「今日の見張り番を代わってくれ?」

「ああ、頼む!一生のお願い!」
前の島から、およそ二週間ぶりの島についたお昼時だった。
そう言って頼み込んできた船員にわたしは少し悩んだあと、了承した。
わたしも街には行きたかったが、今すぐにって訳でもなかったし、その代わりに別の日の見張り番を代わってくれるというから別にいいかな、と。
了承を聞くとそいつは大げさなほど喜んで、嬉々として陸にいる買い出し組の元へ駆けていった。
その先を見て、ああ納得。
先ほどまでわたしにペコペコしていたあいつは、アイリスの隣で嬉しそうに笑っていた。
「わたしは都合良く使われたわけね」
などと性格悪く呟いてもみる。
少しそこから視線をズラすと、アイリスのすぐそばには船長の姿もあって。
胸が少し痛んだ。
「あれ?リナリア?」
後ろから声をかけられて、振り向くと不思議そうにこちらを見たペンギンがいた。
「何でここにいる」
「見張り番代わってって頼まれたから引き受けたの」
「ああ、それで、ってよかったのか」
ペンギンから渡された望遠鏡を受け取りながら、わたしは苦笑した。
「いいの。特に街に用があることもないし、わたしが見張り番の日代わってくれるって約束だから。それに、彼は青い春を感じてるみたいだからね」
ハハハ、と笑いながら言えば、ペンギンは首を傾げていた。
それに笑って、「わたし後ろの方見てるね」と後ろの甲板を指差すと、ペンギンは何か言いたそうにわたしを見ていた。
「なあに?」
「なんか、おまえ…変わったか?」
その言葉に喉が引き攣る。
ああついに、変わったかなんて言われてしまった。
そうだなあ、わたしは、
「変わってないよ」
そう笑った。
前からずっと、みにくいままだったよ。

ペンギンはまだ何か言いたそうだったけど、わたしはそれを見て見ぬ振りをして甲板の後ろに向かった。
この島は治安もそんなに悪くないと言われてるし、そんな仕事もないかなあ、なんて思った矢先だった。
チュンッ、と耳元を高い音が通り過ぎた。
火薬の匂いに撃たれたのだと気づき、太もものホルスターに入れていた愛銃を引き抜いた。
チリチリと頬が痛んだ。
「ペンギン!」
大声でペンギンを呼ぶが、前甲板から刀のぶつかり合う金属音が聞こえた。
あっちも交戦中のようだ。
あまり戦いは得意な方ではないのだけれど、これでもわたしはこの船の狙撃手の一人だ。
ガサリと動いた草陰に二発撃ちこむと「ギャ!」という情けない声が聞こえた。
どうやら当たったようだ。
周りを見渡すが狙われているような気配はもうしない。
ホルスターに銃を戻して、前甲板に向かうとペンギンの下に人間が転がっていて、仕留めたのだとわかった。
「ペンギン」
「助けに行けなくて悪い」
「ああ、大丈夫よ。向こうも銃使いで仕留めたし…見ない顔だね、賞金稼ぎかな?」
白目を向いて転がっている男の顔を見てそう言えばペンギンは「おそらくな」と答えた。
「他に海賊団がこの島に来ているという情報はまだないし、この弱さだとただのゴロツキっていう線も、っておまえ!」
「びっくりした!なに!」
「頬、血でてるぞ」
ペンギンがわたしの右頬を指差して眉根を寄せていた。
?、と思ったがそういえばかすったな、なんて思い出して袖口でそこをこすった。
「あー、最初の一発、逃げ切れなくてかすったの。なさけない」
「おまえはまたそうやって雑に扱って…ほら血止まってない」
「えー、大丈夫だよ、そのうち止まるって」
またそうやってグイグイ袖口を拭っていたらペンギンにいよいよ頭をはたかれた。


