08
12月24日。息を吐くたび吐息は瞬く間に白に染まり、初雪がチラつく灰色の空に昇っては消えていく。薄い手袋の中で悴む指はすでに限界を迎え、感覚の鈍くなった手で小さな鉄の扉を思い切り閉める。バタンと荒々しい音を立てながら閉じられた扉にため息を吐いた。
『学生寮のエアコンの調子が悪いみたいなので室外機の様子を見てきてください』
連勤続きからの久々与えられた休日、朝から夕方まで寝続けたわたしを起こした寝起き一発の電話、わたしが返した言葉は「は?」であった。
「…何でわたしなんですか」
『冬季休暇入ったのもあって高専にいるの教員寮住まいのあなただけなんですよね』
「わたしだって休みなんですけど」
『ちょっと見てあげるくらいでしょ、お願いしますよ』
「じゃあ残ってる学生にやらせればいいんじゃないですか」
『そんなわけにはいかんでしょう。今日冷えますし〜、学生たちが風邪引いたりしたら大変ですし〜、それに』
「ああはいはい分かりましたよ」
矢継ぎ早にそう言って多少乱暴に通話終了ボタンを押した。ですし〜連呼に入った上司を折ることはぺーぺーの新米にはできやしない。
まあ今日たくさん寝たし、とも思い布団から外に出た、が。すぐさま布団の中に戻ることとなった。
「めちゃくちゃ寒いじゃん」
布団の中はまだ自分の体温がしっかり残っていて暖かかったが、先ほど感じた一瞬の寒さを思い出して身震いする。
室外機の調子を見てこいと言っていたか?部屋の中でもこんな寒さなのに?
数秒の間、天井の一点を見つめてから布団を頭からかぶって唸った。行きたくないけど、今も生徒が寒い思いをしているかもしれない。
存分に布団の中の温さを見に染み込ませて布団から出た。一瞬で温さは消え去り、窓から見える空には白い雪がチラついている。クソだ。
幾重にも重ね着をして向かった学生寮の室外機には、雪が少しだけ積もってしまっていて、室外機の上と周りに積もった雪を退かして、一応中も確認した。自分が学生の時、同じように冬場にエアコンが使えなくなったことがある。その時の知識だけどこの処置をすれば、しばらく経てば動くだろう。あとは室内のエアコンをつけて貰えれば良い。
寮内に迎うため、道を歩きながら体を摩る。その道にも雪は少し積もり始めていて、サクサクとした感触が足元から伝わる。早く暖まりたい気持ちで少し駆け足になった。
寮の玄関に人は一人も居なくて、先週冬季休暇を迎えた我が校だ、もう実家に戻ってる生徒も居るのだろうなと思った。
しかし、学生たちが使っている共同ルームに近づくにつれ、なんだか暖かくなってきた。それになんだか騒がしくもなってきている。
ガチャリと開いた共同ルームからむわりと、熱気。
「…何やねん」
思わず、呟いた。
共同ルームには何人かの学生たちが居て、中央テーブルとその周りを囲むソファに集結していた。ワイワイと楽しそうな声たちが囲むテーブルからは湯気が立ち上っていて、それが鍋だと分かる。
部屋に入ってきたわたしには気付いていないのだろう、学生たちは鍋を美味そうに食べていた。
ぜんぜん寒そうな思いしてないじゃんか。むしろ冬満喫してるじゃん。良い事なのだろうが、わざわざ休日に寒い思いまでして出向いたのに、必要とされていなかったのだから釈然としない。
「かおりじゃん、何してんの」
「山谷さん?」
扉のすぐ横、共同ルームの備え付けのキッチンに居たのは五条と夏油の二人で、二人とも驚いた顔をしている。夏油の手には、先程見た鍋の追加であろう野菜たちが盛られた皿を持っていた。
「鍋パーティー楽しそうですね」
「…なんだよ、その不細工な顔。台詞と表情、合ってねーよ」
「こっちは寒いって聞いてわざわざ来てあげたんだけど」
「あ、もしかしてエアコンですか?」
この期に及んで五条に不遜な態度を取られてカチンと来てしまったが、夏油はすぐに気付いて「すいません、まさか山谷さんが来るなんて」と頭を下げてくれた。礼儀のなった後輩の姿に少しだけ機嫌も治った。
「室外機見てきたから。エアコンつけてしばらくしたらあったかい空気出てくると思うよ、鍋終わったらつけて確認して」
「分かりました、わざわざありがとうございます」
「じゃ、またなんかあれば」
最後のは建前だけ。本当は呼んでほしくない。
随分着込んできてしまったからか、あんなに温まりたいと思っていたのにこの部屋の熱気は少し暑く感じる。美味しそうな鍋を見たらわたしもお腹が空いてきたし、近くのコンビニにでも寄って今日の夜ご飯はわたしもお鍋にしようかな。
そんな思考を巡らせながら部屋を後にした。やっぱり部屋の外に出るとひんやりとした空気を感じて腕を摩る。早く帰ろう。
「かおりは近くに住んでんの?」
「…いや、なに君」
「つか補助監督って寮とかあんの?」
横に並ぶように、五条が当たり前のように居て、歩みは止めずに横目で見やるが、ちゃっかり上着らしきものまで着ている。寮の玄関に脱ぎっぱなしにしていた靴に履き替えると、五条も靴を履き替えた。外まで着いて来る気らしい。
「何だよ」
思わず止まってそう言えば五条は「別に?」と言ってわたしの背中を押した。まあ外に用事があるのかもしれない。一緒に出てくる意味は分からないけど。そう思って、そのまま寮の外に出た。
外は雪がまだ降り続け、空ももう暗くなってきていてより一層寒く感じた。行きよりも雪が積もった道を歩くと、すぐ後ろを五条の歩く音がする。
しばらくお互い無言のまま、さくさくと雪を踏み締める音だけが聞こえた。コンビニに寄ってから教員寮に戻ろうと思っていたため、校外に向かう道へ向かうと、後ろの足音も一緒について来た。
prev /
next