03


初めて会った補助監督が、その日、やられた。


「よろしくお願いします」

頭を下げた全身黒いスーツの補助監督は、地味で小柄で、幼い印象が残る女だった。
だけど、その肩に白い蛇のようなものが乗っていた。八つの頭がついているがそのどれもに目は無く、口と思われるものがついている。八つの頭は一つの胴体を共有していて、尾の部分はくるりと女の細い首に巻かれている。女が普通にしていることから、この女の呪霊か何かかと思ったが、あまりにも躾が出来ていない。女よりも肩の存在がいやに目について鬱陶しい。
同じ車に同乗する、傑は何も気付いていないようだから、おそらく自分の目に視えてしまうだけのものだと察する。術式とは違う。呪われているのか?
小さな車の中だと鬱陶しさが増して、我慢出来ずに運転席を蹴り上げた。「我慢しろ」と言われて、キレそうになったが、蛇の気配がかなり薄くなったのを見て、自分の呪力か何かで抑えたのを察した。出来んなら最初からやれ、と意趣返しなのか女の嫌味のようなアドバイスを聞きながらそう思った。
補助監督の女は、山谷かおりと名乗った。淡々と告げられる任務内容を聞いていると、女も任務に同行するなどと宣い始めた。こんないかにも何も出来無さそうな弱そうな女が?「そういう任務内容ですから」と、静かに言った女の表情は後ろの座席からは伺えなかった。

山谷は、本当に任務に同行してきた。車内で「手出しはしない」と言っていた通り、帳を降ろしただけでこちらの後ろを着いて歩いてくるだけだ。上からの何か差し金か、とでも思ったけど、本当に何もしない。言うこともしない。無視をして、任務を進めることにした。
しかし、原因の目星である踊り場を確認しているときだった。
背後にて轟音。気配に気付いたと同時だった。
先頭を歩いていた俺と傑が振り向くと、背後の階段が抉れている。山谷の姿が丸ごと消えて、呪霊が一匹立っていた。

「悟、離れて」

隣で、傑が飼ってる駒を呪霊に向けていた。しかし、呪霊は階段下に降りていき、傑と目合わせして二人でその後を追う。
階下は凄惨さが増していた。先ほどの踊り場から階下の教室に向けて一直線に床や壁が巻かれ上がって、教室の真ん中には瓦礫の山が積み上がっている。
恐らく、というかほぼ確実。山谷はあの瓦礫の下、地面を抉るほどの威力で飛ばされたのだろう。何故、確実とわかるか。瓦礫の山の上、八頭の白い大蛇が居座っていたからだ。山谷の肩に乗っていた蛇と同じ。
階下に行ったはずの呪霊は、そのまま曲がって西側へと廊下を駆けていく。

「なんだよ、あれ」

傑の茫然とした声が聞こえて、その視線は大蛇に向けられていて今度は視えるのかと思う。

「言ったろ。くせえって」
「山谷さんにずっとあんなのが憑いていたのか?特級レベルだろう」
「あんなデカくなかったけどな。肩に乗ってたよ」
「…祓うべきか?」
「いや」

敵わない、ではない。相手にしてはいけない。そう本能的に思って傑を止めた。「山谷さんは無事か?」という傑に「それは分からない」と返した。

「それでも今アレに関わるのは得策じゃない。最初の呪霊、あっちが先」
「…分かった」

傑が踵を返して踊り場から階段を駆け上がっていくのを見て、俺もそのあとに続いた。
大蛇はそこでただ、佇んでいるだけだった。


逃げた呪霊を祓うのはそう難しいことではなかった。
二級よりは上だというのが分かったが、傑とタッグを組んだのだから苦労はしない。急ぎ、先ほどの場所へ戻ることにして、一階の廊下を急ぐと、祓ったはずの呪霊の後ろ姿が廊下の奥に見えて、駆け出した。刹那、その呪霊、ど真ん中に穴が空く。
空いた穴の先に、山谷かおりが立っていた。
山谷は呪霊の空いた穴の中に腕を伸ばしていた。その拳越しに目があって、あ、と思った。

「ちょっとだけ手伝わせてもらうよ」

山谷は、僅かに笑っていた。
次の瞬間、呪霊が音もなく弾けた。見届ける間もなく、隣で同じように立ち止まっていた傑に声をかける間もなく、自分の足は山谷へ向かっていた。

「そっちは終わりましたか?おそらく踊り場同士で鏡が繋がっていて二匹か、もしくは一匹が分かれていたみたいですけど」

山谷に近づけば何もなかったように振る舞ううえに、スーツは損傷が激しいがあんな攻撃を受けておいて体に目立った外傷が見られない。おまけに大蛇だった白い蛇は、元の大きさに戻ってまた山谷の肩に乗っていた。

「なんで補助監督なんてやってる?」
「そっちは。終わりましたか。先に質問したのはわたし」
「終わってる。で?」

逃げようとする問答に、矢継ぎ早に問えば思い切り嫌そうな顔をしたあと視線を逸らして小さな声で言った。

「有限なんですよ」

その言葉の意味は分からなかった。こいつの術式か、その憑いてる奴についてなのか。聞いたことも見たこともない。
山谷は俺の後ろを追ってきた傑となんでもない補助監督としての普通の会話をしているが、もう、気になったものは仕方がなかった。

「反転術式か?即死級だったよな?」
「とりあえず、車に戻りましょう」
「質問に答えろよ」

必要以上に突っかかってる気はしていた。術式なら簡単に口を割らないだろうことも分かっていた。でも、頭から離れない。イカれたあの笑みが、脳裏に焼き付いたようだった。
山谷は冷めた目で俺を見た。

「車までお利口にしてたら答えますよ」

俺と傑の脇を通り過ぎながら、面倒そうに言われた言葉に笑みが溢れる。上等だ。

「悟」

咎めるような傑の声は、無視した。

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