08



「な、なんで俺らまで…」

誰が呟いたか、その言葉に何万回でも同意したかった。膝の上でこれでもかというほど重さによって、存在を主張してくる囀石に眉根が寄る。

「連帯責任ってやつです」

いつの時代も先生が大好きな言葉だな、と奥村先生が呆れながら言った言葉に心の中で悪態を吐いた。

先日の女子風呂悲鳴の一件、詳細は聞いてはいないが、なかなか大事であったようで、朴さんが負傷をした上に塾を辞めることにまでなったそうだ。それが原因かは定かではないが、神木さんも珍しく今日のどの授業も上の空、といった感じで、それを引き金に勝呂とバトって、完璧に傍観、静観を決め込んでいたというのに連帯責任とやらでこの始末だ。全く納得ならない。

「僕が戻るまで3時間。みんなで仲良く頭を冷やしてください」

奥村先生、ほんといい性格してる。
みんなが奥村先生への不満なり恐れなりを口々にするなか、早速、神木と勝呂の言い合いがまた始まって、わたしは思い切りため息を吐いた。ああもうなんか足痺れてきた気がする。言い合ってる内容は、先ほどの延長でしかしもう互いに気に入らないところを言い合っているだけのようでもう止める気にもならない。もはや感覚のなくなってきた足をモゾモゾと動かしていると途端、視界が真っ暗になった。

「う、」

ちょっとよく見れば電気が消えた、なんてすぐわかったけど、心臓は早鐘を打ち始める。昔からだ。この右目のせいで、暗い視界、というのが何より苦手だった。右目を覆う黒い靄とは全然違うけど、目を閉じても、なにをしても、その靄がかかったような感覚がしてしまう。 周りがザワつくなか、わたしは震え始める腕をギュッと掴んで、唇を噛み締めた。大丈夫、大丈夫。アレではない。自分に言い聞かせていると、肩を叩かれて大げさなほど体が跳ねた。振り返れば、仄かな青白い明かりが顔を照らして、その向こうで驚いた顔をした志摩がいた。

「大丈夫?斉藤さん」
「…うん、平気」
「…顔色悪いですえ、暗いの苦手なん?」
「…ちょっと得意じゃないだけ」
「それを苦手言うんよ、こっち居とき」

顔を照らした明かりは志摩の携帯のディスプレイの明かりだったみたいで、うっすらとその明かりに照らされた志摩が苦笑いを浮かべて、みんながいる方を指差した。そっちではみんなが各々携帯を持っていた人が同じようにディスプレイを光源にしていて、うっかり持ってくるのを忘れたわたしはおとなしくそちらに寄った。仄かだけど見える明かりにホッと息を吐いた。志摩はというと、「こういうハプニング、ワクワクする性質なんよ」なんて暗闇の中を歩いている。初めて志摩を尊敬できそうだった。

「リアル肝試し…」

そう言って志摩が開けた扉の先、みんなの明かりと志摩が持っていた明かりのおかげで、わたしもハッキリと見えた。見えてしまった。扉は志摩によってすぐに閉じられたが、おそらく見えたのはこの部屋の全員だ。

「なんやろ、目ェ悪なったかな」
「現実や、現実!」

勝呂のツッコミと共に、吹き飛んだ扉。一緒に飛ばされた志摩と扉の破片がこちらまで飛んできた。それと共に、先ほど扉の先に見えた異形の怪物も。あれは先日、手騎士の授業で見た、屍だ。神木が驚いたように「昨日の屍…!」と言っていて、昨日の女子風呂悲鳴事件でもコイツが現れたのを察した。
途端。ブクブクと屍の一部が膨れ始め、パン!と大きな音を立てて破裂した。破裂した箇所からビジャビシャと、体液が撒き散らされて、割と近い場所にいたわたしはモロにそれを被った。さらなる被害が広がる前に、杜山さんの使い魔が防御壁に似たものを出してくれて、一時的に屍の動きを止めれたようだ。しかし、撒き散らされた体液を被った者たちが口々に痛みや熱を訴えだしたのだ。

「あ、あんたたち、平気なの…!?」

神木さんにそう言われて周りを見れば、奥村とわたしだけが平然と立っていて奥村と目を見合わせる。奥村も、もちろんわたしもモロに体液を被っていたが、なんの痛みも熱もなくて、奥村も同じようだった。
しかし、不思議な現象を解明する間も無く、杜山さんが作ったバリケードの奥でそれを破る音と屍の唸る声がひっきりなしで聞こえてきて、窮地に立たされていることを知る。わたしも、召喚するか?、と、ポケットに入れておいた召喚陣の描かれた紙を握った。マンティコア、もといワンちゃんしかわたしは出せないし、果たしてあの子が戦力になるかも、わたしが本当に扱えるのかも謎ではあるけれど。
悩んでいると、奥村が一人でバリケードを掻い潜り、囮として屍を一匹連れていった。どちらにせよ、一匹はこちらに残ってしまい、勝呂たちが応戦を決め、わたしも、ならば一か八か、とポケットから紙を出したときだった。



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