迷子と出会う
青年が目覚めた時、彼のあらゆる全てが様変わりしていた。
見知らぬ天井、見知らぬ子供たち。喜ぶ彼らに聞けば、自分はずっと昏睡状態だったという。
自身が起こした山火事で奇跡的に助かった彼だが、背は伸び声は低くなり、体のあちこちに皮膚移植をした跡が残っていた。
最初見た時自分の顔だと認識できなかったくらいだ。ところどころ変色した肌があの日出した炎の凄まじさを物語っている。
ここは孤児院らしい。
施設内では情報媒体になるものがなかったので、あの日から年単位の月日が経っているとはまるで実感が沸かなかった。
タイムスリップしたような感覚だ。世界でただ1人取り残された孤独が青年の心を蝕む。
「(どうなった?どうなってる?)」
青年は信じたくなかった。
大好きな父親が来てくれなかったこと、枯れた枝のようにやせ細った自分の体、前より弱体化してしまった個性も何もかも。
現実だと思いたくなかった。
「失敗だ」
低く淡々とした声が、青年の最も恐れていた事実を突きつける。
脳裏に苦悩した記憶がよぎり、心が深く抉られる。
足元から恐怖と絶望が唸り声を上げて襲い掛かってくるのがわかった。
帰れるのなら帰りたかった。望まれて、愛されて、期待されていたあの時の自分に。
でも、もう全てが遅い。
父は来なかった。
訓練に費やした時間は灰塵と化した。
輝かしい未来はみるみるうちに小さくなり、失敗作の自分は堕ちていくばかりだ。
悲しみに呑まれていく。
踏みしめていた基盤がガラガラと崩れ去っていく。
伸ばされた手を振り払い、炎を散らして遠ざけた。
そして一縷の望みをかけて走った。
自分は存在しているはずなのに、誰も見てくれない。
ここで生きて、傷ついているのに、視線はいつもすり抜ける。
自分だけが、立ち止まっている。……置き去りにされている。
「(誰か、誰か…!!)」
「あ?んだこのガキ」
暗い路地から出てきた男の存在に気づかず、その肩にぶつかってしまった。
青年の体は地面とは逆にぐいっと上に持ち上げられ、青年は目を白黒とさせる。
足が地面についていない。宙に浮いている。
「お前、ぶつかっておいて、タダで済むと思ってんのか!?あぁ!?」
青年の体を浮かせている犯人。
それは、青年とぶつかった相手であった。
彼は屈強な体つきをしており、青年の身体を腕1本で簡単に持ち上げていた。
青年は、じたばたと藻掻くが、大柄な相手の手からは、逃れられそうにもない。
「嫌だ!離せ!!離してよ!!!」
「うるせえなあ!俺は今むしゃくしゃしてんだ!!ちょうどいい、サンドバッグにしてやるよ!!」
青年は混乱しながらも、わーわーと騒いだ。
それは逆に相手の神経を逆撫でしてしまったらしい。男は空いた手を握りしめて拳を作る。
「(なんでだ。どうしてだ。俺はただ…――――!!)」
それを見て、この危機的状況に耐えられず、身体から溢れ出る個性を抑えきれなくなった。
意志とは反して、止めたくても止められない炎は、相手を、周りを、自分を蝕んでいく個性は、瀬古杜岳で燃えた、あの時を否が応でも思い起こさせる。
「(助けて、助けて、助けて!誰かッ、ヒーロー…お父さん!!)」
その時、薄暗い路地の中で、弱くなった個性の赤い炎と、それに苦しむチンピラの姿だけだった視界の端に、虹が見えた。
“夜の虹は「月虹(げっこう)」と呼ばれ、「幸せを呼ぶ」「幸運の予兆」「大きな変化の前触れ」とされ、特別なメッセージや祝福と捉えられています。”
