08
目の前にある五本の巻物。
そのうち三本は地面に広げられていて、それぞれ紙面には今まで何度も見てきた文字の羅列が連なっている。
一度、瞬きをして息を吐きだす。
「…やるか」
気合いを入れ直して、紙面に書かれた『壱』の字に指を置く。
ボンと白煙を上げながらそこに現れたのは、黒い巨大な鬼。
巨大なそれは泣く子も黙る恐ろしい鬼の面をつけていて、鈍く光る黄色の瞳がわたしを見下ろしていた。
自分の五本の指からは、チャクラの糸が真っ直ぐその鬼に向かって伸びている。
くい、と人差し指を動かせば、鬼はわたしと反対の方向を向いてホッとする。
「自分のだっていうのに顔に慣れない…」
あまりの情けなさに、ため息が漏れ出た。
今日は十班での任務が早く終わり時間が出来たため、その時間を修行に充てていた。
というのも、先日行われた下忍認定試験だ。
合格はしたものの、自分のできた事を思い起こすと何も出来ていなかったと思ったのだ。
山中さんたちは、すごいと褒めてくれたけど。
そう思いながら、次は中指を動かすと向こうを向いた鬼の右手が挙がって、少しだけ間抜けな姿になった。
でもあの日、わたしはこうして、指を動かしているだけに過ぎなかった。
傀儡を動かすことしかできていない。
もっと、もっとすごいことができる子たちなのに。
この傀儡人形たちは、
『アカザには、母さんの特別をあげる』
お母さんの宝物だったのだから。
「ほー、改めて見ても立派な傀儡だな」
突然、背後から聞こえた声に体を飛び上がらせた。
同時に、指から伸びたチャクラの糸がぷちり、と切れて黒い巨体はその場に崩れ落ちた。
後ろを振り向くと、地に伏せた傀儡を見て「お、おお、」と驚いた顔をしたアスマ先生が居た。
「驚かせたか?」
「そ、そりゃ、もう」
「そりゃ悪かった。いやちょっと近くを通りかかったんだが、ソレが見えてな」
そう言いながら先生は傀儡を指差した。
確かに通りから遠い場所を選んだけど、人通りが少ない道だし、ここにも人の気配は無かったから、物陰でやるということはしていなかった。
見かけたのが先生だったから良かったけど、見たことない人がこれ見たら怖がらせていたかもしれないとちょっと反省した。
「なあ、傀儡人形、ちゃんと見せてくれないか?」
「…な、何もできないですよ」
「構わないよ、見たいだけだ」
先生が笑ってそう言うので、もう一度チャクラの糸を繋いで傀儡を立ち上がらせて、今度はこちらを向かせた。
「第一傀儡と言ったか?」
「…はい、『夜叉鬼』って言います」
「アカザが作ったんじゃないって言ってたな。他の傀儡も?誰かから貰ったのか?」
「……お母さんです」
わたしが持つ傀儡は全部、お母さんが、死んだときに貰ったものだ。
お母さんは傀儡を作る職人で、この『夜叉鬼』のような傀儡人形をいくつも作っていた。
お母さんが作った傀儡人形の中でもわたしが貰ったのは、5体。
この『夜叉鬼』も、この前の認定試験で使った『閻魔』もそのうちの2体で、どれもお母さんが『特別』と言ってくれたものだ。
アスマ先生にそう伝えると、アスマ先生は少し考え込むとこちらに向き直った。
「…アカザの母ちゃんは、セキウさんか?」
「えっ」
驚いた。
アスマ先生の言った名前はお母さんのものだったからだ。
声が出ないまま、コクコクとうなずくと先生は笑った。
「そうか!いや、苗字が違ったから気づかなかった。セキウさんの娘ならそりゃあ傀儡の扱いが上手いはずだ」
「お、お母さんを、知ってるんですか!?」
「ああ。親しい間柄じゃあなかったけどな。優秀な傀儡使いで、木の葉が誇るくノ一だったよ」
家族も、お母さんでさえも、教えてくれなかった。
初めて聞いた、お母さんが忍だったということ。
自分が今、お母さんと同じ道を歩んでいる、傀儡がわたしとお母さんをつなげてくれた。
そのことがとても嬉しく思えた。
「…お母さん、わたしがアカデミーに入る前に死んじゃって。その前にちょっとだけ、傀儡の使い方教えてもらったんです」
「…そうか」
「お母さんは、自分は忍術ちょっと使えるだけなんだって言っていて、忍だったって知りませんでした。…わ、わたしもお母さんみたいに立派な傀儡使い、なりたいです」
いつも後ろ向きのわたしだけど、少しだけ、前を向きたい。
笑ってアスマ先生に言えば、先生も「なれるさ」と笑ってくれた。
それに安心した途端、ガシャリと傀儡が再び地に伏せた。
気が抜けてチャクラの糸が切れてしまったのだ。
「まずは、修行から頑張るか?」
「…はい」
苦笑したアスマ先生に、わたしも苦笑して頷いた。
まだまだ、道は遠そうだ。
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