06 昔話



その女には、夢があった。
その夢は女性なら誰でも一度は思うような、ごく普通の夢だった。

女は、母になりたかった。

ただ、漠然と。自分の子供を腕に抱いてみたいと夢見た。
だが、そのごく普通の夢が女にはかなえられなかった。夢見ることが許されなかった。
この穢れた血をもうこれ以上、遺さない。遺してはいけないから。女は、子供を作ることを諦めた。

しかし。
女は、子を孕んだ。

どうしても、望んでしまった。捨て切れなかったのだ。仕方のないことだった。欲望に抗えない血筋を女は受け継いでいたのだから。
血を恨んだ。抗えなかった自分を憎んだ。
それでも、女は自分の子を腕に抱き、これまでにない幸福を得た。その幸福は小さくて、脆くて。女はその幸福を、絶対に護りぬくと決めた。

たとえ、自分の命に代えてでも。



『モウ半分ダ、マダ抗ウカ?』
『オマエト、オレト、ドチラガ先ダロウナ』
『喰ッテヤルゾ、オマエモ、オマエノ子モ』
『クワセロ』

『トモエ』


女は、負けた。


「おかあさん」

女の瞳はもう光を映していなかった。もうその殆どが黒に染まる視界は、涙に濡れる翡翠の瞳だけを捉えていた。女は、その翡翠に手を伸ばした。

「お母さんもあなたの眼が大好きよ、お母さんと、お揃いだものね」

ああ、これが罰か。
女には、もう、子が見えなくなっていた。ただ、翡翠の瞳だけが黒い視界のなか、見えていた。

O Lord,correct me,with judgent

女は、子にある言葉を伝えた。
そして。

「ごめんね、だいすきよ、

チカ」


穢れた血が、受け継がれた。


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