わたし、何してるんだろ。

いつもの場所。
わたしの場所。
甲板の隅っこで、空を仰ぎ見たりなんかして。
夏島が近いのか、気候はカラッとしていて、照りつける太陽は突き刺さるようだった。
昨日、たくさん泣いたわたしにとっては特に目にダメージが強すぎて、空を見るのはやめて、膝に顔をうずめた。
と、こうして自分の殻に閉じこもってしまうと、考えるのはひとつで。
『俺は、お前を泣かせたりなんかしない』
蘇るのは昨日のペンギンの言葉。
ああ、もう、
「ほんと、わたし、何やってんだろ…」
ペンギンの気持ちに甘えて、利用して、自分が楽になろうとしてる。
ペンギンはわたしに綺麗で真っ直ぐな気持ちを向けてくれているのに。
踏みにじったのだ、それを。
このまま続けてはいけない関係だとはわかってる。
わたしがきちんとしなければいけないのだ。
ごめんね、と。
謝らなければいけないのだ。
でも、

「…嫌われちゃうのかな、」
「だれに?」
「、え?」
独り言のつもりだったのに、すぐ隣から声が聞こえて驚いて顔を向ければペンギンが困ったような笑みを向けてこちらを見ていた。
「えっ、あ、ペ、ペンギン…!ち、違うの」
何が違うのか、自分でも分からなかったが咄嗟に出たのはその言葉だった。
吃るわたしを見て、ペンギンは笑みを深めた。
「いいよ、まだ忘れらんないんだろ?」
「え?」
「キャプテンのことだろ?」
どうやらペンギンは勘違いをしてくれたようで、わたしが否定する前に優しく頭を撫でられた。
「いいよ、まだキャプテンのこと好きでも。そこにつけ込んだのは俺だしな」
ペンギンは自嘲気味に笑った。
ぐずり、と胸が痛くなった。
だって、つけ込んだのはわたしじゃないか。
思わず俯くと、頭を撫でていた手はニ、三度わたしの頭を優しく叩くと離れていった。
「俺のことは、これから好きになって。いつまでも、待つから」
さみしそうな声音が聞こえて、わたしはさらに俯いた。
答えは出せなかった。
いや、出てたからこそ言えなかった。
だって、わたしは、まだ。

「あ!リナリア!ペンギン!」

聞こえた声にあからさまに反応してしまった。
視線を向けた先に見えた姿に息を飲んだ。
「こんなところで何してるの、二人して」
ニコニコと笑みを浮かべたアイリス。
そして、その隣には。
「やあ、アイリス。と、キャプテン」
わたしに気を遣ってくれたのだろう、ペンギンがわたしを庇うように前に立ってくれた。
「別に何もしていないさ。話してただけだよ。な?」
「う、うん」
アイリスは「またまた〜!そんなこと言っちゃって!」と楽しそうにそう言うと、パチパチと手を叩いた。
「おめでとう!二人とも!」
そのままニコニコと何故だか祝福されて、わたしとペンギンは顔を見合わせた。
ペンギンも祝われる理由が分かっていないみたいだ。
もちろん、わたしも分からなかった。
「アイリス、何の話?」
わたしが思わず聞くと、アイリスは「やだ、隠そうたって無駄よ!みーんな知ってるわ!」と、くすくすと笑った。
本当に何のことだかわからない。
再び聞こうとしたわたしの言葉を遮るように、アイリスの言葉が重なった。

「おめでとう!二人ってお付き合いしてるんでしょう?」

わたしは、言葉が出なかった。
ペンギンも何も言えないみたいで、その場にはアイリスの楽しそうな声だけが響いた。
「クルーの方から聞いたの!リナリアとペンギンが付き合い始めたんだーって!わたしすっごく嬉しくて!だって二人ともとってもお似合」
「アイリス」
アイリスの言葉を遮ったのはペンギンだった。
ペンギンは一瞬こちらを向くと、困ったような笑みを浮かべて「ごめん」と言った。
わたしが彼の名前を呼ぶより先に、わたしの手はペンギンに握られていた。
「ああ、俺たち付き合うことにしたんだ」
「…ペンギン?」
どうしていきなりそんなこと?
ここには、あの人が、あの人がいるのに。
ペンギンは呼んでもこちらを見なかった。
その彼の視線の先を追えば、あの人が、船長が居たのだ。
船長も同じようにペンギンを見据えていた。
その視線は睨んでいるような、いつもの、仲間を見る目とは違った。
「立場とかそういうの、もう気にしてられないって思ってね」
「…」
「俺も海賊だ。欲しいものは何が何でも手に入れる、そうだろ?」
いつもと違うペンギンの声、それは、誰に?
船長はじっとペンギンを見据えると、視線をこちらに向けた。
視線が交わってドキリ、と胸が鳴る。
ああ、やっぱりわたしは。
「そういうことだから。行こう、リナリア」
腕をそのまま引っ張られて、船長の目線が外れた。
背後ではきゃあきゃあとはしゃいで囃し立てるアイリスの声がした。



「…ペンギン?」
「ごめん!」
「え?」
しばらく無言のまま手を引かれて、甲板の裏まで行くとペンギンはパッと手を離して、わたしに頭を下げた。
「ごめん!まだ好きでいてもいいよ、なんてお前の気持ちわかったフリしときながら、俺、最低なことした」
深々と頭を下げたペンギンから聞こえたのは何とも力の無い声だった。
微かに震えるその肩にわたしは目を閉じた。
この優しい友人を、わたしを好きだと全身で伝えてくれる友人を。
わたしは、切り捨てられない。
ペンギンを好きな気持ちは本当だ。
いつも、いつも、わたしを助けてくれたのは彼だった。
でも、彼が向けてくれる気持ちとわたしの気持ちは一緒になれない。
だって、わたしはまだ。
わたしは、再び目を開いた。

未だ、頭を下げ続けるペンギンの肩を叩くとペンギンは恐る恐る、といった感じで顔を上げた。
あまりにも怯えたその顔に少しフッと気持ちが和らいだ。
「…リナリア?」
不安そうに呼ばれたわたしの名前に、応えるようにペンギンを抱きしめた。
「好きだよ、ペンギン」
愛を、囁く。
大好きよ、わたしの大切な、友人。
優しいあなたはこれからわたしがすることに胸を痛めるのでしょう。
でも、それでも、あなたに嘘をつき続けるわたしではいたくない。

わたしが、もっと強かったら。
あの子みたいに、強かったら。
みんな、幸せになったのだろうか。

「ペンギン、好き、愛してる」

ぎゅっと抱きしめ返されたぬくもりに、縋るようにわたしも抱きしめた。
「俺も、愛してる」

どうかこの涙がバレませんように。
この涙が止まる頃には、笑っていなくちゃ。
笑って、そして、こっそりと、お別れだ。
仲間たちと、ペンギンと、この船と。
船長と。
きっと、それが一番だ。
ペンギンは悲しんでくれるかな。

彼は、悲しんでくれるかな。

ああ、早く涙、渇いてよ。

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