学校の図書室の本だったのか、自分の部屋にあるパソコンでだったのかまでは覚えていないが、どこかで読んで知った知識が、ぼんやりと頭に浮かんだ。
夜でもなかったのに月虹だなんて…と、あの時の自分を振り返っては失笑するが、当時は視界に入って来たその月虹に向かって、必死に手を伸ばしたんだ。
「た、すけ…」
気が付くと、全てが闇の中だった。
ぎゅうぎゅうと無理矢理、ゴム管の中に押し込められているような、嫌な感覚に襲われた。
息が出来ない。体中のありとあらゆる部分が、我慢できないほどに圧縮され、そして、窒息すると思った瞬間、見えないバンドが、はちきれたようだった。
「大丈夫?」
気付けば、自分より、年下で小さな少女が、気遣わし気に、自分を見下ろしていた。
立っている少女に、へたり込んでしまっている自分が縋りつくような形で、抱きしめていた。
そして、先程の寂れた、ろくに電灯の灯りも人の気配も滅多にない狭い路地裏ではなく、遊具やベンチが、いくつか置かれている小さな公園に居た。
自分の炎やチンピラも消えている事や、虹だと思ったのは、少女の瞳だったという事にも、遅ればせながら、気が付いた。
それと同時に、目の前の少女が、自分を助けてくれたのだということも、分かった。
「どこも、バラけてないよね?」
青年は耳をこすった。
なんだか耳が、先程までいたであろう路地裏を離れるのを、かなり渋ったような感覚だった。
少女は青年の体が、どこも欠けていないか、目で確認したり、手で触診しながら、ボディーチェックをする。
問題がないと判断したのか、『よし!』と頷き、ここがどこの公園なのかという事と、この公園を出ると、すぐ近くに交番がある事を、青年に教える。
ついでにと、少女は、素早く杖を取り出し、軽く一振りしながら、呪文を囁くという言動を、数回、行う。
最初に、先程の件で負った火傷を始め、怪我をしてる箇所に治癒呪文で治療を施し、次に、修復呪文で焼け焦げた服を直し、最後の仕上げに、はだしで走り続けたせいで、土埃や砂で汚れた足とかの汚れを、清掃呪文で拭い取れば、パーフェクト。
「それじゃぁね」
少女は、くだけた表現の別れの挨拶を言って、去ろうとする。
少女が助けてくれた事が分かっても、少女が次々に起こす力の現象には、理解が追い付かない。
だから、助けてくれた事などに対しての感謝の言葉も、なんの個性なのかを問う言葉も、「さよなら」の別れの言葉も、出なかった。
でも、とっさに、反射的に、体は動いていた。自分から離れていく少女の腕を掴む。
「待って!お願い、家まで連れてって!」
「いや、だから近くに交番が…」
「早く、早く帰りたいんだ!」
交番を頼って帰るより、この少女の個性の方が、早く家に帰れる。
「いや、君の家を私は知らないから無理だy…」
「住所は、◯◯県◯◯市◯◯区◯◯◯の◯◯だ!俺んち、立派な日本家屋の豪邸でッ、庭も、池もあってッ」
「ちょっ、」
「そこの長男なんだ!No.2ヒーローのエンデヴァー、轟炎司の息子の轟燈矢!声も顔も変わっちゃったけど、本当なんだ!本人だよ!」
「痛ッ、ちょっと落ち着いt…」
「大丈夫!こんななっちまったけど、お父さんなら、家族の皆なら、きっと気付いてくれる!」
「〜〜〜ッ!」
「皆、絶対、心配してる!だから、早く帰らなきゃ!帰って、心配させて、酷いこと言って、ごめんって、謝らなきゃ!お父さんにも、お母さんにも、冬美ちゃんにも、夏くんにも、…焦凍にも!早く、早く帰らなきゃ、」
「だから、落ち着けってばぁ!!」
ゴチン!
