流石にやりすぎたと、わたしも思ってる。

「おーい、大丈夫かー」
大丈夫か、なんて聞いておきながら全然心配してないシャチの声がすぐ隣から聞こえる。
あーやめて、耳元で叫ばないで。
頭がガンガン揺れた。
「…大丈夫だと思う?」
「いや?」
じゃあなんで聞いたの。
楽しそうにケラケラと笑いながら離れていったシャチにわたしはあからさまに舌打ちを送っておいた。
「おまえ、本当に大丈夫か?」
今までシャチが居たところに別の人が座った。
ああ、ちゃんとわたしのこと心配してくれるのはきみだけ。
眉根を寄せながらわたしを覗き込んできたのはペンギンだった。
「だめかも」
喉のところで吐き気がずっとぐるぐるとしている。
苦笑してペンギンに言えば「アホか」とかえってきた。
まあ、ごもっとも。
「おまえいつもはあんまり飲まないのに、どうしたこんな飲んで…」
ペンギンが机の上に転がっている空いたグラスを一箇所にまとめながら言った。
ボケーッとその様子を眺める。
確かに飲みすぎた。
けど、わたしが飲みすぎたのも、わたしが気持ち悪いのも(これは自分のせいか)どれもこれも全部。

「やだ、もー!ローったら!」
少し離れた席から上がった声にピクリと反応する。
そして見ちゃいけないと今日何度も学んだというのに、そちらに目を向けた。
楽しそうに笑いながら船長の横に座るアイリス。
グラスを傾けながら、アイリスと笑っている船長。
この二人のせいだ、何もかも全部。
なんて、あの二人は悪いことなんか何もしちゃいませんけどね。

今日は、ハートの海賊団で店をひとつ貸し切って夜通しの宴をしていた。
正直、参加する気はなかった。
もちろんアイリスがいるからだ。
わたしはお酒はすきだし、みんなと飲むのだって好き。
だからこそ、気が滅入ったまま飲みたくなかった。
何より、そういうお酒は次の日が最悪だ。
そう思って船で留守番をしようと思っていたのだが、ここ数日を少し思い返してみたのだ。
確かに、ドン底な場面にもたくさん遭遇したが、ベポやペンギン、一応シャチも、わたしを気にかけてくれていた。
他の船員も気づいてくれる人は気づいていて、心配をかけていたようで。
だから、少しがんばってみようと思ったのだ。
当分あの子は好きになれそうにないし、心だっていたいけど。
まだわたしを見てくれる人がいるのだ。
ならば、ずっと塞ぎ込んでてもいけない。
自分から動いてみないと、そしたらいつか心もいたくならないのかもしれない。
あの子のことも、好きになれる…はず。
そう思って出てきてはみたものの。

「やっぱむりかも」
ペンギンが片付けてくれたテーブルに突っ伏した。
頬にテーブルの冷たさが心地よくて、気分がすこし良くなった。
いきなり突っ伏したわたしにペンギンは慌てていて、わたしは手だけで大丈夫、と親指をつきだしてみた。
まあ全然大丈夫なんかじゃありませんけど。
自分から動いてみないと。
そう思ったけど、実際きちんと目の前にしてみると到底無理な話だった。
きっとこれが何か物語のヒロインなら、がんばって、がんばって、いつか彼を振り向かせちゃうんだろう。
わたしには、無理だった。
だって、あの子たちの声を聞いているだけでこんなにも辛い。
わたしはヒロインにはなれないのだ。
「ごめん、ペンギン」
「何がだ」
「なんとなく」
「お前に世話を焼くのはいつものことだ」
「ふふ、ありがとう」
「…辛いなら船に帰るか?」
「うーん、別にここで休んでれば…」
「そうじゃない。ここに『いるのが』辛いなら、だ」
聞こえた言葉に顔をあげた。
心配そうなペンギンと目が合って、そうするとペンギンは困ったように笑った。
「勝手な憶測だが。最近のおまえは何かを避けているようだった。それから、よく辛そうな顔をするようになった」
ぽつり、ぽつりと話しながらペンギンはまた机の上を片付け始めた。
「そうゆう時、おまえの目線の先にはいつも彼らがいるんだ。そして、おまえがいつからそうなったかと考えてみて、なんとなく予想はついた」
モテる男の気苦労は知らないがな、と苦笑しながら続けられた言葉にわたしは、大きくため息をついて顔を俯かせた。
本当に、ペンギンってすごい。
きっと全て分かってはいないのだろうけど、そこまで見抜かれていたら満点だ。
「ペンギンってエスパーか何かなの?」
「んなわけあるか」
「わたしペンギンにだけは頭あがらないや」
俯いたまま、笑って言えばぽんと頭に何かが乗っけられた。
あったかくて、大きい、ペンギンの手のひらだ。
「俺は、」
途中で止まった言葉に顔を上げてペンギンを見上げると、ペンギンは困ったような、でも、泣いてしまいそうな、よくわからない表情をしていた。
「ペンギン?」
わたしが呼びかけると、さっきの表情はすぐに消えて、ぐしゃぐしゃとわたしの頭を撫でた。
「まあ相手は強敵だが、諦めるなよ。おまえの方があの人とは長いんだから」
その言葉に思わず空笑い。
ペンギンが言う、あの人とは長いはずのわたしは、まだ二週間とちょっとの相手に軽々抜かされているんですけどね。
「それに、お前の方がかわいいと俺は、思う」
ペンギンが明後日の方向を見ながら、ものすごく小さな声でそう言ったのがちゃんと聞こえた。
思わず笑みがこぼれる。
本当にペンギンには頭が上がらない。
「お世辞でもありがとうね」
そう言いながら立ち上がる。
一瞬、頭が揺れて両足で踏ん張ると、ペンギンが慌てたように手を貸してくれた。
「オイ…!」
「の、飲みすぎた」
まさか満足に立てなくなるほどとは。
ペンギンの腕に捕まりながら、グラグラ揺れる頭をどうにか静めようとがんばる。
「やっぱり船に帰ろう、俺も一緒に行くから」
ペンギンがわたしの腕を自分の肩に回してくれた。
「でも、せっかくのお酒の席だしペンギンはここに居なよ。大丈夫、一人で帰れるよ」
「どの口が言ってんだ」
「だ、大丈夫だって!一人で、う、わ!?」
突然、ペンギンの肩に回していた腕とは逆の腕が引っ張られて、よろけながらそのまま何かにぶつかる。
顔を上げて、固まった。
「俺が連れて帰る」
見上げた先には、さっきまであの子と笑い合っていた船長が居て。
下から見上げたその表情は、無表情で何を考えているか全く分からない。
思わずペンギンの方を見ると彼も驚いた顔をしていたが、一度口を真一文字に引き結ぶと、笑って「お願いします」とわたしの腕を離した。
そうすると、グイとまた腕が引かれ、状況がイマイチ飲み込めてないまま歩き出して船長と店を出た。

