04



「あ!斉藤さんや!もう大丈夫なんやね!」
「あー、うん。平気」

塾の教室に入るなり、気づいた三輪に声をかけられて、笑って手を振って応えた。


あの体育の授業から3日。ぶっ倒れたわたしはその2日後に目が覚めた。
起きたら、白い壁が見えて腕には点滴。起きたわたしにちょうど入ってきた看護婦さんが驚いていた。倒れたのは、原因不明だという。なんだそれ。と、思いつつも意識を失う寸前の記憶はあって、なんとなく理由は分かっていたから「実は最近、ちょっと疲れてた」とだけ言って笑っておいた。目が覚めてから不調はなかったけど、一応1日は安静に、と言われたので、3日目、学校にも塾にも出てきた。

「よかったわ」と笑う三輪に曖昧に笑っておいて、いつも座ってる自分の席に向かったが、ふと、思い出して足を止めた。一応、言っておかないと。意を決して、踵を返し三輪たちの席、志摩の元に向かった。志摩の机の前に立つわたしに、隣に座っていた三輪たちも、隣の列に座っていた奥村たちも、当の志摩も、みんな驚いていて少々というかかなり居心地が悪い。

「あー、あのさ…一応。ありがとうございました」
「へ。斉藤さんが感謝しよる…やのうて、何が!?」
「……運んでくれたって聞いた、アンタが」

知らないような素振りをされたうえに失礼な物言いまでされて、ぶっきらぼうに答えれば志摩は「ああ!」と合点がいったように手を打った。
あの日、倒れたらしいわたしを志摩が医務室まで運んだのだという。目が覚めてから少し経ったあと、奥村先生が病室までやってきてそう言われた。顔から火が出るくらい恥ずかしい思いをしたのを覚えている。
嫌いなやつに変わりはないけど、助けてもらってお礼を言わないほど人間を捨ててはいない。

「ええねん、そんなぁ!斉藤さんの柔らかさを知れただけで儲けもんやったしぃ」
「!」
「ええ触り心地やったわぁ〜」
「百回殺す…!」

胸の前で下品にワキワキと指を動かした志摩に、思わずその襟元を掴み上げた。これだからこの男は!「わー!斉藤さん堪忍!」と、三輪に仲裁されてハッとなって手を離した。

「なんやの子猫さん〜!俺らの邪魔せんといて〜!」
「………斉藤さん、志摩さん往生させたってええよ」

志摩ふざけた返しを聞いた三輪が冷たい声でそう言ってきて、志摩も慌てて「ちょ、冗談ですやん」と返していた。そのコントみたいなやり取りが面白くてちょっと笑った。
そうこうしてると本鈴が鳴ってしまって、それと同時に先生も入ってきた。いつもの席に戻ろうと足を踏み出したが、その足はすぐたたらを踏んだ。振り向くと志摩がニコニコと笑っていて、その手はわたしのセーターの裾を掴んでいる。

「こっち座ったらええやん」
「は?」
「こらそこ!早く席に着くザマス!」
「へーい!すんませーん!」
「す、すいません」

なすがまま、なされるがまま。先生に怒られて、志摩の後ろの席に座れば振り向いた志摩が「ご近所さんやね」と語尾にハートでもつけそうなテンションで言ってきたのがイラッとして、志摩の席を足で思い切り蹴り上げた。ビクリと志摩が小さく飛び上がったのを見て、少しだけ気分が晴れた。




疲れた。なんかすごく疲れた。
全授業がおわって塾の廊下を歩きながらホッと息をついた。あれから結局、休み時間の度に、志摩が話しかけてくるわ、奥村も集まってくるわ、で、それに対応していたら全ての授業を志摩の後ろの席で受けることになっていた。

はじめて、塾の人たちとあんなに喋ったな。
『じゃあな!斉藤!』
『ほなね、斉藤さん』
『また明日』

いつも一人の帰り道、疲れているのは一緒だけど、今日はいつもの疲れとはちょっとだけ違った気がした。



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