少女に思いっ切り、頭突きをされる。
その衝撃で、興奮して喋るのに夢中になるに連れ、骨が軋む程に強く握りしめていた少女の腕を掴む力が、ふっと抜ける。
少女は自由になった両手で、青年の両頬を、むぎゅっ!と挟み込んで、無理矢理、目を合わせさせた。
緑がかった青色のターコイズブルーの瞳の視線と、複数の色が混在する虹色の瞳の視線が、かち合う。
「分かった。私が、家族のいるお家まで、君を、ちゃんと、送り届けてあげる。」
「ほ、んとう?」
頭突きで、ビックリしたように呆けた顔は、少女の言葉によって、じわじわ表情を変えた。
「えぇ、約束するわ」
少女は、青年の頬から手を離して、杖を構える。
「その代わりに、今から、君の心から感情や記憶を引っ張り出して見る事を、必要な事なのだと納得して、許容して欲しい。」
「読心術を俺に使うってこと?」
青年は不安げに、少女の杖を見つめた。
「開心術と言って、読心術とは違うの。読むのではなく、見るものなの。」
先程の移動魔法を使って、帰る為には、家を見て、知っとかないと駄目な事。
そして、見たものは、個人情報保護法に基づいて、一切口外しないと、誓う事。
また、この開心術で、青年が抵抗しても、それは仕方のないことで、青年に非はない事。
それらを青年に説明し、了承を得ると、少女は、開心術を、青年に使用した。
目の前の景色が、グラグラ回り、消えた。
切れ切れの映画のように、画面が次々に心を過った。
そのあまりの鮮明さに目が眩み、青年は、あたりが見えなくなった。
まだ、個性で火傷をしなかった頃だった。父親が、個性を使う自分を、期待するように見ている。燈矢の心は嬉しさで満たされた。
庭で、妹と次男の弟とサッカーをしている。訓練場から、父親が、末弟に、指導している声が聞こえる。燈矢の心は羨ましさで張り裂けそうだった。
母親と母親に抱っこされた小さい妹が、大きな門扉の前で、父親と父親に肩車された燈矢に向かって、ニコニコと笑って、手を振っている。
深夜の部屋の中で、燈矢は、眠そうな次男の弟に縋って、泣いている。
父親が、燈矢に、「No.1ヒーローになれる」と言っていた。
瀬古杜岳で、個性が暴走して、炎に呑まれる燈矢。
真っ黒な画面越しに、「失敗だ」と、燈矢に告げる声。
「いやだあああぁぁぁ!!!」
片手にバチン!と、ビリビリとした痛みを感じた。
気付いたら、青年は、両手で顔を覆い、泣いていた。
ガンガンと酷い頭痛に、バクバクと激しく鳴っている心臓に、ゼェゼェと五月蠅く荒い呼吸音を出している口元。
それらが落ち着いたところで、青年は、少女を見上げた。杖を下ろし、片方の頬を押さえていた。
小さな手では覆いきれなかった、そこには、開心術を使う前までは無かった、赤い腫れがあった。
その赤く腫れた頬は、先程、青年が痛みを感じた片手で、抵抗した故に、出来たものだと、理解が追い付いた。青年の顔色は更に青ざめた。
「ご、ごめ…」
「謝る必要はない。言ったでしょう?君に、非はない。抵抗は、仕方のないことだって。こんな荒々しい方法しかなかったとはいえ、ごめんなさい。でも良く頑張ったね。君が頑張ってくれた御蔭で、家に帰る事が出来るよ。」
少女は、青年の頭を優しく撫でた後、「さぁ、帰ろう」と微笑んで、青年に手を差し伸べた。
なんやかんや帰れなかった。
ライス・プディング:米を使うプディングで、甘いおかゆといったところ。ミルク粥。
日本人の俺からしたら、日本食への冒涜にしか思えない。それか、塩じゃなくて砂糖で握ってしまった、おにぎりレベルの失敗作。
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解せぬ花