しんしん、沈む
彼の聲に背を押されて、彼女は旅立った。
主にあたしの家や職場の東方司令部の窓から、よく出没した訪問者。
そんな不法侵入を繰り返す訪問者と話す事と言えば、記憶に留めて置くのも馬鹿らしい内容ばかりの会話だった。
(エンヴィー)『もし、命が2つあったら、##NAME1##はど−する?』
幾(イク)つもの命を所有して居るホムンクルスの彼から、1つしか命を持たない人間のあたしへの奇怪(オカ)しな質問。
『1つは自殺に、もぅ1つは…』
彼からの奇怪な質問にあっさりと答えられたのは、似た様な事を前々から考えて居たから…。
―― ★ ――
≪バイバイ≫
ふと、仕事をして居る時に、耳元で、優しく穏やかに…少し寂しそうに泣きそうに、聞こえた彼の声。
顔を上げ、辺りを見回すが、部屋に居るのは、あたしのみ。
「(あぁ…彼は逝ったのね?)」
叶えたい願いが二つあった。
やってみたい事が二つあった。
送ってみたい人生が二つあった。
両方は達成出来ない。どちらか一方のみ。
だから動けなかった。どちらにしようか迷ってばかりで、どちらにも手を出さなかった。
(エンヴィー)『俺が誰かに殺されるなんて冗談じゃない。…僕は誰にも殺らせないし、殺られないよ。殺られる訳がないだろ?』
他人を踏み躙(ニジ)るのが大好きな癖して、己が他者に打ちのめされるのを酷く嫌がって居た彼。
そんな彼だ、きっと誰かに殺されるなんて潔い真似は絶対しないだろうから、自死でもしたのだろう…。
「それなら…あたしは、もぅ1つの方を叶えに往きましょう」
書類へと走らせて居たペンをコトリ、と机に置き、椅子から立ち上がって部屋を後にする。
2つも命が、あったなら…
1つ目の命は、自分で断つ事。
自虐で自愛をする…そんな自分が許せず、酷く自己嫌悪をした。
でも、其れがどうしようもなく自分の性分で…だから変わる事を諦めた。
だから其の逆を…その自愛と云う行為を、極める方へと、夢を見る様になった。自分の命を絶ってみたいと…。
そう、其の自殺願望こそが、最大の自愛へとなる自虐思想。あたしは夢に酔う様に陶酔した。夢心地に溺れたかった。
2つ目の命は、旅をするのに使う事。
また、自殺に夢見る其の一方で、臆病故に留(トド)まって居る、昔からの此の地を、今までの全てを、置き去りにして、
新しく生まれ変わった様に、他の地を旅したい、世界を見て回りたいと、流浪の民の様になりたいと、焦がれて止(ヤ)まない夢があった。
どうせ人の一生なんて、あっと言う間のモノ。焦らずとも死はやってくる…なら、思い切って零からやり直して、今以上に解き放たれた自由に生きて見るのも一興ではないか…と。
(エンヴィー)『じゃぁさ、1回死んじゃいなよ。それで生き返ってさ、僕と旅をしようよ』
あたしの其れを聞いて、彼は、何て事は無い。と云う様な笑顔で、さらりとあたしに言った。
『馬鹿言わないで。私の命は1つなの。…というか、貴方となの?私は1人でしたいのだけれど。其れに貴方は人間、嫌いでしょう』
下(クダ)らない戯言を言うな、阿呆。とでも言う様に、書類から目を離さず冷淡に返すあたし。
(エンヴィー)『其れは残念。人間は面白い所を除けば大嫌いなんだけど…##NAME1##となら別に悪く無いな〜って思ったからさぁ。』
彼は、ただ気分で言ってみただけ、とでも言う様に、肩を一瞬、竦(スク)めさせた。…気紛れで気分屋の猫の様な所が多々ある彼らしい戯言だった。
ふん、まぁ、何はともあれ、彼の成り行きと気紛れがどうであれ、ともかく彼は、あたしの1つの願いを叶え、其れを知らせに来てくれた。
迷いの選択肢がなくなった。選ぶ必要がなくなった。元々選択肢は二択。1つ消えれば残りは1つしかない。
夢見た自殺は消えた。…彼が叶えてくれた。
焦がれた1人旅が残った。…だったら、あたしは此れを叶えなくては。
あぁ、でも…
確かに1人旅を望んだ。
でも別に、貴方と一緒に旅をしても、
…良かったかも、しれない。
何かと気楽で良いから1人旅を望んで居たのだけれど、独りだから自殺と同じくらい魅力的で、どちらも選べなかったのだけれども…
不思議と今、貴方となら2人旅でも、と思ったら…其の選択肢を、二択の中に組み込んで三択としたのだったら…
あたしは、惜しげも無く他の二択を捨てて、貴方との2人旅を取って居たと思う。今そう想像して確信する。
何で今頃、其れに気付くのか。遅過ぎる、手遅れ過ぎた。其れとも…彼が、居なくなってしまったからこそ、気付けた事だったからだろうか?
「貴方と、旅をしてみたかったわ……エンヴィー」
しかし、彼は自分の夢を1つ叶えてくれたのだから文句は言えない。
あたしがやらなければならないのは、其れを無駄にしない様に、旅に出る事。
持って行くのは、此の身と、多少の御金が入ったサイフと、彼が何時(イツ)かくれたペンダントだけ。唐突に決まった旅だから、支度が出来て居ないのは仕方ない。
此れから家に一度帰って、しっかり準備してからでも良いが…そんな悠長にはして居たくない。今すぐに、あたしは旅に出たい。いいや、出なければ…。
…まずは、此の国を出よう。その後は何処だって良い。方向なんて、行く先なんて、決める必要は無い。そんな旅を望んで居るのだから。
さぁ、行こう。夢を実現させる為に。
「有難う、エンヴィー」
此の国で、最後に呟き残すのは、背中を押して、進む事を正してくれた彼への心からの感謝の言葉。
そうして彼女は、生まれ育った母国を、彼と出会った場所を旅立った。
叶えられる筈がなかった彼女の二つの夢は、彼の手によって両方、叶えられた。
彼と彼女。
2人の会話。
彼の気紛れ。
彼女の願望。
2人の物語。
全ては、跡を残せない冬の如く。
しんしんと積り、沈んで、融けて、消え逝く…名残り雪の様に。
This is the end.
(これでおしまい)
××ATOGAKI××
(懺悔と言う名の白状場)
昔に書いたヤツが出て来たので、気分転換に書き直し、清書しながら、パパッとUP(*゚▽゚*)
鳴門連載の4人夢主で別パターン毎(ゴト)に考えたヤツだから、後3パターンあっても良い筈なんだけど…。。。
まぁ、出て来たら他の3パターンもUPしましょう。…見つかって暇がある時に(笑)そして尚且つやる気がある時に←
今回は腹黒夢主のを発掘したんだよね。鋼錬では、東方司令部で主に事務の仕事をこなす軍人さん設定。
暇があって、気が向けば、夢主の所に遊びに来るエンヴィー。
其れで、仕方無しに話し相手になって付き合ってやってる夢主。
他人以上で、友人未満。只ちょっと…話し易い、語り易い、知り合い程度みたいな仲の関係。
そんな2人の、【あぁ、もう少し彼/彼女と語り合ってみたかったなぁ】と言う名残惜しさを書いた切ないお話。
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解せぬ花