で!?」という志摩の悲鳴のあと、飲み物を取りに来た勝呂に「おまえら仲ええな」と言われて、再び意味もなく志摩の頭を殴るのまでは、そう遠くなかった。

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