その後、夕日が沈んだ頃、買い出し組が戻ってきた。
結局、船が襲撃されたのはあの時だけでそのあとは特に何も無かった。
しかし。
「…うわ。また、流れてきてる」
頬を何か伝った気がして触ってみるとぬるりと指に何かがついた。
それはわたしの血で。
襲撃を受けたときにかすった傷の血がまだ止まらないのだ。
痛くはないのだが、気分がなんとなく悪い。
わたしってこんなに治り遅かったかなあ、と思いつつまた袖口で拭おうとして、うげ、と眉を顰めた。
何度も拭っていたせいで、袖口が真っ赤に染まってしまっていた。
絆創膏取ってくればよかったのだが、自分は見張り番だし、一度襲撃を受けた手前、少しでも目を離せないと諦めていたのだ。
甲板を見渡すとみんなが船に積荷を乗せていて、もう仕事を終えて早速酒瓶を煽っている船員もいた。
人も多いし、大丈夫かな。
そう思って流れた血はそのままに船室に入ろうとすると、「うわ!」と驚いた声に振り向いた。
「リナリア、それどーしたの!?」
そこには船員の一人(あれ、一匹?)白熊のベポが居てアワアワとこちらを見ていた。
その隣には、ペンギンと船長と、アイリスも居て。
悪かった気分がさらに落ちた。
「昼頃に襲撃受けて、かわせなかったの」
「昼頃!?まだ止まらないの?そんなに深いの?」
「いや、かすっただけ。なんだけど、わたしも歳かな?治り遅くなってるみたい」
苦笑しながらそう言えばペンギンの目線が袖口に向いていて、咄嗟にそれを隠す。
「おまえ、まだ…」
「だ、だってしょうがないじゃん!わたし見張り番だし、中入れなかったんだもん!」
今なら大丈夫でしょ?、と船室を指差すと、納得してないみたいだったがペンギンは「早く行け」と言った。
それにまた苦笑して船室に向かおうとすると「オイ」とまた声がかけられた。
その声にドクリと心臓がなる。
振り向くと、船長が眉間にシワを寄せてこちらを見ていて気分がまた落ち込んだ。
「あ、えっと、ごめんなさい、攻撃なんか受けちゃって…ちょっと油断してて」
「そうじゃねえ」
「え?」
「痛くはねえのか」
「え?あ、ああ、別に痛くないです」
「気分は」
「…別に普通です」
チラリと船長の後ろからこちらを心配そうに見ているアイリスを見て、本当は気分悪いけど嘘をついた。
この子がいるから気分が悪いんです、なんて言えないからだ。
そうすると船長がまた眉間にシワを寄せた。
「俺を誰だと思ってんだ。来い」
「えっ!ちょ」
びっくりして心臓止まるかと思った。
船長がわたしの腕を掴んで、そのまま歩き出したのだ。

船長に引かれるまま歩いていくと、向かった先は船長の部屋で、入る手前で足を踏ん張った。
いきなり止まったわたしを訝しげな顔で船長が振り返る。
「何だ」
「な、なな何だじゃないですよ…!なんで船長のお部屋に入るんですか!?」
普段、船長の部屋には一般船員は入ってはいけないことになっているのだ。
わたしはその一般船員だし、理由が分からず船長を見上げた。
「治療すんだろーが」
「は?」
一瞬、ほうけたうちにそのまま部屋に入れられてしまい、そのまま椅子に座らされてしまう。
「治療?え?これを?」
まだ血が流れている頬の傷を指差せば「それ以外に何がある」と医療用具を持ってきた船長に言われてしまった。
「こんなの…わたしだって絆創膏持ってますし、自分でやりますよ」
「流血促進剤」
「…はい?」
ガーゼになにかの塗り薬を塗った船長がぽつりと呟いた。
そのままガーゼをわたしの頬に当てた。
ピリと痛みが走って、眉を寄せる。
「我慢しろ。おそらくお前が受けた銃弾にその類の薬が塗られてた可能性がある。流血促進の類の薬は傷から血液に入り込み、きちんとした相殺する薬を飲まなきゃ血は一生とまらねえ」
「まじですか」
「現に、おまえ貧血状態に陥ってる。顔色がさっきから悪い」
確かに気分は悪かったけど貧血のせいだとは思わずに素直に驚いた。
船長は、医療セットの中から瓶を取り出し、それをコップの半分ほどいれるとこちらに渡してきた。
とぷん、と揺れたコップの中身はお世辞にもおいしそうではなく。
「相殺する薬だ、さらに血液も補完できるようになってる。飲め」
船長が言うならもっともだとは思うけど。
気乗りなんてしなかったが、意を決してコップを一気に仰ぐと喉がカッと熱くなって、声にならない叫びをあげた。
「我慢しろ」
船長はまたそう言うと、机の上を片付け始めていた。
「珍しいな」
ボソリと呟かれた言葉に涙目になりながら船長を見れば船長はこちらを見ていて、バチリと目が合ってしまう。
「おまえが怪我するのは」
そう言われて、確かに自分は狙撃手だから怪我をしたことはあまりないけど、と思って「ああ」と返事をした。
「考え事、してて」
苦笑しながらそう言った。
ペンギンに変わった、なんて言われて少し考えてしまったのは確かだ。
それに引っ張られるように、彼女、アイリスのこともポンポン頭を占めていたのも確かだ。
それに、あなたのこともね。
と、心の中で呟いて船長を見た。
そんなことには気づくはずもなく、船長は口を開いた。
「なんか、おまえ」
「さてと!船長ありがとうございました!わたし見張り番なので失礼しますね」
口早にそう言って、頭を下げてから船長の部屋を出た。

「船長まで、やめてよ」
船長の部屋から出て、少し歩いたところでわたしは俯いた。
『なんか、おまえ』
そう言った船長の言葉。
その先に続くのはペンギンと同じあの言葉なのではないか。
「あなたにも、変わったなんて言われたら、わたしはどうしたらいいの」

その言葉は暗い廊下にさみしく響いた。

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