「あの、ごめんなさい」
店からしばらく歩いたとき、わたしは謝った。
船長がどうしてわたしを送ってくれるのかなんて分からなかったけど、迷惑をかけてるのには変わりなかった。
前を歩く船長はわたしの言葉にチラリと一瞬目線を向けると、また前を向いて「別に」とだけ言った。
そして、また沈黙。
正直、空気が重い。
でも、船長がどんな理由であれ、あの子ではなくわたしを気にかけてくれたことは素直に嬉しかった。
気まぐれでもいい、今、船長はわたしと居る。
「珍しいな」
前を向いたまま船長がそう言ってきてわたしは何のことか分からず、聞き返した。
「何がです?」
「おまえがこんなになるまで飲むのがだ。いつもは控えるだろ」
いつも、って知ってくれていたんだ。
その言葉にまた胸が熱くなる。
でも、そんなになるまで飲むのはあなたの所為なんですよ。
「ちょっと、色々あって」
言いたい気持ちを抑えながら、そう言えば船長は足を止めた。
「ペンギンか?」
「え?」
「ペンギンとなんかあったんだろ」
そう言われて目を瞬かせた。
ペンギン?ここでどうして彼の名前が?
そう思って聞き返そうとして口を開いたが、船長が言葉を続けた。
「ペンギンといい雰囲気だったじゃねえか。いつからだ?」
ぐらりと頭が揺れた気がした。
そんなわたしには気づかないで、船長は小さく笑って言ったのだ。
「お似合いじゃねえか」
その瞬間、わたしは船長に掴まれていた腕を振りほどいた。
振り向いた船長が驚いた顔をしている。
そんなの知るか。
すごく、ショックだった。
想ってる人から他の人とお似合いだなんて言われて喜ぶ人間がいると思うのか。
当然、船長はわたしから想われてるなんて知るはずもないけれど。
それでも、船長がそう言うということは、わたしが他の人とくっついても気にしない、ということじゃないのか?
船長は、わたしなんか眼中にもないということじゃないのか?
「わたしは!わたしは…!」
自然と涙が溢れてしまって、泣きながら声を荒げた。
「あなたを…!」
そこまで言って、ふと頭にアイリスと笑う船長が頭をよぎった。
ああ、そうだ。
船長にはあの子がいるんだ。
ヒロインは、お姫様はあの子なんだ。
きゅ、と口を閉じて、笑った。
「すいません、酔ってて情緒不安定で。ペンギンは本当にいい奴です、わたしにはもったいないくらい」
そう言えば船長はピクリと眉根を寄せた。
なんでそんな顔するの。
そうしたいのはこっちだ。
そう思いながら「船長も」と言葉を続けた。
「わたしなんかと一緒にいちゃいけないでしょう?戻ってください」
「あ?何言って」
「戻ってください!一人で帰れますから!」
船長の顔を見ないように、うつむいて叫んだ。
ああ、痛い、いたい。
耐えるように唇を噛み締めて、わたしは船に走り出した。

こんなにも、こんなにも、胸は痛くなるなんて、知らなかった。

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