06
「驚いた」
鳥居の先、一歩踏み入れた瞬間、世界が変わった。
ついさっき、外から見た荒れ果てた境内は綺麗さを取り戻していた。空は暗く覆われていることから帳の効果は出ていると推測される。
「術式?」と五条に聞けば本殿をジッと見ている。
「来るぞ」
五条が言ったと同時、本殿から何かが飛んできた。
目の前で止まったそれは、わたしの体の大きさほどある黒い腕。五条が右手で印らしきものを結んでいるから彼が止めたのだろう。
巨大な黒腕は、ぐぐ、と僅かに動いているもののこれ以上こちらに迫る様子はない。すると、スッと黒腕は本殿へと引いていく。
目で追えば、本殿前に黒い袴を着た人型の異形が立っていた。体に纏う禍々しいオーラから階級の高い呪霊だということが分かる。指を前に組み、口を動かしている。来る、と思った瞬間に、呪霊の背から何本もの黒い腕が飛び出した。千手観音さながらだ。
五条とわたしの方向へ凄まじい勢いで伸びた黒腕を五条は自分の術式で一歩たりとも近づかせず、わたしの方に伸びた腕もいくつか止めてくれている。わたしでもいなせるレベルだ。しかし。
「なるほど。黒い腕に触ると溶けるね、気をつけて」
いくつか触れて弾くことでいなした自分の腕が溶けていた。スーツの袖が溶けて、皮膚が焼け爛れたようになってしまっている。ピリピリとした痛みは毒のように後を引いたが、このレベルならばすぐ治る。
治っては溶け、治っては溶け。腕からは血が滴っているけど、すぐに治る。化け物だな。と我ながらに思う。
「こっちは気にしないでいいから自分の方だけ意識していて」
「血、すげえけど」
「ああ、大丈夫。知ってるだろ」
とは言ったものの、いかんせん、腕の数が多い。元を絶たないと防戦一方になってしまう。わたしは近接戦しか貢献できないため、敵に近づくまでに体が残ってるか微妙なところだ。
「わたしは近接戦しかできない。五条、近づける?」
「行ける」
「うん、頼もしいね」
即答の返事に思わず笑った。
五条が進むと黒腕は五条へと標的を絞ったが、当たらないと分かるとこちらに的を絞ってきた。知性はそれなりにあるみたいだけど、馬鹿だな。それじゃ五条は止まらないよ。
幾百の大小さまざまなサイズの腕がこちらを襲う。両腕で抑えて、いなして、呪力を込めて破壊もしているが、黒腕の再生が早い。再生力の勝負をしている気分だ。
本殿へ向かう五条を見る余裕はもう無かった。奴なら出来る。それは分かっていたから見る必要もなかったけど。あとはわたしが立って的になればいいだけだ。
しかし、捌き切れなかった黒腕の一本が頭、米神あたりを思い切り殴る。ぐわんと脳が揺れて、一瞬意識が飛んだ。次の瞬間。
「あー、やったわ」
自分の腹を黒腕が貫いていた。口から血液が溢れた。流石に痛い。この呪いの嫌なところは痛みはしっかり感じるところだ。まあ、死なないのだから呪い様々だけれど。
腹を貫く黒腕を呪力を込めた拳で打ち砕く。ボロボロと干からびた砂のように消えていく黒腕、蓋が無くなった腹からは血が噴き出て、がくんと力が抜けて地に膝をついた。
どのくらいだろう。これ治るの。ぼんやりとそんなことを思っていると、気づけば周りが元の古びた境内に戻っていた。五条が呪霊を祓ったのだろう。
「かおり!」
「平気。心臓は避けたから、ちょっと、時間ちょうだい」
地面に横になっていると、駆け寄ってきた五条が側に立っていて、左手を上げて答える。「痛みはあんの」と五条がしゃがみ込んでわたしの腹を見ている。きっと今腹の中では、無くなった臓物を再生中だろう。見世物じゃないんですけどね。
「せっかくなら、痛みも無くしてくれればいいのにね」
「瞬時に元通りってわけじゃないんだな」
「そりゃね。ごめん、汚くて」
「…別に」
五条は立ち上がるとそっぽを向いた。
やっぱり五条悟は優しい奴だ。目を閉じながら思わず笑う。
五条はわたしが立ち上がるまでずっと側に立っていた。
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